【短編集】ざまぁ

彼岸花

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帰ってこない旦那と待たない妻

前編

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「もう少しで勝てたのに!くっそー!」

口汚い言葉を発しながら、千鳥足で歩く男の名前はバンジャマン。彼は先ほどまで賭場で遊興に耽っていた。
バンジャマンはとにかく賭け事が好きで、貴族が嗜む競馬やカードゲームだけではなく、怪しげな賭場にまで足を運び、大金を賭けて遊んでいた。

バンジャマン本人は「遊んでいるんじゃない、本気だ」と嘯く。まあ彼にとっては、遊びではなく本気なのだろう。

違法賭博の経営者側にとって、バンジャマンはいいカモだ。

裕福な名家の子息なので、金は吸い出し放題。大勝ちさせて、良い気分を味合わせてやれば、大勝ちした五倍に以上の負けても「勝てばすぐに取り返せる」と、賭場に借金して賭けを続ける。

「ああ、面倒だ」

バンジャマンはあまりに負けが込み、賭場側から、

「借金を一度、精算してください。精算してもらえたら、いつも通り借り入れの上限額を増やしますよ」

借金を精算しないと、金は貸せないと言われた。
全額返済すると、賭場側が言う通り、借り入れ金額の上限は上がる。バンジャマンは借用書を手に、実家へと向かう。

バンジャマンは成人していて、タチアナという妻もいる。バンジャマンはこの政略結婚の相手タチアナが嫌いだった。
タチアナは倹約家で、バンジャマンが賭場に行くのを許さない……とは言わないが、金が欲しいと頼んでも、1フランも寄越さなかった。

そのことに苛ついて、タチアナに手を上げようとしても、二人が住む自宅はタチアナの両親が用意したもので、使用人の三分の一はタチアナの実家から来た者。三分の二は新たに雇われた者で、バンジャマンにとって自宅はアウェイ。

生活費などはバンジャマンの父親が出しているが、息子のギャンブルに関しては一切出す必要はないと、バンジャマンの父親が誓約書にサインしている。

ギャンブルをしたいバンジャマンにとって、最悪の環境。それが妻タチアナとの政略結婚であり、二人きりの生活だった。
その環境に早々に嫌気が差し、結婚一ヶ月後にはバンジャマンは自宅を出て、実家に戻ったものの、父親から住むことを拒否されてしまう。

もともとバンジャマンの父親は、息子のギャンブル癖を直すために、結婚させて独立させた……のだが、バンジャマンの母親は、バンジャマンに甘かった。
父親もそのことを知っていたので、母親と離すために家から追い出したのだが、母親はバンジャマンが趣味ができないのは可哀想だと、追い出される時に、こっそりと金を渡してくれた。

「今日はホテルに泊まりなさい。明日には、お金を届けてあげるから」
「ありがとう!母上!」

その甘さは毒で、バンジャマンを駄目男にするだけのものだが、バンジャマンの母親は息子の為だと本気で思っていた。

賭場近くのホテルを借りたバンジャマンは、翌日届いた小切手を換金して、一ヶ月分のホテルの滞在料金を支払い、残りの金を握り締めて賭場へと向かった。

その時は勝った。だが一週間後には、増えた金だけではなく母親から貰った金も消え、賭場で借金をした。

それからバンジャマンが、妻タチアナの元に帰ることはなかった。

「こっそりと、母上に取り次いでくれ」

実家に帰ったバンジャマンだが、さすがに正面からは入れなかったので、裏口に回り使用人に声を掛けた。
その使用人が”ぎょっ”とした表情を浮かべたことに、バンジャマンは気付かなかった。彼の思考は早く金を受け取って、賭場でギャンブルをすることのみ。

いつもより長く待たされ、

「まだか!遅い!」

イラついているバンジャマンのもとに執事がやって来た。

「遅いぞ!」

顔見知りの初老の執事にバンジャマンは怒鳴りつけるが、執事は表情一つ変えずに、言い切った。

「当家にご子息は存在しません」

執事はバンジャマンはいないと言い出した。

「はあ?なにを言っている?お前、頭がおかしくなったのか!」
「これは、亡くなったバンジャマン様の名を騙る不届き者。さっさと追い払え」

バンジャマンの声を無視して、連れてきた私兵にバンジャマンを追い出すよう、執事は指示を出した。

「おい!やめろ!……っ!」

往来に乱雑に放り投げられたバンジャマンは体を強く打ち、しばらく痛みで悶えていたが、実家の使用人は誰も出てこなかった。
そして三度ほど実家に中に入れるように怒鳴りつけたが、使用人たちにも全く相手にされず、途方に暮れた。

「どうにかして、母上に連絡を……」

自分に甘い母親と直接連絡を取ることができたら、事態は変わると信じて、バンジャマンは実家から離れ、

「イヤだが今夜は自宅に戻るか」

実家で母親から金をもらい、馬車で引き返して夜通し遊ぶつもりだったが、金が貰えず馬車にも乗れなかったので、賭場や借りているホテルまで戻れそうになかったので、バンジャマンは徒歩でいける自宅を目指した。

「……売り家……」

しばらく寄りついていなかった自宅は、売りに出されていて、バンジャマンは門の前で呆然とするしかなかった。

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