聖剣が最強の世界で、少年は弓に愛される~封印された魔王がくれた力で聖剣士たちを援護します~

さとう

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観光都市ラグーン⑤/魔界貴族伯爵『耐性』のガルドム

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 レイピアーゼ王国、雪に埋もれた砦。
 魔界貴族公爵『疫病』のネルガルは、鼻歌を歌いながら砦の外で鼻歌を奏でていた。
 猛吹雪。ネルガルの身体には雪が積もり、身体の半分以上が雪に覆われている。
 全身に包帯を巻き、両足がないので車椅子。顔色も悪く、長い黒髪が吹雪で凍り始めているが、それでも微笑を浮かべて鼻歌を奏でていた。
 
「あぁ───……気持ちいい」
「ね、ネルガルぅぅぅぅ!! お前、こんな猛吹雪のなか、何をぉぉぉぉ!?」
「あら───……主。雪、気持ちいいわよ?」
「ああもう!! こんな凍傷になって……!? う、腕が腐り落ちてしまうぞ!?」

 慌てたトリステッツァが魔力で毛布を作り出し、ネルガルの身体を包む。
 だが、ネルガルは不満そうに言った。

「せっかく死ねると思ったのに……」
「またそんなことを……お前がほぼ『不死』だとしても、死がないわけではないのだぞ?」
「…………」

 ネルガルは、死ねない。
 魔族であり、心臓に『核』が存在するのは間違いない。
 ネルガルは、魔族最硬度を誇る『核』を持ち、トリステッツァですら破壊できない。
 だが───核が頑強な代わりに、魔族としての再生能力が、ほぼ失われている。
 それに、どういうわけか魔族と無縁な『病気』を、身体にいくつも抱えている。
 ネルガルの魔力と、数千種類の病気が混ざり、自在に行使することが可能になり、今では『疫病』という二つ名を持つ魔族となった。
 死にたい。
 それが、ネルガルの口癖だった。

「死にたい……どうせなら、いっぱい、いっぱい巻き込んで……」
「それは構わんが……ネルガル、お前の『病』を乗せた部下は、どこへ? まだレイピアーゼ王国にお前の病が蔓延していないようだが」
「……外」
「え?」
「観光都市ラグーンに行っちゃった」
「…………なに?」

 聞き間違えだろうか?
 魔王の『手番』によるルール。魔王の侵略は、一度の手番で一つの国だけ。
 トリステッツァは、『レイピアーゼ王国で』と、ササライたちに言っている。つまり……レイピアーゼ王国以外を狙うのは、ルール違反。
 これには、トリステッツァも青くなった。

「ななな、ねねね、ネルガル、何を、れれ、レイピアーゼ王国を狙うと言ったのでは!?」
「ごめんなさい……楽しそうな人間たちを見たら、つい」
「ちょぉぉ!? よよ、呼び戻せ!! お前の部下、誰を送った!?」
「ガルムド。あの子……私の『疫病フィーヴァー』にある程度の耐性あるし……人間はのたうち回って死ぬけど、ガルムドはたぶん死なない」
「そやつも不憫だな……ええい、とにかく連れ戻す!! 疫病が広がったらルール違反!! 我もタダではすまんぞ!?」
「ごめんなさいね? 主……」
「くぅぅぅぅ……っ!! 悲しいことだが仕方ない!!」

 トリステッツァは、ネルガルの車椅子を押しながら、慌てて砦の中へ入っていく。

 ◇◇◇◇◇◇

 ロイの動きは、これまで戦って来た中でも特に迅速だった。
 魔力操作で身体強化し、一瞬で建物の屋根へ。
 そして、『野伏形態レンジャーフォーム』に一瞬で転換コンバートし、飛んでいたオアシスネコ三匹に『愛奴隷スレイブラヴァー』を打ち込む。
 ロイに近づいてきたオアシスネコに「手分けしてラグーンを周回しろ」とシンプルに命じ、ロイは観光都市ラグーンの中心にある大きな時計塔の頂上で、意識を集中する。

「どこだ……? 病人は」
『チッ……病人の魔界貴族め、魔力で偽装し人間として振舞っているな?』

 オアシスネコ三羽の視界を同時にチェックするが、担架で運ばれた病人がどこにいるのか見えない……が、担架を抱えて歩く二人の男を発見した。
 
『いたな。ロイ、近くに診療所はあるか?』
「診療所……あった!! でも、ここって……」

 診療所は、教会の隣にあった。
 小さく、古めかしい教会だ。その隣にあるのも、小さく古めかしい診療所。
 どうやら、そこに運ばれたらしい。
 だが───不運は続く。

「くっ……!? なんてタイミングだよ!?」

 なんと、教会から子供たちが出てきた。どうやらこの教会、孤児院も兼ねているらしい。
 子供たちの手には、花があった。
 そして、診療所へ……運ばれた魔界貴族を、見舞うようだ。

『善意という牙だな。魔界貴族の心に届くはずがない……魔界貴族は、人間を殺すことなんて、何とも思っていないだろう。だが……お前にとって最悪だ』
「ああ。ちくしょう……子供たちがいるんじゃ、ここから撃てないぞ」

