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最終章

ブランコ山

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ミカちゃんのはなしいて、ブンちゃんがボソッとつぶやきました。

「なんだ、ミカちゃんもリキヤくんおなじか」

ブンちゃんの言葉ことばにリキヤ君とミカちゃん、二人ふたり一緒いっしょ反応はんのうしました。

「おい!」

リキヤ君がブンちゃんをにらみます。

「えっ?」

おどろいたかおで、ミカちゃんがブンちゃんを見詰みつめます。

「あ!」

自分じぶんなにってしまったのか気がいたブンちゃんは、あわてて口に手をてます。
なさけない表情ひょうじょうで、リキヤ君がブンちゃんを見詰みつめめていました。

「おまえうなよー」

ミカちゃんが二人ふたりをジロジロ見回みまわしながら、秘密ひみつさぐるようにいました。

「なになにー、おなじってなにー」

リキヤ君はためいきをつくと、

「ハァー・・・」

ってうつむきました。
ブンちゃんはもうわけなさそうにリキヤ君にあやまります。

「ごめん・・・」

リキヤ君がかおげて、チラッとミカちゃんを見ると、

「ハー、まあ、いいか」

と、あきらめたようにいました。
ミカちゃんは興味津々きょうみしんしんでリキヤ君を見詰みつめています。

リキヤ君は「仕方しかたない」と表情ひょうじょうをすると、空を見上みあげて、おもい出すようにはなはじめました。

「あのな・・・」

あの夏休なつやすみの出来事できごとです。

ブランコやまおんなとぶつかったこと。
つよあめなかでイチョウのいかけられるようなこわおもいをしたこと。
ゆめの中のことやそのあと不思議ふしぎ出来事できごと
自分じぶんがどれだけまわりに迷惑めいわくをかけていたのか気付きづいたこと。
女の子になかなかえなかったこと。
それでも、やっとえてあやまれたこと。

ミカちゃんのはなしこたえるように、リキヤ君もすべてをはなしました。

カサカサカサ

おだやかなかぜおおイチョウのらしています。
とおくのそらながらミカちゃんがいました。

「ふーん、だからここにてるのかあ」

リキヤ君はすこかおあかくして、わけするように

毎日まいにちてるわけじゃないぞ。たまにだよ。たまに」

って、照れくさいのを隠すようにとおくの空を見詰みつめると、自分じぶんからはなしらすようにブンちゃんにいました。

「おまえはなしもしてやれよ」

ブンちゃんはおどろいて、リキヤ君を見詰みつめます。

「えっ、おれも?」

ブンちゃんがチラッとミカちゃんを見ると、ミカちゃんはニヤニヤしながらブンちゃんを見ていました。
ブンちゃんも「仕方しかたない」と表情ひょうじょうかべると、おもい出すようにはなはじめました。

こうた君がマスクをしてねむっていたこと。
こうた君から手紙てがみをもらったこと。
ねむっているこうた君とこうた君のお母さんにあやまったこと。

ブンちゃんはミカちゃんやクラスのみんなにはなしていない、病院びょういんでの出来事できごとはなしました。

「リキヤ君も不思議ふしぎ体験たいけんしてたのね。だからか、だからあのとき、こうた君をゆるせたんだ。だからブンちゃんもみんなのまえあやまったんだ」

ミカちゃんがそうつぶやくと、それぞれの体験たいけんおもしながら、三人さんにんだまってしまいました。
しばらくして、ミカちゃんがかおを上げ、おおきく背伸せのびをしていました。

「うーーん、なんかすこしだけスッキリした!」

すると、ブンちゃんがボソッとつぶやきました。

「もしかして、リキヤ君とミカちゃんのはなしに出てきた女の子って、おなじ女の子だったりして・・・」

ブンちゃんは二人ふたりを見ました。
リキヤ君とミカちゃんは少しおどろいた表情ひょうじょうです。
ブンちゃんは二人ふたり表情ひょうじょうわったのを見て、またで口をさえていました。

