2 / 14
第一章
第一話 お父様と私の婚約破棄
しおりを挟む
「ソフィア。……ソフィア!」
「あっ、お、お父様。申し訳ございません、私、ぼーっとしていて」
婚約破棄が決定した翌日、お父様から呼び出しを受けた。
侯爵とあってお父様は多忙なのだが、それでも婚約破棄は一大事だ。それも、力のある公爵が相手となれば。
だから時間をとっていただいているわけだが――どうしても、昨日のことが頭から離れずにいた。
まだ、婚約破棄を告げる紙を見たときの衝撃と、妙に頭がクリアになる感覚は忘れていない。
それもあって、直々に呼び出しされたのにも関わらず話を聞いていないという事態が起きてしまったのだ。
本来ならばもっと怒ってもいいはずなのだが、お父様はそれをせず、短い茶色の髪をふっと揺らし、碧い瞳に慈愛の色を混ぜながら、優しさもある声で私の名前を呼ぶ。
「婚約破棄をされたのだから、それも仕方のないことだ。まして、ソフィアにまったく非がないときた。責める気にもなれないよ」
「お父様っ……」
この縁談は私が生まれた直後に決まった、双方に利益をもたらす、いわば政略結婚だ。
お父様も不利益を被るはずなのに、それでも私の心を案じてくれる言葉をかけてくれる。
ああ、この人が父でよかった、と心から思い感嘆にも捉えられる声を出すと。
「だから、私は向こうに相応のことをしてもらおうと思っている」
「えっ」
お父様は厳しい声でそう言うものの、こちらは手切れ金らしきものをもらっていて、それもかなり高額だ。
これ以上請求する必要はないのでは、と思ったが、お父様はくわっと目を見開いてまくしたてる。
「私の愛娘がひどい婚約破棄をされたのだ! 黙っていられるか! こんなはした金などいらん。奴の首を取らねば気が済まぬわっ!」
「お父様、それはさすがにやりすぎです!」
ふーふー、と息を切らしながらも目が本気のままだ。お父様は現在32歳だが、容姿も力も20代前半のようなこともあるので、このままでは元婚約者の生首を見る事態へと発展しかねない。
もっと予防線を張っておこうと口を開きかけたが、お父様の言葉はまだ続いた。
「悪いことをしたな、ソフィア。まさか友人の子どもがあのようなクズに育つとは思わなかったのだ……」
「い、いえ。私が、もっとちゃんとしていればよかっただけ、なのかもしれませんし」
お父様は理性を取り戻したらしく、落ち着いた声で後悔の言葉を紡いだ。
それに安心すると同時に、再び婚約破棄の傷が痛みだす。
そうだ。私がもっと、イーサンに好かれていたならば。
この人のために頑張ろう、と思ってくれていたならば、もっと違った結末があったのではないのか。
そんな考えが頭をよぎり、私の精神を蝕んでゆく。
「ソフィア。顔を上げなさい」
そんなとき、お父様から声をかけられた。
やはり、その瞳には慈愛がこもっている。可哀想、という感情は微塵も見受けられなかった。
「いいか。ソフィアは何も悪くないんだ。近々王妃を決めるパーティーもある。魅力的なソフィアなら、いくらでもチャンスはあるし、何なら侯爵家と分家ぐるみで一生守ってあげるから安心してくれ」
「それではただの役立たずではないですか……」
私の零した言葉を受けてもなお、お父様は微笑んでいた。
それは、私の口にかすかながらも笑顔が戻ったからだろう。
まだ、チャンスはある。
そう思うと、ほんの少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。
「あっ、お、お父様。申し訳ございません、私、ぼーっとしていて」
婚約破棄が決定した翌日、お父様から呼び出しを受けた。
侯爵とあってお父様は多忙なのだが、それでも婚約破棄は一大事だ。それも、力のある公爵が相手となれば。
だから時間をとっていただいているわけだが――どうしても、昨日のことが頭から離れずにいた。
まだ、婚約破棄を告げる紙を見たときの衝撃と、妙に頭がクリアになる感覚は忘れていない。
それもあって、直々に呼び出しされたのにも関わらず話を聞いていないという事態が起きてしまったのだ。
