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第一章 序章

5話 お金がない

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 「なんだこのガキは? 怪我したく無かったら消えな!」

 俺が腕を掴んだ大男の取り巻きだろうか、モヒカン頭の男が近づいてくる。
 そんなにキレる? と思うほど、男は顔面の血管が浮き出ている。さらに『消えな』と言ったにも関わらず、俺を許すつもりはないようだ。

「ぶっ殺してやんよっ」
「さっきと言ってる事が違うぞ」

 俺はツッコミを入れつつ、掴んでいた右手に力を込める。

「い、痛てっー! は、離せっ!」
「離せ? 離してくださいだろ?」

 大男は身体をくの字に曲げてうな垂れる。
 脂汗を噴き出している。

「離して……下さい」

 その言葉を信用して俺は腕を離した。
 男の腕には圧迫痕が残っている。
 俺はグーパーを繰り返して手のひらを眺めた。それほど力を加えたつもりはないのに、さっきの馬鹿力。

「コレがチート能力なのか?」ポツリと溢す。

 異世界での自分の性能がいまいち掴めない。
 後で色々と試してみよう。取り敢えず今は──

 視界の端に、三人の男が一斉に殴りかかってきているのが視える。
 動体視力も異常のようだ。
 男たちの動きがスローモーションに視える。

 俺は落ち着いて三人の攻撃をかわし、力をセーブして、それぞれに拳による打撃を繰り出した。

「「「ぐわーっ!」」」

 男たちは叫び声をあげながら、五メートルほど吹き飛んだ挙句、地面に倒れ込んだ。

 男たちはピクリとも動かない。軽くこついただけなのに。
 俺の繰り出した猫パンチは、奇しくもトラックに轢かれるぐらいの威力があるようだ。五メートルという距離がそれを物語っていた。


 †
 †


 俺は追われていた。
 薄暗い路地裏に身を潜める。

「なんでこんな目に……」

 ことの発端は数分前にさかのぼる。
 ティアナに絡んできた三人の男をぶちのめした直後のことだ。
 騒ぎを聞きつけてやってきた二人の男が、俺を捕らえようとしてきた。仕方なく、その二人も殴り倒す。すると更に十人の男たちが現れたのだ。

 ティアナはその男たちが警護隊だと言う。
 正直、言うのが遅いと思ったが、やってしまった事は取り消せない。
 手応え的には十人もぶちのめす事は可能ぽかったが、俺は逃げることを選択した。

 異世界生活は始まったばかり。大犯罪者になって逃亡生活などまっぴらごめんである。

「異世界の事を色々と聞きたかったのに」

 俺は警護隊から逃げる際、ティアナとはぐれてしまったのだ。

「彼女が捕まっていないといいけど」

 ティアナの事が心配ではあったが、とにかく俺は息を殺して隠れた。
 


 ──二時間は経っただろうか。

 路地裏から顔を出してみる。
 警護隊の姿は見えない。
 恐る恐る大通りに出て、ティアナを探したが見つからなかった。

「確か明日が魔術学園の試験って言ってたから、明日俺も行ってみるか」

 誰もいないのにひとり言を漏らす。

 あてもなく街を散策する。
 陽も落ちてきて夕狩りとなってきた。夕飯時だろうか、露店には多くの人が集まってきている。

 いい匂いが鼻を刺激すると、腹がぐーと鳴った。
 卑しくも露店の料理を凝視する。
 見たことのない料理が並んでいる。
 異世界の食べ物に若干の抵抗はあるが、背に腹は変えられない。
 
 しかし──金がない。

 見る限り、貨幣制度は確立されているようだ。
 学園に貨幣制度、案外治安はいいのかもしれない。
 徒歩十分にモンスターが出現する森があったり、チンピラまがいの男がいたりという矛盾。
 だが、俺はそんな矛盾を飲み込んだ。異世界なのだから、細かいことを気にしていたらキリがないと思ったからだ。

「おいっ、兄ちゃん」
「ん?」

 露店主が声をかけてきた。

「俺のことか?」
「オメー以外に誰がいるってんだ」

 露店が軒を連ねているが、確かに露店主の前には俺しかいない。
 他の露店はたくさんの客で賑わっているが、声をかけてきたおっさんの店は閑古鳥が鳴いている。

「何か?」そう訊き返すと、

「オメー、金持ってないのか?」

 おっさんはストレートに俺の金銭状況を尋ねてきた。
 現実世界なら決して関わってはいけない部類の人物だろうが、ここは異世界。
 日本みたいに遠回しの文化ではないのだろう。郷に入れば郷に従えと言う言葉もある。

 俺はポケットを裏返して、金が無い事を行動で示した。

「よしっ! これ食いな」

 露店主はたこ焼き風の料理を差し出した。

「本当に金ないぞ?」
「いいから食べろって。試作品だ。金なんかいらないから感想を訊かせてくれ」

 自信満々の顔をしたおっさん。
 タダでくれると言うなら有難く頂こう。

「サンキューな、おっちゃん」

 俺はアツアツのたこ焼き風を口に入れた。

「──!」

 俺は目を閉じて咀嚼して飲み込んだ。

「どうだ?」

 おっさんは嬉しそうな顔で感想を求めてきた。
 俺はどう答えていいか考えあぐねている。
 ハッキリ言って不味くはない。かといって美味くもない。
 もし元の世界で金を払ってこんな料理を出してきたら、罵詈雑言を書き込んで評価1をつけるだろう。しかし、これはタダで食わして貰ったものだ。

 その時、俺はある事を不意に思いついたのだ。
 
「おっちゃん、マヨネーズって知っているか?」
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