「あ、ごめん。また余計よけいなことだったね」

リキヤ君が苦笑にがわらいをしていました。

「しょうがねーなー」

ミカちゃんはクスクスとわらってつぶやきました。

「でもたしかに『不思議ふしぎな子』ってことではおなじかもね」

ミカちゃんは納得なっとくしたようにリキヤ君を見詰みつめます。
リキヤ君はミカちゃんを横目よこめで見ていました。

「でも、ミカのった女の子は、本当ほんとうにいたのかもハッキリしないんだろう?」

ミカちゃんは口を少しとがらせて、

最近さいきんじゃ自分でもかんなくなっちゃった。んでたときだから、ベンチで勝手かって妄想もうそうしちゃったのかもれないし、いまじゃ、おかあさんがうように、ねむっちゃってゆめを見ていたのかもれないっておもときもある。ホント、なんだったんだろうって・・・」

そううと、ミカちゃんはベンチからがって、大イチョウのほう視線しせんうつし、

わっていくのは、大人おとなになるために仕方しかたないんだろうけど、わすれてしまうのはなんかさびしい」

と、わらっているのか、かなしんでいるのか、よくからないかおをしていました。

「うわー、すごいよー」

ちいさな子がたのしそうにブランコであそんでいます。
小さな子のおかあさんはやさしい表情ひょうじょう見守みまもっています。
ブランコのよこでは風船ふうせんった子が、ブランコの順番じゅんばんっています。
銀色ぎんいろ風船ふうせんです。
いとにはいぬかたちをしたかみがついています。

「あっ」

ミカちゃんがきゅうこえを上げました。

「あの風船ふうせんおぼえてる」

ブンちゃんとリキヤ君はミカちゃんの視線しせん方向ほうこうけます。
(あっ!)
リキヤ君は風船ふうせんを見てハッとしました。
ミカちゃんはなにかをおもい出すように、目をじていました。

「うーんと、病院びょういんの木にかってた。たしかイチョウの木だったわ。ちょうど金属きんぞく梯子はしごみたいなのがちかくあったから、立てかけて、木にのぼってったのよ。そうそう、おもい出した。
いとつつみたいなのがいてたから、手にって『なんだろうって』ってのぞんでみたの。そしたら文字もじいてあった。そう!『おにいちゃん』っていてあった。小さな子がばしちゃったのかなっておもったんだけど、いとはずして見るのはけたし、もしかしたら入院にゅういんしいる子へのプレゼントかなとおもって、そのまま看護師かんごしさんにわたした!」

よみがえった記憶きおくにミカちゃんは興奮こうふんしています。
今度こんどはリキヤ君が興奮こうふんしたようにミカちゃんにたずねました。

「それって、いつだよ」

ミカちゃんは記憶きおくさぐるようにこたえました。

「えーっと、たしなつだった。ブンちゃんが転校てんこうしてきた四年生よねんせい夏休なつやすみ。そうそう、夏休なつやすみの最初さいしょの日で、ほら、すごい雨がったときあったじゃない。そう『ゲリラ豪雨ごうう』ってやつ? みじか時間じかんだったけど。かぜつよくて、まどこわれるんじゃないかとおもった。かみなりすごくて。おぼえてない? うちのおかあさんなんか洪水こうずいになるんじゃないかってすご心配しんぱいしてた。たしか風船ふうせんを木からったあときゅうってたのよ」

ミカちゃんも興奮気味こうふんぎみです。
(もしかしてとどけたって・・・)
ミカちゃんは女の子の言葉ことばおもい出していました。
ブンちゃんもおもい出してつぶやきました。

夏休なつやすみの最初さいしょの日って・・・、ああ、秘密基地ひみつきち大変たいへんだったときだ」

ミカちゃんのはなしいて、リキヤ君がおどろいたかおをしています。
わすれるわけがありません。
イチョウの木がせまってたあの日のあめです。
リキヤ君が銀色ぎんいろ風船ふうせんを見ながらいました。