 オアシスネコに命令し、診療所近くの木に移動させる。
 オアシスネコの視界から、診療所の中が見えた。
 魔界貴族。三十代半ばほどの男で、子供たちが見舞いに来ているのに、つまらなそうにしている。
 子供たちは、「早く元気になってね」や「病気、大丈夫?」と声をかけていた。

「デスゲイズ。その疫病とかいうの、どうやって広まるんだ?」
『我輩もよくわからん。確か───ネルガルの『疫病』を体内に仕込んだ魔族の意志でスイッチが入り、病気が蔓延する、だった気が……』
「まずいぞ。あそこで病気を開放したら、子供たちが」

 ここで矢を射って心臓を撃ち抜くのは容易い───が、魔界貴族の死を、子供たちに見せつけることになる。目の前で男が燃えて死ぬ光景がトラウマにならないとも限らない。
 だが、このまま放置すれば、子供たちは死ぬ。
 疫病が広がり、観光都市ラグーンは壊滅する可能性もある。

「やるしかない……ん?」

 ロイは見た。
 教会の近くにいた、ある人物を。

「…………」
『お前の考えがわかった。ロイ、迷っている暇はないぞ』
「───ああ。本当に、ごめんなさい!!」

 ロイは歯を食いしばり、二本の矢を矢筒から抜いた。

 ◇◇◇◇◇◇

 魔界貴族伯爵『耐性』のガルドム。
 彼は、たまたま毒や病気に高い耐性を持つ魔族で、それを見込まれトリステッツァに拾われ、ネルガルの部下となった。
 だが……扱いは最悪だった。
 重い『病』を身体に仕込まれ、人間の街で一気に解放するという役目。
 耐性があるだけで、ガルムドが苦しいことに変わりはない。
 終わると、ネルガルやトリステッツァから労いの言葉と報奨をもらえるが、正直なところもうやめたいと思っていた。
 何より───人間の笑顔に、腹が立つ。

「おじさん、大丈夫?」
「病気、つらい?」「お腹減ってない?」「水飲む?」

 あまりにも鬱陶しい。
 心配する人間。
 魔界貴族である自分を、心配する? それが侮辱でなくてなんだ?
 病気は辛いが、今目の前にいる子供を一気に病死させることができる快感だけは、悪くなかった。
 ガルムドは、子供たちに笑顔で言う。

「ありがとう、子供たち。お礼に……おじさんがいいものを見せてやろう」
「え、なになに?」「おじさん、なに?」
「おもしろいの?」「なんだろ?」

 ガルムドが、ネルガルに仕込まれた『病』を一気に解放……子供たちを病死させようとした瞬間だった。

「さぁさぁ!! 大道芸の時間だよ!!」
「っ!?」

 外から聞こえてきたのは、大道芸人の声だった。
 窓を見ると、男女の大道芸人が曲芸をやり始めたのだ。それを見た子供たちは、病室を飛び出し、大道芸人が芸をする外へ出た。

「なっ……大道芸人だと? こんな外れの寂れた教会で っ、あ」

 次の瞬間、ガルムドに心臓に『矢』が刺さった。

「……えっ」

 信じられない光景だった。
 窓から飛び込んできた矢が、ガルムドの心臓を、核を破壊した。
 身体が燃え始めるガルムド。だが、何が起きたか信じられないような顔で、自分の胸を見つめたまま、完全に消滅した。
 そして、病室に入って来た老医師が言う。

「おや……患者はどこへ?」

 空っぽのベッドには、誰も……何も残っていなかった。

 ◇◇◇◇◇◇

「ふぃぃ……終わった。きっかり五分だな」

 ロイは『愛奴隷スレイブラヴァー』を解除。
 オアシスネコは自由を取り戻し、大道芸人たちも・・・・・・・ハッとなり周囲を見渡す。だが、子供たちが大笑いしながら芸を見ていることから、そのまま芸を続けていた。
 
『運が良かったな』
「ああ。たまたま、教会近くに、昨日の魔族の大道芸人夫婦がいた……『愛奴隷スレイブラヴァー』を使うのは気が引けたけど、助かったよ」

 ロイは、大道芸人の夫婦に『愛奴隷スレイブラヴァー』を差し、『診療所前で大道芸をしろ』と命じた。そして子供たちが一気に外へ出た瞬間を狙い、ガルムドの心臓を狙撃したのだ。
 
「あー……ヤバかった」
『確かにヤバいな。エレノアたちが、お前を探しているぞ』
「え、マジで。やばっ……戻らないと!!」

 ロイは変身を解除し、ピアスを開けたエレノアとユノがいる店の近くへ。
 エレノアは、ぷんぷんしていた。

「もう、どこ行ってたのよ!!」
「あ、ああ……ちょっとな」
「もう、いきなりいなくならないでよね。心配したんだから」
「悪い。それとエレノア、ピアス開けたんだな」
「ん、まぁね……」

 赤いルビーの、シンプルなピアスが右耳にあった。
 ロイは素直に褒めた。

「赤。やっぱりエレノアに似合うな」
「……そりゃ、どうも」
「エレノア、照れてる」
「う、うっさい。もう、喉乾いたしカフェ行こ!!」
「いく。ケーキ食べる」
「俺も腹減った……甘いの食べたいな」

 こうして、ロイの活躍で人知れず、観光都市ラグーンは救われたのだった。
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