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第二章 麗水の国ハルワタート

ミスラの海泉

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 ミスラの海泉。
 ハルワタート王国の城下町にある有名観光地で、領土の真ん中に『でっかい穴』が開いており、そこから透き通った海が覗き見えるスポットだ。
 直径百メートルくらいある大穴で、周囲には柵が設けられている。
 泉というか、海水。
 なんでも、大昔にここでドラゴンが地面に向かってブレスを吐き、それで空いた穴だとか……なんかはた迷惑な話に聞こえる。
 でも、なぜか観光地であり、この泉にお金を投げると願いが叶うと言われている。
 そんな観光スポットに、俺とエルサは来ていた。

「ここがミスラの海泉かあ……デカい湖にしか見えないな」
「底は海に繋がっているそうです。でも、神聖な場所なので、水棲亜人さんたちでも立ち入りできないそうですよ。ビーチから入れる横穴があるんですけど、封鎖されているそうです」
「ほほう。ってことは、この底にはお金がいっぱいあるってことか……」
「そうみたいです。あ、レクス」

 と、老夫婦が銅貨を一枚ずつ投げ、両手を合わせて祈っていた。
 俺はエルサに言う。

「俺たちもやるか?」
「はい。願い事は……」
「決まってる。『無事、面倒ごとなく観光できますように』……だな」
「ふふ、そうですね」

 俺とエルサは銅貨を取り出し、泉に向かって投げる。
 エルサは両手を組んで祈ったが、俺は手を二回叩いて合掌……うーん、異世界転生しても俺はまだ日本人の心を残しているようだ。
 それから二十秒ほど祈り、俺は手を放す。

「……ふう。心優しい神様、よろしくお願いしますぜ」

 エルサも静かに目を開け、両手を開く。

「……きっと祈りは届きますよね」
「ああ。たぶんな」
「ふふ、じゃあ次は……えっと、その」
「……予定では、水着だけど」

 ミスラの海泉の後は買い物で、水着を買う予定だが……うーん、なんか急に恥ずかしくなってきた。
 
 ◇◇◇◇◇◇
 
 まあ、泳ぐ予定はあるんだ。
 というか、ハルワタート王国のビーチで遊ぶ予定だし、水中都市アルメニアや水棲領地メルティジェミニには海底にあるので水着が必須。
 ハルワタート王国で遊ぶ以上、水着は避けて通れぬ道。
 遅かれ早かれ、俺もエルサも水着にならなければいけない。
 まあ、俺はいい。
 竜滅士として毎日鍛錬してた。実は……けっこう自信のある細マッチョだ。体脂肪率を測る魔道具があれば高級機を買ってアイテムボックスに入れておくレベルで。
 腹筋も割れてるし、痩せすぎでもないガチムチでもない、いい感じの筋肉……うん、この体形は死ぬまで維持しよう。絶対に。
 というわけで……やって来ました水着ショップ。
 
「エルサ、その……大丈夫か?」
「うう、恥ずかしいけど……大丈夫です!!」

 遊覧船で『水着を買いましょう!!』って言ってたけど……まあ、あの時は酒も入ってたし、けっこう勢いで言った感じだった。
 そもそも、貴族令嬢であるエルサ。当然だが水着とはいえ人前で肌を晒したことなんてない。
 肌を見せるのは将来を誓い合った相手だけ……リューグベルン帝国ではそれが当然だ。
 でも、ここはハルワタート王国。
 文化の違い。人々は貴族も含め、海に囲まれて生活している。
 国民の実に九割が泳ぎが得意で、貴族も『水泳』が必修になっているくらい当たり前だ。
 
「まあ、水着も肌を隠すデザインのあるみたいだし……」

 フォローしようとしたが、男の俺が何を言ってもダメか。
 と、ここで来た。

「いらっしゃいませ!! トロピカル!! さぁさぁお兄さんにお嬢さん、水着をお探しですかな? そちらのお嬢さん、セクシーなのから可愛いのまで、うちにはどんな水着もございますよ~トロピカル!!」