おれがさっきはなしたあめだよ。ばしてしまった女の子の風船ふうせんもあんな風船ふうせんだった」

「あっ!」
なにかをおもい出したように、いきなりブンちゃんが立ち上がって、ミカちゃんにいました。

「おにいちゃんって、もしかしてひらがなでいてあった?」

なんってるの」とった表情ひょうじょうで、ミカちゃんはブンちゃんを見詰みつめてこたえました。

「そう、ひらがなで『おにいちゃん』って。つつの中をのぞいただけだから、なのかなんだったのかはからなかったけど、文字もじかみの下のほういてあった」

おどろいた表情ひょうじょうでブンちゃんがいました。

おぼえてるよ。『おにいちゃん』っていてあった男の子のが、こうた君の病室びょうしつってあった。たしか、もう一枚いちまいってあって、そのの男の子がなんとなくリキヤ君にてたのもおぼえてる。少ししぼんでたけど銀色ぎんいろ風船ふうせんふたつあったよ」

ブンちゃんも興奮こうふんしています。

「もしかして」

ブンちゃんがそううと、三人はおたがいのかお見合みあわせました。

「おーーい、リキヤー」

おぼえのあるこえが、みみんできました。
自転車じてんしゃさかのぼって、だれかが三人のほう近付ちかづいてきます。
ケンタ君です。
ケンタ君が自転車じてんしゃのまま公園こうえんはいってました。

「はーー、やっぱりここだった」

ケンタ君は手になにかをっています。
ケンタ君はいきととのえながらいました。

べついそぎじゃなかったんだけど、なつかしい写真しゃしんが出てきたから、リキヤにとどけようとおもってさ、リキヤのいえまでったんだよ。そしたら、おばさんがここじゃないかって」

ケンタ君はニヤニヤしながら緑色みどりいろ封筒ふうとうを見せてはなしつづけました。

「ほら、あのとき写真しゃしんだよ。リキヤがここで女の子とぶつかったときの。あのあと、おとおさんのパソコンの中にデータが入ったままだったんだけど、おれ、パソコンいじってて偶然ぐうぜん見つけちゃってさ。それでリキヤに見せようとおもってプリントしたんだ。学校がっこうわたそうとおもったけど、直接ちょくせつわたしたほうがいいかなとおもってさ。なんなつかかしいよね。でも、プリントしたあと、人の写真しゃしんがちょっとうすくなってきちゃってるんだよなぁ。まあ、かるからいいよね。それにまたプリントできるし」

そううと、ケンタ君はリキヤ君に封筒ふうとうわたしました。

「リキヤがった写真しゃしんだけ入ってるから」

そうくわえたケンタ君は、自転車じてんしゃからりずに、そのままはしってってしまいました。
リキヤ君はおもい出しました。
(あのときのだ。ぶつかってから立ち上がろうとしたときのだ)

『わざとじゃないんです』

おもわずシャッターをしてしまって、おとこひとわけをした自分じぶん姿すがたかびました。
ミカちゃんがむねに手をてながら、リキヤ君にいました。

「ねえ、けて見せて」

ミカちゃんには不思議ふしぎなことのつづきがある予感よかんがしていました。
リキヤ君が封筒ふうとうから写真しゃしんします。
ブンちゃんからは反対向はんたいむきでよくかりません。
でも、ここブランコ山からうつした学校がっこう写真しゃしんや大イチョウ、まち景色けしき、そして小さな子供こどもたちがっているブランコがうつっているのはかりました。
そして人がうつった写真しゃしんが出てきました。
ほかの写真しゃしんより人の姿すがたうすれているように見えます。
その写真しゃしんには、こちらを見る男の人がうつっていて、そのうしろによこいた女の子と女の人がうつっていました。
リキヤ君のよこ写真しゃしんのぞんだミカちゃんが、きゅうにリキヤ君のシャツをつかんできそうなこえしました。

「この子、わたしった女の子・・・。女の人も男の人もあのときの・・・」

(え?)
リキヤ君がミカちゃんのかお見詰みつめます。
ミカちゃんの目がだんだんうるんでいくのがリキヤ君にはかりました。

「ホントだったんだ。やっぱりホントだったんだ。う、うう・・・」

ミカちゃんの目から大粒おおつぶなみだながちました。
リキヤ君はこえが出ません。
リキヤ君の写真しゃしんをブンちゃんがのぞみます。
女の人が目に入りました。

「あっ・・・」

ブンちゃんはおどろいてこえが出ません。
こえを上げたブンちゃんをリキヤ君が見詰みつめます。
ミカちゃんも顔を上げ、ブンちゃんのほうに目をけました。
むねに手をてながら「け」と自分じぶんかせるように、ブンちゃんがゆっくりとしずかにはなしました。

