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キネーシス公爵家への手紙

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「…………」

 学生寮、エルクの自室。
 エルクは、キネーシス公爵家の手紙を開き読んでいた。
 そこには、短い文章が書かれている。

『ロシュオ、サリッサについて心当たりを書け。念の為に言っておくが、公爵家にお前の席はない。これは貴族としての命令である』

 たった、これだけ。
 エルクが生きていたことなど、まるで興味がない。
 エルクは「はっ」と鼻で笑い、手紙を丸めて念動力でゴミ箱へ。
 便箋を引っ張り出し、文章を書く。

『ロシュオとダンジョンで遭遇。S級危険組織『女神聖教』の一員となり学生を襲っていた模様。この件は詳細に学園に報告してあるので、以降はガラティーン王立学園とやり取りするべき。それと、俺がされた仕打ちに関しても学園に報告済み。俺と、その周囲に手を出そうとするなら容赦しない』

 悪戯心で、黒いカラスに、ブレードを交差させたイラストを描いた。
 『死烏スケアクロウ』……なんとなくのイラストだが、なかなかよく描けたとエルクは一人ほほ笑み、封筒へ手紙を入れた。
 手紙は、寮内のポストに宛先を書いて入れておくと届けてくれる。
 エルクは一階のポストへ手紙を入れに行くと、女子浴場からエマが出てきた。

「あ、エルクさん」
「よう、風呂上りか」
「はい」

 しっとり濡れた髪、薄手のシャツ、上気した頬……エルクは視線を逸らす。
 するとエマは、手に持っていた手紙を見た。

「お手紙、ですか?」
「ああ。その……キネーシス公爵家へ」
「…………」
「安心しろよ。向こうから送られてきた手紙の返事だから。俺がどうにかなるような物じゃない」

 若干、いやかなり喧嘩を売るような内容の手紙だが、エルクはそれを言わない。
 エマは、不安そうにしながら胸の前で手をギュッと握った。

「お願いします。どうか、無茶だけはしないでください」
「ああ。わかったよ」

 エマが心配そうに笑い、一礼して部屋へ。
 すると今度はヤト、カヤが出てきた。ちなみにカヤは、ヤトに連れられて今日からの入寮だ。
 ヤマト国の民族衣装である「ユカタ」という服を着ている。首から胸元にかけて、綺麗で白い肌がなんとも色っぽい。
 エルクは平静を装いつつ二人に挨拶した。

「よ、いい湯だったか?」
「ええ、おかげさまで」

 ヤト、カヤともに髪を下ろしている。湿った黒髪がなんとも煽情的だった。
 カヤは、エルクをじっと見つめる。

「ねぇ、質問していい?」
「ん?」
「今日、体育の時間であなたが使った武術……あれ、どこで習ったの?」
「神様が教えてくれたんだよ」
「真面目に答えるつもりはない、のね」
「いや、真面目だし」

 エルクは手紙をポストへ入れ、キッチンへ。
 すると、カヤとヤトも付いてきた。

「なんだよ、お前ら」
「風呂上がりの牛乳よ」
「そういうこと」

 冷蔵庫を開け、冷えた牛乳を飲む二人。
 エルクは水道から水をくみ、一気に飲み干す。
 ヤトは、エルクに言う。

「エルク、あなた……何者なの?」
「は?」
「体術、体力、意味不明なスキル……あなた、本当に何なの?」
「何なのって、俺は一般人だぞ」

 今度はカヤが言う。

「嘘ね。あなたみたいな一般人がいるわけない」
「…………」

 探られている。
 カヤとヤトの目が、エルクに向けられる。
 なんとなく、エルクは面白くなかった。

「そういうお前たちこそ何者だよ。カヤ、お前ヤトのこと知らないとか言ってた割には、一緒に風呂入って仲良く牛乳飲むくらい仲良しになったのか? 警戒心の塊みたいなお前がそこまで気を許すなんて、もしかしてヤトはいいところのお嬢さんか?」
「「…………」」

 二人は目を見開く。
 自分たちが探ることはあっても、探られることはなかったのだろうか。
 エルクは続ける。

「お、図星か? ヤトはヤマト国のお偉いさんの娘さんってところか。カヤも似たような感じ……でも、お偉いさんの娘なら、学園側に紹介状やら送って留学させるよな。それに、そういうのは大抵が噂になる。そんな噂聞いたこともないし……ふむ、もしかして、お姫様か? 例えば、すでに廃嫡された3~4番目のお姫様とか。あははは、なーんちゃ

