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第六章 終わりなき初恋を君に
第六章 終わりなき初恋を君に8
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「さっきから聞いてれば、ふざけんじゃないわよ!」
声が聞こえてきた方を見れば、そこには街の人達の姿があった。
舞踏会の参加者らしいドレス姿の若い少女やカメリアと顔なじみの街の女性達や年を取った女性達は前に進み出ると、ワルターに向かって口を開いた。
「馬鹿にするのも、いい加減にしなさいよ!」
「カメリア様に負けたあんたの勝手な嫉妬でしょう! それでも騎士なの?」
「嫉妬とか、本当にくだらないんだけど」
その言葉に何人かの騎士や兵が顔を伏せた。
「あのおねえちゃん、私が迷子になった時、一緒におかあさんを探してくれたの!」
「困っとる時に手を引いてくれたのは、その騎士のお嬢さんでねぇ。他の騎士は知らんふりばかりだったのに……本当にいい子だよ、その子は」
「カメリア様を影ながら応援する会の一員としても、今の言葉は聞き捨てなりませんわ!」
「なんですか、その素晴らしい会は!? 私にもあとで教えて下さいな」
「あんたらはどうなんだい? あの子に世話になったやつもいるだろう」
食堂のおかみに言われ、男性達も口を開いた。
「果物を落としちまった時に拾ってくれてな。坂の下に落っこちた果物まで追いかけて拾ってくれたんだ」
「街で会うと、いつも挨拶をしてくれる。当たり前のことかもしれんが、こんな年寄りのことまで気を遣ってくれるのが嬉しくてなぁ」
「最初はこんな嬢ちゃんに大丈夫かよって思ってたけどよ、偉ぶったことも言わねぇし、どこぞの坊ちゃんを探していつも必死になって街を走り回ってるとこ見たら、そりゃあ応援してやりたくなるよな」
聞こえてくる声はどれもカメリアを後押しするものばかりだった。
「ずいぶんな言われようだな、その坊ちゃんとやらは」
「ロベルト様、これは……」
「今回は少し趣向を変え、街の者達も招いて、ここで舞踏会をおこなうことにしてな。お前を騎士として披露するのに、これほど適した場所もそうないだろう」
会場を捜し歩いたかいがあったとロベルトは満足げに笑うと、すっかり力が抜け落ちたワルターを見下ろした。
「聞いただろう。これは皆の、さらに言えばバレーノ王国の歴史の総意でもある」
「歴史の創意など、一体根拠に」
「根拠ならば、そこにある」
ロベルトが指差した先は、カメリアの剣だった。
「これは……」
髪飾りのあった場所をよく見れば、そこにはさらに深く溝を彫られた箇所があり、その中には小さく丸められた紙がおさまっていた。
「お前が読んでみるといい。そこに書かれたものはその剣を継ぐ者へ託されたものでもある」
ロベルトに言われ、カメリアは紙を取り出し、破かないように慎重に広げていくと、そこにはこう書かれていた。
「……『初代紅の騎士は女性であり、初代蒼の騎士の妻であった。この剣の装飾である花の髪飾りは初代蒼の騎士から初代紅の騎士へ贈られたものであり、初代紅の騎士は髪に飾るかわりに、常に共にある剣にその花の髪飾りを飾った』……これは」
ロベルトを見たカメリアだったが、ロベルトはどこか楽しげに笑っていた。
「まるで初代蒼の騎士が初代紅の騎士へ宛てた恋文のようだとは思わないか?」
「そうですね……」
この国の誰もが一度は耳にしたことがある初代蒼の騎士と初代紅の騎士の物語。
長い旅の中で出会い、ひたむきに愛を伝え続け、虹の麓に見つけたその場所でやがて共に歩み、生きていくことを誓い合ったふたりの騎士の物語だった。
誰がその物語を残したのかはわからないが、知られなかった物語の一ページを剣に残したのは初代紅の騎士本人なのではないかと、カメリアは思った。
いつか自分と同じように女性が「紅の騎士」を名乗って剣を手にする時が来れば、この剣に託した想いに気付くかもしれない。
だからこそ初代紅の騎士は愛する人から贈られた髪飾りにすべてを託したのだ。
(たとえ性別を偽ることはできても、その想いまでをも偽ることはできなかったのだろうな)