「この女の人、こうた君のおかあさんだよ。男の人はこうた君のお葬式そうしきで、みんなのまえ挨拶あいさつしてた。それにこの女の子、お葬式そうしきとき、こうた君のおかあさんのよこにいた・・・.たぶん、こうた君の妹・・・。」

ブンちゃんはドキドキしています。
リキヤ君はまだこえません。
ミカちゃんは両手りょうてかおおおいました。

三人はしばらくだまったままでした。

サササササ

大イチョウのれています。
ブンちゃんがそら見上みあげてつぶやきました。

なん不思議ふしぎだね。三人ともわすれられないおもつながっていたなんて」

ブンちゃんはゆっくりとながれるくも見詰みつめました。
葬式そうしきくもうつったこうた君の笑顔えがおよみがえります。

「ああ、ホントだな」

リキヤ君がやっとこえを出しました。

「う、うう」

ミカちゃんはこえおさえるようにいています。

ぼくら、こうた君とこうた君の家族かぞく大切たいせつなことをおしえてもらったんだね」

そら見上みあげているブンちゃんの目にも、なみだまっていました。
また三人はしばらくだまったままでした。
それぞれが自分じぶんおもなかにいます。

サササササ

大イチョウの木がしずかにらしています。
ブンちゃんが何かに気がきました。

「でも・・・」

ブンちゃんは不思議ふしぎそうな表情ひょうじょうはなはじめます。

「ミカちゃんが女の子とった日って、学校がっこうやすんだ二日目ふつかめだよね。たし火曜日かようび

ミカちゃんがなみだぬぐいながらこたえました。

「うん」

ブンちゃんがリキヤ君を見ていました。

「それって、こうた君のお葬式そうしきの日だ」

リキヤ君もミカちゃんも、あの日をおもい出しています。

「あっ」

ミカちゃんがなにかをおもい出していました。

「じゃあ、あの日、バスにっていた沙織先生さおりせんせいみたいな人って、やっぱり?」

ブンちゃんはミカちゃんを見詰みつめてこたえました。

「そのバス、おれってたよ。お葬式そうしきあとだったから、みんなでバスにってかえったんだ」

ミカちゃんが不思議ふしぎそうにブンちゃんを見ていました。

「みんな?」

ミカちゃんがおどろいたような表情ひょうじょうかべてつづけます。

「バスにっていたのは四人よにんしか見えなかった。男の人と女の子、それと沙織先生さおりせんせいとブンちゃんだけ」

ミカちゃんのはなしに、ブンちゃんがおどろいた表情ひょうじょうさけびました。

「えーーー、ほかの大人おとなの人もらな子たちも、みんなバスにってかえったよ」

そううと、ブンちゃんは空を見上みあげて、自分じぶん記憶きおくたしかめています。
リキヤ君はなにかにきました。

「じゃあ、そのあと、すぐにミカは女の子にったってことか?」

ミカちゃんとブンちゃんがかお見合みあわせます。
リキヤ君が二人ふたり見ていました。

なんかおかしくないか?」

バスにたくさん人がったはなしわすれて、ブンちゃんがおもしたようにいました。

「そう、そうだよね。こうた君のおかあさんたちは、あのあと、すぐにブランコ山にたってこと? お葬式そうしきあとだってうのにはやすぎるよね。おれ記憶きおくがハッキリしないけど、バスがえきにもった気がするし、学校がっこうにもって、そのあとねむっちゃって記憶きおくがないけど、最後さいご沙織先生さおりせんせい一緒いっしょにブランコ山でろしてもらったんだよ。そう、このベンチで目がめたんだよ。そのとき多分たぶん、男の人はバスにってたとおもうんだよね」

