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アンダンテ・ノクターン③/髑髏の化身

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 スヴァルトは、己の中で暴れ狂う『性衝動』と『破壊衝動』を必死で押さえていた。
 敵はアンジェリーナ。白銀の剣を振るう女騎士。
 能力は、『茨』だろうか。薔薇を裂かせたり、茨を鞭のようにしたり、足止めしたりと多様だ。剣技と合わせた連携が抜群に上手く、ロセのパワーやララベルの素早さを合わせたような強さを誇る。
 器用さもスヴァルト以上。恐らく、スヴァルト、ロセ、ララベルの三人で挑んでも勝てるかどうかわからない。
 だが……スヴァルトは、それどころではなかった。
 
「どうした吸血鬼!! 力を、本能を解放しろ!! 私は、その上をゆく!!」
「ちっくしょう……!!」
「喰らえ、『薔薇吹雪ローズブリザード』!!」

 無数のバラの花が咲き、花弁が刃となってスヴァルトに襲い掛かる。
 スヴァルトはアンダンテを『大鎌形態』に変え、大きく薙いで刃を吹き飛ばす。が……全てを弾き飛ばすことはできず、いくつかの刃が身体を刻む。

「っぐぁ!?」
「……つまらん。つまらんぞ!! なぜ吸血鬼の本能を解放しない。貴様、知らないのか? 吸血鬼の『本能解放』は、一時的に侯爵級レベルの力を得るということを」
「し、知るか……ちくしょう」

 本能解放。
 吸血鬼の固有能力と言えばいいだろうか。
 人間が聖剣を持つように、獣人は『野生解放』、吸血鬼は『本能解放』、ドワーフは『万力解放』、エルフは『精霊解放』など、種族に応じた特殊な能力を持つ。
 スヴァルトは人間と吸血鬼のハーフ。故に、聖剣を持ち、吸血鬼の特性も持つ。
 過去に一度、スヴァルトは『本能解放』でナハト王国に所属する聖剣士の三割を、たった一人で半殺しにした。
 全く覚えていない。スヴァルトは、自分の本能を恐れていた。

「お、オレは……嫌だ」
「……何?」
「アレは、オレじゃない。オレは……オレ、は」
「……」

 アンジェリーナは、ため息を吐いた。
 
「つまらん。こんな臆病者……私が本気を出す価値もない。もういい、貴様を殺し、あの光聖剣サザーランドの小僧を誘い出して始末する。嬲り殺しにするのは簡単すぎる……聖剣士として戦い、全てを蹂躙してから殺そうと思ったが、貴様にはその価値もないようだ」
「ッ……」
 
 サリオスは、戦える状態ではない。
 スヴァルトは、決断を迫られていた。

「…………おい」

 幸い、逃げたことで王都からかなり離れたようだ。
 それだけじゃない。
 周りには何もない。夜の暗さ、星の明るさだけの世界。
 アンジェリーナは、真紅の剣を抜いた。

「この剣を使うのは癪だが……確かに、私の剣よりも凄まじい力を感じる。貴様で試し切りさせてもらおうか」
「…………おい」
「なんだ? 悪いが、もう貴様と話すことなど」

 ゾワッ───と、アンジェリーナの全身が泡立ったような気がした。

「ッ!?」

 アンジェリーナはスヴァルトから距離を取る。
 スヴァルトは、だらんと両手を下げ、右手にアンダンテを持っている。
 脱力───そうしているようにしか、見えない。
 だが、今のスヴァルトは恐ろしい『何か』があった。

「ふ、ふん……ようやく、やる気になったか。だが、もう遅い!!」

 アンジェリーナは、右に白銀、左に真紅の剣を手にスヴァルトへ襲い掛かる。
 真紅の剣が真っ赤に燃え、白銀の剣に茨が巻き付いた。
 スヴァルトは───だらりと腕を下げたままだった。

