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第一章

第19話 婚約指輪

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「あの、グラス様、この状況を説明して頂けませんか?」
「やだなぁ。信用のおける公爵家の人間が動かしてる店なだけだよ?」
「確かに信用は置けるかもしれませんが、何もクラスメイトじゃなくてもいいではありませんか」

 だいたいこういうのって一人に知られたらクラス中、知名度によっては学年中に広がってるやつだよな? その例で言うと、第一王子なんてかなりの知名度だからすぐ広がるだろうし、それに第一王子じゃなくとも『変人』『変態』という点ですぐ名前も広がっていただろう。
 身分差も合わさってひとたび知れ渡ってしまえば……恐ろしいな。
 でも、ゆくゆくはそうなるかもしれないんだよな。教室でもなく、国中、世界中。

「心配しなくても大丈夫ですよ? なあ、グラス」
「ばっちぐう」

 グラスは執事から鞄を受け取ると、ゆっくりとクラスメイト――クロスの方へ近づいて、その鞄を手渡す。

「うへへへへへ……これが無いとやっていけねえぜぇ……ウヒッ、ヒヒヒヒヒ!」

 クロスは鞄を開けて中身を見るなりヤバめの声を出し、涎を垂らす。
 まさかアレは危ないおクスリ的なヤツなのでは?

「グラス様、いくら何でも渡していいものとダメなものがありますよ!」
「え? 違法行為じゃないよ? 確かにヤバめな顔してるけど」

 それは思ってたんだな。
 でも、違法行為じゃない事は安心なんだが、だったら一体何を渡したんだ?

「ウヒッ……ヒヒヒヒヒ! シコシコォ……シコぉ……んほお♡ おほおおおおお!」
「ただのエロ本かよ!」

 何とトチ狂ったのか、そのままエロ本を取り出して嬌声を上げ始めた。この国大丈夫かよ……

「まさかバラしたりしないよね?」
「こんなドストライクのエロ本を持ってきてもらったのにバラしたりしませんよグラス様」
「いい子いい子……」
「きゃいんあいん!」

 王家といえ公爵家をここまで手なづけるとは……有能だな。
 そういえば、この前も授業中にエロ本取り上げられてたり、『俺のバイブが無いッ!』とか言って大騒ぎした事があったな。そんな事件オブ事件な事をプチトラブルとして認識させるこの空間ヤベえな。

「へっへっへ」
「お手」
『ぺち』

 何で犬のままなんだよ。いい加減犬モード解除しろよ。

「なあ、さすがにエロ本で公爵家釣るのはダメなのでは……」
「いいじゃん元々王家の犬みたいな存在だし」
「きゃいんあいん! へっへっへ」

 王子がそれを言っていいのか。あと、お前はそれで大丈夫なのかクロスよ。

「会計までエロ本と戯れててね」
「ワン!」

 なかなかに頭がイっちゃってるヤツだったな……

「さあ、ナイルくん! 何でも好きなの選んでいいよ! 例えば――」

 そう言ってグラスは右にある棚のある商品を指さす。

「『お好きなだけ縛って♡ラブジュース全開☆超合金縄』とか」
「ここ宝石店ですよね?」
「ああ、指輪以外買わないの? そうならそうと言ってよもう」

 そもそも指輪を買うという約束だし、俺が言いたいのはそっちじゃない。超合金縄の方だよ。商品だよ。
 謳い文句も中々にイっちゃってるな……さすがクロスの所の公爵家が運営母体となってるだけあるな……

「じゃあ『チ〇コに着けて☆絶頂指輪!』にする?」
「なぜ俺がそれを欲しがっていると思った?」

 むしろタダでも要らねえよ。即返品するわ。

「注文多いなあ」
「違いますよ! 安物でもいいからちゃんとした指輪が欲しいわけで……」
「ナイルくん……!」

 グラスは何やら勘当した様子でこちらを見ている。
 お、分かってくれたか?

