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第三章 ペリドット商会との死闘

バリオン・ジャスパー

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 さて、『鮮血の赤椿スカーレット・カメリア』との相互契約から数日……まあ、何か劇的に変わることはない。
 俺は、職場でコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。
 内容は『製氷機。アレキサンドライト商会の新商品は、今夏の救世主』という見出しだ。
 俺の行きつけの居酒屋も氷の入ったウイスキーを提供しはじめたし、キンキンに冷えたグラスで飲むエール(ビールみたいなやつ)はまさに格別だ。
 店員さんに聞いたら、「アレキサンドライト商会の製氷機は飲食ギルドにとって英雄。これからアレキサンドライト商会に頭が上がらない」と喜んでいた。
 俺は新聞をめくる。

「……んん?」

 そこに、気になる見出しがあった。

「……ペリドット商会の新製品。女性のお肌をスベスベにするクリームが登場……? 夏の日差し対策にって……まさか、ペリドット商会がクリームを作ったのか?」

 と、のんきに読んでいると、ドアがノックされた。
 こんな時間に来るのは、サンドローネかな。
 だが、ドアが開かない。サンドローネは遠慮なくリヒターに開けさせるし……誰だ?
 立ち上がり、ドアを開けると。

「やあ」
「───……バリオン・ジャスパー侯爵」
「ふふ、貴族に対する態度じゃないが、今は魔道具技師同士、大目に見よう……入っても?」
「…………どーぞ」

 事務所に入れてやると、ハンカチを取り出し口元に当てた……なんだこいつ。

「ここが、サンドローネの秘蔵っ子の仕事場、か」
「何か御用で? お貴族様が来るには、少々汚いところだと思うんスけどねえ」
「……ははは。そうだねえ。あまり長居するつもりはないから用件だけ……ゲントクくん。サンドローネから、ボクに乗り換えるつもりはないかい?」
「……はあ?」
「引き抜き、というやつだ。魔道具技師の引き抜きなんて、この世界では当たり前のことだよ? 知っているよ……マッチ、製氷機。どれもキミのアイデアだろう?」
「…………」
「頭の固いサンドローネじゃ、あんな製品は作れない。それに、あの魔導文字の構成、実に素晴らしい」
「それはどうも。で……条件は? 今のアレキサンドライト商会以上にお前は支払えるのか?」
「もちろん。アレキサンドライト商会が出す金額の二倍支払おう」

 現在、俺に入ってくる金額は、俺が開発した商品、月の売り上げの二割が入ってくる。マッチが千個売れたなら、二百個分の売り上げが俺に入ってくるのだ。
 製氷機も、これから発売するヘッドライトや懐中電灯、ミスト噴霧器やヘアアイロンなど、冷蔵庫など、作れば作るほど、俺に入ってくる金も大きい。
 しかも税金もアレキサンドライト商会が払ってくれるので、入ってくる金は全部自由……恐ろしいくらいありがたい。じゃなくて!!

「二倍? おいおい、気前良すぎだろ」
「きみにはそれだけの価値がある。例えば……保湿クリーム、とか」
「……おい、なんでそれ知ってる」
「ふふふ。なんでだろうね」

 俺はハッとした。
 そういえば……一階に置いておいた保湿クリームの試作品と仕様書、いつの間にかなくなっていた。探したけどなくて、ロッソがエアコンの話とか持ってきたから、そのまま忘れていた。
 俺は開いたままの新聞を見た。そこには、ペリドット商会の新商品について書かれている。

「まさかお前……俺の作った保湿クリームと仕様書を盗んだのか!?」
「人聞きの悪い。そんな証拠はどこにもないじゃないか。保湿クリームは、ペリドット商会の新商品だよ? 日焼け止めクリームと合わせて、女性の肌に潤いを与える、女性のための道具さ」
「……この野郎」

 とぼけた真似しやがって。
 思わず身構えていると、ガタイのいい男が数人入ってきた。

「さて、ゲントクくん。きみに仕事を与えよう……サンドローネが開発している新製品に、軽く物言いしてくれないか?」
「……あ?」
「例えば『構造に欠陥があったから、少し手直しする』と言ってね……そうすれば、勝負はボクの勝ちになり、不良品を販売したアレキサンドライト商会の信用は失墜……そこを、ペリドット商会が助けるというストーリー展開だ」
「……それ、本気で言ってるのか?」
「もちろん。言っておくけど、真面目に勝負しても負けるつもりはない。でも、サンドローネは少し調子に乗ってるからね。おしおきが必要だ」
「…………ハッ」

