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義姉弟④

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「おはよう」
「お、おはよう」

 おかしい……
 あれから直人をまともに見られない。
 それに私が見ると必ず微笑む。
 その笑顔に……

 それだけではなくて、一緒に登校する道中も直人の話は一切入ってこなくて、横にいると思うだけでにやけそうになったり、緊張したり。

 果てには、いつものように女子に囲まれる直人の姿に、これまでなら「人気者だな」くらいにしか思ってなかったのに、怒りを覚えたり、一緒に笑い合う様子に、落ち込んだり。

「これって病気かな?」

 その時の私は、直人に対する想いがなんなのかわかりませんでした。

 しかし、中学に上がり、初めて出来た同性の友達「佐藤千尋」通称「ちーちゃん」に相談する事で自身の思いの正体に気がつきました。

 今まで話す相手がいなかった私は思い切って直人に対する反応について相談しました。

「きゃー! 恋愛漫画的な展開きたー!」

 恋愛漫画が大好きなちーちゃんは発狂。

 幸い、教室ではなく屋上で相談した事が功を奏し、恥ずかしい思いをせずに済みました。

「それって『恋』だよ!」
「これが『恋』……?」

 恋だと言われても、それがなんなのかわからない私は首を傾げるばかり。

 見かねたちーちゃんは家にある数千冊の恋愛漫画の中から選りすぐりをチョイスして持ってきてくれた。

「いい! 私の『聖典』を貸してあげるから、しっかりと勉強しなさい!」

 それから私はしばらくちーちゃんの「聖典」を何度も何度も読み直しました。

 「恋」については何も分かりませんでしたが、1人のヒロインが告白して振られるのを恐れ、好きな人になかなか想いを伝えられるずにいる所に友人がポツリとアドバイスを送るシーンのセリフ。

「見てるだけじゃ、いつか誰かに獲られるよ?
 そうなったら、好きな相手が自分じゃない誰かと笑い合う姿を見てきっと後悔するよ。『あの時想いを伝えていたら……』って」

 そのセリフが自分の中で妙にしっくり来るものがありました。

 直人が私の知らない誰かと笑い合う姿……

「絶対に嫌だ!」

 一世一代の大勝負。
 
 勇気が萎んでいく前にスマホを取り出して、ラインを開く。

 友達欄……10人くらいだからドラッグしなくてもすぐに直人の名前が目に付く。

 タップしてトークルームへ。

「……ど、どうしよう! 勢いでLINEを開いちゃったけど、なんて誘えばいい!」

 まずはメッセージ? いやいや、ここは直接……でもでも電話に出れないときかも。
 そもそも電話に出てくれる?

 あれこれ考えていると勇気は萎み切ってしまい、ベッドに腰掛けてただ画面だけを眺める。

「……私、ヘタレだなー」

 いや、わがままかも知れない。
 そもそも誰を彼女にするかなんて決めるのは直人なのに。

 スマホを枕元に置いて、天井を仰ぎ見る。

「……」

 天井に浮かぶ直人と知らない誰かが笑う顔。
 
 仲睦まじく手を繋いで、今度の休みはどこに行こうって話して。直人の事だから、私に彼女を紹介したりするんだろうな。

「やだなぁ」

 妄想して勝手に悲しくなって、動かなかったのは自分なのに嫌だってわがまま言ったり……直人を好きになってから感情がめちゃくちゃだなぁ。

 涙を拭い、スマホを眺める。

「……ひゃ!」

 突然の着信音。
 画面に表示される直人の名前。

「え、ええ! 待って待って! 私髪型とか……は、電話だから大丈夫か……え、でも待って! 心の準備が」

 直人から奇跡のようなタイミングでかかってきた電話に、「もしかして通じ合ったのかな」と嬉しくなったり、「やばいー! 緊張でちゃんと話せるかな」と慌てる気持ちを深呼吸で整えられなかったので、息を止めてスマホを手に取る。

「も、もしもし」
「あ、もえちゃん」

 息が籠った声で話す私。
 
 直人はいつもと変わらず普段通りに喋る。

「急なんだけど、3日後の土曜日どっか遊びに行かない?」

 これまた奇跡的な遊びのお誘い。

 小躍りする心の中の私。

「ゔ、うん……い、いよ」

 しかし、緊張とか興奮とか色んな感情が活発に動き出すもんだからいつもより息が止めてられなくて早くも限界……頭が痛い。

「やった! なら、待ち合わせ場所は駅前ね
 もえちゃんは家事があるから15時集合なら余裕あるかな?」
「ゔ、ゔん」
「なんか声変だけど大丈夫?」
「だ、だいじょぶ」
「ならいいけど……それじゃ、土曜日の15時に駅前で。ありがとう」

 通話が終わった私は、スマホをベットに投げる。

「くっ……はあああ!すううう」

 そのままベッドに倒れ込む。

 身体中が空気に満たされ、正常に働き出す。

「……なに着てこー! は! そういえば最後の方、なんか素っ気なかったかな? ああ、私のバカ! 嬉しいくせに!」

 電話で誘われたのは水曜日の夕方でした。

 土曜日が待ちきれず、普段は無駄遣いしないけど、遊ぶ日ように新しい服をちーちゃんと買いに行ったり、告白する練習をしたり。

 長いようだけど、短くてその日はあっという間にやってきました。

「おお! めっちゃ可愛い!」

 当日は午前中からちーちゃんが家に来てくれて着ていく服をもう一度選んだり、人生初のお化粧をしてもらったり、楽しく過ごせました。

「ありがとう、ちーちゃん。 行ってきます!」
「うん! 当たって砕け……ろは応援として違うね、ごめん。とにかく頑張れ!」
「うん!」

 マンションエントランスでちーちゃんに背中を押され待ち合わせ場所の駅前へ歩き出す。

 振り返らない。後ろを向くと前に進むのが怖くなって部屋に逃げ込むと思ったから。

「一応傘は持った、お財布、スマホ、ハンカチ、ティッシュ……忘れ物なし!」

 普段ならしない声出し確認なんかして高鳴る胸の鼓動の音が耳に届かないように邪魔をして緊張を和らげる。

「あれ?萌。どこかに出掛けるのか?」

 下を向いて歩く私に前方から声が掛けられた。
 聞き慣れた声。

「お父さ……」

 お父さんだった。
 だけど、その隣にもう1人。

「こんにちは、萌ちゃん。いつも直人と仲良くしてくれてありがとね」

 直人のお母さんが居た。

「あ、こ、こんにちは」

 2人は腕を組み、見てるこっちが赤面しそうな距離まで顔を寄せ合い、私を見て照れくさそうにしていた。

 でも、恥ずかしそうにしながらも嬉しそうな幸せそうな笑顔を浮かべていた。

「丁度いいか……萌。俺たち結婚する事にしたんだ」
「そうなのよ。よろしくね、萌ちゃん」

 突然の衝撃的告白。

 真っ先に浮かんだのは直人の笑顔。
 
 それから母が出て行った直後の父。

 あんなに虚で寂しそうに笑っていた父が、直人のお母さんが隣に居るだけで昔のように幸せなそうな笑顔を浮かべている。

「あ、雨が降ってきた」
「そこのファミレスに入ろう。萌も」

 家を出る時は薄曇りだった空、いつの間にか色濃くなり降り出していた。

 (大丈夫。我慢するのには慣れてる。)

 そう自分に言い聞かせ、私は胸の奥にそっと直人への想いを封じた。

 その日から私と直人は義姉弟となった。
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