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第一章

さよなら、ラクレス

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 レイアース、ヒミカ、ソアレ。そしてラクレスの四人で遺跡内へ。
 遺跡内は血、四肢、臓物が飛び散る悲惨な光景だった。だがヒミカとソアレは表情を変えず、周囲を警戒しつつ先に進む。
 
(こんな光景なのに、臆することなく進んでる……これが本当の騎士)
『ケケケ。レイアースだったか? あの女が一番落ち着きねぇなあ?』

 ダンテの茶化すような声。
 レイアースは落ち着きなく周囲を見渡し、今にも泣きそうな顔をしている。
 ダンテは言う。

『俺が見たところ、この先の大部屋の横穴に、人が隠れるのを見た』
「っ!!」
「れ、レイアース様、待って!!」
「ダンテ殿、急いで!!」

 レイアースが走り出したので、ヒミカたちも後を追う。
 ラクレスも、胸が詰まりそうなくらいレイアースの心情を理解し、その背中を追う。
 そして、ダンテが安置されていた大部屋に到着。ラクレスは柱の陰に案内し、横穴を確認。
 そこに、大量の血液、そして一本の剣が残されていた。

『ここに、男が隠れていたのは覚えている』
「…………」

 レイアースはしゃがみ、血を撫でる。
 そして、落ちていた剣を拾い……ポロポロと涙をこぼす。

「……ラクレスの、剣」

 その通りだった。
 今、腰に差している『暗黒剣ダインスレイブ』は、拾った剣をダンテの力でコーティングした剣。ここに落ちている剣は、ラクレスが使っていた剣だった。
 そして、大量の血……まだ半渇きで、ラクレスは自分がこれだけ大量の血を流していたことに驚く。

「そん、な……」

 レイアースは崩れ落ちた。
 横穴に、ダンテが安置されていた小部屋があった。
 ヒミカ、ソアレが調査するが、特に何もないのかすぐに出てくる。

「……レイアース様。戻りましょう……ドラゴンオークにより騎士、そして部隊は壊滅です」
「…………」
「レイアース様。指示を出さないと」
「…………まえ、が」

 レイアースは、ゆっくり立ち上がる。
 その瞳は涙に濡れており、怒りに燃えていた。
 アイスブルーの瞳がラクレスに向けられる。そして、とんでもない量の魔力が、純白の光が放出され、レイアースの光がラクレスに向けられた。

「お前がもっと早く来てればァァァァァァ!!」
『ッ!!』
「「レイアース様っ!!」」

 抜剣。光を纏った剣がラクレスに向けられる。

『相棒、剣を抜け!!』

 ラクレスは言われる前に剣を抜き、ダインスレイブでレイアースの剣を受ける……が。

『マジか!? オレ様の暗黒物質を浄化してやがる!? このガキ、やっぱり……』

 力任せの一撃。真正面から受け、ダインスレイブのコーティングが剥がれかけた。
 だが……ラクレスは、その悲しみの重みが理解できた。真正面から受けるしかなかった。
 ラクレスは、死んだ。そう、レイアースは受け入れている。
 その重みを無視するわけにはいかなかった。

『……済まない』
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 涙混じりの咆哮、眩い輝きがラクレスを襲う。
 だが、ラクレスは受けた。剣で受けるしかできなかった。
 避けることができない。ラクレスは叫びたかった。
 俺は、ここにいる。
 でも、声が出ない。気付かない。レイアースは気付いてくれない。

「ラクレスが!! いないのは!! お前が、間に合わなかったからァァァァァァ!!」

 逆恨みとしか思えない。レイアースは冷静ではない。
 それほど、ラクレスを失った悲しみは深い。
 自分のことを説明できない。ラクレスは、叫んだ。

『生きている!!』
「……えっ」

 レイアースの剣が止まった。
 ラクレスは続ける。

『……この場にいて、死んだのなら、死体が残るはず!! だがここに死体はない!! 俺にはここに誰がいたか知らない。でも、死体がないなら生きている!!』
「…………」

