1 / 1
因果はめぐる糸車
しおりを挟む──『昨日夕方、白城公園で女子大生が刺殺される事件がありました。警察によると……』
テレビから流れる事件。それはいつでも自分にとっては他人事である。
春。大学二回生となった紫村はテレビを止めて、穏やかで暖かい陽射しの中、家を出る。
家を出て数分。ふと気づくと、何やら怪しげな店の前に来ていた。普段、この道を通り大学まで通っているが、全くもってこの店がなんなのかわからない。一年間疑問に思い続けてきた。
その店は窓がなく、中をのぞくことは叶わない。建物は古びていて、看板も出ておらずそもそも開いているのかすらわからない。
恐怖心より、好奇心が勝った紫村は、恐る恐るそのドアに手をかけた。
初めて見たその店内は、暗く埃っぽい匂いが充満しており、古本などが雑に置かれていた。店の奥にはおそらく店主であろう老人が椅子に腰をかけていた。
「すみませんが、ここは本屋なのですか?」
紫村は確かめるように老人に問いた。
「いや、ここは本屋じゃないよ。」
老人は答えた。
「じゃあ、ここは何屋なんですか?」
「ワシは過去を売っている。」
老人は不敵な笑みを浮かべている。
「過去?」
「ああ、そうだ。君の戻りたい過去を売ってやろう。」
「それは…タイムリープということですか?」
「タイ……よくわからんが、多分そうだ。」
怪しげな店の怪しげな老人の怪しげな発言は全く信用出来なかった。
が、好奇心がまたも勝ってしまった。
「では過去を売ってください。」
「何日分戻るんだ?」
「一日分で、おいくらですか?」
「千円だ。」
過去に戻れるには安すぎる値段設定に、紫村は老人に疑いの目を向ける。
「何日分にする?」
老人の問いに対して、すっかり疑っている紫村。
「では一日分でお願いします。」
(千円ぐらいならば騙されてやろう。むしろ千円で非日常的な経験が出来たのだから良しとしよう。)
そうして、紫村は財布から千円札を抜き、老人へと手渡す。
「毎度あり。ではら良い過去を。」
老人がそう言うと、紫村の視界は真っ暗になった。
目が覚めると、紫村は歩道を歩いていた。
「あれ……?」
先程までの陽気な天気とは打って変わって肌寒く、空は曇天であった。そういえば、昨日もこのような天気であった。
(本当に昨日に戻っってしまったのか?)
ケータイで、日付を確認した。確かに『今』は昨日であった。
何か悪い夢でも見ていたのでは、という感覚に陥る。
目の前には曲がり角。
(そういえば、昨日はこの曲がり角から現れた歩きスマホをしてた高校生とぶつかったんだっけな。)
紫村は曲がり角直前で足を止める。
すると、歩きスマホの高校生が目の前を通り過ぎた。
「なっ……!」
紫村は驚愕した。昨日と全く同じ状況。信じられないが、本当に昨日に戻ったのだと確信した。
そんなことを考えながら再び歩み始めた、その時。
ドォーンッッ!!!!!!
後方で大きな衝突音が聞こえた。
振り向くと、道路上には無残な姿で横たわっている先程の高校生。そしてその高校生に衝突したであろう大型トラックがあった。
(!?。昨日はここで事故なんか起こらなかったぞ!?どういうことなんだ…!?)
あまりの出来事に、脳は処理が追いつかず、心臓はバクバクと音を立て、立ちくらみがし、思わず近くの街路樹にもたれかかる。
深呼吸をしてから、一度冷静になる。
(昨日はこんな事故起きなかった。つまり『今』は昨日じゃないのか?しかし、日付は…)
などと考えているうちに、一つ重大な事実に気づいた。
「ぶつかってない……」
(そうだ!僕は高校生と当たってないんだ。だから、信号が赤にも関わらず、歩きスマホのまま横断歩道を渡った高校生はひかれたのか!?)
そう考えると同時に、心の中に罪悪感が生まれた。
(例え、高校生の自業自得だとしても、本来なら、事故なんて起きずにすんだんだ。僕がタイムリープなんてしなければ……)
胸が苦しくなった。その高校生、そしてトラックのドライバーだけでなく、おそらくいるであろうその者達の家族の人生さえ変えてしまったのだから。
その苦しさから逃げるように、紫村は走った。
(僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない僕は悪くない)
どのくらい走っただろうか。辺りはすっかり暗くなっていた。
疲れ果てた紫村は、公園のブランコにて揺られている。
「どうして…こんなことに……」
ふと、顔を上げると驚愕の光景が目に入った。
黒い帽子にメガネでマスクの、いわゆる不審者のような男が手にナイフを持っている。そしてその先には恐怖で声が出ないであろう女性。
紫村は先程見た……正確に言うと明日流れていたニュースを思い出した。
(ここは……白城公園!?)
考えるよりも先に身体が動いてしまっていた。
気がつけば紫村は女子大生と男の間に立っていた。
「や、やめろ!け、警察を呼ぶぞ!」
紫村は叫んだ。これで怯んで逃げてくれる事を祈って。しかしそれは逆効果であった。
焦った男はこちらにナイフを向け走ってくる。紫村がどう対処しようか考える間もなく背中に軽い衝撃があった。
紫村は一瞬その衝撃によってよろけた。そして男のナイフへと…。
紫村は薄れゆく意識の中、理解した。
自分は助けに入ったはずの女子大生に押されたのだと。そして今から死ぬのだと。
「過去になんて戻るもんじゃないな。」
紫村の平凡な日常は終わりを告げた。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ
Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」
結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。
「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」
とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。
リリーナは結界魔術師2級を所持している。
ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。
……本当なら……ね。
※完結まで執筆済み
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!
ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。
なのに突然のパーティークビ宣言!!
確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。
補助魔法師だ。
俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。
足手まといだから今日でパーティーはクビ??
そんな理由認められない!!!
俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな??
分かってるのか?
俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!!
ファンタジー初心者です。
温かい目で見てください(*'▽'*)
一万文字以下の短編の予定です!
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる