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最終章
ブランコ山
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ミカちゃんの話を聞いて、ブンちゃんがボソッと呟きました。
「なんだ、ミカちゃんもリキヤ君と同じか」
ブンちゃんの言葉にリキヤ君とミカちゃん、二人が一緒に反応しました。
「おい!」
リキヤ君がブンちゃんを睨みます。
「えっ?」
驚いた顔で、ミカちゃんがブンちゃんを見詰めます。
「あ!」
自分が何を言ってしまったのか気が付いたブンちゃんは、慌てて口に手を当てます。
情けない表情で、リキヤ君がブンちゃんを見詰めて言いました。
「お前、言うなよー」
ミカちゃんが二人をジロジロ見回しながら、秘密を探るように言いました。
「なになにー、同じってなにー」
リキヤ君はため息をつくと、
「ハァー・・・」
と言って俯きました。
ブンちゃんは申し訳なさそうにリキヤ君に謝ります。
「ごめん・・・」
リキヤ君が顔を上げて、チラッとミカちゃんを見ると、
「ハー、まあ、いいか」
と、諦めたように言いました。
ミカちゃんは興味津々でリキヤ君を見詰めています。
リキヤ君は「仕方ない」と言う表情をすると、空を見上げて、思い出すように話し始めました。
「あのな・・・」
あの夏休みの出来事です。
ブランコ山で女の子とぶつかったこと。
強い雨の中でイチョウの木に追いかけられるような怖い思いをしたこと。
夢の中のことやその後の不思議な出来事。
自分がどれだけ周りに迷惑をかけていたのか気付いたこと。
女の子になかなか会えなかったこと。
それでも、やっと会えて謝れたこと。
ミカちゃんの話に応えるように、リキヤ君も全てを話しました。
カサカサカサ
穏やかな風が大イチョウの葉を揺らしています。
遠くの空を見ながらミカちゃんが言いました。
「ふーん、だからここに来てるのかあ」
リキヤ君は少し顔を赤くして、言い訳するように
「毎日来てるわけじゃないぞ。たまにだよ。たまに」
と言って、照れくさいのを隠すように遠くの空を見詰めると、自分から話を逸らすようにブンちゃんに言いました。
「お前の話もしてやれよ」
ブンちゃんは驚いて、リキヤ君を見詰めます。
「えっ、俺も?」
ブンちゃんがチラッとミカちゃんを見ると、ミカちゃんはニヤニヤしながらブンちゃんを見ていました。
ブンちゃんも「仕方ない」と言う表情を浮かべると、思い出すように話し始めました。
こうた君がマスクをして眠っていたこと。
こうた君から手紙をもらったこと。
眠っているこうた君とこうた君のお母さんに謝ったこと。
ブンちゃんはミカちゃんやクラスのみんなに話していない、病院での出来事を話しました。
「リキヤ君も不思議な体験してたのね。だからか、だからあの時、こうた君を許せたんだ。だからブンちゃんもみんなの前で謝ったんだ」
ミカちゃんがそう呟くと、それぞれの体験を思い出しながら、三人は黙ってしまいました。
しばらくして、ミカちゃんが顔を上げ、大きく背伸びをして言いました。
「うーーん、なんか少しだけスッキリした!」
すると、ブンちゃんがボソッと呟きました。
「もしかして、リキヤ君とミカちゃんの話に出てきた女の子って、同じ女の子だったりして・・・」
ブンちゃんは二人を見ました。
リキヤ君とミカちゃんは少し驚いた表情です。
ブンちゃんは二人の表情が変わったのを見て、また手で口を押さえて言いました。
「あ、ごめん。また余計なことだったね」
リキヤ君が苦笑いをして言いました。
「しょうがねーなー」
ミカちゃんはクスクスと笑って呟きました。
「でも確かに『不思議な子』ってことでは同じかもね」
ミカちゃんは納得したようにリキヤ君を見詰めます。
リキヤ君はミカちゃんを横目で見て言いました。
「でも、ミカの会った女の子は、本当にいたのかもハッキリしないんだろう?」
ミカちゃんは口を少し尖らせて、
「最近じゃ自分でも分かんなくなっちゃった。落ち込んでた時だから、ベンチで勝手に妄想しちゃったのかも知れないし、今じゃ、お母さんが言うように、眠っちゃって夢を見ていたのかも知れないって思う時もある。ホント、何だったんだろうって・・・」
そう言うと、ミカちゃんはベンチから立ち上がって、大イチョウの方に視線を移し、
「変わっていくのは、大人になるために仕方ないんだろうけど、忘れてしまうのはなんか寂しい」
と、笑っているのか、悲しんでいるのか、よく分からない顔をして言いました。
「うわー、すごいよー」
小さな子が楽しそうにブランコで遊んでいます。
小さな子のお母さんは優しい表情で見守っています。
ブランコの横では風船を持った子が、ブランコの順番を待っています。
銀色の風船です。
糸には犬の形をした紙がついています。
「あっ」
ミカちゃんが急に声を上げました。
「あの風船、覚えてる」
ブンちゃんとリキヤ君はミカちゃんの視線の方向に目を向けます。
(あっ!)
リキヤ君は風船を見てハッとしました。
ミカちゃんは何かを思い出すように、目を閉じて言いました。
「うーんと、病院の木に引っ掛かってた。確かイチョウの木だったわ。ちょうど金属の梯子みたいなのが近くあったから、立てかけて、木に登って取ったのよ。そうそう、思い出した。
糸に筒みたいなのが付いてたから、手に取って『何だろうって』って覗き込んでみたの。そしたら文字が書いてあった。そう!『おにいちゃん』って字が書いてあった。小さな子が飛ばしちゃったのかなって思ったんだけど、糸を外して見るのは気が引けたし、もしかしたら入院しいる子へのプレゼントかなと思って、そのまま看護師さんに渡した!」
蘇った記憶にミカちゃんは興奮しています。
今度はリキヤ君が興奮したようにミカちゃんに尋ねました。
「それって、いつだよ」
ミカちゃんは記憶を探るように答えました。
「えーっと、確か夏だった。ブンちゃんが転校してきた四年生の夏休み。そうそう、夏休みの最初の日で、ほら、凄い雨が降った時あったじゃない。そう『ゲリラ豪雨』ってやつ? 短い時間だったけど。風も強くて、窓が壊れるんじゃないかと思った。雷も凄くて。覚えてない? うちのお母さんなんか洪水になるんじゃないかって凄く心配してた。たしか風船を木から取った後、急に降って来たのよ」
ミカちゃんも興奮気味です。
(もしかして届けた絵って・・・)
ミカちゃんは女の子の言葉を思い出していました。
ブンちゃんも思い出して呟きました。
「夏休みの最初の日って・・・、ああ、秘密基地で大変だった時だ」
ミカちゃんの話を聞いて、リキヤ君が驚いた顔をしています。
忘れる訳がありません。
イチョウの木が迫って来たあの日の雨です。
リキヤ君が銀色の風船を見ながら言いました。
「俺がさっき話した雨だよ。飛ばしてしまった女の子の風船もあんな風船だった」
「あっ!」
何かを思い出したように、いきなりブンちゃんが立ち上がって、ミカちゃんに詰め寄り言いました。
「お兄ちゃんって、もしかしてひらがなで書いてあった?」
「何で知ってるの」と言った表情で、ミカちゃんはブンちゃんを見詰めて答えました。
