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第四章

翌日、そして

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 翌日。
 フェニア、アネルはレイヴィニアを連れて普通に起きてきた。
 ニスロクを見張るといって談話室に残ったウィルは、じろりとレイヴィニアを睨む。レイヴィニアはビクッとしてフェニアの後ろに隠れた。
 ニスロクはというと……ソファで寝たまま動かない。死ぬまで寝ていそうな雰囲気だった。

「ニスロク!! 朝だぞ起きろ!!」
「んぁぁぁ~~~……」

 レイヴィニアが蹴り起こすと、ニスロクはようやく起きる。
 そして、アルフェンも男子寮から下りてきた。首をコキコキ慣らし、レイヴィニアを見る。

「……何もしなかったか?」
「してない。約束だろ?」
「ん、ならいい。ところで今日……」
「『色欲』を呼べ。オレが殺す」

 ウィルが殺気を帯びた声でレイヴィニアを脅す。
 レイヴィニアはビクッとし、今度はアルフェンの背に隠れてしまう。

「よ、呼んでみるけど……すぐには来ないと思うぞ。それに、フロレンティア姉ぇは勘が鋭い。うちらが裏切ったって気付かれたら、来ないかも……」
「王国内部には入らないだろうな。だったら、郊外の、派手に戦っても平気な場所におびき出せ」
「うぅ……わかった。ニスロク、フロレンティア姉ぇを」
「うぁ~~い……」

 ニスロクは目を閉じる。
 すると、ツノが一瞬だけパチッと光る。

「フロねえ、フロねぇ……聞こえてたら返事くれ~……ん、きて~~……うぃ~」

 ニスロクはウンウン唸ると、目を開けた。

「呼んだぁ。今忙しいから、十日後に待ち合わせしたぁ~」
「十日……よし、上出来だ」

 ウィルはようやく殺気を解き、キッチンへ。
 一睡もしていないのに、朝食の支度はするらしい。
 アルフェンは、ニスロクに聞いた。

「ほんとに呼んだのか?」
「うん。フロねぇ、けっこう遠くにいるみたい……たぶん、趣味の村狩りやってるぅ……おれが用事あるって言ったら、十日待ってってぇ……くぁぁ、アースガルズ王国郊外の平原で待ち合わせしたぁ」
「……わかった」

 王国内なら、二十一人の召喚士がいるのだが。
 ウィルは一人で戦うというだろうが、いざという場合の備えは必要だ。
 それに、十日。時間がある。
 
「…………」

 アルフェンはソファに座り考えこむ。
 レイヴィニアはウィルがオムレツを作っているのを見て目を輝かせ、ニスロクは床に突っ伏してグースカ寝ている。フェニアとアネルも座り、レイヴィニアに構っていた。
 まさか、魔人が二人も裏切るなんて。しかもアルフェンに協力してくれるとは。
 協力者。メルのこともある。
 まだ、フェニアたちには秘密だ。メルは今日S級にやってくる。

「はぁ……なんか、考えること山ほどあるわ」
「ぐぅ~……」

 床で寝るニスロクを眺めながら、アルフェンはため息を吐いた。

 ◇◇◇◇◇◇

 朝食後。
 レイヴィニアとニスロクをどうするか、登校前に話す。

「やっぱり、ガーネット先生には伝えた方がいいと思う」
「ひっ」
「俺もそう思う。正直、大人の意見が欲しい……ガーネット先生なら信用できる気がする」
「アタシもそう思う。正直、ここに置いておくだけってのもね……」
「あのババアが『連れていく』とか言ったらどうすんだ? 魔人、魔帝の情報を洗いざらい吐かせられて、そのまま殺されるかもな」
「ひっ」

