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終わった筈だった……

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 最大で8人が乗れる特注品の中でも最大級の大きさと太陽の光に黒く輝く完璧な塗装はグランドピアノの外観を彷彿とさせる美しさ。
 馬車のドアにはアルメリア王家の家紋で有るアルメリアの花が金色に輝く。
 内装は、ワインレッドで統一されている。
 黒光りする馬車は東門を抜け、プリンス通りを走る。
 たまに石造の道路が陥没している箇所があり、横転してしまわぬように大きく横回りする一般馬車を横目に、王族専用馬車は、少し弾む程度で問題なくまっすぐと進む。
 そんな馬車の中には、ネロの他、国王妃アリス、ヴェイル、アリスの侍女にしてヴェイルの母であるダリルが乗車している。
 
「ヴェイル! 何ですかそのみっともない髪型は!」

 前髪がものの見事にむしり取られた挙句、それをうまく隠そうと男子にしては長い後ろ髪を短剣によって切り、鏡も見ずに勘だけを頼りにおでこに貼り付けたとんでもない髪型。
 ヴェイル本人はイカしていると思っているが、おでこの真ん中に貼り付けられた髪、切り過ぎによって肌の露出した後頭部。
 王家に代々使えるハリル家次期当主、そして上位貴族で有る伯爵家としてあるまじき姿となっている。
 そんな"何とかなるだろう"という感覚で、いつまでも伯爵家次期当主としての自覚が見られないヴェイルに頭を悩ませるダリルは、とりあえず自身の怒りを治める為に、ヴェイルの頬を摘み引っ張る。

「ひはい、ひはい!」

「良いですか! 王城に戻ったらまずはそのみっともない髪を刈ります!」

「へへ?! こんなにイカした髪型がみっともないですと? またまたご冗談をー」

「私の今の顔が冗談を言っているように見えますか?」

「……いえ、ちっとも冗談を言っているように思えません。すみませんでしたー」

 土下座を敢行するヴェイル。
 そんなヴェイルに対してもっと自覚を持つようにと叱るダリア。
 賑やかと言えば賑やかなやり取りが隣半分で繰り広げられる中、ネロとアリスは黙ったまま、無言で馬車に揺られる。

「……」

 流れる王都の街並みを眺めるネロ。
 その瞳は何を思っているのか、晴れ渡る空とは対称的に曇って行く。
 
(ネロという一人の人間として過ごす時間は終わった。分かっていたこと……いつか終わりが来る期限付きの時間で有る事は。
ただ……)

 しかし、分かっている。
 自分は次期国王、自分の気持ちよりも国益を優先した選択をしなければならない。
 でも、本当は……
  煮え切らない感情が胸の中を渦巻く。

「そんな覚悟ならやめておきなさい」

 突然、何の前触れも無くネロをじっと見つめ、真剣な顔で言葉を発するアリス。
 彼女はそれだけ言うと再び視線を手元の書物へと戻す。
 そんなアリスに母らしいと思うネロ。
 父であるウィリアム同様、口数が少ない。
 生まれてから話した回数で言えば、ダリルやヴェイル達との方が話しているくらいだ。
 家族らしい会話もそれ程した事がない。
 寡黙な両親とは打って変わって、おしゃべり好きの妹 エリ。
 取っ付きにくい両親と食べる味気ない食卓もエリがいてくれるからこそ賑やかなのだと、こう言う時に妹のありがたさを実感するネロ。
 しかし、取っ付きにくく、親子らしい会話も殆どしないが、子供に関心がないかと言えばそうではない。
 今のネロのように、自身の子供たちが何かに迷っている時、言葉は短いが道を照らす言葉を発するのがアリスという人物。
 その後も助言が足りないと思えば自身の過去話を例にしてわかりやすく説明してくれる。
 それでも基本的には、答えは自分で出すモノ。と考えているアリスは自身の考えを強制することは無い。

(そんな覚悟ならやめておきなさい……か)

 その後、王城へ戻ったネロは、国王ウィリアムより正式に婚約を言い渡された。
 
「東門での活躍は聞いた。
 お前の指揮があったから持ち直したとも……
よくやった。が、歴代の王族の中で戦場に立った者など一人として居ない。
 王族は国の象徴にして、国の代表となる。
 そんな者が討ち取られたとあっては国民たちに動揺が走る。
 中には、それを一つの好機と見て内乱を企てるものも現れるやも知れぬ。
 そうなれば、一気にこの国は瓦解する。
 良いか。王族として一つ一つの行動にもっと責任を持て。
 そして何よりも自身の感情では無く、国益を優先して生きよ。
 それが王族の務めだ。
 それから婚約の話についてはお前に内緒で決めたゆえ、夕食まで時間がある。
 よく考えよ」

「はは! 王族として軽はずみな行動をとってしまった事、私の不徳の致すところであります」

「うむ、下がってよし」

「失礼致します」

 国王執務室を後にしたネロは、ヴェイルと共に自室に戻り、ベッドへと倒れ込む。

「個人の感情ではなく国益を優先……か」

 枕に顔を埋める。
 国王に言われずともネロも自覚している。
 民がいるから国が成り立っていることを。
 そして、次期国王である自分の立場を……
分かっているのだが、頭に浮かぶのはサラの笑った顔。
 本当は自分がサラに心惹かれている事は分かっていた。
 ただ、ネロは第一王子。この国の次期国王である。
 その仕事は、民の血税を使って少しでも民が豊かな暮らしができるように務めること。
 故に、そこに自身の感情など挟んではならない。嫌だろうが何だろうが、望まぬ婚約だろうと国益の為には、その気持ちを押し殺して受け入れるのみ。
 と、自分に言い聞かせ、夕食の席で父に婚約を受諾する旨を伝えようと決めた。

………
……


「ネロ、ご飯です。
 みんな集まっていますので早く来てください」

 アリスの声にピクッと反応したネロは目を覚ます。
 どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようで、時計を見れば19時を過ぎていた。
 慌ててベッドから起き上がるネロは、アリスに対して返事をしようとして、その頬を涙がつたった。
 へ?と驚くネロ。
 アリスはすでに部屋に入ってきていたので、涙を流すネロが目に入った。

(何で涙なんか流れ……)

 袖口で何度も拭うが止まらない。
 国王である父ウィリアムは政務で忙しい。
 なので、自身の事で時間を空けてもらうのは忍びない。
 早く食卓へ行き婚約を受諾する旨を伝えなければ……と、涙を止めて立ちあがろうとするのだが、その度に涙が溢れる。
 
「……ダリル。今日は私とネロは二人で食事をしますので配膳とその旨を国王陛下に伝えてきて」

「かしこまりました」

 部屋の外で待っていたダリルに指示を出すアリス。
 アリスの指示に丁寧に頭を下げ、食卓へと向かうダリル。
 それを見届けたアリスは、無言でネロの手を掴み、近くにある来客用の席へと腰掛けさせる。

「食事が運ばれて来るまでに時間が出来ましたね。その間に少しあなたに話さなければならない事があります。本当は墓場まで持って行くつもりでしたが……」

 一度目を瞑るアリス。
 そして再び目を開き真剣な面持ちで語り始めた。
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