おもい出しはじめたブンちゃんは、かんがむようにはなしつづけました。

「ミカちゃんがバスを見てからブランコ山まであいだだよね。ここでミカちゃんにったとき普通ふつうふくてたんだよね。えき学校がっこうとかったのに、くろふくから着替きがえてすぐにたなんて・・・」

不思議ふしぎ出来事できごとに、ブンちゃんもリキヤ君もミカちゃんも、わけからなくなっていました。
三人ともそれぞれべつほうを見ながらかんがえています。
(あれ?)
ブンちゃんがなにかに気がきました。
さっきまでブランコであそんでいた小さい子とおかあさんがいません。
あたりを見回みまわすと、公園こうえんにいるのは三人だけです。
(いつのに・・・)
ブンちゃんがそうおもったときです。
フッとかおりがただよい、ミカちゃんがかおりに気がきました。

「あ、このかおり」

リキヤ君もブンちゃんも気がきました。
ミカちゃんは目をつむって、ただよかおりをっています。

「ねえ、このかおかる? おもい出せそうでおもい出せないの。身近みじかにあるかおりなんだろうけど、かんがえるとねむっちゃったり、おもい出さずにべつのことしちゃったり、いつもそう」

そううと、ミカちゃんはあたりを見回みまわして、目をキョロキョロさせました。
ブンちゃんもあたりを見回みまわしながらこたえました。

ぼくもそうだよ。おもい出せそうでおもい出せない。でもなんかなつかしいかおりなんだよね。いつもはっすらといでいる気がするんだけど、たまにこうやってハッキリとかおりがかるときがあるんだよね」

そうって、ブンちゃんは大きく深呼吸しんこきゅうしました。
ミカちゃんがリキヤ君にたずねます。

「もしかしてリキヤ君も?」

リキヤ君はみじかく、

「ああ」

こたえると、ジッと大イチョウを見詰みつめました。

ザザザザー

大イチョウの木がおとらしました。
黄色きいろくなったが、ひらひらとちて、三人のまえでクルクルとまわはじめました。

ビューーー
ザザザザザザー

突然とつぜんつよかぜが大イチョウの木をらし、イチョウのばしました。
その光景こうけいを見たブンちゃんとミカちゃんが、同時どうじこえを上げました。

「あっ!」

それはまるで黄色きいろとりが、一斉いっせいつような光景こうけいでした。
大イチョウの空高そらたかってきます。
まとまったは、徐々じょじょおびのように姿すがたえ、かぜるようにはじめました。
リキヤ君は自分じぶんが見たゆめおもい出しました。
おなじだ。ゆめおなじだ)
三人はい上がるイチョウの行方ゆくえ見詰みつめています。
黄色きいろおびは、三人の見上みあげる空の真上まうえで、えんえがくようにまわはじめました。
そのえん徐々じょじょひとつにまとまると、花火はなびのように「パッ」とはじけ、黄色きいろが、ゆっくりと三人のあたまの上にりてました。
それは、まるで黄色きいろゆきっているようです。
あたりは心地良ここちよかおりにつつまれます。
あのかおりです。
ブンちゃんが両手りょうてひろげ、空を見上みあげていました。

「ああ、このかおり。イチョウのかおりなんだ。こんなに身近みじかかおりだったのに気がかなかった。じっくりいだことなんてなかったし、いつもかすかなかおりでつつまれていたから、かえっておもい出せなかったんだ」

ブンちゃんの言葉ことばに、ミカちゃんもリキヤ君もしずかにうなずきます。
ミカちゃんがおもい出しました。

不思議ふしぎなことがこるまえは、いつもこのかおりがしてた。こうた君のこえこえたり、こうた君のかおかんだり、女の人にまえもこのかおりがした」

リキヤ君もおもい出しました。

おれが女の子にったときもこのかおりがしてた」

ブンちゃんが大イチョウの木を見ながらいました。

おれもだよ。いまおもい出した。こうた君のおかあさんもこのかおりがしていた」

ミカちゃんもあの日、かたいてくれた女の人のぬくもりをおもい出しています。
三人は気がきました。
このかおりはこうた君の家族かぞくかおりでもあったのです。
ブンちゃんがソワソワして、あたりをキョロキョロと見回みまわしながらいました。

