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1章 ダンジョン
5.ボーナスステージ終了
しおりを挟む「だめだ……全然見つからん……見つかる気もしない……」
色とりどりの花木に囲まれている大自然の中、ゼェゼェと息を切らしながらひとりごちる。
バロンにこのボーナスステージの説明をされたときは、もしかしたら十匹ぐらい捕まえてしまうかもしれない……なんて思ってたのに、まさかここまで難易度が高いとは思わなかった。なにしろ、捕まえるどころかバロンの姿さえ見つけられないのだ。
「……別に怪しい能力なんて、いらないんだけど」
でも、ここまで見つけられないのは何か腹立つんだよな。
無理難題を押し付けられて、一方的に遊ばれてる気分だし。たとえバロンに触れるのが無理だとしても、姿だけでも見つけてやりたい。
ヘンなところで負けず嫌いを発揮した俺は、バロンを探すべく再び大自然の中をあてもなく歩きはじめた。
『スズ~! まだぼくが見つからないの~? 残り三十分だよ~』
突然、広い自然の中にバロンの楽しそうな声が放送のように響いた。
どうやっているのかは知らないが、残り時刻はこうやって定期的に知らせてくれるらしい。
さすがダンジョンの管理者。何でもアリだし腹立つ。とりあえず無視しよう。
しばらく綺麗な草原を歩いていると、やがて前方に鬱蒼と茂る森が見えてきた。
うーん、見るからに怪しい。薄暗いし何か出そう。
どうしようか少し悩んで、森の中へ入ることにした。もしかしたらあそこに、バロンが一体ぐらいいるかもしれない。
鬱蒼とした森の中に生えている雑草はとても長く、170センチ弱ある俺の腰まで届いている。それをかき分けながら、少しずつ森を進んでいく。
「くそ~! 雑草が擦れて膝が痛い~。チクチクする~」
予想以上に道は過酷で、入らなきゃよかったとすぐに後悔した。
……そういえばバロン、俺が手に入れた移動能力で空を飛べるとか言っていたっけ。
不思議なことに、能力の使い方は何となく本能で理解している。ダメ元で試してみるか、と精神を集中させ、空間移動をイメージしてみた。
すると、一瞬だけ身体が軽くなる。
次の瞬間、俺は空中に移動していた。さっき倒したネクロちゃんがやっていた、短距離のワープというやつである。どうやら倒したボスの能力を手に入れられる仕様らしい。
「やった! できた……っ、って、うわあああああっ!」
だけどすぐに落下して、俺の身体は再び長い雑草の中に沈んでしまった。
……なるほど。重力には勝てないと。空を飛ぶには断続的に瞬間移動を続けないといけないのか……。
土で汚れた尻を払って立ち上がる。
もう一度集中して、今度は空間を移動し続けてみた。俺の身体は消えたり現れたりを繰り返してどんどん高くへ上っていく。
「すげー! 超能力者みたいだ!」
思わずテンションが上がってしまう。
いろいろ試してみたが、大体最大十メートル先ぐらいまでなら瞬間移動できるみたいだ。もっと高いレベルなら移動距離も長いんだろうけど、レベル7の俺はこれが限界らしい。でもこれで十分に思えた。
とにかくこれで高い場所も探せる。
俺は森の大きな木の幹の中や、苔の生えた大きな岩の上などに移動し、バロンの姿を探した。
しかし、それでも一向にバロンは見つからない。
「うあ~見つからない……」
ひとりごちながら、どんどん森の奥へ進んでいく。
そうしているうちに、いつの間にか最深部まで来てしまったらしい。前方に透き通るように青い小さな泉を見つけて、地面に降りた。
『スズ~まだあ~? 残り十五分で~す!』
のんきな声がまた聞こえてきて、イラっとしつつも、また無視をして泉に近づいた。
薄暗い森の中にあるというのに、その泉は宝石のようにきらきらと輝いていた。
泉の前にしゃがんで泉に手を触れてみる。
その瞬間、手にバチッと強い静電気のような衝撃が走った。途端に泉が金色に光りはじめて、水面から大きな影がゆっくりと現れる。
「……え、なんだ?」
やがて現れた黒い影が実体になっていく。