本来ならばもっと怒ってもいいはずなのだが、お父様はそれをせず、短い茶色の髪をふっと揺らし、碧い瞳に慈愛の色を混ぜながら、優しさもある声で私の名前を呼ぶ。
「婚約破棄をされたのだから、それも仕方のないことだ。まして、ソフィアにまったく非がないときた。責める気にもなれないよ」
「お父様っ……」
この縁談は私が生まれた直後に決まった、双方に利益をもたらす、いわば政略結婚だ。
お父様も不利益を被るはずなのに、それでも私の心を案じてくれる言葉をかけてくれる。
ああ、この人が父でよかった、と心から思い感嘆にも捉えられる声を出すと。
「だから、私は向こうに相応のことをしてもらおうと思っている」
「えっ」
お父様は厳しい声でそう言うものの、こちらは手切れ金らしきものをもらっていて、それもかなり高額だ。
これ以上請求する必要はないのでは、と思ったが、お父様はくわっと目を見開いてまくしたてる。
「私の愛娘がひどい婚約破棄をされたのだ! 黙っていられるか! こんなはした金などいらん。奴の首を取らねば気が済まぬわっ!」
「お父様、それはさすがにやりすぎです!」
ふーふー、と息を切らしながらも目が本気のままだ。お父様は現在32歳だが、容姿も力も20代前半のようなこともあるので、このままでは元婚約者の生首を見る事態へと発展しかねない。
もっと予防線を張っておこうと口を開きかけたが、お父様の言葉はまだ続いた。
「悪いことをしたな、ソフィア。まさか友人の子どもがあのようなクズに育つとは思わなかったのだ……」
「い、いえ。私が、もっとちゃんとしていればよかっただけ、なのかもしれませんし」
お父様は理性を取り戻したらしく、落ち着いた声で後悔の言葉を紡いだ。
それに安心すると同時に、再び婚約破棄の傷が痛みだす。
そうだ。私がもっと、イーサンに好かれていたならば。
この人のために頑張ろう、と思ってくれていたならば、もっと違った結末があったのではないのか。
そんな考えが頭をよぎり、私の精神を蝕んでゆく。
「ソフィア。顔を上げなさい」
そんなとき、お父様から声をかけられた。
やはり、その瞳には慈愛がこもっている。可哀想、という感情は微塵も見受けられなかった。
「いいか。ソフィアは何も悪くないんだ。近々王妃を決めるパーティーもある。魅力的なソフィアなら、いくらでもチャンスはあるし、何なら侯爵家と分家ぐるみで一生守ってあげるから安心してくれ」
「それではただの役立たずではないですか……」
私の零した言葉を受けてもなお、お父様は微笑んでいた。
それは、私の口にかすかながらも笑顔が戻ったからだろう。
まだ、チャンスはある。
そう思うと、ほんの少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。
0
お気に入りに追加
2,532
あなたにおすすめの小説
軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
甘すぎ旦那様の溺愛の理由(※ただし旦那様は、冷酷陛下です!?)
夕立悠理
恋愛
伯爵令嬢ミレシアは、恐れ多すぎる婚約に震えていた。
父が結んできた婚約の相手は、なんと冷酷と謳われている隣国の皇帝陛下だったのだ。
何かやらかして、殺されてしまう未来しか見えない……。
不安に思いながらも、隣国へ嫁ぐミレシア。
そこで待っていたのは、麗しの冷酷皇帝陛下。
ぞっとするほど美しい顔で、彼はミレシアに言った。
「あなたをずっと待っていました」
「……え?」
「だって、下僕が主を待つのは当然でしょう?」
下僕。誰が、誰の。
「過去も未来も。永久に俺の主はあなただけ」
「!?!?!?!?!?!?」
そういって、本当にミレシアの前では冷酷どころか、甘すぎるふるまいをする皇帝ルクシナード。
果たして、ルクシナードがミレシアを溺愛する理由は――。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる