【短編集】ざまぁ

彼岸花

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帰ってこない旦那と待たない妻

後編

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「タチアナ様。本日、売却した邸にあの男が来たそうですよ」

侍女から報告を受けたタチアナ。

「あらあら、また母親に金の無心をしに来たのかしらね」

タチアナの声に呆れや怒りなどの感情はなく、淡々としている。

「そうでしょうね。それにしても、あんなに勝てなくても楽しいモノなんでしょうか?


賭場のよいカモバンジャマン。彼の収支は完璧なまでにマイナス。

「次は勝てると思ってしまうタイプらしいわ。次は勝てるという確証などないにも関わらず」

賭け事をしないタチアナも、人から聞いただけなので、その気持ちは全く理解できないし、しようとも思わない。

「よく分かんない御仁でしたね」
「そうね」

侍女と会話をしながら、タチアナは膨らんでいる腹部を撫でる。タチアナは現在「未亡人」で、夫の子を身籠もっている。
夫が亡くなったので、二人で暮らした家を売り払い里帰り出産をすることになっている。

「元気に産まれてきてね」

話し掛けるタチアナの表情は、慈愛に満ちたものだった。

――――――

実家には入れてもらえず、自宅は売却済み。その状況を前にしばし呆然としていたバンジャマンは、

「……そうだ!タチアナの実家!」

結婚後どころか、婚約期間中から放置していたタチアナのことを思い出し、藁にも縋る気持ちでタチアナの実家を目指した……のだが、

「ここは……どこだ?」

元々タチアナに対して興味がなく、彼女をデートに誘うこともなければ、嫌々のデートの帰りの送りも、馭者に任せきり。
結婚後はすぐに自宅を出て賭場とホテルを往復していたバンジャマンは、タチアナの実家の場所などうろ覚え。その上、いまは夜の帳が降りているので、更に探すのは困難な状態。

結局バンジャマンは、疲れ果て重い足を引きずりながら、実家に帰るしかなかった。そして先ほどは裏側から入ろうとして失敗したので、今度はいつも使っている正面から入ろうと考えた。

「やはり、裏口が駄目だったんだな」

正面からはすんなり入ることができ、余計な時間がかかってしまったと憤慨する。

「喉が渇いた!赤ワインを持ってこい!」

従僕にそのように指示を出すと、少ししてグラスに注がれたワインが運ばれてきた。
それを一気に飲み干す。
賭場で飲む酒よりも遙かに上質なワイン。

バンジャマンはそのまま眠りに落ちた。

「…………??」

バンジャマンの目覚めは最悪だった。体中が痛くて寒い。飛び起きたバンジャマンの目に映ったのは、裸足とふくらはぎの中程までの丈のズボン。辺りを触ると石畳。
明かりは鉄格子越しの通路に一つで、バンジャマンがいる牢をうっすらと照らし出している。
明かりを求めて鉄格子に近づき、バンジャマンは声を上げようとしたが、声が出てこなかった。それどころか、叫ぼうとすると喉に激痛が走る。

(これは一体?)

なにが起こったのか、まったく分からないバンジャマンは、通路を通る誰かに助けを求めようと、鉄格子にしがみつき、必死に足音を待った。

通路に置かれている蝋燭の芯がジジジジジ……と燃え尽きそうな音を立てた時、バンジャマンの耳に遠くに足音が聞こえた。
少し何かを引きずるような音が混じるが、足音は間違いなくバンジャマンのほうに近づいてきた。

(これで助けを求められる!)

バンジャマンは鉄格子の隙間から手を伸ばす。そこに現れたのは、バンジャマンが通っていた賭場の支配人。
賭場ではタキシードを着こなし、頭髪もしっかりとセットしていたお洒落な男だったが、いまバンジャマンの前に現れた支配人は、丸坊主で片足を引きずっていた。

「調子に乗りすぎちまった代償だ」

支配人は食事を差し入れる小窓に、運んできたトレイを押し込んだ。

「あんたの母親、あんたの金を用意するために、よその家で盗みを働いたそうだ。それが見つかって、大事になったそうだ。いやあ、あんたもバカだが、あんたの母親もバカだよな。なんで王族のブレスレットなんて盗むかね。すぐ足がついて終わりだってのに」

支配人はそう言って、また足を引きずりながら戻っていった。

(母上が……盗み……)

そんなはずない!と叫びそうになったが、喉が痛みすぐに怒りを鎮め、先ほど聞いた話を反芻する。

(王族のブレスレット……もしかしてここは、王城の外れにあるという地下牢?)

貴族のバンジャマンは王城に地下牢があり、そこに収容された者は二度と出られないと聞いたことがあった。
そして収容されるのは、王族に対して非礼を働いた時。

(俺は王族の方々に非礼なことなどしていない!盗んだのは母上で、俺はなにもしていない!一生ギャンブルができないなんて、イヤだ!)

これまで自分を散々甘やかしてくれた母親がどうなったかより、これからギャンブルができないことのほうが、バンジャマンにとって重要だった。

先ほど差し込まれた食事が載ったトレイには、食事の他にバンジャマンの妻タチアナが無事に出産したことが掲載された新聞も載せられていたのだが、バンジャマンにとってはそんなことは、どうでもよかった。

この一年近く、妻だったタチアナとは一夜も過ごしていないことも分かっているが、タチアナが誰の子を産んでいようが、バンジャマンにとっては関係のないことだった。

贖罪の気持ちなど一切ないバンジャマン。そうなることは分かっていたので、バンジャマンに関わって一切合切を失った賭場の支配人とその部下たちは、毎日バンジャマンの牢の前で賭け事をすることが命じられた。

ギャンブルにのめり込み、自分の地位も家族もどうでも良い男にとって、目の前で行われ絶対に参加できない賭けは、バンジャマンにとってどんな拷問よりも辛く、劇薬でいつも焼かれている喉の痛みをも忘れて絶叫し、鉄格子を掴んで狂ったように握り締めていた。
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