上 下
15 / 73
2章 王宮

15.ヴィラ―ロッドにて

しおりを挟む
 
 西の街、ヴィラーロッド。
 この王国、最後の街に着いて、地面に足をおろした。
 入口にある門は、大木を無理矢理捻じ曲げたような、不思議な形をしており“ヴィラーロッド”と彫られている木製の板が、門から乱雑にぶら下がっていた。
 治安が悪い街、なんて言うから、街は寂れていて、怪しい人たちがそこら中をウロウロしているのかなーなんて思っていたけど、実際来てみたらそんなことは全然なかった。
 人通りは少ないけど、街を歩く人々は至って普通の人に見える。
 街の中は薄暗くて、不思議な形の建物や装飾が多い。明るい色は少なく、ほとんどが暗い色に塗られている。
 何て例えたらいいんだろう。
 映画で見たことあるハロウィンタウンみたいだ。不思議な雰囲気の街だけど、俺はきらいじゃない。

「変わった街ですね」
「たしかに変わってるけど、俺はこの街が一番気に入ってんな。他の街はごちゃごちゃしてて落ち着かねぇよ。ここは、たまに来るにはいい場所だぜ。美味い飯屋も多いしな」
「うまい飯屋ですか」

 その言葉に驚いた。
 まだこの世界に来たばっかりだけど、王宮の騎士が大衆のご飯屋さんに行くイメージが無かったからだ。何かもっとこう、高級食ばっかり食べて、大衆食なんて見下してるのかと思ってた。スラム出身のエルマー様が特殊なだけなのかもしれないけど。

「あ? 何だその顔」

 無意識にまじまじと見すぎてしまったらしい。
 不審に思ったらしいエルマー様に顔をしかめられて、慌てて首を振った。

「いえ! 何でもありません!」
「すぐそこの飯屋が美味いんだよ。せっかく来たし、食っていこうぜ!」
「え、いいんですか? 疫病が蔓延してるスラムがあるって言ってたのに……」
「んなの、ここから遠いから大丈夫だよ。マジで美味いからな。お前もびびるぜ」

 エルマー様は上機嫌にそう言って、門をくぐっていく。
 後に続いて歩きながら、街の風景を見渡す。
 ちょっとデコボコしてて歩きにくいけど、石を敷き詰めた道はとても広い。ときどき不思議な色と形をした街灯が道を突き抜けるようにして生えている。
 五分ほど歩き、道の端に生えている大きな大木の前で止まった。
 大木には扉が設置されていて、すぐそばに“ホーンテッド”と書かれた看板がある。どうやらこれがレストランの名前らしい。既視感のある名前だな。
 エルマー様が扉を開ける。中には地下へと続く階段があった。エルマー様の後を追い、照明のない暗い階段を下っていく。
 階段下にある扉を開けると、視界が一気に明るくなった。
 店内は細長い作りになっている。カウンターが十席、テーブル席が二つのみ。
 カウンターの奥のキッチンで調理をしているらしい店主は顔を上げた。

「いらっしゃいませ。あ、エルマーさん。お久しぶりですね」

 無精ヒゲの生えた、四十代半ばぐらいの店主は淡々とした声でそう言った。
 王宮の騎士相手だってのに、畏まった様子もなく淡々と接している。悪い人じゃなさそうだし、おそらくあまり表情が豊かじゃない人なんだろう。

「任せるから適当に何か出してくれ」
「今日はいいヴォルが入りましたから、ヴォルの料理でいいですか?」
「ああ」

 エルマー様がカウンターに座ったので、俺も隣に座る。
 カウンターテーブルからはキッチンが丸見えで、店主さんが料理をするところを見ることができた。

「エルマー様、ヴォルってなんですか?」

 気になって小さな声でそうたずねる。
 それと同時に、大きな保管庫から物凄く歪な形のピンク色の肉が取り出された。エルマー様はそれを指す。

「あ? あれがヴォルだろ」

「……な、何かすごい形してますけど、どういう生物なんですか?」
「ヴォルはヴォルだろ。何言ってんだ、お前」
「……やっぱ何でもないです」

 ……きっと、俺の知らない生物なんだろう。深く追求するのはやめよう。食べれなくなりそうだし。
 店主さんの手つきは鮮やかだった。
 すごいスピードで肉を捌き、調味料を混ぜ、根菜類を調理する。一つ一つの動作に無駄が一切ない。思わず見とれてしまう。