初代紅の騎士もカメリアと同じように迷ったのだろうか。
女でありながらも、剣を手にしたことに。
そして、誰かを好きになったことに。
「そんな、馬鹿な……」
「お前の出る幕はもうどこにもない。連れて行け」
ワルターは今度こそ兵達により連行されていった。
「……まさか、こうなることを最初から計算していたのですか?」
「さぁな。俺は街に行くのが好きだ。自慢の騎士達を自慢することもできる。なにより国に住む人々のことを理解していないものが王になどなれるわけがない」
ロベルトはそれ以上は何も言わなかったが、城を抜け出していたことも、カメリアに街へ探しにくるように仕向けていたこともすべては今日という日のためだったのだろう。
そうだとすれば、これまでのこともすべて説明することができる。
(ならば、本当に自分の役目は終わったんだな)
「終わったな……セロイス」
「あぁ……」
女性が頭に手を伸ばしたかと思うと、長い髪がするりと落ちた。
カメリアの前に立っているのは、青いドレスを着たセロイスだった。
しかし、まさか最後にセロイスのこんな姿を見ることになるとは思ってもみなかった。
これではカメリアがいくら探しても見付けられないはずだ。
「よく似合っているが、どうしてそんな格好をしているんだ?」
「それは……」
「賭けをしていたからだよ」
セロイスのかわりに答えたのはルベールだった。
「紅の騎士として認められたようだね」
ルベールはカメリアの手にする剣を見ると、嬉しそうに笑った。
「おめでとう、カメリア。君のような妹を持てたことを、兄として僕は心から誇りに思うよ」
「兄上……ありがとうございます」
「それに君にも礼を言うよ」
そう言うとルベールはセロイスの前へと進み出た。
「カメリアを守ってくれたようだしね。妹を守ってくれてありがとう、セロイス」
思いがけないルベールからの感謝に、セロイスはどこか緊張した様子だった。
「礼はいい。俺は当たり前のことをしただけだ。ただ……」
そこで言葉を切ると、セロイスは改めてルベールと向き合った。
「お前に聞いて欲しいことがあるんだが、かまわないか」
「別に僕はかまわないよ」
カメリアは少し下がったところで、セロイスを見守ることにした。
声が聞こえてきた方を見れば、そこには街の人達の姿があった。
舞踏会の参加者らしいドレス姿の若い少女やカメリアと顔なじみの街の女性達や年を取った女性達は前に進み出ると、ワルターに向かって口を開いた。
「馬鹿にするのも、いい加減にしなさいよ!」
「カメリア様に負けたあんたの勝手な嫉妬でしょう! それでも騎士なの?」
「嫉妬とか、本当にくだらないんだけど」
その言葉に何人かの騎士や兵が顔を伏せた。
「あのおねえちゃん、私が迷子になった時、一緒におかあさんを探してくれたの!」
「困っとる時に手を引いてくれたのは、その騎士のお嬢さんでねぇ。他の騎士は知らんふりばかりだったのに……本当にいい子だよ、その子は」
「カメリア様を影ながら応援する会の一員としても、今の言葉は聞き捨てなりませんわ!」
「なんですか、その素晴らしい会は!? 私にもあとで教えて下さいな」
「あんたらはどうなんだい? あの子に世話になったやつもいるだろう」
食堂のおかみに言われ、男性達も口を開いた。
「果物を落としちまった時に拾ってくれてな。坂の下に落っこちた果物まで追いかけて拾ってくれたんだ」
「街で会うと、いつも挨拶をしてくれる。当たり前のことかもしれんが、こんな年寄りのことまで気を遣ってくれるのが嬉しくてなぁ」
「最初はこんな嬢ちゃんに大丈夫かよって思ってたけどよ、偉ぶったことも言わねぇし、どこぞの坊ちゃんを探していつも必死になって街を走り回ってるとこ見たら、そりゃあ応援してやりたくなるよな」
聞こえてくる声はどれもカメリアを後押しするものばかりだった。
「ずいぶんな言われようだな、その坊ちゃんとやらは」
「ロベルト様、これは……」
「今回は少し趣向を変え、街の者達も招いて、ここで舞踏会をおこなうことにしてな。お前を騎士として披露するのに、これほど適した場所もそうないだろう」
会場を捜し歩いたかいがあったとロベルトは満足げに笑うと、すっかり力が抜け落ちたワルターを見下ろした。
