婚約者を奪われた少女は、敵国の王を守る剣となる。

さとう

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情報収集、初戦闘

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「ん……」

 朝。
 いつの間にか、カーテンが開いていた。
 私は起き上がり、大きく背伸び……んん、眠い。

「起きたか」
「はい……」
「さっさとシャワーを浴びて、髪を染め直せ。朝食を食べたらラスタリア王国に出発する」
「はい……え」

 いつの間にか、窓際の椅子にイカリオス隊長……ではなく、イズが座っていた。
 シャワーを浴びたのか髪が少し濡れており、シャツの胸元をゆるめている。
 あ、煙草を吸うんだ……なんて思う間もなく、私は今の状態に気付いた。

「あっ……え、あ」
「昨夜のことは忘れろ」
「え、あの……何が」
「……覚えていないのか? 昨夜、夕食の席で酒を飲んだお前は、そのまま倒れたんだ」
「…………」

 そういえば、イズが「酒を奢ってくる、ちょっと待ってろ」みたいなことを言って、席を離れたのを見て……給仕の女の子が、私にお水を持ってきて……どうなったんだっけ。

「あの給仕、謝っていたぞ。水と間違えて度数の高いブランデーを出したようでな。酔い潰れたお前をここまで運んだのだ」
「えっ、じゃあ……!?」
「服を緩めたのは給仕だ」

 シャツの胸元が緩んでいたのを押さえると、イズが興味なさそうに言う。
 そのままため息を吐くと、もう一度言った。

「いいから、さっさとシャワーを浴びてこい」
「は、はい!」

 私は着替えを掴み、慌ててシャワーを浴びに向かった。

 ◇◇◇◇◇◇
 
 朝食を食べた私たちは出発した。
 私は馬に腰掛け、イズが馬を引く。
 村を出て、街道をまっすぐ進めばラスタリア王国だ。

「……やはり、何もないな」
「え?」
「街道だ。戦争の準備をするなら、武器商人や物資を運ぶ荷車が通るはず……だが見ろ、この街道。実に綺麗な道だ」
「確かに……」

 イズの言う通りだ。 
 この街道、ラスタリア王国から国境に続く街道なのに、とても綺麗。
 大きな荷を搭載した馬車や、武器を乗せた馬車が何度も通ったような形跡がない。

「やはり、ラスタリア王国は戦争の準備などしていないのかもしれん……それこそ、ラグナ帝国軍を欺く策、という可能性もあるが」
「……ラスタリア王国は、そこまで頭がいいでしょうか?」
「思わん。ラピス、お前の意見を聞こう」
「はい。私は、ラスタリア王国は戦争を起こすつもりがないと考えています。前線に出るまで、私も戦争が起きるなんて考えもしませんでしたから……これは、元貴族としての視点での考えです」
「ふむ」

 イズは頷いた。

「まぁ、いいだろう。ラスタリア王国に行けばわかる」
「はい……」
「それとラピス。何度も言うが、私はまだお前を完全に信用していない。敵兵が自軍に下るというのはそういうことだ」
「…………わかっています」
「だが、お前がカドゥケウスの志に触れ、ラグナ帝国のために行動しようとしているのは理解した。ラピス、この偵察任務で、お前を見極めさせてもらう」
「イズ……わかりました。私がラスタリア王国ではなく、ラグナ帝国のために行動するところを、見ててくださいね」
「ふん……」

 イズは、少しだけ微笑んだ気がした。

 ◇◇◇◇◇◇

 少しだけ、イズと仲良くなれたと思ったら……やっぱり、トラブル。

「へへへ……お二人さん、有り金全部置いていきな」

 ラスタリア王国の近くで、変な人たちに絡まれた。
 
「盗賊くずれか……ふむ」

 イズは少し考え、首を振る。

「まぁいい。おいお前ら、見逃してやるから失せろ」
「はぁ? おいおいおい、貴族のおぼっちゃん、この人数見てビビっちまったのか?」

 イズはうっとおしそうに手を振るが、盗賊のリーダーシップはゲラゲラ笑った。
 数は二十人くらい。確かに、勝ちを確信できる人数だけど……残念。

「警告はした」

 そう言って、イズは剣を抜いた。
 私も馬から降り、護身用に馬に下げていた剣を抜く。

「ラピス、対人戦は初めてだったな。いい機会だ、肉を切る感覚を覚えておけ」
「……こ、殺す、んですよね」
「いや、今回はいい。四肢の切断程度で済ませる」
「は、はい」
「それと───ためらうな。相手はお前の命を狙うぞ。いかに才能があり努力をしても、命は一つしかない。奪われれば、それで終わりだ」
「───ッ」
「ごちゃごちゃ抜かしてんじゃねぇ!! おめーら、男は殺して女は丸裸にしてやれ!!」
「「「「「おぉぉうっ!!」」」」」

 盗賊たちが向かってきた。
 イズは地面が抉れるほど速く走り出し、盗賊の一人の右腕を切断した。

「っぎゃぁぁぁぁぁ!?」
「片腕、それと指をもらう。安心しろ、二本は残す」

 イズは、盗賊の利き腕、そして残った手の指を三本落とした。中指、薬指、小指……この三本を落とせば、もう武器は握れない。辛うじて日常生活がおくれる程度だろう。

「すごい……」
「へへ、嬢ちゃんはこっちだ!!」
「ッ!!」

 盗賊の一人が、私に手を伸ばす。

「───……っ」

 遅い。 
 ライ君に比べたら、遅すぎる。
 私は盗賊の手を躱し、そのまま指だけを狙って剣を振るう。

「───え?」
「イズの言う通り、三本だけいただきます」
「いっ……っぎゃぁぁぁぁぁ!?」

 腕は斬り落とさず、両手の指を三本ずつ落とした。
 肉、骨を断つ感触が手に伝わる。

「お、女が剣を!?」「なんだこいつ!!」
「おい、女を狙え!!」「多少傷モノにしてもいい!!」

 イズにかなわないと見ると、私を狙いだした。
 不思議と、恐怖はなかった。
 最初だけ、肉を斬る感覚が手に伝わってきて「ああ、斬った……」と思ったけど、もう何とも思わなかった。たぶん、命を奪えば違うんだろうな。
 私、もう貴族令嬢には戻れない。私は『剣士』なんだ。

「ふっ……」

 イズは、私を見て微笑んでいた。

 ◇◇◇◇◇◇

 ◇◇◇◇◇◇

「素晴らしいな……」

 イズは、ラプンツェルの剣速に目を見張った。
 抜刀から指を断つまでが見えない。剣を振ったようにしか見えなかったが、軌道を修正し、指三本だけを丁寧に切断している。
 自分より速い。

「天才、か」

 イカリオスは、盗賊の指だけを狙って剣を振るう。

「っぎゃぁ!?」
「む……」

 だが、二本しか切断できなかった。
 剣速も、精密さもラプンツェル以下。ラプンツェルは剣を握って一年も経っていない。
 カドゥケウス並みの才能───イカリオスは背筋が震えた。

「……迷いもない」

 盗賊は悪。だが、ラスタリア王国の国民であることに変わりない。
 殺しはしないが、容赦もない。
 ラプンツェル。このまま鍛えれば、一年後にどうなっているか。
 もったいない。
 
「ライラップスにだけ任せるのは、もったいないな……」

 鍛えたい。
 技術を叩き込みたい。
 イカリオスは、いつの間にかラプンツェルから目が離せなかった。
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