 アルフェンは、レイヴィニアを見る。
 ガーネットの名前を聞いて怯えている。この怯えは演技ではなかった。
 なので、きちんと言う。

「レイヴィニア。俺たちを信用してくれるか?」
「ああ。お前らはいいやつだ。美味しいご飯食べさせてくれたしな」
「……よし。じゃあ、ガーネット先生に会ってくれるか?」
「……わ、わかった」
「おい、いいのかよ?……最悪の結果になるかもな」
「そうはさせない。いざという時は……俺が守る」
「は、戦うってのか?」
「…………行こう」

 レイヴィニアとニスロクに大きめのローブを被せ、肌とツノを隠した。
 そして、全員で登校……S級校舎へ。
 教室に到着し、待っていると、ガーネットとサフィーが一緒に、そしてもう一人……桃髪の少女メルも一緒だった。

「マジかよ、放課後じゃ……」
「あれ、どこかで……?」
「……フン」
「わぁ、可愛い」

 フェニアは首を傾げ、ウィルは鼻を鳴らし、アネルは眼をかがやかせる。

「あの、そちらの方は?」
「あー、後で説明する」

 ガーネットは、もの凄く胡散臭そうに言う。

「おい。なんだそのローブの二人は」
「え、えーっと。その、そのことでお話がありまして。その、秘密裏に」
「…………まぁいい。大事な話なんだね?」
「はい。ガーネット先生が一番信用できる人なので」
「あら、嬉しいこと言うね。まぁいい。その前に紹介するよ」

 ここで、メルが前に出て一礼した。
 桃髪が揺れ、輝くような笑みを向ける。

「初めまして。アースガルズ王国王女、メルディスと申します。アルフェンのお誘いで・・・・・・・・・A級召喚士からS級召喚士に移籍が決まりました。これからよろしくお願いします!」
「ぶっ」

 アルフェンは噴き出した。
 誘ったつもりはない。メルが言いだした……いや、言っても無駄だろう。
 フェニアは睨み、アネルはポカンとする。

「ちょっと……どういうことよ」
「え、いやその、実は昨日、茶会で知り合って……え、A級召喚士だっていうし、その、S級召喚士に興味あるっていうから」
「なんで昨日言わないのよ……」
「えっと、ゴタゴタしてて忘れたというか……はは、ははは」

 言い訳に苦労するアルフェン。メルはにっこり笑い、アルフェンの隣に座った。

「これからよろしくお願いしますね。アルフェン」
「……よろしく」

 やはりメルは好きになれない……アルフェンは改めて思った。

 ◇◇◇◇◇◇

 メルの紹介が終わり、ガーネットは言う。

「で、そいつらは?」
「……約束してください。まずは、話を聞くと」
「はぁ? ……もったいぶるね」
「お願いします」
「……いいだろう」

 アルフェンの態度が本気だと知ったのか、ガーネットは真面目な顔になり頷く。
 アルフェンも頷き、二人のかぶっていたフードを、ローブを脱がした。

「───な」
「え……」
「…………っ」

 ガーネットは驚愕、サフィーはよく呑み込めず、メルは目を見開く。
 そこにいたのは、真っ白な髪、褐色の肌、頭部にツノを持つ少女と青年だった。
 アルフェンは、二人の前に立ち説明する。

「『嫉妬』の魔人レイヴィニアと、『怠惰』の魔人ニスロクです。二人に敵意はありません……どうか、話を聞いてやってください」

 アルフェンの言葉に、ガーネットはすぐに答えられなかった。

 ◇◇◇◇◇◇

 魔人。魔帝が召喚した七つの災厄。
 その二つが、アースガルズ王国に……アースガルズ召喚学園のS級校舎にいる。
 しかも、二人。
 ガーネットの眼がスゥーっと細くなる。教室内だというのに煙管を取り出し、煙草に火をつけた。
 アルフェン、そしてフェニアとアネルは、レイヴィニアとニスロクを庇うように前に出る。

「先生、話を……」
「どういうつもりかわかってるんだろうね?」
「わかってます。お願いですから話を聞いてください!」
「あ、アタシからもお願いします……その、悪い子じゃないです、絶対に」
「…………」

