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2章 王宮
14.東と南の町
しおりを挟む炭鉱の街、ファヴァカルターを出て、今度は東へ向かう。
整えられた広い土の道がまっすぐに伸びているので、進路はとても分かりやすかった。
……前も思ったんだけど、この王国はそこまで大きくない。国っていうから、日本列島ぐらいあるのかなーって思っていたんだけど、移動能力なら半日あれば一周できそうなぐらい小さかった。
この世界は、元の世界よりずっと小さいのかもしれない。
東へ数十分、移動を続ける。
神秘的な風景が見えてきて、目を見開いた。
「おーきれいですね!」
思わず声が出てしまった。
街全体を透き通った綺麗な水しぶきが覆っている。
入口には左右から水がアーチのように上がっていて“グリモワール”という文字が浮き上がっていた。すげーどうなってんだこれ。
神秘的な水のアーチをくぐって街へ入る。
街に入って驚いたのは、ほとんどの建物が宙に浮いていることだった。
「うわっ、建物が浮いてる! エルマー様、あれどうやって浮かせてるんですか?」
「よく見てみろ」
そう言われて、もう一度目を細めてよく見ると、建物の周りが薄い膜で覆われているのが見えた。
「建物が透明な、膜に覆われていますね」
「それがこの街の要になってる。透明な球体があちこちに浮かんでるだろ? あれと一緒のもんだ」
たしかに街の中には、大小さまざまな大きさのシャボン玉みたいな球体がたくさん浮かんでいた。驚くことに、建物を球体の中に入れて浮かせているらしい。
まさに、魔法の街。めちゃくちゃファンタジーだ。
「ここが魔法の街、グリモワールだ。非能力者も能力者の恩恵にあずかって生活できるから、四つの中じゃ一番人気の地区らしい。たしか今は人数が増えすぎて、審査に通らないと移住できねぇんじゃなかったかな」
「へぇ、王宮みたいですね。たしかにいい雰囲気だなあ」
「まぁ王宮よりは全然ぬるい審査らしいけどな。能力者ってだけでまず審査には通ると思うぜ」
「そうなんですか? うーん、王宮をクビになったらグリモワールでもいいなぁ」
「あ? 何か言ったか?」
「な、なんでもないですッ!」
慌てて首を横に振る。
エルマー様が疑わしそうに俺を見たから、へらっと笑っておいた。危ない危ない。
それにしても、いい雰囲気だな、グリモワール。現実感のないこの風景がすごくいい。それにきれいなのはポイント高いよな。
「あれ、でも……」
宙に浮かんでいる建物を見て、ふと不思議に思い首をかしげた。
「この街、建物が主に宙に浮いてますけど、どうやって入るんですか? 俺は移動能力があるから入れますけど、移動手段がない人は入れないですよね」
「そりゃこれを使うんだ」
エルマー様は得意気に笑った。
水のアーチのそばの地面から、小さな泡がぶくぶくと浮き上がっている。
エルマー様の指が、その一つに触れた。その瞬間、泡はモコっと大きく膨れ上がる。街にたくさん浮かんでいる水玉だ。
「んで、ここに入って移動する。お前も来い」
エルマー様はその大きな水玉の中に入っていく。
うわすごい。シャボン玉にしか見えないんだけど、割れないんだろうか。
エルマー様に手招きされて、おそるおそる水玉の中に入る。
内側から触ってみると、見た目に反してとても丈夫だ。思い切り押しても割れない。
水玉はふわりと宙に上がっていく。俺たちを乗せた水玉は街中へ入っていった。
「門前に設置されているこの玉は、グリモワールを一周して戻ってくる。完全に観光用だな。この街の奴らが使ってる水玉は操縦できるから、それを移動手段に使ってる」
「おお! いい眺めですね」
「あ、スズ。あそこを覚えとけ。やっかいになる奴が多いからな」
そう言ってエルマー様は、一つの大きな建物を指した。
とてつもなく大きな水玉に包まれた、お城のような洋館が浮いている。
大勢の人々があの建物を行き来していた。
「何ですか、あそこ」
「あれはな、マナ修練所だ」
「まなしゅうれんじょ?」
聞き慣れない言葉に首をかしげる。
