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第四章 海の国ザナドゥでバカンスを

メタルオーク

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 翌日。俺のプライベートビーチに、四人乗りの小舟が到着した。
 リヒターが「あとはよろしくお願いします」と言い、さっさと帰ってしまう……どうやら、アレキサンドライト商会のザナドゥ支店はかなり忙しいようだ。
 酒の席でボヤいていたが、やはりいきなり現れたアレキサンドライト商会が、魔道具界隈で神様みたいな扱いを受けている『魔女会』のお気に入りとなれば、面白くないと思う魔道具技師や商会も多い。サンドローネは気にしないだろうけど……またバリオンみたいに調子こいたヤツが出ないとも限らないぞ。
 まあ、そっちはいい。
 俺は到着したボートを眺めた。

「……うん。どこからどう見ても、ただのボートだ」

 公園にあるようなボートと同じ。
 オールが二つあり、板を敷いて向かい合って座れるようになっている。
 俺は後部を見る。

「ここに台座を設けて、モーターボートエンジン魔道具を付ければいいか……」

 頭の中で図面を思い浮かべる。
 そして、ある程度固まり、別荘で図面を書きつつ、使えそうな材料を探す。

「うーん……けっこう物作ったし、あまりいい素材ないなあ」

 スクリューやシャフト部分は、軽くて頑丈なのがいい。
 だが、今ある素材じゃ少し心もとないな。魔石はロッソたちの土産でもらった五つ星のがあるけど。
 魔石に『回転』と彫り魔力を流すと、魔石が回転を始める……これを核にしてスクリューに埋め込み、シャフト部分から魔力を流すことで、水中でスクリューが回転する仕組みだ。
 魔石は機械と違って使い続けることで熱を持つことはないからありがたい。船外機を可動式にして舵代わりにもできる。

「あとは素材か……」
「おっさん、いるー?」

 と、悩んでいるとロッソたちが来た。
 玄関に行くと、いつもの三人がお土産を手に来た。

「遊びに来たよっ!! ん? なんか疲れてる?」
「ああ、悪いな……少し買い物行ってくるから、好きに遊んでてくれ」
「買い物? おじさま、何を買いに?」
「商業ギルドに、魔道具の素材をな。実は、船につけるエンジン……あ~、動力か。そいつ用の素材を買いに行こうと思ってな」
「……どんな素材?」
「軽くて、頑丈なやつだな。ジュラルミンスネークみたいな。でも、どちらかと言えば金属みたいな」

 すると、三人は顔を合わせ、ブランシュが言う。

「でしたらおじさま、メタルオークの骨などはどうですか?」
「メタルオークって……ああ、骨が金属でできてるやつか」
「ええ。明日、討伐に行く予定でして。今日は英気を養うため、おじさまのところで遊ぼうと思って来たんですの」
「メタルオークか……」

 試してみる価値はあるな。
 というか、メタルオークって討伐レートSだった気がする。三人でどうにかなる魔獣じゃないと思うが……いや、愚問かな。

「……おじさん、おじさんも行かない?」
「え?」
「おじさん。ずっと籠りっきり……ちょっと太った」
「……マジか」

 そ、そういえば少し身体が重い気がする。
 日本にいた頃は、筋トレとかたまにしてたけど……そう言えば最近、そういうのないぞ。
 お腹……まだ出てない。うう、でもいずれは。

「それいいじゃん。おっさん、アタシらが守ってあげるから、たまには運動したら?」
「……そ、そうしようかな。うん、同行していいか?」
「ふふ。日帰りの距離ですからご安心くださいませ」

 こうして俺は、『鮮血の赤椿スカーレット・カメリア』たちの魔獣討伐に同行することにした。

 ◇◇◇◇◇◇

 翌日。
 俺は久しぶりに靴を履いた……最近はずっとサンダルだったしな。
 別荘の前で待っていると、三人娘がヒコロクを連れてやって来た……って。

「にゃ」
「ゆ、ユキちゃん? なんでヒコロクの背に」
『くーん』

 ヒコロクは荷物を背に載せられ、さらにユキちゃんも乗っていた。
 疑問に思っていると、ロッソが言う。

「ユキ、国の外に出たことないんだって。せっかくだし、ピクニックに連れて行こうと思って」
「ふふ。スノウさんは、町の高級マッサージ店でリラックスしてますわ」
「……今日はお休み」
「なるほどな」
「おじさん、ヒコロクの背に乗って。ユキのことも抱っこして」
「ああ、わかった」

 ヒコロクがしゃがむ。
 すごいな、ヒコロク用に調整された鞍と鐙で、鞍の両サイドに荷物が取りつけられ、座り心地のいい座椅子がくっついている。
 座って鐙に足を乗せ、ユキちゃんを抱えるようにすると、ヒコロクが立ち上がった。

『わう』
「重くないか?」
『わるるる』

 任せな、この程度軽いぜ……と言わんばかりに鳴いた。後頭部めっちゃモフモフで触りたい。
 手綱は首輪にくっついてるのか。まあ、掴むだけでいい。
 よかった……親父と爺ちゃんと一緒に乗馬やった経験がここで生きた。もし未経験だったらこんな風に乗れたりしないぞ。

「じゃ、メタルオーク討伐に行こっか。しゅっぱーつ!!」
「「おおー!!」」
「お、おお」
「にゃあー」

 忘れそうになってたけど……これからオーク討伐なんだよな。

 ◇◇◇◇◇◇

 城下町を出て、正門を抜け、海から少し離れた森の中へ。
 馬と違い、ヒコロクの背は全然揺れない。
 アオが先頭を歩き、ブランシュがヒコロクの傍、後ろをロッソが歩いていた。

