独身おじさんの異世界ライフ~結婚しません、フリーな独身こそ最高です~

さとう

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第七章 玄徳のロマン

『魚座の魔女』ポワソン・ピスケス

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 子供たちは広場で遊びを再開……隣の土地、空き地で遊び場にピッタリだし、土地だけ俺が買おうかな。そうすれば子供たちも遊ぶのに遠慮もなくなるし。
 と、今はそれどころじゃない。
 俺の眼の前に、六歳くらいのエルフ幼女、十二星座の魔女ポワソン・ピスケスが現れた。
 長い白髪をサイドテールにして、可愛らしいワンピースを着ている。いいところの少女に見えるが……十二星座の魔女なら、俺より遥かに年上なんだよな。
 ポワソンは、ニコッと微笑んだ。

「警戒しないで。少し話をしたいだけだから」
「あ、ああ……じゃあ、二階に行くか」

 俺はポワソンを二階の事務所に案内。
 ソファにぴょんとジャンプして座ると、事務所を見渡した。

「へえ、綺麗にしているのね……あら?」
『……にゃ』『みー』
「ふふ、可愛い子ね。おいで」

 事務所にいた大福、そしてユキちゃんが連れてきた白玉がポワソンの元へ。
 ポワソンは、二匹の猫を撫で、抱っこする……猫と幼女ってやっぱ似合うな。
 俺は果実水を出し、対面のソファに座って煙草を出す。
 本来なら、子供の前で吸うのはよろしくないが、この世界じゃ吸うのを推奨しているくらいだし、むしろ問題ない。
 火を着け、煙を吸い込んで吐き出すと、甘い煙が天井を舞う。

「ふう……で、さっそくだが要件は? ああ、悪いけど敬語は勘弁してくれ」
「構わないわ。アツコの同郷人……ゲントク」

 ポワソンは、白玉を撫でながら俺をジッと見る。

「ラスラヌフから聞いていたけど……確かに、アツコと同じ匂いがするわね」
「ニオイ? そう言われてもな……」
「ふふ。魂の匂い、と言えばいいかしら。エルフは長寿だから、命の香りに敏感なのよ」
「そ、そうなのか?」

 というか、命に匂いとかあるのか……異世界って奥が深い。
 俺は煙草を吸い、煙を吐いて言う。

「あんた……いや、ポワソンも、アツコさんの遺品を持ってるのか? で、俺に修理依頼を?」
「持ってはいるわ。でも、修理は必要ないの……これ」

 と、ポワソンはポケットから、一冊の古い本を出した……え、ポケットから本? 四次元空間にでも繋がってるのかってくらい、ポケットの入口から出すにはあり得ない大きさの本が出てきた。
 ま、まあ……魔法だろ。うん、そういうことにしておこう。
 俺はテーブルに置かれた本を見せてもらう。

「これは……」

 童話集か。へえ、懐かしいな~……おお、知ってる物語ばかりだ。
 分厚い、辞書のような童話集だった。
 日本語で書かれている。有名な童話もあれば、小中高の国語の教科書に載っているような物語も多く書かれている。俺が知っている童話もあり、なんだか懐かしい気持ちになる。

「やっぱり、読めるのね」
「ああ……ああそうか。あんたらには読めないのか」

 ひらがな、カタカナ、漢字、さらにローマ字、英語も少し混ざっている本だ。俺は日本人だし、かつてバックパッカーで世界中を歩いた爺ちゃんから四ヶ国を教えてもらったから読める。
 でも、少し意外だった。

「なあ、十二星座の魔女って、アツコさんの遺品をもらったんだろ? 道具の使い方とか、文字とか、俺の世界のこと聞かなかったのか?」
「ええ、何も聞かなかったわ」

 言い切った……ちょっと驚いたぞ。
 ポワソンは、昔を思い出すようにほほ笑む。

「私たち十二星座の魔女も、二千年前は教養の欠片もない、狩りで獲物を仕留め、焼いて食べるくらいしかできない女だったの。エルフがまだ野蛮な種族だったころのことね」
「そ、そうなのか? 意外だな……」
「ええ。今でも、森の奥に住むエルフはそんなものよ。日に焼け、ダークエルフと呼ばれている山森の民のことね」
「ダークエルフときたか……」

 エルフの亜種か。ハイエルフとかもいるのだろうか。
 異世界ってやっぱ面白いな。

「私たちは、文字やアツコの道具の使い方を知ることより、アツコの口から語られる物語が、何よりも好きだったの。二千年前、夜寝る前に十二人でアツコの家に集まって、アツコの語る物語を聞いてから寝るのが何より楽しい時間だった……」
「……へえ」
「そして、アツコが亡くなり、アツコの遺品を十二人で一つずつ分けたの。私はこの本……」

 ラスラヌフはオルゴール、エアリーズは懐中時計だったか。
 本当に、アツコさんのこと、好きだったんだな。

「……これ、読めないんだよな」
「ええ。魔導文字とは理解できるけど、そんな長文の魔導文字、何が書かれていて、どいう効果があるのかわからない。試しに何文字か魔石に彫ってみたけど、何の効果も示さなかったわ」
「これ、童話だ。魔導文字じゃなくて、物語だ」
「……物語?」
「ああ。魔導文字じゃなくて、これは物語を集めた本だ」
「……そう、なの?」

 ポワソンは、驚いているようだった。
 俺は本をめくる。

「むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に……」
「……待って。どうしてその話……まさか」
「そうだ。この本に書かれている物語だ」

 魔導文字は漢字だが、この本にはひらがな、カタカナ、ローマ字や英語も入っている。魔導文字なら少しはわかるだろうが、それらが入り交ざっている文章は暗号にしか見えないだろう。
 ポワソンは、胸に手を当てる。