 ウィルは椅子に座ったまま欠伸、サフィーは未だに驚愕。
 そして、メルはアルフェンをジッと見つめ……クスっと笑った。

「ガーネット。ここは話を聞きましょう」
「王女殿下……」
「『傲慢』の魔人を討伐した彼等が、何の考えもなしにこんなバカなことをするとは思えません。ここは詳しく話を聞いて、考えるのはそれからにしましょうか」
「……はっ!」
「へぇ~……そっちが本性か。ドス黒い思考がグルグル回ってるぜ? お姫様よぉ?」
「ふふ、なんのことでしょうか?」

 ウィルはメルの本性をすぐに見抜いた。
 メルは笑顔だが、アルフェンにも見えた。昨夜と同じ野心を語ったときの顔が。
 ガーネットは、煙草に火を点け大きく煙を吸い吐きだした。

「燻せ、『テスカトリポカ』」

 吐きだした煙を媒介に、煙が虎のような姿に変わる。
 希少な『自然型』召喚獣。自然を媒介にすることで召喚され、決まった形を持たない。
 能力も規模が大きい、広範囲での能力行使が得意な召喚獣だ。

「テスカトリポカ、校舎に結界を張れ。他者の侵入は許可するが、この教室には絶対に誰も入れないようにしろ」

 テスカトリポカは頷くと、口から白い煙を吐きだす。
 煙はすぐに消え、何事もなかったかのようにテスカトリポカは消えた。
 
「これでいい。あたしが解除するまでこの教室には誰も入ってこれない」
「さすがね。『幻惑』の能力、久しぶりに見たわ」

 メルに頭を下げるガーネット。
 
「ガーネット、ここではただの生徒。あまり気を遣わないで」
「……わかりました」
「じゃ、お話を始めよっか」

 いつの間にか、メルが場を仕切っていた。

 ◇◇◇◇◇◇

 レイヴィニアは、ここに来た経緯を説明した。
 アベル、ヒュブリスが死んで誰が殺したか調査に来たこと。ヒュブリスを倒して油断している今ならアルフェンたちを倒せるかもしれないと考えたこと。だがアルフェンに見つかり諦めたこと。見逃してもらう代わりに『色欲』をおびき寄せる作戦に協力すること。
 そして、情報を提供するかわりに『保護』をお願いすること。
 レイヴィニアとメルは向かいあって話をする。

「なるほどね。保護……」
「うちら、人間は嫌いじゃないし。魔帝様には召喚してもらった恩があるけど、自分たちの命には代えられない。人間を傷付けないって約束もしたし、もう戦うつもりはないよ」
「ふーん。ねぇ、兄弟なのに裏切っていいの?」
「うちとニスロクは姉弟だけど、他の連中はそうじゃない。魔帝様が呼び寄せた強い召喚獣が七人ってだけで、肉親関係とかじゃないし。それに、うちらみんな互いのことなんてどうでもいいしね」
「……へぇ。じゃあ、他の魔人を滅ぼすのを手伝えって言ったら?」
「それはやだ。そもそも、うちとニスロクはこの世界にいれるだけで幸せだし。戦ったりするのは嫌いだからね」
「そうなの?……七つの災厄は恐るべき召喚獣って話なのに」
「それは人間が勝手に作ったイメージだろ。うちとニスロクは遣いッ走りみたいなもんだ。人間の情報集めて魔人たちに送ったり、魔獣を集めたりね」
「……ふぅん」

 メルは足を組みかえる。
 どうもこの足の組み換えがメルにとっての集中できる行動のようだ。

「わかりました。では、王女メルの名においてあなた方を守護します」
「おお! いいのか?」
「ええ。ただし、あなた方が知る召喚獣、魔人、召喚獣の歴史について全て話してください。我々が知らない召喚獣の歴史を紐解く協力をするのが保護の条件です」
「なんだ、そんなことか。べつにいいぞ」
「交渉成立ですね。では皆さん、魔人を二体保護することが決まりましたが、他言無用でお願いします。彼らの存在は来たるべき時に私から公表しますので。それまでは……S級寮で匿うように。いいですね、アルフェン?」
「お、俺? ……わ、わかりました」