 レイアースは、ゆっくり剣を下ろす。

「生きて、いる……」
『ああ。間違いなく』
「……」

 レイアースは剣を収め、ラクレスを睨んだ。

「……指示を出す。ヒミカ、ソアレ、戻るぞ」
「「はっ!!」」
「そこの、黒騎士だったか……無礼を謝罪する。だが、貴様が『呪装備』を纏っている以上、放置するわけにはいかん。それはこの国では監視対象になる……ソラシル王国まで同行してもらうぞ」
『わかった』

 呪装備は、ソラシル王国では違法。
 それはラクレスも知っていた。なので、従うほかない。

「……行くぞ」

 レイアースは、歩き出した。
 手にはラクレスの剣を持ち、その背中はいつも通りの凛々しい騎士。
 だが、幼馴染のラクレスには分かった。悲しみを隠し、騎士として振舞う痛々しい姿。
 見ていて苦痛だったが、黒騎士ダンテでは何もできなかった。

 ◇◇◇◇◇◇

 遺体と共に、ソラシル王国へ帰還したラクレスたち。
 ラクレスは、レイアースたちとソラシル王城へ向かう。その中庭で死体の本格的な埋葬が始まる。
 ラクレスはどうしようか迷う。すると、一人の騎士が近付いてきた。

「レイアース……」
「あ……師匠」

 七曜騎士『雷』のエクレシア。レイアースの師が近付いてきた。
 薄紫のショートヘアを耳にかけ、レイアースをそっと抱きしめる。

「……辛いことがあったのね」
「……」
「後で私の部屋にいらっしゃい。おいしい紅茶を淹れてあげる。でも、その前に……」

 エクレシアの視線が、ラクレスにぶつかった。
 探るような、でもどこか温かみのある視線……数秒ラクレスを見て、にっこり微笑んだ。

「あなた、『魔人』ね?」

 ギョッとする周囲。同時に、ラクレスもギョッとする。
 すると、ダンテが勝手に喋り出す。

『……そうだ。故郷を追われ、呪いをかけられた魔人だ。呪いの鎧の力で、素顔を晒すと激痛が走る』
(ちょ、な、かか、勝手に変な設定を付け加えるな!!)
『いいんだよ。ケケケ、都合がいい』

 魔人。
 それは、人間とは違う、ヒトの形をした『魔なる人』のこと。
 かつて世界を混沌に陥れた『魔神』の眷属であり、今は数こそ少ないが、魔界という人間が踏み込めない領地に住んでいると言われている。
 レイアースは、ラクレスを睨みつけた。

「貴様、魔人だと……やはり、あのドラゴンオークに関与しているということか!!」
『ち、違う!!』
「貴様は……やはり、許せん!!」

 と、レイアースが剣を抜こうとしたが、エクレシアが電光石火の早さでレイアースの柄尻を押さえる。その速度にレイアースも、ラクレスも反応できなかった。

「レイアース、落ち着きなさい……確かに、魔人は人間と争った歴史がある。でもね、この方がドラゴンオークを討伐し、遺体を騎士の礼儀に則り埋葬しようとした事実もある。遺体に敬意を払うような方を、問答無用で敵とみなすのは、騎士の礼儀に反するわ」
「し、師匠……しかし」
「それに、今の話……魔人の呪いだったかしら? その黒い鎧が脱げず、素顔を晒せないというのは興味深いわね」

 探るような目だった。
 七曜騎士『雷』のエクレシア。ラクレスは油断できないと感じる。
 エクレシアは、兵士の一人を呼んで何かを言いつけると、ラクレスに近づいた。

「お姉さん、あなたに興味が出たわ……ふふ」
『……』

 その妖艶な笑みに、ラクレスは恐怖を、そして微妙な居心地の悪さを感じるのだった。
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