 俺は鼻で笑った。

「クソだなお前。本当にダサいぞ……こんな裏工作しないで真面目に勝負しろよ。お前ご自慢の保湿クリームと、俺の作った魔道具、どっちが勝つかはまあ……俺の勝ちだろうけどな」
「……へえ。この状況でそれを言うかい?」

 バリオンの左右に、護衛らしき男が立つ。
 ってか、モヒカン刈にスキンヘッドって……チョイスが古臭い。
 かなりの筋肉質。どうやら腕自慢のようだ。

「まあいい。引き抜けるとは思っていなかった……でも、キミを痛めつければ、サンドローネは悲しむかもね」
「やってみろ。こう見えて俺、けっこう強いぞ」

 構えを取る。
 爺さんから習った詠春拳、趣味で習ったボクシング、空手、柔術に八極拳が火を噴くぜ。
 手を前に出し腰を落とした構えを見て、護衛が言う。

「旦那、こいつなんかやってますぜ」
「だからどうした。骨の一本でもへし折ってやれ」
「へい……行くぞオラァァァ!!」

 来た。
 ガタイのいい男二人、素手……ってか正直怖い。
 でも、ここで引いたら男が廃る。

「行くぜ、ホォォォォォ~~~……!!」

 ◇◇◇◇◇◇

「フン!!」
「おいたはダメですよ?」

 ◇◇◇◇◇◇

 次の瞬間、男二人が窓から吹っ飛んだ。
 何が起きたのか理解できないでいると、俺の左右にロッソ、ブランシュがいた。

「え、え? お、お前ら……?」
「おっさん、ピンチ? なんか余計なことだった?」
「うふふ。おじさま、大丈夫ですか?」
「お、おお……な、何したんだ?」
「「ブン投げた」」

 そ、そうですか。ブン投げましたか。

「ひっ……」
「動くと死ぬ」

 そして、アオがバリオンの首に、リストブレードを突きつけていた。
 フードを被り、口元をマスクで覆っている。なんだかアサシンみたいだ。
 バリオンは叫ぶ。

「う、嘘だろ……あ、『赤のロッソ』に『白のブランシュ』に、『青のアオ』……え、S級冒険者、『七虹冒険者アルカンシエル』の、最強冒険者チーム『鮮血の赤椿スカーレット・カメリア』だと!?」
「せ、説明口調……なんかテンプレだな」
 
 アオは目元を細めて言う。

「その青のアオって言い方、好きじゃない……」
「ひぃぃ!?」
「アオ、殺しちゃダメよ。なんでおっさん狙われたの?」
「ああいや、仕事というか、なんというか……アオ、殺さないでくれ」
「指、落としていい?」
「ひいい!?」
「やめとけやめとけ。その人、貴族だぞ」
「……むー」
 
 アオはリストブレードをカシャンと戻し、俺の方へ。

「くっ……い、いい気になるなよ!! いいさ、正々堂々と勝負してやる。お前……ボクの誘いを断ったこと、後悔させてやるからな!!」

 そう言って、バリオンは出て行った。
 静かになり、俺は壊れた窓を見てため息を吐く。

「はあ……」
「おっさん、なんかあったの?」
「……どこまで説明したらいいのか」
「おじさま、狙われているなら、わたくしたちが護衛に付きましょうか? もちろん、お金はいただきますけど」
「……それいいね。おじさん、守るよ」
「だなあ……とりあえず、来てくれてありがとう」
「いいよ別に。遊びに来ただけだし、事情聞かせてよ」

 とりあえず、三人も捲き込んじまったし、説明しないとなあ。
 と……ブランシュが「あら?」と言い、何かを拾った。

「なにかしら、これは」
「ん? どうした?」
「いえ……白いコンパクトが落ちてまして」

 受け取り、蓋を開けると……そこには白いクリームがあった。
 この匂い、間違いない……俺の作った保湿クリームと同じだ。少し改良してあるみたいだけど。

「ったく、泥棒しやがって」
「おっさん、お茶飲みたい」
「お菓子も」
「おじさま、窓……ごめんなさい」

 とりあえず、まずは三人娘をもてなすとするか。
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