「そう、ひらがなで『おにいちゃん』って。筒の中を覗いただけだから、絵なのか何だったのかは分からなかったけど、文字は紙の下の方に書いてあった」
驚いた表情でブンちゃんが言いました。
「覚えてるよ。『おにいちゃん』って書いてあった男の子の絵が、こうた君の病室に貼ってあった。確か、もう一枚貼ってあって、その絵の男の子が何となくリキヤ君に似てたのも覚えてる。少ししぼんでたけど銀色の風船も二つあったよ」
ブンちゃんも興奮しています。
「もしかして」
ブンちゃんがそう言うと、三人はお互いの顔を見合わせました。
「おーーい、リキヤー」
聞き覚えのある声が、耳に飛び込んできました。
自転車で坂を上って、誰かが三人の方に近付いてきます。
ケンタ君です。
ケンタ君が自転車のまま公園に入って来ました。
「はーー、やっぱりここだった」
ケンタ君は手に何かを持っています。
ケンタ君は息を整えながら言いました。
「別に急ぎじゃなかったんだけど、懐かしい写真が出てきたから、リキヤに届けようと思ってさ、リキヤの家まで行ったんだよ。そしたら、おばさんがここじゃないかって」
ケンタ君はニヤニヤしながら緑色の封筒を見せて話を続けました。
「ほら、あの時の写真だよ。リキヤがここで女の子とぶつかった時の。あの後、お父さんのパソコンの中にデータが入ったままだったんだけど、俺、パソコン弄ってて偶然見つけちゃってさ。それでリキヤに見せようと思ってプリントしたんだ。学校で渡そうと思ったけど、直接渡した方がいいかなと思ってさ。何か懐かしいよね。でも、プリントした後、人の写真がちょっと薄くなってきちゃってるんだよなぁ。まあ、分かるからいいよね。それにまたプリントできるし」
そう言うと、ケンタ君はリキヤ君に封筒を渡しました。
「リキヤが撮った写真だけ入ってるから」
そう付け加えたケンタ君は、自転車から降りずに、そのまま走って行ってしまいました。
リキヤ君は思い出しました。
(あの時のだ。ぶつかってから立ち上がろうとした時のだ)
『わざとじゃないんです』
思わずシャッターを押してしまって、男の人に言い訳をした自分の姿が浮かびました。
ミカちゃんが胸に手を当てながら、リキヤ君に言いました。
「ねえ、開けて見せて」
ミカちゃんには不思議なことの続きがある予感がしていました。
リキヤ君が封筒から写真を取り出します。
ブンちゃんからは反対向きでよく分かりません。
でも、ここブランコ山から写した学校の写真や大イチョウ、町の景色、そして小さな子供たちが乗っているブランコが写っているのは分かりました。
そして人が写った写真が出てきました。
ほかの写真より人の姿が薄れているように見えます。
その写真には、こちらを見る男の人が写っていて、その後ろに横を向いた女の子と女の人が写っていました。
リキヤ君の横で写真を覗き込んだミカちゃんが、急にリキヤ君のシャツを掴んで泣きそうな声を出しました。
「この子、私が会った女の子・・・。女の人も男の人もあの時の・・・」
(え?)
リキヤ君がミカちゃんの顔を見詰めます。
ミカちゃんの目がだんだん潤んでいくのがリキヤ君には分かりました。
「ホントだったんだ。やっぱりホントだったんだ。う、うう・・・」
ミカちゃんの目から大粒の涙が流れ落ちました。
リキヤ君は声が出ません。
リキヤ君の持つ写真をブンちゃんが覗き込みます。
女の人が目に入りました。
「あっ・・・」
ブンちゃんは驚いて声が出ません。
声を上げたブンちゃんをリキヤ君が見詰めます。
ミカちゃんも顔を上げ、ブンちゃんの方に目を向けました。
胸に手を当てながら「落ち着け」と自分に言い聞かせるように、ブンちゃんがゆっくりと静かに話し出しました。
「この女の人、こうた君のお母さんだよ。男の人はこうた君のお葬式で、みんなの前で挨拶してた。それにこの女の子、お葬式の時、こうた君のお母さんの横にいた・・・.たぶん、こうた君の妹・・・。」
ブンちゃんはドキドキしています。
リキヤ君はまだ声が出ません。
ミカちゃんは両手で顔を覆いました。
三人はしばらく黙ったままでした。
サササササ
大イチョウの葉が揺れています。
ブンちゃんが空を見上げて呟きました。
「何か不思議だね。三人とも忘れられない思い出が繋がっていたなんて」
ブンちゃんはゆっくりと流れる雲を見詰めました。
お葬式の日、雲に映ったこうた君の笑顔が蘇ります。
「ああ、ホントだな」
リキヤ君がやっと声を出しました。
「う、うう」
ミカちゃんは声を抑えるように泣いています。
「僕ら、こうた君とこうた君の家族に大切なことを教えてもらったんだね」
空を見上げているブンちゃんの目にも、涙が溜まっていました。
また三人はしばらく黙ったままでした。
それぞれが自分の思い出の中にいます。
サササササ
大イチョウの木が静かに葉を揺らしています。
ブンちゃんが何かに気が付きました。
「でも・・・」
ブンちゃんは不思議そうな表情で話し始めます。
「ミカちゃんが女の子と会った日って、学校を休んだ二日目だよね。確か火曜日」
ミカちゃんが涙を拭いながら答えました。
「うん」
ブンちゃんがリキヤ君を見て言いました。
「それって、こうた君のお葬式の日だ」
リキヤ君もミカちゃんも、あの日を思い出しています。
「あっ」
ミカちゃんが何かを思い出して言いました。
「じゃあ、あの日、バスに乗っていた沙織先生みたいな人って、やっぱり?」
ブンちゃんはミカちゃんを見詰めて答えました。
「そのバス、俺も乗ってたよ。お葬式の後だったから、みんなでバスに乗って帰ったんだ」
ミカちゃんが不思議そうにブンちゃんを見て言いました。
「みんな?」
ミカちゃんが驚いたような表情を浮かべて続けます。
「バスに乗っていたのは四人しか見えなかった。男の人と女の子、それと沙織先生とブンちゃんだけ」
ミカちゃんの話に、ブンちゃんが驚いた表情で叫びました。
「えーーー、ほかの大人の人も知らな子たちも、みんなバスに乗って帰ったよ」
そう言うと、ブンちゃんは空を見上げて、自分の記憶を確かめています。
リキヤ君は何かに気が付きました。
「じゃあ、その後、すぐにミカは女の子に会ったってことか?」
ミカちゃんとブンちゃんが顔を見合わせます。
リキヤ君が二人見て言いました。
「何かおかしくないか?」
バスにたくさん人が乗った話は忘れて、ブンちゃんが思い出したように言いました。
「そう、そうだよね。こうた君のお母さんたちは、あの後、すぐにブランコ山に来たってこと? お葬式の後だって言うのに早すぎるよね。俺、記憶がハッキリしないけど、バスが駅にも寄った気がするし、学校にも寄って、その後、眠っちゃって記憶がないけど、最後は沙織先生と一緒にブランコ山で降ろしてもらったんだよ。そう、このベンチで目が覚めたんだよ。その時、多分、男の人はバスに乗ってたと思うんだよね」
思い出し始めたブンちゃんは、考え込むように話を続けました。
「ミカちゃんがバスを見てからブランコ山まで来る間だよね。ここでミカちゃんに会った時は普通の服を着てたんだよね。駅や学校とか寄ったのに、黒い服から着替えてすぐに来たなんて・・・」
不思議な出来事に、ブンちゃんもリキヤ君もミカちゃんも、訳が分からなくなっていました。
三人ともそれぞれ別の方を見ながら考えています。
(あれ?)
