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女神聖教七天使徒『愛教徒』ラピュセル・ドレッドノート⑩/5割の力

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 五割。
 本気の半分。
 今までは全力ではなかった。
 
「くっ……」

 ラピュセルは、先ほどまでの優勢が噓のように押されていた。
 まず、『念動舞踊テレプシコーラ』の速度が跳ね上がった。それだけならまだ対処できた……しかし、なぜかラピュセルの拳、蹴りが効かなくなった。
 少し硬い樹木を殴っているような感覚が、決して壊れることのない鋼を殴る感触へ変わった。
 エルクは念動力で浮遊し、あり得ない角度からハイキックを繰り出す。

「ぐぁぁっ!?」

 防御したが、下から跳ね上がるようなキックを完全には受けきれず衝撃が伝わる。
 低い。あまりにも低い体勢だ。
 身体をかがめ、足を開き右手を床に付け、左手を水平に構えるエルク。
 これが、本来の構えとでも言うような、しっくりくる構えだった。

「五割───あながち、嘘ではなさそうですね!!」
「嘘じゃねーし」

 低い体勢で滑って来る。
 しかも速い。これで全力の半分……強がりかと思ったが、そうではない。
 ラピュセルは、自身の周りに半透明のディスプレイを展開する。
 触れずとも、思考だけで操作可能な、ダンジョン作成の設計図だ。

「ポーン!!」

 数体の銅兵士が現れる。
 そして、ラピュセルは叫ぶ。

「『プロモーション・クイーン』!!」

 銅兵士が黄金に輝きだす。
 ラピュセルが危機に瀕した時に使用可能なポーンの進化。一体一体がクイーンと同じスペックを持つ。
 五体の『プロモーション・クイーン』がエルクに襲い掛かる。
 だが、エルクは両手をパンと叩き、手をこねるような動作をすると……五体のプロモーション・クイーンは磁力を帯びたようにくっつき、まるで紙屑のように丸まった。

「お返し!!」
「ッ!?」

 そして、球体となったプロモーション・クイーンがラピュセルに向かって放たれる。
 完全に虚を突かれ、ラピュセルの身体にプロモーション・クイーンの塊が激突し吹っ飛んだ。

「ごびゅぁ!?」

 全身に衝撃が駆け抜け、ラピュセルは吐血する。
 まだエルクの攻撃は止まらない。瓦礫をいくつも持ち上げ、念動力で塊にして連続で飛ばしてきたのだ。フラフラするラピュセルは、横っ飛びでギリギリ回避。
 血走った眼をエルクに向けて叫んだ。

「調子のんじゃねぇぞクソガキがぁぁァァァァァァァァァァ!!」

 あ、前歯折れてる。
 ラピュセルの怒りなど意に介さず、エルクはそんなことを思った。

 ◇◇◇◇◇

 ようやくポセイドンは、エルシを含めた数名の教師と合流できた。
 エルシはピッチリしたスーツ姿で、他の教師は寝間着や私服だ。ドアを開けたらいきなり別の部屋なので、仕方ないと言えば仕方ない。
 だが、ポセイドンのハートマークだらけのパジャマに、エルシは思いきり嫌悪の目を向けていた。

「……女神聖教。まさか、ダンジョンを作るなんて」
「ふむ。正確には、学園のドアを別の部屋につなげたり、ダンジョンモンスターを配置しただけのようじゃな。学園そのものの構造は変わっとらん」

 ポセイドンが顎髭を弄り、真面目に言う。だがハートマークのパジャマ姿で言ってもまるで締まらない。
 そして、体育教師のジャコブが挙手。

「校長。ダンジョンということは、《核》か《秘宝》が存在するはず。それを回収すれば、このダンジョンは崩壊するのでは」
「ジャコブの言う通りじゃ。だが……ダンジョンの崩壊、イコール学園の崩壊に繋がるかもしれん。それに、本当に秘宝があるのかどうかもわからん」
「うむむ……」

 ここで、生物学の教師であるエンリケが挙手。
 頬、眼下が窪んだどこか骸骨のような男性教師だ。エンリケは枯れ枝のような指をカクカクさせ、カサカサの唇を動かす。

「あ、あの。ワタシ、生徒と遭遇しました。その、女神聖教のローブを着てまして」
「エンリケ教諭。なぜ早く言わなかったのですか」
「す、す、すみません……ワタシ、隠れてまして」

 エルシがため息を吐いた。
 ポセイドンは「ふむ」と頷く。

「まぁよい。我々にできることは、生徒の安全を確保しつつ、この騒ぎの元凶である女神聖教の神官を探すことじゃな。ダンジョン化させた術者なら、ダンジョン化を解けるはずじゃ」
「あ、あ、あの、校長……洗脳された生徒ですが、その、一定のダメージを受けると、ダンジョン外に転送するスキルがかけられているみたいです、はい」
「エンリケ教諭……お願いします、そういうことは早めに」
「は、はい」
「よし。では、さっそく行こうかの。安全のために、全員で行動するぞ」