「聞いただろう。これは皆の、さらに言えばバレーノ王国の歴史の総意でもある」
「歴史の創意など、一体根拠に」
「根拠ならば、そこにある」
ロベルトが指差した先は、カメリアの剣だった。
「これは……」
髪飾りのあった場所をよく見れば、そこにはさらに深く溝を彫られた箇所があり、その中には小さく丸められた紙がおさまっていた。
「お前が読んでみるといい。そこに書かれたものはその剣を継ぐ者へ託されたものでもある」
ロベルトに言われ、カメリアは紙を取り出し、破かないように慎重に広げていくと、そこにはこう書かれていた。
「……『初代紅の騎士は女性であり、初代蒼の騎士の妻であった。この剣の装飾である花の髪飾りは初代蒼の騎士から初代紅の騎士へ贈られたものであり、初代紅の騎士は髪に飾るかわりに、常に共にある剣にその花の髪飾りを飾った』……これは」
ロベルトを見たカメリアだったが、ロベルトはどこか楽しげに笑っていた。
「まるで初代蒼の騎士が初代紅の騎士へ宛てた恋文のようだとは思わないか?」
「そうですね……」
この国の誰もが一度は耳にしたことがある初代蒼の騎士と初代紅の騎士の物語。
長い旅の中で出会い、ひたむきに愛を伝え続け、虹の麓に見つけたその場所でやがて共に歩み、生きていくことを誓い合ったふたりの騎士の物語だった。
誰がその物語を残したのかはわからないが、知られなかった物語の一ページを剣に残したのは初代紅の騎士本人なのではないかと、カメリアは思った。
いつか自分と同じように女性が「紅の騎士」を名乗って剣を手にする時が来れば、この剣に託した想いに気付くかもしれない。
だからこそ初代紅の騎士は愛する人から贈られた髪飾りにすべてを託したのだ。
(たとえ性別を偽ることはできても、その想いまでをも偽ることはできなかったのだろうな)
初代紅の騎士もカメリアと同じように迷ったのだろうか。
女でありながらも、剣を手にしたことに。
そして、誰かを好きになったことに。
「そんな、馬鹿な……」
「お前の出る幕はもうどこにもない。連れて行け」
ワルターは今度こそ兵達により連行されていった。
「……まさか、こうなることを最初から計算していたのですか?」
「さぁな。俺は街に行くのが好きだ。自慢の騎士達を自慢することもできる。なにより国に住む人々のことを理解していないものが王になどなれるわけがない」
ロベルトはそれ以上は何も言わなかったが、城を抜け出していたことも、カメリアに街へ探しにくるように仕向けていたこともすべては今日という日のためだったのだろう。
そうだとすれば、これまでのこともすべて説明することができる。
(ならば、本当に自分の役目は終わったんだな)
「終わったな……セロイス」
「あぁ……」
女性が頭に手を伸ばしたかと思うと、長い髪がするりと落ちた。
カメリアの前に立っているのは、青いドレスを着たセロイスだった。
しかし、まさか最後にセロイスのこんな姿を見ることになるとは思ってもみなかった。
これではカメリアがいくら探しても見付けられないはずだ。
「よく似合っているが、どうしてそんな格好をしているんだ?」
「それは……」
「賭けをしていたからだよ」
セロイスのかわりに答えたのはルベールだった。
「紅の騎士として認められたようだね」
ルベールはカメリアの手にする剣を見ると、嬉しそうに笑った。
「おめでとう、カメリア。君のような妹を持てたことを、兄として僕は心から誇りに思うよ」
「兄上……ありがとうございます」
「それに君にも礼を言うよ」
そう言うとルベールはセロイスの前へと進み出た。
「カメリアを守ってくれたようだしね。妹を守ってくれてありがとう、セロイス」
思いがけないルベールからの感謝に、セロイスはどこか緊張した様子だった。
「礼はいい。俺は当たり前のことをしただけだ。ただ……」
そこで言葉を切ると、セロイスは改めてルベールと向き合った。
「お前に聞いて欲しいことがあるんだが、かまわないか」
「別に僕はかまわないよ」
カメリアは少し下がったところで、セロイスを見守ることにした。
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