因果はめぐる糸車

齋藤御春

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因果はめぐる糸車

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──『昨日夕方、白城公園で女子大生が刺殺される事件がありました。警察によると……』

 テレビから流れる事件。それはいつでも自分にとっては他人事である。

 春。大学二回生となった紫村しむらはテレビを止めて、穏やかで暖かい陽射しの中、家を出る。

 家を出て数分。ふと気づくと、何やら怪しげな店の前に来ていた。普段、この道を通り大学まで通っているが、全くもってこの店がなんなのかわからない。一年間疑問に思い続けてきた。

 その店は窓がなく、中をのぞくことは叶わない。建物は古びていて、看板も出ておらずそもそも開いているのかすらわからない。

 恐怖心より、好奇心が勝った紫村は、恐る恐るそのドアに手をかけた。
 初めて見たその店内は、暗く埃っぽい匂いが充満しており、古本などが雑に置かれていた。店の奥にはおそらく店主であろう老人が椅子に腰をかけていた。

 「すみませんが、ここは本屋なのですか?」

 紫村は確かめるように老人に問いた。

 「いや、ここは本屋じゃないよ。」

 老人は答えた。

 「じゃあ、ここは何屋なんですか?」

 「ワシは過去を売っている。」

 老人は不敵な笑みを浮かべている。

 「過去?」

 「ああ、そうだ。君の戻りたい過去を売ってやろう。」

 「それは…タイムリープということですか?」

 「タイ……よくわからんが、多分そうだ。」

 怪しげな店の怪しげな老人の怪しげな発言は全く信用出来なかった。

が、好奇心がまたも勝ってしまった。

 「では過去を売ってください。」

 「何日分戻るんだ?」

 「一日分で、おいくらですか?」

 「千円だ。」

 過去に戻れるには安すぎる値段設定に、紫村は老人に疑いの目を向ける。

 「何日分にする?」

 老人の問いに対して、すっかり疑っている紫村。

 「では一日分でお願いします。」

 (千円ぐらいならば騙されてやろう。むしろ千円で非日常的な経験が出来たのだから良しとしよう。)

 そうして、紫村は財布から千円札を抜き、老人へと手渡す。

 「毎度あり。ではら良い過去を。」

 老人がそう言うと、紫村の視界は真っ暗になった。

 目が覚めると、紫村は歩道を歩いていた。

 「あれ……?」

 先程までの陽気な天気とは打って変わって肌寒く、空は曇天であった。そういえば、昨日もこのような天気であった。

 (本当に昨日に戻っってしまったのか?)
 
 ケータイで、日付を確認した。確かに『今』は昨日であった。

 何か悪い夢でも見ていたのでは、という感覚に陥る。

 目の前には曲がり角。

 (そういえば、昨日はこの曲がり角から現れた歩きスマホをしてた高校生とぶつかったんだっけな。)

 紫村は曲がり角直前で足を止める。

 すると、歩きスマホの高校生が目の前を通り過ぎた。

 「なっ……!」

 紫村は驚愕した。昨日と全く同じ状況。信じられないが、本当に昨日に戻ったのだと確信した。

 そんなことを考えながら再び歩み始めた、その時。

 ドォーンッッ!!!!!!

 後方で大きな衝突音が聞こえた。
振り向くと、道路上には無残な姿で横たわっている先程の高校生。そしてその高校生に衝突したであろう大型トラックがあった。

 (!?。昨日はここで事故なんか起こらなかったぞ!?どういうことなんだ…!?)

 あまりの出来事に、脳は処理が追いつかず、心臓はバクバクと音を立て、立ちくらみがし、思わず近くの街路樹にもたれかかる。

 深呼吸をしてから、一度冷静になる。

 (昨日はこんな事故起きなかった。つまり『今』は昨日じゃないのか?しかし、日付は…)

 などと考えているうちに、一つ重大な事実に気づいた。

 「ぶつかってない……」

 (そうだ!僕は高校生と当たってないんだ。だから、信号が赤にも関わらず、歩きスマホのまま横断歩道を渡った高校生はひかれたのか!?)

 そう考えると同時に、心の中に罪悪感が生まれた。

 (例え、高校生の自業自得だとしても、本来なら、事故なんて起きずにすんだんだ。僕がタイムリープなんてしなければ……)

 胸が苦しくなった。その高校生、そしてトラックのドライバーだけでなく、おそらくいるであろうその者達の家族の人生さえ変えてしまったのだから。

 その苦しさから逃げるように、紫村は走った。

 (僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない)

 どのくらい走っただろうか。辺りはすっかり暗くなっていた。

 疲れ果てた紫村は、公園のブランコにて揺られている。

 「どうして…こんなことに……」

 ふと、顔を上げると驚愕の光景が目に入った。

 黒い帽子にメガネでマスクの、いわゆる不審者のような男が手にナイフを持っている。そしてその先には恐怖で声が出ないであろう女性。

 紫村は先程見た……正確に言うと明日流れていたニュースを思い出した。

 (ここは……白城公園!?)

考えるよりも先に身体が動いてしまっていた。

 気がつけば紫村は女子大生と男の間に立っていた。

 「や、やめろ!け、警察を呼ぶぞ!」
 
 紫村は叫んだ。これで怯んで逃げてくれる事を祈って。しかしそれは逆効果であった。

 焦った男はこちらにナイフを向け走ってくる。紫村がどう対処しようか考える間もなく背中に軽い衝撃があった。

 紫村は一瞬その衝撃によってよろけた。そして男のナイフへと…。

 紫村は薄れゆく意識の中、理解した。

 自分は助けに入ったはずの女子大生に押されたのだと。そして今から死ぬのだと。


 「過去になんて戻るもんじゃないな。」

 紫村の平凡な日常は終わりを告げた。

 
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