「このかおりがしたってことは・・・」

リキヤ君とミカちゃんもなにかをっています。

カサカサカサ

大イチョウのが、ふたたかぜれたときでした。
突然とつぜん、女の子のこえこえました。

「木にもこころがあるとおもう?」

おぼえのあるこえに、ミカちゃんがハッとしました。

「あっ!」

ミカちゃんとブンちゃんはあわててあたりを見回みまわし、女の子の姿すがたさがします。
でも、リキヤ君はうごきません。
リキヤ君は大イチョウの木をジッと見詰みつめると、大イチョウの木にかってはなしかけました。

「アンちゃん? アンちゃんだよね?」

リキヤ君の言葉ことばに、ブンちゃんとミカちゃんは、おどろいてかお見合みあわせました。
ミカちゃんはいまにもき出しそうです。
突然とつぜん出来事できごとに慌__あわ__#てていたブンちゃんでしたが、きそうなミカちゃんを見て、ニッコリと微笑ほほえみながら、ミカちゃんのかたをポンとたたきました。

「木にもこころがあるとおもう?」

また女の子のこえがしました。
ブンちゃんも大イチョウを見詰みつめます。
リキヤ君が大イチョウの木にかってこたえました。

「あるとおもう。あるとおもうよ。不思議ふしぎだけど、木が見守みまもってくれているような気持きもちちになることがあるよ」

リキヤ君の言葉ことばにブンちゃんもうなずいてこたえます。

「そう、ここにると、だれかに見守みまもられているようで安心あんしんする」

ミカちゃんは目になみだめながらだまってうなずいています。
女の子の声がしました。

あたらしい校舎こうしゃ工事こうじはじまったら、わたし校庭こうていからうつされてしまうことはわかっていたの。かなしかったけど、学校がっこうのみんなのためだから、やくてるのだから仕方しかたないとおもったの。でも、そんなとき、おにいちゃんが病気びょうきになってしまったの。私を心配しんぱいして病気びょうきになったんじゃないかって、ホントにホントにかなしかった。毎日まいにち毎日まいにち心配しんぱいだった。だから毎日まいにち毎日まいにち元気げんきになるようにおねがいしていたの」

大イチョウの葉がしずかにれています。
でも女の子の姿すがたはありません。

「そんなとき、ブンちゃんが転校てんこうしてたの。ブンちゃんおぼえてる? ブンちゃんはおにいちゃんにやさしくしてくれたのよ」

(えっ?)
おどろいたブンちゃんは、目をキョロキョロさせておもい出そうとしています。

「えーっと・・・」

「ふふふ」とわらごえこえたあと、女の子のごえつづきました。

「おにいちゃんが病気びょうきだとったとき元気げんきになるようにブンちゃんは水をかけてくれたのよ」

イチョウじいさんとはなしたときのことをブンちゃんはおもい出しました。
(あっ、あのとき・・・)

やさしくされて、おにいちゃん、とってもよろこんでたわ。自分じぶん心配しんぱいしてくれる子がいるって、ホントによろこんでた」

ミカちゃんがブンちゃんを見詰めます。
ブンちゃんは下をいてれています。

「リキヤ君もおなじだった。わたしやおにいちゃんのえだってあそんでいた子に注意ちゅういしてくれたの。そのとき、ミカちゃんも一緒いっしょだったよね。れたえだをテープでつないでくれたり、水をかけてくれたり、とってもうれしかった」

(あっ)
リキヤ君とミカちゃんは、おたがいのかおを見てニッコリ微笑ほほえみました。

「わたしうれしかった。ホントにうれしかったの。だからおにいちゃんとはなしたの。三人さんにんのためにやくてたらいいねって。毎日まいにち、毎日、はなしたの」

三人の目にはなみだかんでいます。
そして今度こんどは女の人のこえがしました。

「三人の気持きもちはうれしかったわ。アンと耕太こうたやさしくしてくれて」

ブンちゃんはドキッとしました。
こうた君のおかあさんのこえです。
ミカちゃんは両手りょうてかおおおって、き出してしまいました。

「うううう」

やさしくかたいてくれた女の人のこえに、ミカちゃんの目からなみだあふれます。

「でもアンと耕太こうたは、まだわかい木だからあまちからがなかったの。それでね、おとおさんとはなしたの。わたしたちも手伝てつだいましょうって。みんなで三人のためにやくに立ちましょうって。耕太こうたはブンちゃん。アンはリキヤ君。そしてわたしとおとおさんはミカちゃん」

