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聖女村の少年セイヤ

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 俺の名はセイヤ。
 生まれて八年。正直、ろくな人生じゃないとこの年で悟っていた。

「いつまで寝てるんだい!! さっさと起きるんだよ!!」
「ぁぐっ!?」

 俺の朝は、叩き起こされることで始まる。
 住まいは倉庫。掃除用具や農具が仕舞われた汚い空間で、そこにゴザを敷いて粗末な毛布をかぶって寝ている。
 俺を蹴り起こしたのは母親……なんかじゃない。クソババァの村長、名前はクリシュナだ。
 
「…………」
「なんだい、生意気な目をして……ほら、さっさと朝食作りして掃除を始めな!!」
「…………はい」
「なんだいその返事は……ああもう、気味が悪い子だね!!」
「ぐぁっ!?」

 クリシュナのクソババァは、俺の背中を蹴る。
 もう八十近いくせに体力はやたらある。
 背中を蹴られて倒れた俺はヨロヨロと立ち上がり、クリシュナのババァが住む家に向かって歩き出す。
 この家には、クリシュナの娘と孫、そしてクリシュナ本人が住んでいる。そこでの雑用係は全て俺の仕事だ。
 裏口のドアを開けると、何か硬い物が額にぶつかった……これは、包丁を研ぐ砥石だ。

「ぐぁっ……っつ、ぅぅ」

 額が切れ、血が出た。
 こんなことをする奴は一人しかいない。
 この家の娘。クリシュナの孫……エクレールだ。

「命中~♪ おはよセイヤ。目ぇ覚めたぁ?」
「…………う、ああ」
「あれれ~? なになに? まだ目が覚めないの? んふふ~……じゃあ、目が覚めるとびっきりの目覚まししてあげる!」

 すると、エクレールの右手がバチバチと光り、放電した。
 俺は額を押さえ恐怖する。

「ひっ……」
「あのね、この『雷』ってすっごく痺れるの! セイヤもきっと目が覚めるよ!」
「や、やめ」
「え~いっ!」

 エクレールの右手から黄金の閃光が放たれた。
 閃光が俺の身体を貫くと同時に、全身に激痛が走る。

「がっ、がががががっ!? がわゎわっ!?」
「どう? 目ぇ覚めたぁ?」
「あ、あぁぁ……あ、がががががっ」

 感電し、俺はその場に倒れる。
 気絶するかしないかの瀬戸際。エクレールはこのギリギリのラインをすでに掴んでいた。そして、俺が気絶しないように威力を調整していることもわかった。
 すると、俺の背中を思いきり踏みつけるクリシュナ。

「何やってんだい!! さっさと朝食の支度を済ませろって言ったじゃないか!! ほんっとうに使えない子だね!!」
「ぁ、ぁぁ……げふっ」
「エクレールぅ? ささ、こっちいらっしゃい。この愚図に構うと呪われちゃうからねぇ?」
「はーい。おばあさま」

 クリシュナは気持ち悪い濁声をくねらせ、エクレールを連れて行った。
 俺はなんとか立ち上がり、雑巾で額の止血をし、朝食の支度を始めた。
 もちろん、朝食は三人分……クリシュナ、エクレール、エクレールの母親の分だ。俺の朝食は、調理過程で出た残飯だけ。
 俺は、野菜の皮剥きをして出た皮を齧り、肉の脂身だけの朝食を終えた。
 完成した料理を運び、三人家族がダイニングルームに集まって食事するのを壁際に立って眺めている。

「オージェ、どうだい?」
「ええ、つまみ食いはしてないようですわね」
「よし。じゃあ食べるよ」
「いっただっきまーす!」

 オージェというのは、クリシュナの娘にしてエクレールの母親だ。
 触れた物の情報を読み取ることができる能力を持つらしい。
 
「…………」

 俺は、家族三人で食事をする『聖女』を見た。
 この村の長であるクリシュナ。その娘オージェ。その孫エクレール。
 この村に住む女は『聖女』と呼ばれ、神様からもらった『魔法』という能力を操ることができる。

 たとえば、エクレールだったら『トール』、オージェだったら『感応サイコメトリー』という魔法だ。
この村にはそんな聖女がごまんと……いや、聖女しかいない。

「おい!! クソガキ、突っ立てないで掃除を始めな!!」
「……はい」

 クリシュナに怒鳴られ、俺はそっと家を出た。
 
 ◇◇◇◇◇◇

 外の掃除。
 草むしりと窓ふきだ。俺は住まいの倉庫から道具を引っ張り出し、まずは庭の草むしりから始めることにする。
 
「せ、い、や、くん!」
「えっ……ひっ、あ、あぁっ!!」
「おはよ~♪」

 俺の背後に立っていたのは、蒼い髪の少女だった。
 長い蒼髪。水色の瞳。凍るような寒気を感じる。
 こいつはフローズン。エクレールの友達で、俺に笑顔を向ける数少ない少女……だが、その笑顔が歪んで見えるのは俺だけだ。