ブンちゃんが何かに気が付きました。
さっきまでブランコで遊んでいた小さい子とお母さんがいません。
辺りを見回すと、公園にいるのは三人だけです。
(いつの間に・・・)
ブンちゃんがそう思った時です。
フッと香りが漂い、ミカちゃんが香りに気が付きました。
「あ、この香り」
リキヤ君もブンちゃんも気が付きました。
ミカちゃんは目を瞑って、漂う香りを追っています。
「ねえ、この香り分かる? 思い出せそうで思い出せないの。身近にある香りなんだろうけど、考えると眠っちゃったり、思い出さずに別のことしちゃったり、いつもそう」
そう言うと、ミカちゃんは辺りを見回して、目をキョロキョロさせました。
ブンちゃんも辺りを見回しながら答えました。
「僕もそうだよ。思い出せそうで思い出せない。でもなんか懐かしい香りなんだよね。いつもは薄っすらと嗅いでいる気がするんだけど、たまにこうやってハッキリと香りが分かる時があるんだよね」
そう言って、ブンちゃんは大きく深呼吸しました。
ミカちゃんがリキヤ君に尋ねます。
「もしかしてリキヤ君も?」
リキヤ君は短く、
「ああ」
と答えると、ジッと大イチョウを見詰めました。
ザザザザー
大イチョウの木が音を鳴らしました。
黄色くなった葉が、ひらひらと落ちて、三人の前でクルクルと回り始めました。
ビューーー
ザザザザザザー
突然、強い風が大イチョウの木を揺らし、イチョウの葉を飛ばしました。
その光景を見たブンちゃんとミカちゃんが、同時に声を上げました。
「あっ!」
それはまるで黄色い鳥が、一斉に飛び立つような光景でした。
大イチョウの葉は空高く舞い上って行きます。
まとまった葉は、徐々に帯のように姿を変え、風に乗るように舞い始めました。
リキヤ君は自分が見た夢を思い出しました。
(同じだ。夢と同じだ)
三人は舞い上がるイチョウの葉の行方を見詰めています。
黄色い帯は、三人の見上げる空の真上で、円を描くように回り始めました。
その円は徐々に一つにまとまると、花火のように「パッ」と弾け、黄色い葉が、ゆっくりと三人の頭の上に舞い降りて来ました。
それは、まるで黄色い雪が降っているようです。
辺りは心地良い香りに包まれます。
あの香りです。
ブンちゃんが両手を広げ、空を見上げて言いました。
「ああ、この香り。イチョウの香りなんだ。こんなに身近な香りだったのに気が付かなかった。じっくり嗅いだことなんてなかったし、いつも微かな香りで包まれていたから、かえって思い出せなかったんだ」
ブンちゃんの言葉に、ミカちゃんもリキヤ君も静かに頷きます。
ミカちゃんが思い出しました。
「不思議なことが起こる前は、いつもこの香りがしてた。こうた君の声が聞こえたり、こうた君の顔が浮かんだり、女の人に会う前もこの香りがした」
リキヤ君も思い出しました。
「俺が女の子に会った時もこの香りがしてた」
ブンちゃんが大イチョウの木を見ながら言いました。
「俺もだよ。今、思い出した。こうた君のお母さんもこの香りがしていた」
ミカちゃんもあの日、肩を抱いてくれた女の人の温もりを思い出しています。
三人は気が付きました。
この香りはこうた君の家族の香りでもあったのです。
ブンちゃんがソワソワして、辺りをキョロキョロと見回しながら言いました。
「この香りがしたってことは・・・」
リキヤ君とミカちゃんも何かを待っています。
カサカサカサ
大イチョウの葉が、再び風に揺れた時でした。
突然、女の子の声が聞こえました。
「木にも心があると思う?」
聞き覚えのある声に、ミカちゃんがハッとしました。
「あっ!」
ミカちゃんとブンちゃんは慌てて辺りを見回し、女の子の姿を探します。
でも、リキヤ君は動きません。
リキヤ君は大イチョウの木をジッと見詰めると、大イチョウの木に向かって話しかけました。
「アンちゃん? アンちゃんだよね?」
リキヤ君の言葉に、ブンちゃんとミカちゃんは、驚いて顔を見合わせました。
ミカちゃんは今にも泣き出しそうです。
突然の出来事に慌__あわ__#てていたブンちゃんでしたが、泣きそうなミカちゃんを見て、ニッコリと微笑みながら、ミカちゃんの肩をポンと叩きました。
「木にも心があると思う?」
また女の子の声がしました。
ブンちゃんも大イチョウを見詰めます。
リキヤ君が大イチョウの木に向かって答えました。
「あると思う。あると思うよ。不思議だけど、木が見守ってくれているような気持ちになることがあるよ」
リキヤ君の言葉にブンちゃんも頷いて答えます。
「そう、ここに来ると、誰かに見守られているようで安心する」
ミカちゃんは目に涙を溜めながら黙って頷いています。
女の子の声がしました。
「新しい校舎の工事が始まったら、私が校庭から移されてしまうことはわかっていたの。悲しかったけど、学校のみんなのためだから、役に立てるのだから仕方ないと思ったの。でも、そんな時、お兄ちゃんが病気になってしまったの。私を心配して病気になったんじゃないかって、ホントにホントに悲しかった。毎日、毎日、心配だった。だから毎日、毎日、元気になるようにお願いしていたの」
大イチョウの葉が静かに揺れています。
でも女の子の姿はありません。
「そんな時、ブンちゃんが転校して来たの。ブンちゃん覚えてる? ブンちゃんはお兄ちゃんに優しくしてくれたのよ」
(えっ?)