 と、ここでカヤが胸元から細い鉄針を取り出しエルクへ向ける───……が、胸元に手を突っ込んだ時点で全身が硬直した。
 同時に、浴衣をめくり太ももをあらわにするヤトの動きも止まる。ヤトの太ももにはバンドが巻かれ、そこには短刀が仕込んであった。

「「……ッ!!」」
「……図星、か」

 というか、エルクは知っていた。
 苦笑しつつ言う。

「適当に言っただけなのに……いやはや、マジでお姫様なのか? いいか、念動力を解くけど妙な真似すんなよ。妙な動きをすればすぐに止めるからな」

 念動力を解除すると、二人はガクっと態勢を崩す。
 カヤは、ヤトを守るように前に出た。

「貴様、何者だ」
「だから、ただの学生だって。お前ら見て想像を働かせただけだ。今だって、ヤトを守るようにカヤが前に出てる。お前にとって、ヤトは守らなきゃいけない存在って教えてるようなもんだぞ」
「っ!!」
「それに……俺に何するつもりだった? 殺すつもりだったのか? こんな学園の寮で俺を殺そうもんなら、お前ら殺人で追われるぞ」
「「…………」」
「はっきり言う。俺は、お前らの素性に興味はない。俺は俺の目的で学園生活を送っているだけだ」
「「…………」」
「いや、何か言えよ……」

 二人は警戒していた。
 まるで、初めて他人の家に入った野良猫のようだ。
 二人の頭にネコミミが見え、尻尾の毛が逆立っているように見え、エルクは思わず笑ってしまう。

「馬鹿にしているのかしら?」
「違う違う。なんか、お前らが可愛く見えてきた」
「は、はぁ!?」
「き、貴様、何言ってるの!?」

 ヤトとカヤは赤くなり動揺する。
 エルクは、二人に向かって笑った。

「もう一回言うぞ。俺はお前らの素性に興味はない。でも……同じクラス、同じ寮の仲間として仲良くしたいとは思ってる。困ってたら助けるし、俺が困ってたら助けて欲しいとも思う。それじゃダメか?」
「「…………」」

 ヤトとカヤは顔を見合わせ、力を抜いた。

「……わかったわ。その、妙な勘繰りをして悪かったわ」
「申し訳ございませんでした……」
「いいよ。それにしてもカヤ、元はそういう口調なんだな」
「仕事柄、敬語を使うことが多いので」
「仕事? 仕事って……ああごめん、詮索しない。よし、話はここまで!」

 エルクは手をパンと叩いて締めた。
 部屋に戻ろうとして、コホンと咳払いした。

「それと……服、ちゃんと直せよ。おやすみ」
「「えっ?」」

 ヤトは浴衣が乱れ下半身の下着が見え、カヤは胸元が緩んで下着の付けていない胸が見えていた。
 エルクは逃げるようにキッチンから出たため、二人が赤面して蹲るところを見ていなかった。

「「やっぱり、あいつは敵!!」」

 ヤトとカヤは、エルクが『敵』だと再認識した。

 ◇◇◇◇◇

 ガラティン王国外れに、小さな聖堂があった。
 その聖堂は、長い間放置されていたのか朽ちており、長椅子はボロボロでガラス窓にも亀裂が入り、壁などハンマーで砕いたような形跡もあった。
 だが、安置されている聖像は美しかった。
 なんの神を模しているのかはわからない。

「愚かな……」

 その聖堂に、『愛教徒』ラピュセル・ドレッドノートは踏み込んだ。
 美しい聖像を見るなり顔を歪め、そっと手を伸ばす。
 すると───……聖像は形を変えた。
 美しき創造神、女神ピピーナへと。

「ピピーナ様……どうか、我にもう一度、お声を聞かせください……ッ!!」

 ラピュセルは祈る。
 だが───……ピピーナの声は聞こえない。

「ああ……足りない。愛が足りない。信者を増やし、もっと『愛』を囁かねば……」

 ラピュセルは、声が聞こえないのは『祈り』が足りないからだと本気で考えている。足りないならば、増やすしかない。
 だが……普通の信者では駄目だ。有能な信者でなければ駄目なのだ。
 ラピュセルは立ち上がり、聖堂を出る。

「……若く、美しく、逞しい魂による祈りが必要」

 ラピュセルが見た先にあるのは、ガラティーン王立学園。
 
「始めましょうか……我が『試練』を」

 女神聖教七天使徒、『愛教徒』ラピュセル・ドレッドノートが動き出した。
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