上 下
59 / 73
5.作戦

58.ゴフェルの罪

しおりを挟む

 部屋が、しんと静まり返る。
 ノアアークについて話し終えたローレン王は、テーブルの上のティーカップを手にとり、お茶を一気に飲み干した。
 俺も思い出したように、ティーカップを手に取って一口飲む。
 エリスちゃんが淹れてくれたお茶は、すでに冷めきっていて香りもなくなっていた。それでも、何だかなつかしい味だ。

 少し落ち着いて、ローレン王が話したことついて考える。
 ノアアークが、リオやエリスちゃんを殺そうとしたのは、この世界に存在するレベル10を自分だけにするためだったのだ。
 たった一人の至高の存在として、永遠に君臨するために。

 ……なんて、身勝手なんだろう。気分が悪くなる。
 だけど、不思議と同情もした。
 きっと幼いころにうんと苦労して、いろんな人に虐げられて、価値観や倫理観が壊れてしまったのだろう。そんな気がした。

「……では次に、ゴフェルについて話そう。スズ、いいね?」

 ローレン王にきりだされて、心臓がどくんと跳ね上がる。
 小さく息を吐いて、持っていたティーカップをテーブルの上に置いた。

「はい。お願いします」

 はっきり言うと、ローレン王はうなずいて口を開いた。

「――ノアアークと共にダンジョンを攻略したゴフェルもまた、報酬としてある能力を手にいれていた」
「ゴフェルも、ですか……? でも、俺は治癒能力と、移動能力、身体強化しか持ってないですけど……」

 不思議に思って、首をかしげる。
 俺が元々ゴフェルだったのなら、ゴフェルの能力を知らないなんてこと、ありえるのだろうか。
 すると、ローレン王の隣に座っていたエリスちゃんが俺を見て、口を開いた。

「……僕も王宮であなたの能力を調べたときから、ずっと不思議な何かを感じていた。スズ様の身体の奥に、壮大な力が眠っているような、そんな不気味な気配がしたんだ……それがあの能力だったのですね」

 エリスちゃんは神妙にそう告げる。
 エリスちゃん、そんなこと思ってたんだ……。そういえば俺をさらったときも、そんなようなことを言ってたな。
 自分の両手をじっとみる。自分じゃ何も感じないし、分からない。

 そのとき、膝に乗っていたバロンが、俺の手のひらの上に飛び乗って、にっこりと笑った。

「スズ! 心配しなくていいよ。ゴフェルの能力は、君にはもう使えないから」
「あ、そうなの? 同じ身体なのに?」
「ゴフェルは綺麗に自分の記憶を消したからね。覚えていないものは使えないよ」
「記憶を、消したって……どうやって?」

 よく分からなくて、首をかしげる。
 正面に座っている王は、神妙な表情のまま深くうなずいた。

「それが、ゴフェルの手にした能力だった。記憶を操作する能力。レベルは10だった」
「……は? え? レベル10?」

 驚いて聞き返すと、ローレン王はぎこちなく笑った。

「嘘みたいな話だろう。笑ってしまうよ。ゴフェルとノアアークは、奇跡的にダンジョンを攻略し、奇跡的に二人がレベル10の能力を入手した。その悪魔のような奇跡から、この世界は生まれたんだ」
「……ゴフェルは、その能力で何をしたんですか?」

 おそるおそるたずねる。
 ローレン王は、俺を真っ直ぐに見て、口を開いた。

「――ゴフェルは、ノアアークが世界を断絶したとき、人々の記憶を書き換えたのだ」
「……記憶を書き換えた?」

 ローレン王はうなずき、話を続けた。

「二百年以上前のあの日、ノアアークが世界を断絶し、この世界は隔離された。もちろん、突然の出来事に人々は混乱した。膨大に広がっていた世界が、突然狭くなったのだからな。だが、人々に騒がれることは、ノアアークにとって都合が悪いことだった」
「……混乱がおさまらないと、統治しにくいから、ですか?」
「もちろんそれもある。だが、一番都合が悪かったことは、今後何百年経っても“世界は元々広かった”と語り継がれて、そこに君臨し続けるノアアークへの疑念が永遠に消えないことだった。それを防ぐために、ゴフェルは断絶した世界にいた全員の記憶を、ノアアークの都合のいいように操作したんだ」

 それを聞いて、ようやくゴフェルの罪を理解した。
 口元を手で抑える。

「当時、この世界にいた人、全員、ですか………?」
「正確には、私以外の人間全てだ。私は偶然にもこの世界で唯一、ノアアークとゴフェルの手から逃れた。現在まで生きているのは、治癒能力者を除けば私しかいない」