驚いたブンちゃんは、目をキョロキョロさせて思い出そうとしています。
「えーっと・・・」
「ふふふ」と笑い声が聞こえた後、女の子の声が続きました。
「お兄ちゃんが病気だと知った時、元気になるようにブンちゃんは水をかけてくれたのよ」
イチョウじいさんと話した時のことをブンちゃんは思い出しました。
(あっ、あの時・・・)
「優しくされて、お兄ちゃん、とっても喜んでたわ。自分を心配してくれる子がいるって、ホントに喜んでた」
ミカちゃんがブンちゃんを見詰めます。
ブンちゃんは下を向いて照れています。
「リキヤ君も同じだった。私やお兄ちゃんの枝を折って遊んでいた子に注意してくれたの。その時、ミカちゃんも一緒だったよね。折れた枝をテープで繋いでくれたり、水をかけてくれたり、とっても嬉しかった」
(あっ)
リキヤ君とミカちゃんは、お互いの顔を見てニッコリ微笑みました。
「わたし嬉しかった。ホントに嬉しかったの。だからお兄ちゃんと話したの。三人のために役に立てたらいいねって。毎日、毎日、話したの」
三人の目には涙が浮かんでいます。
そして今度は女の人の声がしました。
「三人の気持ちは嬉しかったわ。アンと耕太に優しくしてくれて」
ブンちゃんはドキッとしました。
こうた君のお母さんの声です。
ミカちゃんは両手で顔を覆って、泣き出してしまいました。
「うううう」
優しく肩を抱いてくれた女の人の声に、ミカちゃんの目から涙が溢れます。
「でもアンと耕太は、まだ若い木だから余り力がなかったの。それでね、お父さんと話したの。私たちも手伝いましょうって。みんなで三人のために役に立ちましょうって。耕太はブンちゃん。アンはリキヤ君。そして私とお父さんはミカちゃん」
ブンちゃん、リキヤ君、ミカちゃん、三人それぞれの思いが蘇ってきます。
ブンちゃんはギュッと服の裾を握り締めます。
「元気な木のほとんどは、切られた後に別の姿に変わって行くの。家をつくる材料になったり、家具になったり、食器や人形やおもちゃになったりするの。短い間だけの物もあるけど、何十年も使われる物もある。でも時間の長さは関係ないの。幸せなの。また新しい姿で誰かの役に立てるから幸せなの」
お母さんの声が嬉しそうに語りかけました。
リキヤ君が大イチョウの木を見上げて尋ねました。
「じゃあ、みんなも別の姿に変わるの?」
カサカサカサ
大イチョウの葉が、風__かぜ__#に揺れました。
「いいえ、私たちは別の道を選んだの。『この人の役に立ちたい』と思うような人が現れたとき、特別な力を使うことができるの。人間の姿になったり、力を与えたりできる。そうして、その人のために役に立つことができる。でも、それにはたくさんの力が必要で、使ってしまうと木として生きていく力が失われてしまうの。だんだん弱くなって、ゆっくりと枯れてしまう。病気になったのと同じ。私もお父さんも来年は葉を付ける力は無いかも知れない。子供たちの役には立てないかも知れない。そうしたらイチョウの木としての役割は終わってしまう。病気なった木が別の姿にはなかなか変われないのと同じように、多くの木が切られて、燃やされてしまうのと同じように、私たちもきっと同じになるかも知れない。でも仕方ないの。それは私たちが選んだことだから仕方ないの」
ミカちゃんが顔を上げて、声を絞り出すように尋ねました。
「切られると死んじゃうの? 燃やされると死んじゃうの?」
少しの間が空いた後、また、女の子の声がしました。
「ううん、大丈夫。イチョウの木の姿ではいられなくなるだけなの。また大イチョウの元に戻って生まれ変わるの。時間はかかるけど、また木の姿に戻れるかも知れないの。心は残るの。ずっーと残るの」
ミカちゃんの目から涙が零れ落ちます。
ミカちゃんは声を震わせながら尋ねました。
「また会えるの?」
返事はありません。
大イチョウの葉が静かに揺れています。
三人はジッと大イチョウを見詰めています。
リキヤ君が声を上げました。
「でも、ここに来れば、また話しできるよね?」
お母さんの声が、悲しそうに答えました。
「いいえ、もうすぐ私たちも力がなくなってしまう。もう話せなくなってしまう。今は大イチョウの力を借りてお話ししているの。でもこれも特別な力。大イチョウを弱らせることは、これ以上できないの」
大イチョウから黄色い葉が舞い落ちます。
ミカちゃんの目に溜まっていた涙が、また一筋流れ落ちました。
「そんな・・・、そんなの・・・」
ブンちゃんがハッと何かに気が付きました。
(心は残るって、もしかして・・・)
「それじゃ、こうた君もいるの?」
ブンちゃんがそう聞いた途端に、大イチョウの木からたくさんの葉が舞い落ちました。
すると、舞い落ちる葉の向こう側に、薄っすらと、こうた君たち家族の姿が現れました。
四人とも少し驚いた様子で顔を見合わせます。
大イチョウの特別な力です。
四人がブンちゃんたちの前に姿を現すために、大イチョウが力を貸してくれたのです。
四人はニッコリと微笑んでいます。
ブンちゃんもリキヤ君も口をギュッと結んで涙を堪えています。
ミカちゃんが泣きながらこうた君を見詰めます。
「う、う、う。こうた君、ゴメンネ。私、ひどいこと言ってゴメンネ」
ミカちゃんが声を絞り出すように言いました。
こうた君はニッコリとミカちゃんを見詰めて頷きます。
こうた君のお母さんはニッコリと微笑んで、こうた君のお父さんに寄り添いながら言いました。
「ブンちゃん、リキヤ君、ミカちゃん、三人ともとても素敵な人になったわ。三人のお役に立てて、私たちは幸せよ」
こうた君のお父さんもニッコリと微笑んで、三人にお礼を言いました。
「ブンちゃん、ありがとう。リキヤ君、ミカちゃん、ありがとう」
ハッとしたミカちゃんが、こうた君のお父さんに尋ねした。
「もしかして、おばあちゃんの足を治してくれたのって・・・」
涙を拭いながら、ミカちゃんがこうた君のお父さんを見詰めます。
こうた君のお父さんとお母さんは、互いに見詰め合った後、ミカちゃんを見てニッコリと微笑むと、小さく頷きました。
「ううううう」
ミカちゃんは両手で顔を覆いながら、何度も何度も頭を下げました。
アンちゃんが手を振りました。
「ありがとう、ブンちゃん。ありがとう、リキヤ君。ありがとう、ミカちゃん」
アンちゃんがそう言うと、四人の姿は徐々に薄くなって行きました。
ブンちゃんが叫びました。
「こうた君!」
三人は大イチョウに向かって走り寄ります。
ザワザワザワー
大イチョウが大きな音を上げました。
強い風が三人を包みます。
すると地面に落ちていたイチョウの葉が風に運ばれ、三人の周りをグルグルと回り始めました。
心地良いイチョウの香りが漂います。
イチョウの葉は徐々に浮かび始め、帯のように繋がって、高く高く、空に舞い上がって行きました。
ブンちゃんが飛んで行くイチョウの葉に向かって叫びます。
「こうた君!約束守るよー、ずっと、ずっと忘れないよー」
リキヤ君もミカちゃんも叫びます。
「アンちゃん、俺も忘れないぞー」
「私もー」
イチョウの葉が鳥の群れのようにまとまって、空で踊っています。
たくさんの仲間たちと楽しいそうに踊っています。
三人は空を見上げ、イチョウの葉を見詰めています。
ブンちゃんが空を見上げて呟きました。
「ここに来れば、また会えるかも知れない。声が聞けるかも知れない」
リキヤ君とミカちゃんも答えます。
「そうだな」
「そうよね」
三人の後ろで、大イチョウの葉が揺れています。
「いつでもおいで」と言うように、静かに優しく揺れています。
ビューーーー
強い風が吹きました。
空を見上げていた三人は、思わず目を閉じて、顔を下に向けました。
「ママー、ブランコ乗っていいー」
突然、男の子の声がしました。
三人は驚いて、顔__かお__#を上げました。
辺りを見回すと、いつの間にか、小さな子たちが公園で遊んでいます。
何事もなかったように、公園はいつもの景色に戻っています。
空を見上げると、踊るように舞っていたイチョウの葉は消えていました。
そこには吸い込まれそうな青い空が広がっています。
三人は顔を見合わせると、ニッコリと微笑みました。
大イチョウの木は静かに葉を揺らし、三人を見守っています。
三人はまた空を見上げました。
遠くの空に飛行機雲が真っ直ぐな線を引いています。
また誰かが手を離してしまったのでしょう。
銀色の風船が飛行機雲に結ばれたように飛んで行きます。
「クスッ」と笑いながら、三人は呟きました。
大イチョウの木に向かって。
大切な贈り物をくれた人たちに向かって、静かに呟きました。
「ありがとう。忘れないよ」
「なんだ、ミカちゃんもリキヤ君と同じか」
ブンちゃんの言葉にリキヤ君とミカちゃん、二人が一緒に反応しました。
「おい!」
リキヤ君がブンちゃんを睨みます。
「えっ?」
驚いた顔で、ミカちゃんがブンちゃんを見詰めます。
「あ!」
自分が何を言ってしまったのか気が付いたブンちゃんは、慌てて口に手を当てます。
情けない表情で、リキヤ君がブンちゃんを見詰めて言いました。
「お前、言うなよー」
ミカちゃんが二人をジロジロ見回しながら、秘密を探るように言いました。
「なになにー、同じってなにー」
リキヤ君はため息をつくと、
「ハァー・・・」
と言って俯きました。
ブンちゃんは申し訳なさそうにリキヤ君に謝ります。
「ごめん・・・」
リキヤ君が顔を上げて、チラッとミカちゃんを見ると、
「ハー、まあ、いいか」
と、諦めたように言いました。
ミカちゃんは興味津々でリキヤ君を見詰めています。
リキヤ君は「仕方ない」と言う表情をすると、空を見上げて、思い出すように話し始めました。
「あのな・・・」
あの夏休みの出来事です。
ブランコ山で女の子とぶつかったこと。
強い雨の中でイチョウの木に追いかけられるような怖い思いをしたこと。
夢の中のことやその後の不思議な出来事。
自分がどれだけ周りに迷惑をかけていたのか気付いたこと。
女の子になかなか会えなかったこと。
それでも、やっと会えて謝れたこと。
ミカちゃんの話に応えるように、リキヤ君も全てを話しました。
カサカサカサ
穏やかな風が大イチョウの葉を揺らしています。
遠くの空を見ながらミカちゃんが言いました。
「ふーん、だからここに来てるのかあ」
リキヤ君は少し顔を赤くして、言い訳するように
「毎日来てるわけじゃないぞ。たまにだよ。たまに」
と言って、照れくさいのを隠すように遠くの空を見詰めると、自分から話を逸らすようにブンちゃんに言いました。
「お前の話もしてやれよ」
ブンちゃんは驚いて、リキヤ君を見詰めます。
「えっ、俺も?」
ブンちゃんがチラッとミカちゃんを見ると、ミカちゃんはニヤニヤしながらブンちゃんを見ていました。
ブンちゃんも「仕方ない」と言う表情を浮かべると、思い出すように話し始めました。
こうた君がマスクをして眠っていたこと。
こうた君から手紙をもらったこと。
眠っているこうた君とこうた君のお母さんに謝ったこと。
ブンちゃんはミカちゃんやクラスのみんなに話していない、病院での出来事を話しました。
「リキヤ君も不思議な体験してたのね。だからか、だからあの時、こうた君を許せたんだ。だからブンちゃんもみんなの前で謝ったんだ」
ミカちゃんがそう呟くと、それぞれの体験を思い出しながら、三人は黙ってしまいました。
しばらくして、ミカちゃんが顔を上げ、大きく背伸びをして言いました。
「うーーん、なんか少しだけスッキリした!」
すると、ブンちゃんがボソッと呟きました。
「もしかして、リキヤ君とミカちゃんの話に出てきた女の子って、同じ女の子だったりして・・・」
ブンちゃんは二人を見ました。
リキヤ君とミカちゃんは少し驚いた表情です。
ブンちゃんは二人の表情が変わったのを見て、また手で口を押さえて言いました。
「あ、ごめん。また余計なことだったね」
リキヤ君が苦笑いをして言いました。
「しょうがねーなー」
ミカちゃんはクスクスと笑って呟きました。
「でも確かに『不思議な子』ってことでは同じかもね」
ミカちゃんは納得したようにリキヤ君を見詰めます。
リキヤ君はミカちゃんを横目で見て言いました。
「でも、ミカの会った女の子は、本当にいたのかもハッキリしないんだろう?」
ミカちゃんは口を少し尖らせて、
「最近じゃ自分でも分かんなくなっちゃった。落ち込んでた時だから、ベンチで勝手に妄想しちゃったのかも知れないし、今じゃ、お母さんが言うように、眠っちゃって夢を見ていたのかも知れないって思う時もある。ホント、何だったんだろうって・・・」
そう言うと、ミカちゃんはベンチから立ち上がって、大イチョウの方に視線を移し、
「変わっていくのは、大人になるために仕方ないんだろうけど、忘れてしまうのはなんか寂しい」
と、笑っているのか、悲しんでいるのか、よく分からない顔をして言いました。
「うわー、すごいよー」
小さな子が楽しそうにブランコで遊んでいます。
小さな子のお母さんは優しい表情で見守っています。
ブランコの横では風船を持った子が、ブランコの順番を待っています。
銀色の風船です。
糸には犬の形をした紙がついています。
「あっ」
ミカちゃんが急に声を上げました。
「あの風船、覚えてる」
ブンちゃんとリキヤ君はミカちゃんの視線の方向に目を向けます。
(あっ!)
リキヤ君は風船を見てハッとしました。
ミカちゃんは何かを思い出すように、目を閉じて言いました。
「うーんと、病院の木に引っ掛かってた。確かイチョウの木だったわ。ちょうど金属の梯子みたいなのが近くあったから、立てかけて、木に登って取ったのよ。そうそう、思い出した。
糸に筒みたいなのが付いてたから、手に取って『何だろうって』って覗き込んでみたの。そしたら文字が書いてあった。そう!『おにいちゃん』って字が書いてあった。小さな子が飛ばしちゃったのかなって思ったんだけど、糸を外して見るのは気が引けたし、もしかしたら入院しいる子へのプレゼントかなと思って、そのまま看護師さんに渡した!」
蘇った記憶にミカちゃんは興奮しています。
今度はリキヤ君が興奮したようにミカちゃんに尋ねました。
「それって、いつだよ」
ミカちゃんは記憶を探るように答えました。
「えーっと、確か夏だった。ブンちゃんが転校してきた四年生の夏休み。そうそう、夏休みの最初の日で、ほら、凄い雨が降った時あったじゃない。そう『ゲリラ豪雨』ってやつ? 短い時間だったけど。風も強くて、窓が壊れるんじゃないかと思った。雷も凄くて。覚えてない? うちのお母さんなんか洪水になるんじゃないかって凄く心配してた。たしか風船を木から取った後、急に降って来たのよ」
ミカちゃんも興奮気味です。
(もしかして届けた絵って・・・)
ミカちゃんは女の子の言葉を思い出していました。
ブンちゃんも思い出して呟きました。
「夏休みの最初の日って・・・、ああ、秘密基地で大変だった時だ」
ミカちゃんの話を聞いて、リキヤ君が驚いた顔をしています。
忘れる訳がありません。
イチョウの木が迫って来たあの日の雨です。
リキヤ君が銀色の風船を見ながら言いました。
「俺がさっき話した雨だよ。飛ばしてしまった女の子の風船もあんな風船だった」