 メルは頷き、レイヴィニアに言う。

「しばらく外出はできませんが、構いませんね?」
「いいぞ。どのくらいだ? 二百年くらいか?」
「召喚獣のスパンで考えなくて大丈夫です……ところで、『色欲』を呼び出すというのは?」
「ああ、そいつに頼まれたんだ。フロレンティア姉ぇを呼べって」

 ガーネットはウィルを睨む。

「貴様、勝手なことを……!!」
「黙れ。オレがここにいる理由を忘れたのか? 安心しろよ。『色欲』とは外で戦うからよ。それと……邪魔したら、相手が人間だろうと殺す。『色欲』はオレの獲物だ」
「……チッ」

 ガーネットは舌打ちした。
 ウィルの決意は固い。誰であろうと戦いの介入はできそうにない。
 アルフェンは、ウィルに言う。

「ウィル。これだけは言っておく……お前に命の危機が迫ったら、俺は迷わず介入するからな」
「そんときゃ、的が二つになるだけだ」
「やってみろよ。それに、死んだら終わりなんだぞ……?」
「死ぬか。オレが勝つ……絶対にな」
「あ、あのさ……たぶん、お前じゃフロレンティア姉ぇに勝てないぞ? フロレンティア姉ぇが『男』を残す理由、知ってるのか?」
「あぁ?」

 ウィルが苛立ったようにレイヴィニアを睨む。
 ビクッと竦むレイヴィニアだが、おずおずと───。

「───ん?」

 ガーネットが、何かに気付いた。
 テスカトリポカの結界が、揺らいだのだ。
 そして───。

「───っ!! 全員、伏せな!!」

 ガーネットが叫んだ瞬間、S級校舎が激しく揺れた。
 同時に、ガーネットが叫ぶ。

「テスカトリポカの結界を破るだと!? 馬鹿な、誰が!!」

 アルフェンの右目が疼き、外からとんでもない大きさの光が見えた。
 だが、実際に光っているわけではない。『経絡核』の光があまりにも強大で、太陽が外に落ちているような錯覚に捕らわれたのだ。
 アルフェンは窓を開けると、そこには───人がいた。

「ギャァァァァーーーーーッッハッハッハァァァ!! ここかぁ? フロレンティアが言ってた『裏切りモン』のいる場所ってのはぁぁぁよぉぉぉぉっ!!」

 そこにいたのは、『鬼』だった。
 褐色の肌、長い三本のツノ、身長は三メートルを超え、手には巨大な斧を持っている。
 髪は純白で腰まで伸び、上半身裸の何かだった。
 レイヴィニアはガタガタ震え、ニスロクも思わず飛び起きた。

「おおお、オウガ……なな、なんで!? べ、ベルゼブブとフロレンティア姉ぇに封印されてたんじゃぁ……」
「オウガって……」
「に、人間は『憤怒』って言ってた……」
「『憤怒』だって!?」

 アルフェンがレイヴィニアに聞くと、ガーネットが叫んだ。
 同時に、テスカトリポカを呼ぶ。

「テスカトリポカ!! 二十一人の召喚士を全員招集!! 大至急だよ!!」
「が、ガーネット先生!?」
「奴はまずい!! 奴は……最強の魔人だ!! 七つの災厄と呼ばれているが、真にヤバいのは『憤怒』のオウガ、奴だけだ!! ダモクレスの右腕を奪いあたしらを壊滅寸前に追い込んだのは奴なんだよ!!」
「え……」

 最強の二十一人の召喚士。
 それは、アルフェンだけでなくメルすら知らない歴史。
 二十一人の召喚士は最強。それだけを知らされて育った少年少女たちが知らない闇だった。
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