エルマー様は呆れたように、ため息を吐いた。
「……あーもしかしてマナを知らねぇのか。いいか、スズ。俺らの持ってる能力は便利だが、無限に使えるわけじゃねぇ。使うには体内にあるマナって力が必要になる。使い続けていれば疲れるし、尽きれば回復に時間がかかる。極端な話、いくら有能な能力を持っていたところで、保有マナが少なければマトモに使えねぇんだよ」
「えっそうだったんですか!? 全然知らなかった……」
全然気にしてなかったけど、ゲームでいうMPみたいなものがあったらしい。
「保有マナは生まれ持ったものが大きいが、鍛えて増やすこともできる。あそこにある修練所は、マナを増やす訓練所みたいなもんだ。マナ切れで昏睡した奴の回復もやってる。お前だってここまで能力使って来たんだ。疲れただろ?」
「うーん。どうだろ。あんまり疲れてないと思いますけど」
今朝おいしい朝食をたくさん食べたからか、身体の調子はすこぶるよかった。
エルマー様は少し驚いた表情で俺を見る。
「……お前、なかなかマナが多いみたいだな。まあ俺には負けるけどな!」
はっはっは、と笑うエルマー様を無視して、水玉の中からグリモワールの景色を眺める。
直属の部下になって一日目。
早くもエルマー様の扱いが適当になってきた。近いうちにキレられそう。
やがて俺たちを乗せた水玉はグリモワールを一周し、元の門前でゆっくりと割れた。
地面へ足を着いてすぐに、再びエルマー様に腕を掴まれる。
「疲れてないなら遠慮はいらねぇな! 次は南だ! 早く行け!」
「はいはい」
再び瞬間移動を繰り返し、今度は南へと向かう。
数十分経過するころには、周りの景色が次第に変わっていく。自然の風景が一気に少なくなり、白くて無機質な人工物が増えていった。
やがて正面に、大きくて真っ白な建物が見えてくる。
「あそこがサウスミンスターだ」
「うわぁ、でっかい建物ですね。あれは……神殿ですか?」
「そう、神殿だ。サウスミンスターは信仰の街らしいからな。俺も詳しいことは興味ねぇから知らねぇけど、大勢の人間が毎日あそこで拝んでるらしいぜ。元々は人がほとんど寄りつかねぇ寂れたエリアだったらしいが、うまくやったもんだ」
「ここの人たちは、一体何を信仰してるんですか?」
「今、王宮にいる治癒能力者の女だ」
「……は?」
予想外の答えに思わず声が裏返る。
エルマー様も、馬鹿にしたように笑っていた。
「その女がこの街の出身らしい。それをネタに信者を集めてんだってよ。んで、信者から金をがっぽり巻き上げて優雅な暮らしをしてやがるのさ」
「そ、そうですか、へぇ……」
やばい。どっからつっこんでいいのか分からん。
あんまり宗教のことわかんないけど、信仰対象が生きてる人間……って普通なのか? いや普通じゃないよね? 普通は神様とか仏様だと思うんだけど。
「ここは金の臭いがプンプン臭ってきて、どうも好きになれねぇな。見るところもねぇし、次行くぞ次」
「そうですね、早く行きましょう。最後は……ヴィラ―ロッドでしたっけ?」
「あーあそこか。どうすっかな」
エルマー様は悩んでいるような表情を見せる。
ヴィラ―ロッド。
たしか無法者が多い街だっけ。治安が悪いのだろうか。
「危ない所なんですよね。行かない方がいいですか?」
「いや、治安が悪いって言っても、いるのはチンピラの雑魚ばっかりだ。俺たちの相手じゃねぇよ。ただ、あそこは……」
エルマー様は言いにくそうに一度言葉を切った。
「……さっき言ってた、疫病が流行してるスラムがあんだよ」
疫病が流行っているスラム。
王宮でエルマー様が言っていた、致死率三割の疫病が流行っているスラムのことだ。
「まぁ入口から遠いし、近づかなきゃいいだろ。行くか?」
エルマー様にたずねられて、俺は大きくうなずいた。
「はい。せっかくなので見てみたいです!」
「よし。じゃあ行け、スズ!」
エルマー様の腕を掴まれたのを確認して、俺は西の街、ヴィラ―ロッドへと向かった。
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