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4章.プレジュ王国

51.作戦

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 あの、もう長くない寝たきりの王に、もう一度会いにいく。
 ニヤリと笑って得意気にそう言ったバロンを抱き上げ、再びベッドに座った。俺の顔面に体当たりをしたせいで乱れているベージュの毛を、手ぐしで整えてやる。

「……駄目なんだよ、バロン。言ってなかったけど、プレジュの王はずいぶん年をとっていてもうあまり永くない。会ったときは、寝たきりで意識もなかった」
「まぁ、治癒してほしいって頼まれるぐらいだから、そうだろうね。その人間の寿命は、あとどれぐらいだったか分かる?」

 たずねられて、思い出す。
 一度だけ見た、プレジュの王。治癒能力のおかげで、大体の寿命が分かっていた。
 たしかあのとき見えた寿命は……。

「……あと、十五日ぐらいだったと、思う」
「じゃあ、それまでにプレジュに行って、その人間を治しにいかないとね!」
「どうやって? 落ち着いたころ、深夜にでも王宮をこっそり抜け出すとか?」

 そう提案すると、バロンはとんでもないとばかりに大きく首を振った。

「スズ。それだけは駄目だ。王宮をこっそり抜け出すのは、かなり悪手だよ」
「え、なんで?」
「この王宮はね、ノアアークの空間支配がめちゃくちゃ強いんだ。王宮内にいる限り、スズの動向はおそらく手に取るように分かるはず。すぐに捕まっちゃうよ」

 神妙に告げられて、ぞわっとした。
 動向が手に取るように分かるって……なにそれ怖すぎ。知りたくなかったな、その情報……。
 たしかにエリスちゃんも、王宮内にいる治癒能力者には、とても手が出せなかったって言っていた。そういうことだったんだ。

「じゃあ、どうしたらいい? 今の状態じゃ、外出を許してもらえるとは思えない」
「むしろそっちの方が大丈夫じゃないかな? スズが上手くやれば、外出ぐらいできると思うけど」
「……いやいや、さすがにこの状況じゃ難しいだろ」

 簡単に言われて、思わずぼやいてしまう。
 けれどバロンは自信ありげな表情を崩さなかった。

「ぼくはいけると思うよ。いいかい、スズ。あの人間――ノアアークはね、ぼくよりも人間嫌いだし、非道な奴だけど、ゴフェルのことだけは大切にしていた。つまり、スズにはめちゃくちゃ甘いはずだ。極力、きみが嫌がることをしたくないのさ。だからスズを、他の治癒能力者のように監禁しないし、スズが言ったから、あの三人を殺さなかった。この甘い監視もその証拠だよ」

 嫌がることをしたくない?
 俺、あいつに犯されたんですが。
 ……まあ、あれはそれ以上に俺の召喚契約の枠を潰したかったんだろうな、とは思う。
 それにあの男がゴフェルに甘いのも何となく分かる。俺を通してゴフェルを見てたんだろうなって思う行動がいくつもあるしな。

「うーん。じゃあどうすればいい?」
「あいつを油断させなよ。ノアアークにへりくだって、敵意がないふりをする。そうすればきっと、護衛つきで外出ぐらいはさせてもらえるんじゃないかな! あとは、その護衛を撒いてリオを召喚。プレジュに行くだけさ! さすがぼく、いい作戦だなー!」
「えぇ……」

 突っ込みどころしかない作戦に、思わず顔が引きつってしまう。

「……一つ一つの難易度が高すぎない? さすがに無理があるよ……」
「難易度が高くても無理があってもやるしかないのっ! 他に方法がないんだから! ぼくも手伝うし!」

 毛を逆立てながら、強い口調でバロンは言った。
 ……そんなうまいこといくのか? でもたしかに、王宮をこっそり抜け出せないなら、許可をもらって外出するしか方法はないもんな……。

「でもさ、仮にこの作戦が成功したとして、プレジュの王様を勝手に治癒しても大丈夫なのかな? ノアアーク王はプレジュの王様を治してほしくないみたいだった。怒ったノアアーク王がとんでもないことをしそうで、怖いよ」

 そう呟くと、バロンは首をかしげた。

「とんでもないことって、たとえば?」
「……プレジュでノアアークが、プレジュとサリエニティを消してやろうか、みたいなことを言っていたんだよ。消すのは無理だとは言ってたけど、本当に大丈夫なのかなって」
「ああ、それは大丈夫だよ」

 バロンは即答した。
 その言葉には確信が含まれているように聞こえて、驚いて顔をあげる。

「断言できるよ。ノアアークは、プレジュとサリエニティを消せない。邪魔な人間を殺すぐらいなら、あるかもしれないけどね」
「なんでそんなことが断言できるんだ?」
「――きみが、ゴフェルじゃないからさ」

 バロンがきっぱりとそう言って。

「はぁ、またそれか」

 俺はうなだれた。
 バロンのこの言葉を理解するためにも、俺はプレジュの王を治癒して、全てを聞かなくちゃいけない。
 バロンはにっこりと笑って、ぴょんと俺の肩に乗ってきた。

「ねぇ、スズ! スズがプレジュの王から話を聞いたとき、ぼくも全てを話すよ。君にとっては残酷な話かもしれない。だけど、君はあの泣き虫だったゴフェルじゃない。強くてたくましいスズだから、きっと大丈夫だって、信じてるからね!」
「うん。よく分かんないけど、分かった」
「ダンジョンで、スズに初めて会ったときも言ったけど、ぼくはスズに期待してるんだ。この世界を救うのは君だって、ぼくは信じてるよっ!」

 バロンはうれしそうに、言った。
 バロンの言葉も、この世界のことも、俺は何も知らない。
 それでも漠然とだけどね。
 ゴフェルが犯しただろう罪の償いと、ゴフェルができなかったことを俺がやるべきだって、そう思った。まぁ、まだ何も知らないんだけどな。

「……よし!」

 俺は思い立って、立ち上がる。洗面台の前に移動した。それから鏡に向かって、にっこりと笑ってみる。

「……え、スズ、何してんの?」
「笑顔の練習。俺、王様を前にして笑える自信ないし練習しなきゃ」

 鏡の前で百面相をはじめた俺を見てか、バロンは「ああ、そう……」と呆れたようにつぶやいていた。
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