ブンちゃん、リキヤ君、ミカちゃん、三人それぞれのおもいがよみがえってきます。
ブンちゃんはギュッとふくすそにぎめます。

元気げんきな木のほとんどは、切られたあとべつ姿すがたわってくの。いえをつくる材料ざいりょうになったり、家具かぐになったり、食器しょっき人形にんぎょうやおもちゃになったりするの。みじかあいだだけのものもあるけど、何十年なんじゅうねん使つかわれるものもある。でも時間じかんながさは関係かんけいないの。しあわせなの。またあたらしい姿すがただれかのやくてるからしあわせなの」

かあさんのこえうれしそうにかたりかけました。
リキヤ君が大イチョウの木を見上みあげてたずねました。

「じゃあ、みんなもべつ姿すがたわるの?」

カサカサカサ

大イチョウのが、風__かぜ__#にれました。

「いいえ、わたしたちはべつみちえらんだの。『この人のやくに立ちたい』とおもうような人があらわれたとき、特別とくべつちから使つかうことができるの。人間にんげん姿すがたになったり、ちからあたえたりできる。そうして、その人のためにやくに立つことができる。でも、それにはたくさんのちから必要ひつようで、使つかってしまうと木としてきていくちからうしなわれてしまうの。だんだんよわくなって、ゆっくりとれてしまう。病気びょうきになったのとおなじ。わたしもおとおさんも来年らいねんけるちからいかもれない。子供こどもたちのやくには立てないかもれない。そうしたらイチョウの木としての役割やくわりわってしまう。病気びょうきなった木がべつ姿すがたにはなかなかわれないのとおなじように、おおくの木がられて、やされてしまうのとおなじように、わたしたちもきっとおなじになるかもれない。でも仕方しかたないの。それはわたしたちがえらんだことだから仕方しかたないの」

ミカちゃんがかおを上げて、こえしぼり出すようにたずねました。

られるとんじゃうの? やされるとんじゃうの?」

すこしのいたあと、また、女の子のこえがしました。

「ううん、大丈夫だいじょうぶ。イチョウの木の姿すがたではいられなくなるだけなの。また大イチョウのもともどってまれわるの。時間じかんはかかるけど、また木の姿すがたもどれるかもれないの。こころのこるの。ずっーとのこるの」

ミカちゃんの目からなみだこぼちます。
ミカちゃんはこえふるわせながらたずねました。

「またえるの?」

返事へんじはありません。
大イチョウのしずかにれています。
三人はジッと大イチョウを見詰みつめています。
リキヤ君がこえげました。

「でも、ここにれば、またはなしできるよね?」

かあさんのこえが、かなしそうにこたえました。

「いいえ、もうすぐわたしたちもちからがなくなってしまう。もうはなせなくなってしまう。いまは大イチョウのちからりておはなししているの。でもこれも特別とくべつちから。大イチョウをよわらせることは、これ以上いじょうできないの」

大イチョウから黄色きいろちます。
ミカちゃんの目にまっていたなみだが、また一筋ひとすじながちました。

「そんな・・・、そんなの・・・」

ブンちゃんがハッとなにかにきました。
こころのこるって、もしかして・・・)

「それじゃ、こうた君もいるの?」

ブンちゃんがそういた途端とたんに、大イチョウの木からたくさんのちました。
すると、ちるこうがわに、っすらと、こうた君たち家族かぞく姿すがたあらわれました。
四人よにんともすこおどろいた様子ようすかお見合みあわせます。
大イチョウの特別とくべつちからです。
四人よにんがブンちゃんたちのまえ姿すがたあらわすために、大イチョウがちからしてくれたのです。
四人よにんはニッコリと微笑ほほえんでいます。
ブンちゃんもリキヤ君も口をギュッとむすんでなみだこらえています。
ミカちゃんがきながらこうた君を見詰みつめます。

