きっと、幸せになる

プロローグ

　
　あ、と追いかけたときにはもう間に合わなかった。
「おい、ふざけんな！　切符返せよ！」

　東海道・山陽新幹線の改札口の中で、サンドベージュのトレンチコートがひらりと翻った。切符がなければ追いつかれない安全地帯で、勝ち誇ったように振り返る。
「べー！」
　右目の下を指で引き、舌を出して見せている。
　そんなクソガキみたいな表情をしなければ巻髪の小綺麗なＯＬそのものなのに。

「……って、おい！　麻衣香！」
　麻衣香は、またひらりと背を向けて、かつかつとパンプスの音も高らかに、ホームへのエスカレーターに向かっていった。
　ありえない。なんてことだ。
　酔っ払ってるにしてもほどがあるだろう。いやそんなに酔っていただろうか。
　何を考えているんだ。意味がわからない。
　あと五分で、京都までの最終の新幹線が出てしまう。ホテルも予約してあるのだから、とにかく今日中には京都に着いていないとまずい。

　京都出張のための切符を奪われて、仕方なく、北条理史ほうじょうさとしはその場でもう一度旅費を払うハメになった。
　券売機に向かう理史の足元で小型のトランクのキャスターが鳴る。
　カラコロと。間抜けな音だ。

　なんだってこんな事になったんだ。
　とんでもないぞ、あいつ。
　切符代ぜったい請求してやる。

　理史は心の中で芦沢麻衣香あしざわまいかを罵った。