 ローレン王はきっぱりとそう告げる。
 エリスちゃんが、絶対に死なせてはいけない人だと言っていた意味が、分かった気がした。

「……もう二百年以上前のことなのに、当時の様子を、はっきりと覚えているよ」

 何も言えない俺に、ローレン王は再び話しはじめた。

「ゴフェルは、泣いていた。泣きながら人々の記憶を改ざんしていた。ごめんなさい、許してほしいと、まだ幼かった小さな体を震わせて、大罪を犯していた。記憶を消して改ざんすることは、自我を消すことを意味する。ゴフェルの面影もない君がその証拠だ。殺人にも等しい」

 殺人に等しい。
 そう言われて、ようやくゴフェルの重い罪を理解した。

「この小さな世界が生まれてすぐに、ゴフェルは姿を消した。弟が王宮内にいると噂されていたが、実際は違った。そうだね、バロン?」

 突然話を振られたバロンは、俺の膝からテーブルの上に飛び移った。ローレン王の近くまで歩き、それから振り返る。まっすぐに俺を見た。

「うん。世界をおかしくしてすぐに、ゴフェルは泣きながら、ぼくの元にやってきたよ。きっと自分が犯した罪の意識に耐えられなくなったんだろうね。あんなに気弱な性格なのに、再びダンジョンに飛び込んで、またぼくに会いにきたんだ」
「バロンに、会いに……?」
「ノアアークとゴフェルが攻略したダンジョンは、ぼくが管理していたダンジョンだったからね」

 静かにバロンはそう告げた。
 それから、再び口を開く。

「攻略は失敗でいい。だからどこか、ここじゃない遠い世界に、僕を飛ばしてほしい。ゴフェルはそう言ったんだ。どうしてだろうね。普通なら鼻で笑っちゃうんだけど、世界をおかしくしたノアアークへの苛立ちもあって、ゴフェルの要求をのんであげたんだ。ちょっとしたノアアークへの仕返しだね」
「……バロン、はじめて俺を見たとき、そんなそぶりなかったのに」
「そうかな? けっこうびっくりしたけどね。あーまたこの子戻ってきちゃったって思ったもん」

 バロンはどこか困ったような表情を浮かべて、そう言った。

「ぼくが了承してすぐに、ゴフェルは泣きながら、ありがとうって言っていたよ。それからすぐに能力で、自分の記憶をきれいさっぱりと消したのさ」
「記憶を、消した……」
「そう、ゴフェルは自我を消した。つまり自分を殺したんだ。そして、君が生まれたんだよ、スズ」

 バロンの話を、まるで俺とは関係のない話を聞くように聞いていた。
 実際、突拍子のない話ばかりで、実感が何もわかない。
 バロンはにっこりと笑って、再び俺の膝に飛び乗ってきた。

「スズ、びっくりした? 絶望したかい?」
「……いや、ごめん。正直、何も覚えてないし、実感が湧かないっていうのが感想」
「そっか! じゃあ、最初から心配する必要なんて、なかったんだね。やっぱりスズは根性すわってる。それでこそ、ぼくが気に入った人間だよ!」

 バロンはうれしそうにそう言って、すぐに真剣な表情で俺を見た。

「だけどね、スズ。君は、この世界を元に戻すべきだ」

 唐突に言われた言葉に顔をあげる。

「ノアアークが断絶した世界を、元に戻すってこと? 俺が?」
「そうだよ。君が、やるべきだ。ゴフェルはノアアークと一緒に、この世界をおかしくした大罪人だ。だからこそ、君が、この世界を正しい世界に戻すべきだ」

 バロンははっきりと言った。

「ゴフェルはノアアークを止められなかった。だから、君がやるべきなんだよ、スズ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】なぜ、王子の僕は幽閉されてこの男に犯されているのだろう?

ひよこ麺
BL
「僕は、何故こんなに薄汚い場所にいるんだ??」 目が覚めた、僕は何故か全裸で拘束されていた。記憶を辿るが何故ここに居るのか、何が起きたのかが全く思い出せない。ただ、誰かに僕は幽閉されて犯されていたようだ。ショックを受ける僕の元に見知らぬ男が現れた。 なぜ、王子で最愛の婚約者が居たはずの僕はここに閉じ込められて、男に犯されたのだろう? そして、僕を犯そうとする男が、ある提案をする。 「そうだ、ルイス、ゲームをしよう。お前が俺にその体を1回許す度に、記憶のヒントを1つやろう」 拘束されて逃げられない僕にはそれを拒む術はない。行為を行う度に男が話す失われた記憶の断片。少しずつ記憶を取り戻していくが……。 ※いままでのギャクノリと違い、シリアスでエロ描写も割とハード系となります。タグにもありますが「どうあがいても絶望」、メリバ寄りの結末の予定ですので苦手な方はご注意ください。また、「※」付きがガッツリ性描写のある回ですが、物語の都合上大体性的な雰囲気があります。

病んでる愛はゲームの世界で充分です!