それは体長十メートルはありそうな巨獣だった。クマに似た形状をしているが、全身を覆う毛はとても堅そうだ。それに大きくて鋭い牙と爪が見える。
……あーこれは絶対に戦っちゃいけないやつだ。見ればわかる。すぐに逃げよう。
瞬時にそう思って、その場を去ろうとした。
しかし、視界にとあるものが見えて、それが何か分かった途端、目を見開く。その巨獣は口に何かをくわえていた。
「あれってもしかして……」
その巨獣が口にくわえていたのは、ずっと探していた一匹のバロンだった。
「やっと見つけたと思ったのに、あんなところじゃ、手の出しようがない……」
幸いにも巨獣は、まだ俺に気がついていないみたいだ。
泉のそばに生えている大きな木に姿を隠して、巨獣の様子をうかがう。
巨獣がくわえているのは間違いなくバロンだ。ぐったり動かず、生きているのか死んでいるのか分からない。
バロンに触れるには、あの巨獣を倒さないといけないんだろうけど……。
そもそもあのバロンは、巨獣を倒さないと触れられないっていう仕様なのか、何かトラブルがあってああなっているのか判断できない。あんなでかいモンスター絶対に倒せないから、トラブルじゃないならもう諦めたいんだけど。
その時、口にくわえられているバロンがぴくんと動いた。どうやら生きてはいるらしい。続けて様子をうかがっていると、顔を上げたバロンと目が合った。
「あ! スズぅううう! 助けてぇええっ!」
バロンの悲痛な大声が響いた。慌てて木に全身を隠す。
トラブルだったのかよ! ダンジョン管理者様のくせに一体何をやってんだ!
バロンは泣きわめきながら、何度もスズ~スズ~と俺を呼んでいる。やめろ、そんなに呼んだら巨獣にバレるだろーが!
グルルルル、と巨獣が呻く声が聞こえる。
木の影からちらりと様子をうかがうと、巨獣とばっちり目が合った。ほらみろ、見つかっちゃったじゃん!
巨獣はバロンをくわえたまま、すぐさま俺に一撃をしかけた。
凄まじいスピードの大振りパンチ。何とかモーションが見えたから瞬間移動で避けられたけど、隠れていた大木はきれいに真っ二つに割れて倒れた。ひぇぇ……威力やばすぎ。
巨獣は迷いなく次々に俺に攻撃をしかけてくる。
手に入れたばかりの瞬間移動で何とか避けられるけど、俺が攻撃する隙が全くない。そもそもこの能力はスピード特化で攻撃力がないのだ。
バロンには悪いけど、これは倒せない。
「ごめんバロン。逃げる! がんばれ!」
「ちょっと! ちょっと待ってよ! スズが逃げたら、ぼく間違いなく食べられちゃうよ!」
「食べられちゃうよ、って言われても……。そもそもバロンはこのダンジョンの管理者だろ? なんでダンジョン内にいるモンスターに襲われてんの?」
「こいつは新人だからぼくの言うことを聞かないんだよ! 本体ならこんなやつ一瞬で消せるんだけど、ぼく今一万個に分裂しているせいで、本来の一万分の一しか力が出ないから、襲われちゃったの!」
バロンは泣きわめきながら、そう訴える。
……何だそれ。言っちゃ悪いけどマヌケすぎるだろ。バロンがすごいやつなのかマヌケなやつなのか分からなくなってきた。
「でもお前は、たくさん増えたバロンの一匹なんだろ? 死んだらどうなるんだ?」
あんなに慌てているんだ。もしかしたら、一匹でも死んだら本体ごと消失してしまうのかもしれない。
「それが大変なんだよ! ぼくの力が……!」
「バロンの力が?」
「1万分の9999に減っちゃうんだよっ!」
再び襲いかかってきた巨獣の一撃を避けて、俺はバロンに背を向けた。
ちょっとでも心配して損した。
「じゃあバロン、がんばれ!」
「うわああああんっ! スズの馬鹿! ろくでなし! このぼくを敵に回してただですむと思うなよっ! 僕はなぁ、僕は! 神様なんだぞ!」
「ええ……もう仕方ないなぁ……」
そこまで言われたら、さすがに逃げにくい。
強く頼まれるとノーと言えない性格なんだよなぁ。会社でもさ、客の無理な要求を断れなくて影でイエスマンって陰口を叩かれてたぐらいだし。
巨獣は次々に俺を攻撃してくる。
俺は手に入れたばかりの能力で、消えたり現れたりを繰り返して、全て避けた。瞬間移動をし続けていれば何とか避けられそうだ。ネクロちゃんの能力マジですごい。めっちゃ便利。この能力がなかったらとっくに死んでるわ。