「そう……私たちが聞いていた物語は、その本から」
「ああ。アツコさんはきっと、何度も読み返したんじゃないか? それこそ、暗記して、お前たち十二星座の魔女に聞かせてやるくらい」

 本の最後のページを見ると、四十年以上前の本だった。
 アツコさんの年齢からして、懐かしくて自分用に買ったのか、孫とか親戚の子供にあげるために買ったのか……まあ、そこはわからん。
 ポワソンは、思い出に浸るよう目を閉じた。

「……なあ、文字、教えようか?」
「……遠慮しておくわ。物語は読むのもいいけど、誰かの口から聞いたお話の方が感動するから。文字を知ったらきっと、私は夢中でこの本を読むでしょうね……そうなったら、アツコの語った言葉、思い出が上書きされちゃうような気がする」
「そっか」

 俺は本を返した。
 修理は必要ない。まあ、本の修理はできないけど。
 直す必要のない、想いでの本か。こういう遺品もいいかもしれないな。

 ◇◇◇◇◇◇

 さて、話が逸れまくったが。

「と……本題は?」
「ええ。以前、ミカエラがあなたのところに来たはずだけど……」
「ああ、なんか仕事の依頼しに来たみたいだな。でも、忙しくて断った」
「そう……もしかして、下にあった魔道具と関係ある?」
「大ありだ。ズバリ、男のロマンさ」
「……??? そう」

 理解してない……というか、とりあえず返事したって感じ。
 いやまあ、ちょっと俺も恥ずかしかった。
 俺は軽く咳払い。

「こほん。で、お前の俺を誘いに来たのか?」
「ええ……ラスラヌフ、エアリーズの遺品を修理し、数々の面白い魔道具を作り出したあなたなら、きっといい仕事ができると思ったんだけれど」
「ちなみに、どんな仕事だ?」

 厄介ごとの予感……でも、ここまで言われると逆に気になる。

「私、魔導文字を生み出し、魔道具の祖、って言われてるのは知っている?」
「初耳」

 マジかよ。こんな幼女が、魔道具の始祖?
 あれ……俺、とんでもない偉人にタメ口利いてるんじゃ。

「ミカエラは、私の弟子の一人でね。百年に一人くらいの天才よ。その子のアイデアで、全く新しいエネルギーを原動力とした魔道具の開発をすることになったの」
「新しい、エネルギー?」
「ええ。地水火風、光闇の六属性に属さない、全く新しい属性。ミカエラは新属性を発見し、それを利用して新しい魔道具を作り出そうとしているわ」
「…………あ、新しい属性って?」

 な、なんかすげえイヤな予感してきた。

「まだ名前はないわ。でも、その『現象』を説明すると……熱でもあり、光でもある力。爆ぜると言えばいいのかしら。紫色の光なの」
「……へ、へえ」

 雷、電気じゃねぇか!! おいおいおいおい、俺がフツーに使う力じゃん。
 そういやこの世界、雷がない。
 雨は降るし、黒い雲は出るけど、雷が鳴ったりすること全然ないんだよな。

「あなた、その力を知ってるわね?」
「…………あー」
「バレン。彼から報告があったの。あなたが魔導文字の実験をした時に、不思議な紫色の光で魔石を握り破壊したことをね」
「……あー、まあ」

 そういや、『不壊』と『爆発』の魔石、雷で壊したっけ。
 やべえ、もうこれバレてんじゃん。
 あー……もう仕方ない。

「白状する。確かに、俺はその力を使える」

 右手から紫電を放出すると、ポワソンは目を見開いて驚いていた。

「まあ……本当なのね」
「ああ。俺にも詳しいことはわからんけど、この世界に来た時、使えるようになってた。アツコさんもそうじゃないのか?」
「アツコは転移してきた時、すでに高齢で魔法を使えるような歳じゃなかったから……で、その力は?」
「俺の世界では『雷』とか、『電気』とか呼ばれている。こっちの世界じゃ見たことないけど、雨とか嵐の日に、雨雲がゴロゴロ鳴って雷が落ちて来るんだ」
「空から? へえ……」
「悪いけど、面倒くさいのはお断りな性分でな。この力を国のために使えとか、役立つことをしろとか、そういうのに関りたくないから秘密にしていた」
「ふふ、ラスラヌフの言う通り、面倒くさいことが嫌いなのね」
「ああ、俺は分相応ってのをわきまえている。自分が中心になって何かする、成し遂げるようなことをしたいとは思っていない。そういうのは若者の特権だ。だから、自分だけのために力を使う」
「はっきり言うのね……若いヒトのために力を尽くそうとか思わない?」
「全く思わないね。俺はこの世界で、自分のやりたいことをやって、身近な連中と遊んで騒いで、そいつらが困っていたら軽く手を貸すくらいしかできない、小さい男さ」
「……どうやら、説得は無駄のようね」
「悪いな。まあ……この雷について知ってることは教えてもいい。情報の出所が俺ってことを内緒にするのと、厄介ごとに巻き込まないのを条件にな」
「……そうね。じゃあ、知っていることを教えてくれる?」
「ああ」

 こうして、俺は厄介ごとを無事回避。
 ふふん。ミカエラの事業に巻き込まれて、中心となっていろいろ作り出すストーリー展開を期待したか? 悪いな、俺そういうのパスだ!! 面倒くさいし、バイクしか頭にないからな!!
 でも、少しだけ気になった。

「ところで、雷をどうするつもりなんだ?」
「ミカエラは、『魔道具の歴史が変わる』って言ってたわ」

 電気、雷……うーん、使い方間違えるととんでもないことになると思うが……まあ、気にしないでおくか。
 この時の俺は、そう思っているのだった。
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