「はい、どうぞ。お待たせしました」

 ものの五分ほどで、きれいな料理が出てきた。
 深めの大きな皿の真ん中に、お肉。周りに色とりどりの根菜類が添えられて、いい香りのするソースがかけられている。付け合わせはふかふかのパン。
 今まで嗅いだことがないぐらい、いい香りが食欲を刺激してくる。
 ヴォルとかいう肉も、あのグロテスクな肉だと想像できないぐらい、綺麗に整えられてすごくうまそうだ。

「いただきます」

 一口食べて、フォークを置く。頭を抱えた。
 何だこれ。美味しいの次元を超えてる。大げさじゃなく、今まで食べたものの中で一番美味しい。

「美味いだろ? ここの店主は、調理レべル7の能力者だからな」
「そ、そんな能力あるんですか……っ!? やばいです……美味しすぎて涙出てきました……」
「王宮の調理師にならねーかって勧誘してるんだけどなー。ここで店主やってるのがいいんだとさ」
「いやいや、王宮の調理師なんかになったら、王宮の人しか食べられなくなっちゃうじゃないですか……! これはいろんな人が食べるべき料理ですよ!」
「でもよーヴィラーロッドにあると、そこそこ遠いから、なかなか来れないんだよ。お前だって王宮に入ったんだから、近い方がいいだろ?」
「俺は移動能力があるので、ここでいいです」

 そう言うと、エルマー様に肩をがしりと掴まれた。

「……行くときは俺も連れていけよ?」
「あ、はい。たまには声かけますね」
「たまにはじゃなくて常に声かけろよッ! 俺はお前の上司なんだけど!」

 隣から聞こえるエルマー様の罵声を無視して再び料理を味わう。
 あーやばい。幸せ。ヴォルが何なのかついに分からなかったけど、めちゃくちゃ美味い。毎日でも食べたいよ。
 綺麗にたいらげて、お皿をカウンターに置いた。

「美味しかった! 絶対にまた来ます! あ、エルマー様、俺お金持ってないんで、ごちそうさまです」
「……お前、調子いいな。店主、釣りはいいから」

 エルマー様はそう言って、カウンターに銀貨を一枚置く。店主さんは首を振った。

「代金はいいですよ。前かなり多めに頂いたんで、その分から引いておきます」
「別にいいよ。これでいい食材仕入れて、また美味いもん食わせてくれ」
「そうですか。なら、遠慮なく頂きます。いつもありがとうございます。ぜひまた来てください」

 銀貨一枚がどれぐらいの価値なのかも分からないが、この料理の対価としては多すぎるらしい。
 ぺこりと無表情で頭を下げた店主さんに見送られて、レストランを後にした。

「それじゃ、飯も食ったし王宮に帰るかー。飯以外は陰気くさい場所だしな」
「俺はヴィラーロッドの雰囲気結構好きですけどね」
「俺も気に入ってるが、あんまり中まで入ると今は危ねぇしな。チンピラに絡まれるぐらいならいいんだが、万が一疫病にでもかかったら、自分じゃ何ともできねぇからな」

 そう言って、エルマー様は俺の腕を掴んで、踵を返した。

「じゃ、スズ。帰りもよろし――」

「騎士様ッ!」

 エルマー様の言葉は、後ろからの叫び声にかき消された。
 まだ若い、少年の声だ。
 驚いて振り返る。その声の主――少年の姿を見て、さらに驚いて目を見開いた。
 着用している汚れた服から、伸びているはずのものが無い。身体をふらつかせながら、まるでカカシのように一本の右足のみで地面に立っている。
 十代半ばほどに見える少年は、両手と左足が無かった。
 肩ぐらいまで伸びた茶色の髪はボサボサで、わずかにみえる顔は青白い。小さな背中には、ボロボロの布で何重にも包まれた大きな荷物を背負っていた。少年には両手が無いので、荷物を落とさないよう、身体にロープを巻きつけている。
 あまりにも陰惨な姿だった。

「き、騎士様……っ、どうか、どうか、お助けください……」

 懇願するようにそう言った少年は、片足で跳びはねながら近づいてくる。
 エルマー様は庇うように左腕を俺の前に伸ばした。

「近づくな。ここで話を聞く」
「ああ……っ、あの、どうか、どうかお助けください。女神さまを呼んでください。どうか、助けて……たった一人の、僕の大切な妹なんです」

 少年は涙を流し、声は震えていた。
 途端に、ずるりと背負っていた大きな荷物が落ちる。両手がない少年はなすすべもなく、荷物が地面に落下する。その拍子に覆っていた布が外れ、荷物の正体が明らかになった。

「……っ!」

 絶句する。
 それは人間の少女だった。
 いや、少女と言っていいのかも怪しい。
 小さな身体のほとんどが真っ黒に染まり、壊死していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】なぜ、王子の僕は幽閉されてこの男に犯されているのだろう?

ひよこ麺
BL
「僕は、何故こんなに薄汚い場所にいるんだ??」 目が覚めた、僕は何故か全裸で拘束されていた。記憶を辿るが何故ここに居るのか、何が起きたのかが全く思い出せない。ただ、誰かに僕は幽閉されて犯されていたようだ。ショックを受ける僕の元に見知らぬ男が現れた。 なぜ、王子で最愛の婚約者が居たはずの僕はここに閉じ込められて、男に犯されたのだろう? そして、僕を犯そうとする男が、ある提案をする。 「そうだ、ルイス、ゲームをしよう。お前が俺にその体を1回許す度に、記憶のヒントを1つやろう」 拘束されて逃げられない僕にはそれを拒む術はない。行為を行う度に男が話す失われた記憶の断片。少しずつ記憶を取り戻していくが……。 ※いままでのギャクノリと違い、シリアスでエロ描写も割とハード系となります。タグにもありますが「どうあがいても絶望」、メリバ寄りの結末の予定ですので苦手な方はご注意ください。また、「※」付きがガッツリ性描写のある回ですが、物語の都合上大体性的な雰囲気があります。

病んでる愛はゲームの世界で充分です!

書鈴 夏(ショベルカー)
BL
ヤンデレゲームが好きな平凡男子高校生、田山直也。 幼馴染の一条翔に呆れられながらも、今日もゲームに勤しんでいた。 席替えで隣になった大人しい目隠れ生徒との交流を始め、周りの生徒たちから重い愛を現実でも向けられるようになってしまう。 田山の明日はどっちだ!! ヤンデレ大好き普通の男子高校生、田山直也がなんやかんやあってヤンデレ男子たちに執着される話です。 BL大賞参加作品です。よろしくお願いします。

僕のお兄様がヤンデレなんて聞いてない

ふわりんしず。
BL
『僕…攻略対象者の弟だ』 気付いた時には犯されていました。 あなたはこの世界を攻略 ▷する  しない hotランキング 8/17→63位!!!から48位獲得!! 8/18→41位!!→33位から28位! 8/19→26位 人気ランキング 8/17→157位!!!から141位獲得しました! 8/18→127位!!!から117位獲得

