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サラとネロ

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「ごめんなさい。その、何だか幽霊にしか見えなくて……」

 私は、自身をアルメリア王国第一王子だと名乗る少年に向かって、いつ襲ってこられても即!浄化できるように右手を構えながら頭を下げる。
 そもそも、数年前まで村人だったし、聖女になってから第一王子に一度も会ったことがないので、どんな人物なのか知らない。

「そうだよね……
 歴代でも類を見ない程の落ちこぼれである僕なんて、幽霊に間違われても仕方ないよね」

 三角座りのまま、落ち込むネロは、顔を膝に埋め、「ヒッヒッヒッ」と不気味に笑う。
 静電気でボサボサの髪、不気味な甲高い笑い声に小刻みに揺れる体……幽霊にしか見えないサラは警戒を強め、右手に魔力を集中させる。

「何をやっても、どう頑張って良い成績を出そうといつも比べられるのは歴代の国王達……そんな状況で自信を持ちなさいってーー」

 ぶつぶつ話し始めるネロ。
 「歴代」「比べられる」「自信を持ちなさい」という、最近どこかで耳にタコができるくらい言われ続けた言葉にピクッと反応するサラ。
 そして、そのあまりにも自室で1人落ち込む時の暗い私と重なる姿に急に親近感が湧いてきた。

「よく頑張ったね」

 私は、聖属性魔力を纏わせた右手でネロの肩を叩いた。
 よし……幽霊じゃない。
 私が肩にポンと手を置くと彼は涙を流し始めてしまった。
 何かまずいこと言った?と聞いても首を横に振るだけで、彼はパーティーが終わるまで泣き続けた。
 それからネロとはパーティーの時にバルコニーでよく会うようになった。
 その時に決まって話すことは、「お互いの責任ありすぎる立場」「歴代の人達と比べられる事」などなど……
 愚痴が言い終わると、王都に詳しいネロからおすすめの場所を聞いたり、私が村で暮らしていた時の話をネロに話した。
 初めは、第一王子という事で構えたが、ネロは話していると王子であることを忘れてしまう程に等身大で素直な反応を見せてくれた。
 正直、貴族の徒弟達はどこか取り繕ったような嘘っぽさがあり、貴族の腹芸?と言うものに疲れていたのも相まって一気に仲良くなり、私が教会本部を抜け出して、王城の警備網を通り抜け、広大な王城の中庭にある森の入り口でネロと落ち合っては、鬼ごっこ、きのこ狩り、木登りをして遊んだ。
 中でも、木登りを習得したネロとは「コウモリ遊び」を良くした。

「すごーい!いつもと違った景色だー!」

 地上から十五メートルの高さの太い枝に曲げた足を引っ掛けてぶら下がるだけの遊び。
 しかし、見慣れて飽きてしまった景色でも、視点を変えて見るだけで、また違った発見があって楽しいのだ。
 そしてこの遊びの醍醐味!
 時間の経過と共に視界が、

「おお!本当だー!
 今度は王都が回り出した!」

「でしょー、この瞬間が1番楽しいんだよー!」

 私とネロは真っ赤な顔で叫ぶ。
 そうすると、頭がふらふらして枝に引っ掛けていた足が自然と外れて地面に向かって落ちます。
 
「おお!地面がどんどん近づいてくるよ!」

「そうなんだよねー。
なぜかいつも地面の方から迫ってくるんだよー」

 私は前方に2人分のシールドを展開して、無事に宙から地面へと帰還を果たします。

「ね!ね!もっかい!もう一回やろ!」

「よーし!81回目に挑戦だー!」

 私とネロは真っ赤な顔でふらふらしたまま、木をよじ登りコウモリ遊びを日が暮れるまでやり続けました。
 またある時は、お互い公務で忙しくなかなか会えない時期が続くと、周りに隠れて手紙で近況報告をしつつ、手紙と一緒に野苺を送付しました。
 以前、王城敷地内にある森の中で「野苺を食べたい」と言っていたので、公務で訪れた村で一泊した際、エレナに身代わりとなってもらい、近くの森へと抜け出して採ってきました。
 ネロからの手紙には、「酸っぱい」という短い言葉と口を窄めた顔のネロの似顔絵が書かれていました。
 その似顔絵があまりにも酷……味がありすぎて、エレナと2人で爆笑してしまいました。
 代わって、ネロからの手紙には、「この前食べたいと言っていたお菓子を買ったので美味しく食べてください」と2日前に書かれた日付入りの手紙と既に手遅れとなったケーキが私の元に届きました。
 それなりに異臭も放っていたので、私を暗殺しようとする犯罪組織の仕業じゃないかと大騒ぎになってしまったが、酔いどれ教皇のベッドの下に隠してある趣味の本の存在を知っていた私はそれを盾に教皇を説得、無事全てが平和的に解決した。
 教皇以外は……
 それから時は流れ、私が14歳の誕生日を迎える直前、私の故郷である"フーデル村"で咳が止まらなくなり、最終的に何度も吐血し、食事が取れなくなるほど衰弱し死に至ると言う、これまでに発生したことのない病が流行した。
 この病は後に「吐血病」と名付けられ、接触感染により発症することが分かり、今では対策が施され感染者は激減した。
 しかし、フーデル村で病が発生した時は、まだどう対策したら良いか判明していない時だった為、村人全員が亡くなった。
 私も直接村へ行き尽力したが、回復魔法ではどうすることもできなかった。
 その後、病が拡大しないように村は焼かれることが決まった。
 
「サラ、ドアの前にご飯置いておくよー」

 コトン……と教会本部にある自室前の床にトレーが置かれた音。

(今の声はエレナ……?)

 ベッドの上でうずくまる私。
 村が焼かれる光景がずっと頭の中で消えない。   
 父の肩に揺られ通った畑、父や母、村人達と笑い合った家や寄合所……全てが灰になった。
 思い出すたびに胸が苦しい、悲しい……
 なのに、涙が出ない。泣きたいのに。
 そんな日々がどのくらい続いたのだろう……朦朧とする意識の中、教会本部を抜け出し、王城へと忍び込んだ。
 なぜかはわからない。けど、導かれるように王城の中庭にある森の入り口へと来ていた。
 そこには……
 
「なぜかわからないけど、サラがここに来るような気がしたんだ」

 寝巻き姿のネロが巨木に寄りかかっていた。
 
「……」

 それからネロは何も言わない酷い姿の私に何も聞かず、そっと近寄り、抱きしめた。
 いつもなら近寄られた時は「邪魔」と言ってどかすのに、この時ばかりは嫌な気がしなかった。  
 その後、気がつけば朝になっていて、目を覚ますと触れそうな距離にネロの顔があった。
 綺麗な顔をしていた。
 いつも見慣れているはずの顔なのに……
 それからしばらくネロのことをまともに見ることができなかった。
 そして現在ーー
 
「間に合ってよかった。久しぶり、サラ」

「ネロ!」

 公務で忙しい私たちは3ヶ月ぶりとなる再会を果たした。
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