 トロピカル!! て流行ってんのか?
 異世界名物、『やたらフレンドリーな店員』が来た。しかも男。
 ってかこの店員、なんでブーメランパンツにエプロン付けて、スキンヘッドに顔中濃いメイクしてんだよ。エルサが青くなって俺の背に隠れちまった。

「こーらこら、可愛い子ちゃんを驚かせちゃダメ!! 愛が足りないわ愛が!! トロピカル!!」
「おおう、すまないハニー……じゃあ可愛い子ちゃんはお任せ!! ボーイ、イカス水着を選んでやるぜ!!」
「お、俺ですか!? いや俺は普通ので」

 こっちに矛先向いたぁぁ!! なんでこのブーメランパンツのおっさんはケツに力を込めてんだ。
 エルサは女性店員さんと行っちまったし、ムサシは呼んでもなぜか出てこない。

「フフフ、キミ……いい身体してるじゃないか」
「ふ、ふつーの水着を下さい!!」

 決めた。触ってきたら撃つ、マジで撃つ!!

 ◇◇◇◇◇◇

 とりあえず、無難なハーフパンツの水着を買った。
 速攻で店から出て待っていると、エルサも出てきた。

「あ、レクス」
「よう、買えたか?」
「はい。その……み、見るのは明日にしてくださいっ」
「あ、ああうん。そうします……ははは」

 だから!! 俺はこういうラブコメキャラじゃないって!!
 うう、なんか恥ずかしい……いやまあ、エルサの水着を見たいけどさ!!
 とりあえず咳払い。うん、メシにするか。

「ん? おう、レクスじゃないか」
「へ?」

 いきなり渋い声。
 振り返るとそこには、水棲亜人のおじさんにして、水麗騎士団のマルセイさんがいた。
 驚いた……いきなりすぎる。

「ま、マルセイさん?」
「ああ、なんだなんだ、彼女とデート中か。悪かったな。それとお嬢さんも元気そうで」
「こ、こんにちは」

 マルセイさん。
 改めてちゃんと見る。白く逆立った短髪、整った髭が特徴のイケおじだ。年齢は三十代後半くらいかな。
 海底で見た時は気にしていなかったが、肌は水色で腕には鱗が生えている。それ以外は人間と同じだが……下半身は魚だったのに、今は人間の足になっている。
 ロングスカートみたいのを履いて素足のまま歩き、上半身はタンクトップ姿だ。

「えっと、何してるんです?」
「帰るのさ。それに、しばらく休暇なんだ」
「休暇? 騎士なのに?」
「ははは。水麗騎士団は全部で二百の小隊から成る騎士団だ。交代で休みを取っても、何の問題もない。人間の騎士団はそうはいかないようだがな」

 おお、なんというホワイトな騎士団。
 すると、マルセイさんが言う。

「そうだ。暇ならメシでもどうだ? お前たちの話も聞いてみたいな」
「俺はいいけど……エルサは?」
「わたしも構いませんけど、マルセイさんはお貴族様ですよね? その、家に帰らなくて大丈夫ですか?」
「ああ。オレはマルセリオス公爵家の三男坊で、結婚もしていない。特に期待もされていないし、自由に過ごせている……数日家に戻らなくても何ら問題がない」
「そ、そうなんですね……すごい」

 人間の貴族と、水棲亜人の貴族はこうも違うんだな。
 まあ、そういうことならいいか。それに……不思議とこの人、親しみやすいんだよな。
 貴族には敬語が当たり前だけど、俺もエルサも普通に話をしている。

「じゃあ、マルセイさんのおススメの店とかでメシを」
「はっはっは、任せておけ。これも何かの縁だ、奢ってやる」
「そ、そんな……」
「気にするな。さ、行こうか!!」
『きゅいい!!』

 と、ムサシも飛び出してきた。
 どうやら、マルセイさんが気に入ったのか周囲を飛んでいる。

「おお、なんだこのチビ助は。ははは、面白いな」
「俺の獣魔です。ムサシって言います」
「獣魔? お前の獣魔はあのデカいヤツだろう?」
「まあ、はい……」

 というわけで、マルセイさんと一緒に飯を食いに行くことになった。
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