【完結・R18】28歳の俺は異世界で保育士の仕事引き受けましたが、何やらおかしな事になりそうです。

カヨワイさつき
BL
憧れの職業(保育士)の資格を取得し、目指すは認可の保育園での保育士!!現実は厳しく、居酒屋のバイトのツテで、念願の保育士になれたのだった。 無認可の24時間保育施設で夜勤担当の俺、朝の引き継ぎを終え帰宅途中に揉め事に巻き込まれ死亡?! 泣いてる赤ちゃんの声に目覚めると、なぜか馬車の中?!アレ、ここどこ?まさか異世界? その赤ちゃんをあやしていると、キレイなお母さんに褒められ、目的地まで雇いたいと言われたので、即オッケーしたのだが……馬車が、ガケから落ちてしまった…?!これってまた、絶対絶命? 俺のピンチを救ってくれたのは……。 無自覚、不器用なイケメン総帥と平凡な俺との約束。流されやすい主人公の恋の行方は、ハッピーなのか?! 自作の"ショウドウ⁈異世界にさらわれちゃったよー!お兄さんは静かに眠りたい。"のカズミ編。 予告なしに、無意識、イチャラブ入ります。 第二章完結。

勇者パーティーハーレム!…の荷物番の俺の話

バナナ男さん
BL
突然異世界に召喚された普通の平凡アラサーおじさん< 山野 石郎 >改め【 イシ 】 世界を救う勇者とそれを支えし美少女戦士達の勇者パーティーの中・・俺の能力、ゼロ!あるのは訳の分からない< 覗く >という能力だけ。 これは、ちょっとしたおじさんイジメを受けながらもマイペースに旅に同行する荷物番のおじさんと、世界最強の力を持った勇者様のお話。 無気力、性格破綻勇者様 ✕ 平凡荷物番のおじさんのBLです。 不憫受けが書きたくて書いてみたのですが、少々意地悪な場面がありますので、どうかそういった表現が苦手なお方はご注意ください_○/|_ 土下座!

転生先のパパが軽くヤンデレなので利用します

ミクリ21
BL
転生したら王子でした。しかも王族の中で一番低い地位です。しかし、パパ(王様)が溺愛してきます。更にヤンデレ成分入ってるみたいです。なので、少々利用しましょう。ちょっと望みを叶えるだけですよ。ぐへへ♪

なんでも諦めてきた俺だけどヤンデレな彼が貴族の男娼になるなんて黙っていられない

迷路を跳ぶ狐
BL
 自己中な無表情と言われて、恋人と別れたクレッジは冒険者としてぼんやりした毎日を送っていた。  恋愛なんて辛いこと、もうしたくなかった。大体のことはなんでも諦めてのんびりした毎日を送っていたのに、また好きな人ができてしまう。  しかし、告白しようと思っていた大事な日に、知り合いの貴族から、その人が男娼になることを聞いたクレッジは、そんなの黙って見ていられないと止めに急ぐが、好きな人はなんだか様子がおかしくて……。

冷淡騎士に溺愛されてる悪役令嬢の兄の話

雪平
BL
17歳、その生涯を終えた。 転生した先は、生前妹に借りていた乙女ゲームの世界だった。 悪役令嬢の兄に転生したからには、今度こそ夢を叶えるために死亡フラグが立ちまくるメインキャラクター達を避けてひっそりと暮らしたかった。 しかし、手の甲に逆さ十字の紋様を付けて生まれて「悪魔の子だ」「恥さらし」と家族やその周辺から酷い扱いを受けていた。 しかも、逃げ出した先で出会った少年はメイン中のメインキャラクターの未来の騎士団長で… あれ?この紋様、ヒロインのものじゃなかったっけ? 大帝国の神の子と呼ばれたこの世で唯一精霊の加護により魔法が使える冷淡(溺愛)騎士団長×悪魔の子と嫌われているが、生きるために必死な転生少年とのエロラブバトル。 「……(可愛い可愛い)」 「無表情で来ないでよ!怖い怖い!!」 脇CPはありません。 メイン中心で話が進みます。

処理中です...