「あっ!」
何かを思い出したように、いきなりブンちゃんが立ち上がって、ミカちゃんに詰め寄り言いました。
「お兄ちゃんって、もしかしてひらがなで書いてあった?」
「何で知ってるの」と言った表情で、ミカちゃんはブンちゃんを見詰めて答えました。
「そう、ひらがなで『おにいちゃん』って。筒の中を覗いただけだから、絵なのか何だったのかは分からなかったけど、文字は紙の下の方に書いてあった」
驚いた表情でブンちゃんが言いました。
「覚えてるよ。『おにいちゃん』って書いてあった男の子の絵が、こうた君の病室に貼ってあった。確か、もう一枚貼ってあって、その絵の男の子が何となくリキヤ君に似てたのも覚えてる。少ししぼんでたけど銀色の風船も二つあったよ」
ブンちゃんも興奮しています。
「もしかして」
ブンちゃんがそう言うと、三人はお互いの顔を見合わせました。
「おーーい、リキヤー」
聞き覚えのある声が、耳に飛び込んできました。
自転車で坂を上って、誰かが三人の方に近付いてきます。
ケンタ君です。
ケンタ君が自転車のまま公園に入って来ました。
「はーー、やっぱりここだった」
ケンタ君は手に何かを持っています。
ケンタ君は息を整えながら言いました。
「別に急ぎじゃなかったんだけど、懐かしい写真が出てきたから、リキヤに届けようと思ってさ、リキヤの家まで行ったんだよ。そしたら、おばさんがここじゃないかって」
ケンタ君はニヤニヤしながら緑色の封筒を見せて話を続けました。
「ほら、あの時の写真だよ。リキヤがここで女の子とぶつかった時の。あの後、お父さんのパソコンの中にデータが入ったままだったんだけど、俺、パソコン弄ってて偶然見つけちゃってさ。それでリキヤに見せようと思ってプリントしたんだ。学校で渡そうと思ったけど、直接渡した方がいいかなと思ってさ。何か懐かしいよね。でも、プリントした後、人の写真がちょっと薄くなってきちゃってるんだよなぁ。まあ、分かるからいいよね。それにまたプリントできるし」
そう言うと、ケンタ君はリキヤ君に封筒を渡しました。
「リキヤが撮った写真だけ入ってるから」
そう付け加えたケンタ君は、自転車から降りずに、そのまま走って行ってしまいました。
リキヤ君は思い出しました。
(あの時のだ。ぶつかってから立ち上がろうとした時のだ)
『わざとじゃないんです』
思わずシャッターを押してしまって、男の人に言い訳をした自分の姿が浮かびました。
ミカちゃんが胸に手を当てながら、リキヤ君に言いました。
「ねえ、開けて見せて」
ミカちゃんには不思議なことの続きがある予感がしていました。
リキヤ君が封筒から写真を取り出します。
ブンちゃんからは反対向きでよく分かりません。
でも、ここブランコ山から写した学校の写真や大イチョウ、町の景色、そして小さな子供たちが乗っているブランコが写っているのは分かりました。
そして人が写った写真が出てきました。
ほかの写真より人の姿が薄れているように見えます。
その写真には、こちらを見る男の人が写っていて、その後ろに横を向いた女の子と女の人が写っていました。
リキヤ君の横で写真を覗き込んだミカちゃんが、急にリキヤ君のシャツを掴んで泣きそうな声を出しました。
「この子、私が会った女の子・・・。女の人も男の人もあの時の・・・」
(え?)
リキヤ君がミカちゃんの顔を見詰めます。
ミカちゃんの目がだんだん潤んでいくのがリキヤ君には分かりました。
「ホントだったんだ。やっぱりホントだったんだ。う、うう・・・」
ミカちゃんの目から大粒の涙が流れ落ちました。
リキヤ君は声が出ません。
リキヤ君の持つ写真をブンちゃんが覗き込みます。
女の人が目に入りました。
「あっ・・・」
ブンちゃんは驚いて声が出ません。
声を上げたブンちゃんをリキヤ君が見詰めます。
ミカちゃんも顔を上げ、ブンちゃんの方に目を向けました。
胸に手を当てながら「落ち着け」と自分に言い聞かせるように、ブンちゃんがゆっくりと静かに話し出しました。
「この女の人、こうた君のお母さんだよ。男の人はこうた君のお葬式で、みんなの前で挨拶してた。それにこの女の子、お葬式の時、こうた君のお母さんの横にいた・・・.たぶん、こうた君の妹・・・。」
ブンちゃんはドキドキしています。
リキヤ君はまだ声が出ません。
ミカちゃんは両手で顔を覆いました。
三人はしばらく黙ったままでした。
サササササ
大イチョウの葉が揺れています。
ブンちゃんが空を見上げて呟きました。
「何か不思議だね。三人とも忘れられない思い出が繋がっていたなんて」
ブンちゃんはゆっくりと流れる雲を見詰めました。
お葬式の日、雲に映ったこうた君の笑顔が蘇ります。
「ああ、ホントだな」
リキヤ君がやっと声を出しました。
「う、うう」
ミカちゃんは声を抑えるように泣いています。
「僕ら、こうた君とこうた君の家族に大切なことを教えてもらったんだね」
空を見上げているブンちゃんの目にも、涙が溜まっていました。
また三人はしばらく黙ったままでした。
それぞれが自分の思い出の中にいます。
サササササ
大イチョウの木が静かに葉を揺らしています。
ブンちゃんが何かに気が付きました。
「でも・・・」
ブンちゃんは不思議そうな表情で話し始めます。
「ミカちゃんが女の子と会った日って、学校を休んだ二日目だよね。確か火曜日」
ミカちゃんが涙を拭いながら答えました。
「うん」
ブンちゃんがリキヤ君を見て言いました。
「それって、こうた君のお葬式の日だ」
リキヤ君もミカちゃんも、あの日を思い出しています。
「あっ」
ミカちゃんが何かを思い出して言いました。
「じゃあ、あの日、バスに乗っていた沙織先生みたいな人って、やっぱり?」
ブンちゃんはミカちゃんを見詰めて答えました。
「そのバス、俺も乗ってたよ。お葬式の後だったから、みんなでバスに乗って帰ったんだ」
ミカちゃんが不思議そうにブンちゃんを見て言いました。
「みんな?」
ミカちゃんが驚いたような表情を浮かべて続けます。
「バスに乗っていたのは四人しか見えなかった。男の人と女の子、それと沙織先生とブンちゃんだけ」
ミカちゃんの話に、ブンちゃんが驚いた表情で叫びました。
「えーーー、ほかの大人の人も知らな子たちも、みんなバスに乗って帰ったよ」
そう言うと、ブンちゃんは空を見上げて、自分の記憶を確かめています。
リキヤ君は何かに気が付きました。
「じゃあ、その後、すぐにミカは女の子に会ったってことか?」
ミカちゃんとブンちゃんが顔を見合わせます。
リキヤ君が二人見て言いました。
「何かおかしくないか?」
バスにたくさん人が乗った話は忘れて、ブンちゃんが思い出したように言いました。
「そう、そうだよね。こうた君のお母さんたちは、あの後、すぐにブランコ山に来たってこと? お葬式の後だって言うのに早すぎるよね。俺、記憶がハッキリしないけど、バスが駅にも寄った気がするし、学校にも寄って、その後、眠っちゃって記憶がないけど、最後は沙織先生と一緒にブランコ山で降ろしてもらったんだよ。そう、このベンチで目が覚めたんだよ。その時、多分、男の人はバスに乗ってたと思うんだよね」
思い出し始めたブンちゃんは、考え込むように話を続けました。
「ミカちゃんがバスを見てからブランコ山まで来る間だよね。ここでミカちゃんに会った時は普通の服を着てたんだよね。駅や学校とか寄ったのに、黒い服から着替えてすぐに来たなんて・・・」
不思議な出来事に、ブンちゃんもリキヤ君もミカちゃんも、訳が分からなくなっていました。
三人ともそれぞれ別の方を見ながら考えています。
(あれ?)