「───……もう、いい」

 ◇◇◇◇◇◇

『受け入れなさい。押さえつけるんじゃない、これもあなた。あなたがあなたを受け入れないで、どうするの? ボウヤ……全てを解放し、本当のあなたになりなさい。きっと……その先が───』

 ◇◇◇◇◇◇

 何かが聞こえた気がした。
 スヴァルトは、アンダンテを持ち上げた。

「『鎧身がいしん』───」

 ブワッ!! と、アンダンテから漆黒の靄が放たれ、スヴァルトを包み込んだ。
 アンジェリーナはゾッとした。一瞬で冷や汗まみれになり、スヴァルトへの接近するのを全身が拒否した……が、アンジェリーナは気合を入れた。

「う、ァァァァァッ!!」

 白銀の剣、真紅の剣を交差し、靄に向かって斬りかかる。
 だが───靄を斬っても、感触がなかった。
 スヴァルトがいた場所には誰もいない。

「なっ……ど、どこへ『───……ウマソウ、ダナ』……ッ!! っがぁ!?」

 背後から伸びてきたのは、漆黒の鎧に包まれた腕。
 靄が消え、現れたのは───……『死神』だった。
 肌の露出が一切ない、漆黒の全身鎧。エレノアやサリオスとは違い、細身の鎧だ。
 鎧の上にボロボロのマントを羽織り、背中には巨大な鎌を背負っている。
 そして、顔。
 頭部を包み込む兜は、『骸骨』のマスクだった。
 窪んだ眼窩に、真っ赤な光がギョロっと灯る。

「……ッ!!」

 恐怖。
 アンジェリーナは、全身の震えが止まらない。
 これが『聖剣』とは思えない。
 どう考えても、魔族側……公爵級であるアンジェリーナを、超えた力だった。

『ク、ハハハ……ははは、はハはハハハ……ヒャァァァァッハッハッハッハッハッハァァァァァッ!!』

 スヴァルトは、アンジェリーナの首を掴んだまま、狂ったように笑った。
 アンジェリーナの戦意が喪失。
 スヴァルトは、アンジェリーナの鎧を砕き、肌を露出させた。

『サァ……楽シマセテ、クレ』
「…………」

 吸血鬼の『本能解放』状態。
 同時に、『闇聖剣アンダンテ』の最終形態が覚醒。
 死神の化身、『闇聖剣鎧やみせいけんがいアンダンテ・冥府王ノ纏ウ死躯ヘル・ニブル・ヘルヘイム』だった。
  
 ◇◇◇◇◇◇

 ◇◇◇◇◇◇

 ◇◇◇◇◇◇

「───……ぅ」

 スヴァルトが目を覚ますと、見知らぬ廃村だった。
 あばら家の中にある、粗末な毛布が敷き詰められた家。
 そこに、スヴァルトは上半身裸で寝転がっていた。

「…………お、レは」

 傍に転がっていたのは、闇聖剣アンダンテ。
 覚えているのは、水色のロングヘアの女と、戦ったこと。
 そして───吸血鬼の本能を、開放したこと。

「…………」

 身体の内側にあったモヤモヤが全て、なくなっていた。
 スヴァルトは青ざめた。
 見たくない現実が、自分の真横にあった。
 スヴァルトは、ガタガタ震えながら、自分の隣を見る。
 そこにいたのは。

「……………………」

 女、だった。
 何も着ていない。
 何があったのか、一瞬で理解した。
 女は、スヴァルトに───……スヴァルトは猛烈な嘔吐感に襲われ、小屋を飛び出した。

「う、ッげぇぇぇ!!」

 やってしまった。
 女を、しかも……魔界貴族を。
 聖剣の最終形態に覚醒したことなんて、どうでもよかった。
 
「ぅ、ぁ、あ……ぁぁ、ぁぁ」

 抑えきれなかった───……。
 吸血鬼の本能が、再び暴走した。
 敵を倒した喜びなんて、欠片もない。
 猛烈な罪悪感と後悔だけが、スヴァルトの心に残っていた。
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