「問題はこっちからの攻撃だけど……」
巨獣が大振りをした一瞬の隙を狙って、蹴りを食らわせてみる。
だけど、巨獣はびくともしない。
「うわぁ、全然効いてない……」
あまりの手ごたえのなさに倒せる気が全くしない。
もう逃げていいかなこれ。
「バロン! こいつの弱点とかないのか!?」
「そんなの知らないよ! 最近捕まえてきたばっかりなんだから!」
「……さっきこの世のすべてを理解しているとか言ってたくせに」
「こいつはぼくの管轄外なの! 神聖な存在はぼく以外にもたくさんいるんだからね!」
何て役立たずなんだ、ダンジョン管理者。もう威厳ゼロだよ。
しかし物理攻撃がきかないとなると、他の手を考えるしかない。瞬間移動で避けながら、俺は巨獣を倒す方法を考えた。
そういえば、ネクロちゃんの能力で、契約すれば三人まで召喚できる、って言っていた。それはバロンも召喚できるんだろうか。それなら、助けられそうだけど。
「バロン! 召喚の契約ってどうやるんだ?」
「えっ、まさかぼくと召喚契約する気……? あの……ぼく一応、めちゃくちゃ神聖なスゴーイ存在なんだけど……」
「嫌ならいいよ。いっとくけど、俺あんなバケモノ絶対倒せないから」
「いや、嫌なわけじゃないんだけど、ただ……召喚契約には互いの同意と……ある条件があって……」
「ある条件ってなに?」
「とある場所に触れることなんだけど、この分身体のぼくに触るのはやめた方がいいかな……って」
「はぁ? 何言ってんだよ。あっ、触れると俺が能力を手に入れちゃうからか! こんなときまで能力を渡したくないのかよ」
「スズに能力を渡したくないわけじゃないよ! この分身体のぼく以外の能力なら喜んで渡す。だけど、このぼくの能力だけは手に入れない方がいい。スズのために言っているんだよ~」
「意味がわからない。つまり、もう助けなくていいってこと?」
イライラしながらそうたずねると、バロンはうっと言葉に詰まって。
「ぼくに触らずに助けてよおおお!」
「無茶言うなっ!」
無茶苦茶な要求に思わずキレてしまった。
ワガママな精霊だな。イエスマンでもさすがにその要求は飲めんぞ。
『残り五分で~す~っ! スズ~! ぼくの一部を助けてあげて~っ!』
本体ののんきな声が聞こえて気が抜ける。どういう仕組みなんだよこいつは。
「もうしょうがないな! 他に方法方法……あっ、そうだ!」
思いついて、瞬間移動で泉の元へ移動する。
ネクロちゃんの能力の一つに、武器をストックしていつでも取り出せる能力があるって、バロンが言っていた。武器がどこまでのものを指すかは分からないけど、ひょっとしてこの水なら……!
俺は泉に両手を入れ、大量の水を空間内にストックする。こういう使い方をするのは初めてだったけど、不思議と使い方は理解していた。
泉の水量がみるみる減っていく。巨獣の一撃を再び避けて、俺は両手を巨獣に向けた。
『残り一分だよ~っ! スズ~早く早く~っ!』
バロン本体ののんきな声は無視して、俺は叫んだ。
「くらえっ!」
巨獣のすぐ頭上に空間を開く。
そこからストックした泉の水を一気に放出してやった。
大量の水が巨獣を直撃する。ブォォ、と巨獣がうめき、同時に口を開ける。その隙にバロンが抜け出す姿が見えて、ほっと撫で下ろす。
無事に、バロンを助けられた。あとは逃げるだけだ。
そう思い、一瞬油断してしまったんだ。
気がついたときには、すぐ目前に巨獣の鋭い爪が迫っていた。
―――やばい、これは避けられない。死ぬ。
そう思った。
「―――スズ、ごめんねっ!」
バロンの声が聞こえた。
同時に頬に、ふにっと柔らかい感触がした。
柔らかい肉球に顔面を押されて、俺の身体は巨獣の一撃をギリギリ避け、地面を転がった。
『3、2、1……ボーナスステージ終了~っ!!! スズ、一匹確保~おめでと~っ!」
本体の賞賛の声を理解する前に、俺はバロンを掴んで、巨獣から逃げた。
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