【短編集】ざまぁ

彼岸花

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公爵家の掟

前編

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マリオンは七歳から寄宿学校に通い、すでに十年。今日は久しぶりにに戻った。
生家に戻ると、不機嫌そうな父親が、女性を連れて現れた。

「なにをしにきた、マリオン」
「貴方は愛人を、ついに本邸に連れ込んだようですね」
「なっ!」

女性は父親と長く続いている愛人。
半年ほど前、長患いしていた母親が亡くなり、喪が明けたのと同時に、長年の愛人と再婚した。

「新たな公爵夫人に、失礼なことを言うな」

新しい公爵夫人は、マリオンを見下しながら、口を曲げるようにして笑う。この場にはいないが、二人の間には、マリオンと年齢差が一歳にも満たない娘がいる。
マリオンにとっては異母妹。

「新たな公爵夫人……ですか?」
「そうだ」
「その方、どこの公爵家の方ですの?」

マリオンは小馬鹿にしたように、小首を傾げて尋ねる。

「なにを言っている!」
「よく分からないのですが、まあいいです。荷物はまとめましたか?」
「お前の荷物などなかったぞ!」
「は?……なにを仰っているのか、意味が解りません」
「だから、お前の荷物などないと言っているのだ!お前の母親の遺品もな!」

勝ち誇ったように、そして少し憎らしげに、マリオンの父親はそう言った。

「私や母の荷物がないのは、私も知っています。そうではなく、荷物をまとめるのは、あなた方ですよ?」

マリオンの母親はマリオンが五歳になった頃に病に罹り、保養地へ。そこで長らく闘病生活を送り、邸に帰ってくることはなく、保養地で亡くなりその地に埋葬された。
マリオンは母親が保養地の別荘に引っ越してから、寄宿学校に入学しこの本邸を出て、長期休暇の時なども親戚の家に滞在していたので、ほぼ十年帰ってきておらず、私物などはとうの昔に運び出していた。

「なにを言っている!」
「なにって……一族の総意ですが」
「一族の総意?この私が、邸を明け渡すのが総意だと!」
「はい。ああ、貴方は母の葬儀に来なかったから、一族の総意が分からないのですね」

マリオンは「そういうことか」と、軽く手を叩く。
父親はマリオンが言った通り「わざわざあんな田舎に行くなんて御免だ」と、妻の葬儀に足を運ばなかった。

「次の当主を誰にするかについて、話し合いがありました」
「次の当主……」
「女児は爵位を継げず、この家には娘しかいないので、後継を決める必要があります」

マリオンの言葉に父親が口をぱくぱくさせ、自分が爵位を継いだ時のことを思い出した。

「いままで忘れていたようですね」

父親の青黒く変色した顔色を心配するでもなく、マリオンはまた小首を傾げる。
マリオンの父親は先代の甥。先代は子どもに恵まれなかったので、甥であるマリオンの父親が一族の会議で選ばれたという経緯があった。

そして半年ほど前に、マリオンの母親がこの世を去った。これにより、マリオンの父親は男児の後継者を得られないとなり、後継者選びが行われた。

「母の葬儀に足を運んで、その新しい公爵夫人候補をお披露目なされれば、まだ可能性はあったと思いますが」

葬儀に足を運んだ一族は、マリオンの父親がやってこなかったことなど気にせず会合を行い次期当主を選出した。

「だ、だれが、次の」

別居状態だった妻が亡くなり、長年の愛人を妻に迎えることが出来ると浮かれていたマリオンの父親は、そんなことになっているとは、全く気付いていなかった。

妻が亡くなっても喪に服することなく、愛人と出歩いている姿に、良識ある者は眉をひそめ、誰もそれらについて教えなかった。

「次の当主は――」

その名を聞いて、マリオンの父親は崩れ落ちた。名前が挙がった人物は、マリオンの父親とほぼ交流がなく、年齢は成人を過ぎ、なによりも既に結婚している。

これで独身なら、マリオンの異母妹を妻にねじ込み、いずれ公爵の外戚として残ることもできたが、その身勝手な希望も潰え、膝から崩れ落ちた。

「ねえ!どういうこと!ねえっ!」
「…………」

公爵夫人になったばかりの元愛人の甲高い叫び声が、本邸ホールに響いた。

次の公爵が本邸にやって来て、現当主で三年後には爵位を譲って隠居することが決まっているマリオンの父親は、離れに移った。
一時だけ公爵夫人の夢を見られた元愛人と、二人の愛娘である異母妹も離れへ。

「やあ、マリオン」
「次期当主様」

マリオンは本邸入りした次期当主に挨拶をし、

「公爵閣下についてだが」
「なんでしょう?」
の葬儀に来るかい?」
「…………一応娘として、父の葬儀には出席したいと思っております。定期考査の時期でなければ」
「君は来年には卒業だよね」
「覚えていてくださり、光栄です」
「それ以降なら、いつでもいいってことだ」
「そう取っていただいても結構です」

次の当主は頷き、マリオンは長く過ごしている寄宿学校へと帰った。
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