上 下
110 / 132

ヤマト国首都クシナダ

しおりを挟む
 アドラツィオーネの構成員たちが撤退した。
 エルクたちは武器を納め、周囲を確認する。
 敵の気配は消えた。恐らく、この後に襲撃されることはないだろう。
 ソフィアは、馬車に繋がれた馬を撫でながら言う。

「この場での襲撃……何か、意味はあったのでしょうか」
「それに、私たちを待ち伏せしていたようにも見えたわ。無差別じゃない、何か意味があっての襲撃……わからないわね」
「ヤト様。やはり、櫛灘家が……?」
「……まさか、櫛灘家がアドラツィオーネと繋がっているとでも?」
「……わかりません。ですが、櫛灘家が関係していないとも言い切れないので……」
「な、そんなことよりさ、さっさと行こうぜ」

 エルクが急かすと、ソフィアはクスっと笑った。
 馬を撫で、状態を確認して言う。

「そうですね。馬も落ち着きましたし、先に進みましょう。この先の村に泊まって、明日にはヤマト国首都へ……」
「待て。この先の村は、最初の村と同じようなところだ。追剥の村だぞ」
「ええっ!?」
「この先に、小さな泉のある森がある。そこで野宿したほうが安全だ」
「の、野宿が安全って……とんでもないな」

 エルクは肩を落とし、小さくないため息を吐いた。

 ◇◇◇◇◇◇

 アカネの案内で森に到着した。
 馬車から馬を外し、餌を与えて水を飲ませると、疲れたのかすぐに寝てしまった。
 エルクたちも、薪を集めて火を熾す。

「なんか野宿ってワクワクするよな」
「あなただけよ」
「その通りです」
「ふふ、でも……野宿は一度、経験したほうがいいですよ? 冒険者になれば、ダンジョンで野宿するなんて当たり前になるんですから」
「だってさ。ヤト、カヤ」

 ソフィアが薪に点火、ついでにランプにも点火した。
 食事は、アイテムボックスに入れたパンやチーズで済ませ、お茶だけは温かいのを入れた。
 アカネは、ソフィアたちに言う。

「そばの泉で水浴びができる。魔獣や危険な動物も住んでいないので安全だ」
「じゃあ、私が最初……カヤ、あなたも来なさい」
「はい。ソフィア先生、エルクを見張ってください」
「おい、俺が覗くとでも?」
「念のためよ」

 そう言って、二人は行ってしまった。
 やや腑に落ちないエルクを、ソフィアが慰める。

「エルクくん、あなたが覗きをするとは思っていませんから。それより……いい機会です」
「はい?」
「ヤトさんとカヤさん、お二人のことです」
「ああ……うーん、何か変わりますか?」
「ええ。ヤトさんが櫛灘家の三女、カヤさんがヤマト国政府所属の御庭番衆。どちらも学園側に報告していない話です。知っていると思いますが、ガラティーン王立学園は、あらゆる国からの受け入れを許可する代わりに、個人情報に嘘偽りを記すことを禁じています。私も教師である以上、二人のことを学園に報告しなければなりません」
「……二人は、どうなるんです?」
「わかりません。重くて退学か、謹慎か、罰則か……」
「うーん、でも……そんなに重くなくてもいいんじゃないですか? ヤトは櫛灘家なんて関係ないって言ってるし、カヤも御庭番衆は休みで、休みを利用して学園で学ぼうとしてただけだし」
「そういう問題じゃありません。それに……どんな事情があろうと、私たちはガラティーン王立学園の使者として、櫛灘家当主のビャクヤ殿に会いに向かうんです。もし、ガラティーン王立学園生徒のヤトさん、カヤさんを櫛灘家当主が敵と判断したら、学園側はなんらかの責任を取らなければなりません」
「め、面倒くさいですね……」
「そういうものです。何もない、ともいかないでしょうね」
「…………」