「今回、冒険者ギルドから受けた依頼の中でも、簡単な部類ですわ」
「ふにゃー」
「簡単? そ、そうなのか?」
「ええ。わたくしたち、夏の間はザナドゥで依頼を受けるんですけど、冒険者ギルドがまとめて高難易度依頼を用意しておくんです。それをまとめて受けて、滞在中に全て消化する……という形ですわね」
「へえ、まだ依頼は残ってるのか?」
「ごろごろ……」
「ええ。あと半分くらいですわね。恐らく、あと数日で終わりますわ。その後は別荘を拠点に、夏のバカンスになるんですの……まあ、おじさまの魔道具が面白くて、今年はけっこう遊んでますけどね」
「ははは……そうか。まあ、遊びたいなら、うちにいつでも来ていいぞ」
「ふふ、ありがとうございます。おじさまって素敵な方ですね」
「そうか? 若い子にそう言われるのは悪いモンじゃないな。ははは、今日はメシ奢ってやろう」
「あら嬉しい。ふふふ」
「にゃあう」

 ユキちゃんを撫でていると、たまに喉が鳴るのが可愛い。
 ユキちゃん。普段は無口で、どこか一点をジーっと見つめたり、心許した人には抱きついたりして甘えるそうだ。最近では、ロッソたちが交代で抱きしめながら寝てるとか。
 髪型はツインテールにするようになり、服も白っぽいワンピースを着ている。ワンピースの腰部分に穴が空いており、白い猫尻尾がフリフリと伸びて動くのがまた可愛い。
 
「おじさま、狩りの間は、ヒコロクの傍から動かないように。それと……運動不足なら、少し歩きますか?」
「……そうだな。じゃあ、歩かせてもらうよ」

 ヒコロクから降りて歩く。
 メタルオークの住処までは、まだ二時間くらいあるそうだ。
 今は朝の八時すぎくらい、十時すぎに到着して狩りを始めて、お昼前に終了、持参した弁当を食べて休憩し、三時頃には帰る。夕方くらいには戻る……というスケジュールだ。
 なんか、討伐依頼というよりピクニックがメインみたいだな。
 俺は少し歩き、アオの傍へ。

「おじさん……歩くの?」
「ああ、ダイエットしないとな」
「……だいえっと?」
「ああ、減量だよ。運動して、体重落とすこと。俺、やっぱ運動不足でさ」

 一応、腹筋は割れている。親父が「遊ぶのには体力が必要」って言ってたし、仕事柄けっこう筋肉使うこともあるから、遊びの一環で筋トレはしてたんだよな。
 アオは、俺の腹をポンポン撫でる。

「おじさん、けっこういい身体してる。格闘術も使えるし」
「まあな。爺ちゃん仕込みの八極拳に、カッコいいから習った空手柔道テコンドー……」
「あ、ゴブリン」
「え」

 と、俺たちの前に数体のゴブリンが飛び出してきた!!
 手には棍棒を持っている。数は三体か。
 ロッソ、ブランシュが警戒態勢に入るが、アオがストップをかける。

「おじさん、運動不足なんだよね。ちょうどいいや、はいこれ」
「……なにこれ」
「グローブ。鉄板入り。おじさんにプレゼントしようと思ってたの。さすがに素手じゃいやでしょ」
「嫌、って……まさか」
「うん。おじさん、倒して」
「ええええええ!?」

 アオが俺の手に無理やりグローブをはめる。

「それいいじゃん。おっさん、強いところ見せてよ~!!」
「にゃうう」
「ふふ。周囲の気配を探ってみましたが特に気になる気配はありませんわ。恐らくそのゴブリン、メタルオークの住処から逃げて来たのでは?」
「おじさん、がんばって。運動不足解消だよ」

 こいつら、もう手を出すつもりねえぞ。
 ゴブリンをみると、ジリジリ迫って来てるし!!

「ああもう、わかった!! 来るなら来い!!」

 俺は三尖相照の構えを取ると、ゴブリンが三匹当時に向かってきた。

「コォォォ……!! 是ッ!!」

 前蹴りがゴブリンの一体を吹き飛ばし、近くの木に激突した。
 そしてもう一体が飛び掛かってきたので下がり、身体を反転させた回し蹴り。

『ギュァッ』
「げっ」

 首に蹴りが当たった瞬間、骨がゴキッと折れ、ゴブリンは崩れ落ちた。
 殺してしまった……俺は背中が冷たくなる。
 この世界に来て、魔獣と遭遇したことはあった。だが、俺は冒険者じゃないし、ありがちな異世界転移、転生者みたいに魔獣といえど生物を殺して「やったあ!!」なんて無邪気に笑えない……生物を殺すという『当たり前のこと』を、俺はする覚悟ができていない。
 背筋がぶるっと震えた瞬間、ゴブリンが飛び掛かって来た。
 思わず腕で防御すると、激痛が走った。

「いでっ!?」
『ガルルルル!!』

 なんと、ゴブリンが俺の腕に噛みついていた。
 痛かった。同時に、怖かった。
 
「やめ、っろぉぉぉぉ!!」

 バチン!! と、紫電が爆ぜた。
 電撃……俺の右手から放たれた電撃が、ゴブリンにショックを与え即死させた。
 ボトリと落ちるゴブリン。俺は、後ずさる。

「おじさん……」
「あ、ああ……お、おわった、ぞ」

 どういう顔をしていたのか、俺は笑った。
 そして、アオが俺にぎゅっと抱き着く。

「ごめんなさい……おじさん、覚悟がないまま、戦わせちゃった」
「……す、すまん」
「謝らないで。悪いの、私だから……」
「……おじさま」

 すると、いつの間にか接近していたブランシュが、俺の腕を治してくれた。
 俺はゴブリンの死骸を見て、理解した。
 俺は戦い、殺してしまったことを。
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