「う、う、う。こうた君、ゴメンネ。わたし、ひどいことってゴメンネ」

ミカちゃんがこえしぼすようにいました。
こうた君はニッコリとミカちゃんを見詰みつめてうなずきます。
こうた君のおかあさんはニッコリと微笑ほほえんで、こうた君のおとおさんにいながらいました。

「ブンちゃん、リキヤ君、ミカちゃん、三人ともとても素敵すてきな人になったわ。三人のおやくてて、わたしたちはしあわせよ」

こうた君のおとおさんもニッコリと微笑ほほえんで、三人におれいいました。

「ブンちゃん、ありがとう。リキヤ君、ミカちゃん、ありがとう」

ハッとしたミカちゃんが、こうた君のおとおさんにたずねした。

「もしかして、おばあちゃんの足をなおしてくれたのって・・・」

なみだぬぐいながら、ミカちゃんがこうた君のおとおさんを見詰みつめます。
こうた君のおとおさんとおかあさんは、たがいに見詰みつったあと、ミカちゃんを見てニッコリと微笑ほほえむと、ちいさくうなずきました。

「ううううう」

ミカちゃんは両手りょうてかおおおいながら、何度なんど何度なんどあたまげました。
アンちゃんが手をりました。

「ありがとう、ブンちゃん。ありがとう、リキヤ君。ありがとう、ミカちゃん」

アンちゃんがそううと、四人よにん姿すがた徐々じょじょうすくなってきました。
ブンちゃんがさけびました。

「こうた君!」

三人は大イチョウにかってはしります。

ザワザワザワー

大イチョウがおおきなおとげました。
つよかぜが三人をつつみます。
すると地面じめんちていたイチョウのかぜはこばれ、三人のまわりをグルグルとまわはじめました。
心地良ここちよいイチョウのかおりがただよいます。
イチョウの徐々じょじょかびめ、おびのようにつながって、たかたかく、そらがってきました。
ブンちゃんがんでくイチョウのかってさけびます。

「こうた君!約束やくそくまもるよー、ずっと、ずっとわすれないよー」

リキヤ君もミカちゃんもさけびます。

「アンちゃん、おれわすれないぞー」
わたしもー」

イチョウのとりれのようにまとまって、空でおどっています。
たくさんの仲間なかまたちとたのしいそうにおどっています。
三人は空を見上みあげ、イチョウの見詰みつめています。
ブンちゃんがそら見上みあげてつぶやきました。

「ここにれば、またえるかもれない。こえけるかもれない」

リキヤ君とミカちゃんもこたえます。

「そうだな」
「そうよね」

三人のうしろで、大イチョウのれています。
「いつでもおいで」とうように、しずかにやさしくれています。

ビューーーー

つよかぜきました。
空を見上みあげていた三人は、おもわず目をじて、かおしたけました。

「ママー、ブランコっていいー」

突然とつぜん、男の子のこえがしました。
三人はおどろいて、顔__かお__#を上げました。
あたりを見回みますと、いつのにか、小さな子たちが公園こうえんあそんでいます。
何事なにごともなかったように、公園こうえんはいつもの景色けしきもどっています。
空を見上みあげると、おどるようにっていたイチョウのえていました。
そこにはまれそうなあおそらひろがっています。
三人はかお見合みあわせると、ニッコリと微笑ほほえみました。 
 
 大イチョウの木はしずかにらし、三人を見守みまもっています。
三人はまた空を見上みあげました。
とおくの空に飛行機雲ひこうきぐもぐなせんいています。
まただれかがはなしてしまったのでしょう。
銀色ぎんいろ風船ふうせん飛行機雲ひこうきぐもむすばれたようにんできます。
「クスッ」とわらいながら、三人はつぶやきました。
大イチョウの木にかって。
大切たいせつおくものをくれた人たちにかって、しずかにつぶやきました。

「ありがとう。わすれないよ」
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