 エルクは、ソフィアが注いでいくれたお茶を飲む。
 正直、そこまで考えていなかった。

「じゃあ、どうすればいいんです?」
「最善策は、ヤトさんとカヤさんを置いて行くことです。カヤさんはヤトさんを連れて行くようにとヤマト国政府に命令されているようですが、私たちには関係ありませんからね」
「…………」
「もちろん、そんなことをすれば二人は怒るでしょう。私たちから離れて、二人だけでヤマト国政府へ向かうはず……そうなれば、高い確率で二人はヤマト国政府に捕まるでしょうね」
「それはダメですよね」
「ええ。嘘を述べたとはいえ、二人は私の生徒ですから。依頼の同行者である以上、二人は連れて行きます」
「で、書状を渡して終わり……ですか?」
「はい。依頼はあくまで、ヤマト国政府に書状を渡すことです。ヤトさん、カヤさんの事情は関係ありません」
「もし、喧嘩を売られたら?」
「『自衛』は許可されています。いいですか、自衛ですよ、自衛」
「つまり……自分の身は自分で守れ、ってことですね」
「はい。いいですか、エルクくん。書状を渡した後は、自分の身を守ることだけを考えて下さい」
「わかりました……はぁ、嫌な予感しかしない」

 すると、ずっと黙っていたアカネが言う。

「一つだけ、言わせてもらう」
「「?」」
「ヤマト国政府を預かる櫛灘家の人間は、全員がバケモノだ。櫛灘家の人間は代々、トリプルスキルかそれ以上のスキルを持って生まれてくる。お前たちでは相手にならないぞ」
「それはどうかな? ね、ソフィア先生」
「……まぁ、自分の身は守りますよ」

 エルクはおどけ、ソフィアは苦笑してみせた。

 ◇◇◇◇◇◇

 翌日。
 半日ほどで、ヤマト国首都クシナダが見えてきた。
 エルクは、馬車の屋根に乗ってクシナダを眺める。

「なんだあれ、すっげぇ塔が見える!!」
「七重の塔よ」
「じゃあの城みたいなのは?」
「あれは櫛灘城……櫛灘家の住む家で、ヤマト国政府中枢」
「ほぉぉ……でっかいなぁ。あれ、木造なのか? なんか屋根にいっぱい石が並んでる」
「木造で、瓦屋根。もう、少し黙ってよ」

 ヤトに怒られ、エルクは口を押える……が、やはり気になって仕方ない。
 異文化。その中心の街。興味がないと言えばウソになる。
 エルクは念動力で浮かび上がり、上空からクシナダの町を見下ろす。

「すっげぇ……へへ、なんかワクワクする。お土産いっぱい買わないとな!!」

 エルクは急降下し、何もなかったように馬車の屋根に着地した。
 この先、何が出てくるのか。
 戦いは間違いなくある。だが……エルクは、負ける気がしなかった。
しおりを挟む
感想 36

あなたにおすすめの小説

あなたの冒険者資格は失効しました〜最強パーティが最下級から成り上がるお話

此寺 美津己
ファンタジー
祖国が田舎だってわかってた。 電車もねえ、駅もねえ、騎士さま馬でぐーるぐる。 信号ねえ、あるわけねえ、おらの国には電気がねえ。 そうだ。西へ行こう。 西域の大国、別名冒険者の国ランゴバルドへ、ぼくらはやってきた。迷宮内で知り合った仲間は強者ぞろい。 ここで、ぼくらは名をあげる! ランゴバルドを皮切りに世界中を冒険してまわるんだ。 と、思ってた時期がぼくにもありました…

元万能技術者の冒険者にして釣り人な日々

於田縫紀
ファンタジー
俺は神殿技術者だったが過労死して転生。そして冒険者となった日の夜に記憶や技能・魔法を取り戻した。しかしかつて持っていた能力や魔法の他に、釣りに必要だと神が判断した様々な技能や魔法がおまけされていた。 今世はこれらを利用してのんびり釣り、最小限に仕事をしようと思ったのだが…… (タイトルは異なりますが、カクヨム投稿中の『何でも作れる元神殿技術者の冒険者にして釣り人な日々』と同じお話です。更新が追いつくまでは毎日更新、追いついた後は隔日更新となります)

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

完結【真】ご都合主義で生きてます。-創生魔法で思った物を創り、現代知識を使い世界を変える-

ジェルミ
ファンタジー
魔法は5属性、無限収納のストレージ。 自分の望んだものを創れる『創生魔法』が使える者が現れたら。 28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 そして女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 安定した収入を得るために創生魔法を使い生産チートを目指す。 いずれは働かず、寝て暮らせる生活を目指して! この世界は無い物ばかり。 現代知識を使い生産チートを目指します。 ※カクヨム様にて1日PV数10,000超え、同時掲載しております。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡

サクラ近衛将監
ファンタジー
 女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。  シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。  シルヴィの将来や如何に?  毎週木曜日午後10時に投稿予定です。

処理中です...