 ポセイドンは、近くのドアに手をかけて開けた。
 
 ◇◇◇◇◇◇

 エルクは、落ちていた生徒たちの武器を念動力で浮かべ、ラピュセルへ放つ。
 ラピュセルは廻し受けで全てを弾き飛ばし、先程とは比べものにならない速度で急接近。拳の間合いに入り、床を踏みしめると、床全体に亀裂が入った。

「ダラッシャぁいッッ!!」

 正拳突き。
 心臓を狙った正拳。常人が食らえば、内臓が背中から全て弾け飛ぶ威力。
 ラピュセル、渾身の突き───……だが。

「……………………ッッッッ!?」

 止まった。
 エルクの胸に、心臓に拳は届かない。
 エルクが右手をラピュセルに向ける。それだけでラピュセルの動きは止まった。
 それだけじゃない。指一本、動かせない。
 ダラダラ汗を流し、歯を食いしばり、エルクを血走った眼で睨む。

「ピピーナが命名した技の一つ、『停止世界フォビドゥン』……ま、いつもやってることだけど、対象一名の動きを完全に拘束する。これを破ったのは、今のところピピーナだけだ」
「…………っっっっ」
「ダンジョン化を止めろ」

 エルクは、ラピュセルの口だけを動くようにした。

「お、のれ……」
「ダンジョン化を止めろ」
「…………ふ」

 エルクは右腕のブレードを展開、ラピュセルに突き付ける。

「ダンジョン化を止めろ」
「どうぞ、お好きに」
「…………ダンジョン化を止めたら、いいこと教えてやる」
「…………」

 ラピュセルの眉が、ピクリと持ち上がる。
 
「女神ピピーナ。俺が、あいつと話したこと……興味あるんじゃないのか?」
「…………」
「気になるなら教える。興味がないなら別に」
「お待ちを……あなた、ピピーナ様と何を話したのですか?」

 エルクは内心微笑んだ。
 女神聖教は、女神ピピーナを崇拝している。ピピーナに関することなら、どんな話でも聞きたい……そう思い、もちかけた取引だ。
 エルクは、続ける。

「ダンジョン化を止めたら、話してやる」
「…………わかりました」

 すると───……一瞬だけ、大地が縦に揺れた。
 
「ダンジョン化を解除しました」
「…………」

 エルクはラピュセルをそのままに、大聖堂のドアを開ける。
 すると、転移することなく大聖堂の外へ。
 そのまま、近くの物置小屋のドアを開けると……中には、掃除用具が詰まっていた。
 念のため、いくつかドアを開けて確認するが、やはり別な部屋に通じているということはない。
 ダンジョン化の解除は、真実だった。
 ラピュセルの元へ戻ると、ラピュセルは目をキラキラさせていた。

「さぁ!! 真実だとわかったでしょう? あなたがピピーナ様と何を話したかをお聞かせください!!」
「わ、わかったよ。いいか、俺が言うことは全部本当だからな、疑うのは勝手だけど」

 さて、何を話すか。
 ピピーナとは、二千年も一緒だった。なので、くだらない話なら飽きるくらいした。
 適当なエピソードを話そうとすると。

「女神ピピーナ様の話かぁ……ね、エルクさん。ボクにも聞かせてよ」
「ふふ、私も知りたいわね」

 大聖堂に踏み込む、二人。
 振り返ると、そこにいたのは。

「……ロロ、エレナ先輩」
「こんにちは、エルクさん。ああ、今日は本体で挨拶するよ」
「私もよ。久しぶりね、エルクくん」
「…………」

 エルクは念動力で、落ちていた眼帯マスクを引き寄せる。
 それを被り、フードも被ると、両手を水平に上げてブレードを展開した。

「あらら、エルクさんお話する気はないのかな」
「お前らはエマを傷付けた。俺の中の殺すリストのトップなんだよ」
「え~? ま、いいけど。ふふ、少しだけ遊ぼうか」

 ロロファルドは舌をペロリと出し、腰のナイフを抜いてクルクル回した。
 エレナは、いつの間にかラピュセルの背後に回っている。

「不覚と取ったわね、ラピュセル」
「お待ちを!! まだ彼から女神ピピーナ様のお話を聞いていません!!」
「はいはい。それにしても、この拘束とんでもないわね……ピクリとも動かない。まぁ、だから何?って感じだけど」

 すると、ラピュセルの拘束が外された。
 一気に三対一になってしまったが、エルクは気にしていない。

「少しだけ遊ぼっか。ね、エルクさん」
「…………」
「それと、以前は人形だったけど、本体であるボクの強さは比じゃないよ」

 エルクは一切の会話をせず、ロロファルドに向かって走り出した。
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