「性癖がアブノーマルだからてっきり指輪もアブノーマルなモノがいいと思ってるんだろうな、って考えてた僕が間違ってたよ!」
「ナイルさんアブノーマルなんですか?」
「さっきまで犬化してたのに最悪のタイミングで入ってきますね!?」

 まあね? 俺がいくらアブノーマルと言われようと流石にクロスほどではないと思うよ? 期待されちゃ困るよ?

「一緒に王家の犬になってドッグフード貰いましょうよ」
「王家には仕えますが犬にはなりませんよ!? 何ですかドッグフードって!」
「一緒に王家の犬になってギャグボール貰いましょうよ」
「AVの撮影現場ですか!? どんな職場なんですか王宮!」
「アット濡れ場な職場です」
「アットホームじゃなくて!? 嫌ですよそんな職場!」

 何だ? 王家の犬と化したら頭がおかしくなるのか? その頭がおかしい方々のせいで昨今の王宮は濡れ場と化したのか?
 もうそれ王宮って呼んじゃダメだろ……風俗だろ……

「この素晴らしい仕組みを作ってくださったのがグラス様です♡」
「お前か元凶オオオオオ!」
「せやで」

 せやでじゃないよ。何やってくれてんだよ。

「んほおおおおおおおおお! しゅばらしいしくみにユニバアアアアアアアアアアアアアアッッッス!」

 よく調教された犬だなあ。
 見てよ、エロ本にかなり近い状態でアへ顔ダブルピースしてるよ……

「いい部下に恵まれたなあ」
「この惨状見てるとそのセリフもいまいち響かないのですが」
「いい部下に恵まれたなあ」

 俺のセリフなかった事にしようとしてるよこの人。
 このカオスすぎる状況(何か床ヌルヌルしてるし明らかに使用済みと思われるバイブが数本転がっている。公爵家の息子はアへ顔ダブルピース中)から目を背けたくて、グラスやクロスがいる方向とは真逆の場所に移動した。
 当たり前のようにグラスが移動して、そのグラスを追っかける為にクロスも移動する。
 どうやら店の外に出ないと延々と追いかけてくるらしい。嫌だよもう。

「何かいいもの見つけたの?」

 あの驚異的な読心術はどこへやら、ニコニコとイケメンオーラを振りまきながら俺に問いかけてくる。ここだけ切り抜いたら恋愛小説として通用するだろう。現実は小説よりも強烈だったよ。
 そうして、無意識に下を向いた時に――見つけてしまった。

「あ、あの、これがいいです」
「へぇー? 僕の目と同じ色を選んでくれたんだ? それとも自分の目の色に愛着があったのかな?」

 答えは前者だ。
 意識したら少しだけ頬が熱くなってくる。

「フフフフフ! 普段僕の事を貶してるだけあって響くね! んほおおおおおおおおおお♡」
「執事さん、グラス様の教育係はいらっしゃいますよね?」
「はい。ほぼバックレておりますが。グラス様が」

 終わってんな王家。
 グラスは余程嬉しかったのだろうか、頬に手を当ててまだ嬌声を上げ続けている。そういう意味では王家と公爵家には通ずるものがあるのかもしれない。

「まあ普段から可愛いんだけどね? クロス、これ貰って良いかな?」
「ああ」

 犬モードと嬌声上げ器から解き放たれた二人が着々と購入の手続きを済ませている。

「それと、僕も同じ指輪を」

 そうだ。グラスと俺の目の色はほとんど同じで、自分の顔のパーツの中で一番好きなパーツなんだ。
    この宝石も、光の当て方などによってグラスの瞳の色にも、俺の瞳の色にも映る。
 何だか急に嬉しさが込み上げて来た。

「……仲がいいな」
「えー、やっぱりにじみ出てるかなぁー? えへへ」

 グラスの満面の笑みを見たら更に嬉しさが湧き出てくる。
 ずっとこの人の隣にいたい、心からそう思えた。
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