ブンちゃんが何かに気が付きました。
さっきまでブランコで遊んでいた小さい子とお母さんがいません。
辺りを見回すと、公園にいるのは三人だけです。
(いつの間に・・・)
ブンちゃんがそう思った時です。
フッと香りが漂い、ミカちゃんが香りに気が付きました。
「あ、この香り」
リキヤ君もブンちゃんも気が付きました。
ミカちゃんは目を瞑って、漂う香りを追っています。
「ねえ、この香り分かる? 思い出せそうで思い出せないの。身近にある香りなんだろうけど、考えると眠っちゃったり、思い出さずに別のことしちゃったり、いつもそう」
そう言うと、ミカちゃんは辺りを見回して、目をキョロキョロさせました。
ブンちゃんも辺りを見回しながら答えました。
「僕もそうだよ。思い出せそうで思い出せない。でもなんか懐かしい香りなんだよね。いつもは薄っすらと嗅いでいる気がするんだけど、たまにこうやってハッキリと香りが分かる時があるんだよね」
そう言って、ブンちゃんは大きく深呼吸しました。
ミカちゃんがリキヤ君に尋ねます。
「もしかしてリキヤ君も?」
リキヤ君は短く、
「ああ」
と答えると、ジッと大イチョウを見詰めました。
ザザザザー
大イチョウの木が音を鳴らしました。
黄色くなった葉が、ひらひらと落ちて、三人の前でクルクルと回り始めました。
ビューーー
ザザザザザザー
突然、強い風が大イチョウの木を揺らし、イチョウの葉を飛ばしました。
その光景を見たブンちゃんとミカちゃんが、同時に声を上げました。
「あっ!」
それはまるで黄色い鳥が、一斉に飛び立つような光景でした。
大イチョウの葉は空高く舞い上って行きます。
まとまった葉は、徐々に帯のように姿を変え、風に乗るように舞い始めました。
リキヤ君は自分が見た夢を思い出しました。
(同じだ。夢と同じだ)
三人は舞い上がるイチョウの葉の行方を見詰めています。
黄色い帯は、三人の見上げる空の真上で、円を描くように回り始めました。
その円は徐々に一つにまとまると、花火のように「パッ」と弾け、黄色い葉が、ゆっくりと三人の頭の上に舞い降りて来ました。
それは、まるで黄色い雪が降っているようです。
辺りは心地良い香りに包まれます。
あの香りです。
ブンちゃんが両手を広げ、空を見上げて言いました。
「ああ、この香り。イチョウの香りなんだ。こんなに身近な香りだったのに気が付かなかった。じっくり嗅いだことなんてなかったし、いつも微かな香りで包まれていたから、かえって思い出せなかったんだ」
ブンちゃんの言葉に、ミカちゃんもリキヤ君も静かに頷きます。
ミカちゃんが思い出しました。
「不思議なことが起こる前は、いつもこの香りがしてた。こうた君の声が聞こえたり、こうた君の顔が浮かんだり、女の人に会う前もこの香りがした」
リキヤ君も思い出しました。
「俺が女の子に会った時もこの香りがしてた」
ブンちゃんが大イチョウの木を見ながら言いました。
「俺もだよ。今、思い出した。こうた君のお母さんもこの香りがしていた」
ミカちゃんもあの日、肩を抱いてくれた女の人の温もりを思い出しています。
三人は気が付きました。
この香りはこうた君の家族の香りでもあったのです。
ブンちゃんがソワソワして、辺りをキョロキョロと見回しながら言いました。
「この香りがしたってことは・・・」
リキヤ君とミカちゃんも何かを待っています。
カサカサカサ
大イチョウの葉が、再び風に揺れた時でした。
突然、女の子の声が聞こえました。
「木にも心があると思う?」
聞き覚えのある声に、ミカちゃんがハッとしました。
「あっ!」
ミカちゃんとブンちゃんは慌てて辺りを見回し、女の子の姿を探します。
でも、リキヤ君は動きません。
リキヤ君は大イチョウの木をジッと見詰めると、大イチョウの木に向かって話しかけました。
「アンちゃん? アンちゃんだよね?」
リキヤ君の言葉に、ブンちゃんとミカちゃんは、驚いて顔を見合わせました。
ミカちゃんは今にも泣き出しそうです。
突然の出来事に慌__あわ__#てていたブンちゃんでしたが、泣きそうなミカちゃんを見て、ニッコリと微笑みながら、ミカちゃんの肩をポンと叩きました。
「木にも心があると思う?」
また女の子の声がしました。
ブンちゃんも大イチョウを見詰めます。
リキヤ君が大イチョウの木に向かって答えました。
「あると思う。あると思うよ。不思議だけど、木が見守ってくれているような気持ちになることがあるよ」
リキヤ君の言葉にブンちゃんも頷いて答えます。
「そう、ここに来ると、誰かに見守られているようで安心する」
ミカちゃんは目に涙を溜めながら黙って頷いています。
女の子の声がしました。
「新しい校舎の工事が始まったら、私が校庭から移されてしまうことはわかっていたの。悲しかったけど、学校のみんなのためだから、役に立てるのだから仕方ないと思ったの。でも、そんな時、お兄ちゃんが病気になってしまったの。私を心配して病気になったんじゃないかって、ホントにホントに悲しかった。毎日、毎日、心配だった。だから毎日、毎日、元気になるようにお願いしていたの」
大イチョウの葉が静かに揺れています。
でも女の子の姿はありません。
「そんな時、ブンちゃんが転校して来たの。ブンちゃん覚えてる? ブンちゃんはお兄ちゃんに優しくしてくれたのよ」
(えっ?)