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
ヤンデレゲームが好きな平凡男子高校生、田山直也。 幼馴染の一条翔に呆れられながらも、今日もゲームに勤しんでいた。 席替えで隣になった大人しい目隠れ生徒との交流を始め、周りの生徒たちから重い愛を現実でも向けられるようになってしまう。 田山の明日はどっちだ!! ヤンデレ大好き普通の男子高校生、田山直也がなんやかんやあってヤンデレ男子たちに執着される話です。 BL大賞参加作品です。よろしくお願いします。

僕のお兄様がヤンデレなんて聞いてない

ふわりんしず。
BL
『僕…攻略対象者の弟だ』 気付いた時には犯されていました。 あなたはこの世界を攻略 ▷する  しない hotランキング 8/17→63位!!!から48位獲得!! 8/18→41位!!→33位から28位! 8/19→26位 人気ランキング 8/17→157位!!!から141位獲得しました! 8/18→127位!!!から117位獲得

【完結・R18】28歳の俺は異世界で保育士の仕事引き受けましたが、何やらおかしな事になりそうです。

カヨワイさつき
BL
憧れの職業(保育士)の資格を取得し、目指すは認可の保育園での保育士!!現実は厳しく、居酒屋のバイトのツテで、念願の保育士になれたのだった。 無認可の24時間保育施設で夜勤担当の俺、朝の引き継ぎを終え帰宅途中に揉め事に巻き込まれ死亡?! 泣いてる赤ちゃんの声に目覚めると、なぜか馬車の中?!アレ、ここどこ?まさか異世界? その赤ちゃんをあやしていると、キレイなお母さんに褒められ、目的地まで雇いたいと言われたので、即オッケーしたのだが……馬車が、ガケから落ちてしまった…?!これってまた、絶対絶命? 俺のピンチを救ってくれたのは……。 無自覚、不器用なイケメン総帥と平凡な俺との約束。流されやすい主人公の恋の行方は、ハッピーなのか?! 自作の"ショウドウ⁈異世界にさらわれちゃったよー!お兄さんは静かに眠りたい。"のカズミ編。 予告なしに、無意識、イチャラブ入ります。 第二章完結。

勇者パーティーハーレム!…の荷物番の俺の話

バナナ男さん
BL
突然異世界に召喚された普通の平凡アラサーおじさん< 山野 石郎 >改め【 イシ 】 世界を救う勇者とそれを支えし美少女戦士達の勇者パーティーの中・・俺の能力、ゼロ!あるのは訳の分からない< 覗く >という能力だけ。 これは、ちょっとしたおじさんイジメを受けながらもマイペースに旅に同行する荷物番のおじさんと、世界最強の力を持った勇者様のお話。 無気力、性格破綻勇者様 ✕ 平凡荷物番のおじさんのBLです。 不憫受けが書きたくて書いてみたのですが、少々意地悪な場面がありますので、どうかそういった表現が苦手なお方はご注意ください_○/|_ 土下座!

転生先のパパが軽くヤンデレなので利用します

ミクリ21
BL
転生したら王子でした。しかも王族の中で一番低い地位です。しかし、パパ(王様)が溺愛してきます。更にヤンデレ成分入ってるみたいです。なので、少々利用しましょう。ちょっと望みを叶えるだけですよ。ぐへへ♪

なんでも諦めてきた俺だけどヤンデレな彼が貴族の男娼になるなんて黙っていられない

迷路を跳ぶ狐
BL
 自己中な無表情と言われて、恋人と別れたクレッジは冒険者としてぼんやりした毎日を送っていた。  恋愛なんて辛いこと、もうしたくなかった。大体のことはなんでも諦めてのんびりした毎日を送っていたのに、また好きな人ができてしまう。  しかし、告白しようと思っていた大事な日に、知り合いの貴族から、その人が男娼になることを聞いたクレッジは、そんなの黙って見ていられないと止めに急ぐが、好きな人はなんだか様子がおかしくて……。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

処理中です...