「うふふ。今日もお掃除お疲れ様。朝ごはんはたべた?」
「ひっ……」

 フローズンは、そっと俺との距離を縮める。
 俺は後ずさるが、フローズンはそんなのお構いなしに距離を詰め、手を伸ばせば触れられるくらいの距離まで接近した。

「ふふふ。どうして怯えてるの? 私、あなたのことがこんなにも好きなのに」
「う、噓だ……ち、近づかないで」
「噓? 嘘じゃない。嘘じゃないわ……ねぇ、私はあなたが好き。だって……こんなにもいい声で怯えるんだもの」

 フローズンがそっと俺の右手に触れた瞬間。激痛が走った。

「いっ……ギャァァァァァァっ!?」
「あぁ、どうしたの? どうしたの? 痛い、痛いのね?」

 右手が『凍り付いた』のだ。
 フローズン……『氷結コキュートス』の聖女。こいつは、面白半分で俺の身体を凍らせ、俺の悲鳴を楽しんでいる。
 現に、今も楽しんでいる。白い肌に赤みが差し、口がこれでもかってくらい笑みで歪んでいる。
 
「あ! やっぱりフローズンだぁ」
「あら、おはようエクレールちゃん。朝のお祈り、一緒に行こっ」
「うん!」
「う、がぁぁ……あ、ぐ」

 氷が解け、壊死寸前の右手を押さえて唸る俺。
 フローズンもそうだ。エクレールと同じで、壊死しないギリギリで俺をいたぶる。
 二人は俺を無視し、出て行った。

「何してんだい!! 全く、まだ掃除の一つも初めてないのかい!! さっさと始めないと昼飯抜きだからね!!」
「がうっ!?」

 うずくまって苦しんでいると、クリシュナの婆が俺を蹴る。
 俺は痛みを堪え、草むしりをして窓ふきを終え、なんとか昼食の支度を終えた。
 小屋に戻り、使用済みの雑巾を何度も絞って綺麗にし、凍傷部分に巻く。額の傷はもうふさがったので雑巾を外し、絞って干しておいた。
 ここで、わずかな自由時間ができた。

「あ、そうだ。本を読もう」

 この小屋にあった、古ぼけた数冊の本を取り出す。
 もう何度も読んだ。字もこの本から習ったし、教師とも言える存在だ。
 俺は、ボロボロになったページをめくる。

「聖女。聖女とは神様の子。聖女は神の子種によって聖女から生まれ、生まれた子も全て聖女である。聖女は『魔法』という奇跡を持ち、人々を導く存在である」

 この世界には、聖女がたくさんいる。
 聖女が治める国がいくつもあり、国の重要職は基本的に女性がなる。なので、女性の扱いや待遇がいい。
 そして、男は労働力だ。
 鉱山採掘、製造関係、そして危険個所での作業。替えの都合がいい女性の道具……それが男性だ。

「……男、かぁ」

 ここは、聖女が生まれ育つ『聖女村』だ。
 なぜ、俺はここにいる? 
 俺の名はセイヤ。俺は……この村でただ一人の『男』だ。

「男……会ってみたいなぁ」

 男。俺以外の男。
 いつか、こんな倉庫じゃない。男だけの場所にいけるだろうか。
 俺は本のページをめくり、そこに描かれている挿絵を見て息を吐く。

「炭鉱夫かぁ……」

 その挿絵は、身体の大きな男性たちがいっぱい書かれた絵だった。
 手にはツルハシを持ち、鍛え抜かれた身体で壁を砕いている光景だ。描かれているのは全員男で、作業着を着ている。

「いいなぁ……」

 俺は、聖女村に住む『男』のセイヤ。
 こんな俺の夢。それは……炭鉱夫になって男に囲まれた生活をすることだ。
 本を読んでいると、誰かが来る気配がした。
 ドアが豪快に開けられ、そこに二人の少女が立っている。

「よぉセイヤ。遊びに来たぜぇ?」
「ひっ……う、ウィンダミア」
「こんにちはセイヤさん。さ、生きましょうか」
「あ、アストラル……」

 聖女ウィンダミア、聖女アストラル。
 その後ろには、エクレールとフローズンもいた。
 ああ、俺の一日は終わらない。今日もこの幼馴染たちに嬲られ、壊され、潰される。

 炭鉱夫になる。その夢だけが……俺の生き甲斐だった。
 
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