驚いたブンちゃんは、目をキョロキョロさせて思い出そうとしています。
「えーっと・・・」
「ふふふ」と笑い声が聞こえた後、女の子の声が続きました。
「お兄ちゃんが病気だと知った時、元気になるようにブンちゃんは水をかけてくれたのよ」
イチョウじいさんと話した時のことをブンちゃんは思い出しました。
(あっ、あの時・・・)
「優しくされて、お兄ちゃん、とっても喜んでたわ。自分を心配してくれる子がいるって、ホントに喜んでた」
ミカちゃんがブンちゃんを見詰めます。
ブンちゃんは下を向いて照れています。
「リキヤ君も同じだった。私やお兄ちゃんの枝を折って遊んでいた子に注意してくれたの。その時、ミカちゃんも一緒だったよね。折れた枝をテープで繋いでくれたり、水をかけてくれたり、とっても嬉しかった」
(あっ)
リキヤ君とミカちゃんは、お互いの顔を見てニッコリ微笑みました。
「わたし嬉しかった。ホントに嬉しかったの。だからお兄ちゃんと話したの。三人のために役に立てたらいいねって。毎日、毎日、話したの」
三人の目には涙が浮かんでいます。
そして今度は女の人の声がしました。
「三人の気持ちは嬉しかったわ。アンと耕太に優しくしてくれて」
ブンちゃんはドキッとしました。
こうた君のお母さんの声です。
ミカちゃんは両手で顔を覆って、泣き出してしまいました。
「うううう」
優しく肩を抱いてくれた女の人の声に、ミカちゃんの目から涙が溢れます。
「でもアンと耕太は、まだ若い木だから余り力がなかったの。それでね、お父さんと話したの。私たちも手伝いましょうって。みんなで三人のために役に立ちましょうって。耕太はブンちゃん。アンはリキヤ君。そして私とお父さんはミカちゃん」
ブンちゃん、リキヤ君、ミカちゃん、三人それぞれの思いが蘇ってきます。
ブンちゃんはギュッと服の裾を握り締めます。
「元気な木のほとんどは、切られた後に別の姿に変わって行くの。家をつくる材料になったり、家具になったり、食器や人形やおもちゃになったりするの。短い間だけの物もあるけど、何十年も使われる物もある。でも時間の長さは関係ないの。幸せなの。また新しい姿で誰かの役に立てるから幸せなの」
お母さんの声が嬉しそうに語りかけました。
リキヤ君が大イチョウの木を見上げて尋ねました。
「じゃあ、みんなも別の姿に変わるの?」
カサカサカサ
大イチョウの葉が、風__かぜ__#に揺れました。
「いいえ、私たちは別の道を選んだの。『この人の役に立ちたい』と思うような人が現れたとき、特別な力を使うことができるの。人間の姿になったり、力を与えたりできる。そうして、その人のために役に立つことができる。でも、それにはたくさんの力が必要で、使ってしまうと木として生きていく力が失われてしまうの。だんだん弱くなって、ゆっくりと枯れてしまう。病気になったのと同じ。私もお父さんも来年は葉を付ける力は無いかも知れない。子供たちの役には立てないかも知れない。そうしたらイチョウの木としての役割は終わってしまう。病気なった木が別の姿にはなかなか変われないのと同じように、多くの木が切られて、燃やされてしまうのと同じように、私たちもきっと同じになるかも知れない。でも仕方ないの。それは私たちが選んだことだから仕方ないの」
ミカちゃんが顔を上げて、声を絞り出すように尋ねました。
「切られると死んじゃうの? 燃やされると死んじゃうの?」
少しの間が空いた後、また、女の子の声がしました。
「ううん、大丈夫。イチョウの木の姿ではいられなくなるだけなの。また大イチョウの元に戻って生まれ変わるの。時間はかかるけど、また木の姿に戻れるかも知れないの。心は残るの。ずっーと残るの」
ミカちゃんの目から涙が零れ落ちます。
ミカちゃんは声を震わせながら尋ねました。
「また会えるの?」
返事はありません。
大イチョウの葉が静かに揺れています。
三人はジッと大イチョウを見詰めています。
リキヤ君が声を上げました。
「でも、ここに来れば、また話しできるよね?」
お母さんの声が、悲しそうに答えました。
「いいえ、もうすぐ私たちも力がなくなってしまう。もう話せなくなってしまう。今は大イチョウの力を借りてお話ししているの。でもこれも特別な力。大イチョウを弱らせることは、これ以上できないの」
大イチョウから黄色い葉が舞い落ちます。
ミカちゃんの目に溜まっていた涙が、また一筋流れ落ちました。
「そんな・・・、そんなの・・・」
ブンちゃんがハッと何かに気が付きました。
(心は残るって、もしかして・・・)
「それじゃ、こうた君もいるの?」
ブンちゃんがそう聞いた途端に、大イチョウの木からたくさんの葉が舞い落ちました。
すると、舞い落ちる葉の向こう側に、薄っすらと、こうた君たち家族の姿が現れました。
四人とも少し驚いた様子で顔を見合わせます。
大イチョウの特別な力です。
四人がブンちゃんたちの前に姿を現すために、大イチョウが力を貸してくれたのです。
四人はニッコリと微笑んでいます。
ブンちゃんもリキヤ君も口をギュッと結んで涙を堪えています。
ミカちゃんが泣きながらこうた君を見詰めます。
「う、う、う。こうた君、ゴメンネ。私、ひどいこと言ってゴメンネ」
ミカちゃんが声を絞り出すように言いました。
こうた君はニッコリとミカちゃんを見詰めて頷きます。
こうた君のお母さんはニッコリと微笑んで、こうた君のお父さんに寄り添いながら言いました。
「ブンちゃん、リキヤ君、ミカちゃん、三人ともとても素敵な人になったわ。三人のお役に立てて、私たちは幸せよ」
こうた君のお父さんもニッコリと微笑んで、三人にお礼を言いました。
「ブンちゃん、ありがとう。リキヤ君、ミカちゃん、ありがとう」
ハッとしたミカちゃんが、こうた君のお父さんに尋ねした。
「もしかして、おばあちゃんの足を治してくれたのって・・・」
涙を拭いながら、ミカちゃんがこうた君のお父さんを見詰めます。
こうた君のお父さんとお母さんは、互いに見詰め合った後、ミカちゃんを見てニッコリと微笑むと、小さく頷きました。
「ううううう」
ミカちゃんは両手で顔を覆いながら、何度も何度も頭を下げました。
アンちゃんが手を振りました。
「ありがとう、ブンちゃん。ありがとう、リキヤ君。ありがとう、ミカちゃん」
アンちゃんがそう言うと、四人の姿は徐々に薄くなって行きました。
ブンちゃんが叫びました。
「こうた君!」
三人は大イチョウに向かって走り寄ります。
ザワザワザワー
大イチョウが大きな音を上げました。
強い風が三人を包みます。
すると地面に落ちていたイチョウの葉が風に運ばれ、三人の周りをグルグルと回り始めました。
心地良いイチョウの香りが漂います。
イチョウの葉は徐々に浮かび始め、帯のように繋がって、高く高く、空に舞い上がって行きました。
ブンちゃんが飛んで行くイチョウの葉に向かって叫びます。
「こうた君!約束守るよー、ずっと、ずっと忘れないよー」
リキヤ君もミカちゃんも叫びます。
「アンちゃん、俺も忘れないぞー」
「私もー」
イチョウの葉が鳥の群れのようにまとまって、空で踊っています。
たくさんの仲間たちと楽しいそうに踊っています。
三人は空を見上げ、イチョウの葉を見詰めています。
ブンちゃんが空を見上げて呟きました。
「ここに来れば、また会えるかも知れない。声が聞けるかも知れない」
リキヤ君とミカちゃんも答えます。
「そうだな」
「そうよね」
三人の後ろで、大イチョウの葉が揺れています。
「いつでもおいで」と言うように、静かに優しく揺れています。
ビューーーー
強い風が吹きました。
空を見上げていた三人は、思わず目を閉じて、顔を下に向けました。
「ママー、ブランコ乗っていいー」
突然、男の子の声がしました。
三人は驚いて、顔__かお__#を上げました。
辺りを見回すと、いつの間にか、小さな子たちが公園で遊んでいます。
何事もなかったように、公園はいつもの景色に戻っています。
空を見上げると、踊るように舞っていたイチョウの葉は消えていました。
そこには吸い込まれそうな青い空が広がっています。
三人は顔を見合わせると、ニッコリと微笑みました。
大イチョウの木は静かに葉を揺らし、三人を見守っています。
三人はまた空を見上げました。
遠くの空に飛行機雲が真っ直ぐな線を引いています。
また誰かが手を離してしまったのでしょう。
銀色の風船が飛行機雲に結ばれたように飛んで行きます。
「クスッ」と笑いながら、三人は呟きました。
大イチョウの木に向かって。
大切な贈り物をくれた人たちに向かって、静かに呟きました。
「ありがとう。忘れないよ」
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