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二章・多忙な学園の始まりは、恋人と。

65 幸運の相棒から報告。

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「まだ抱えていることがあるって言ってたじゃないか。ディベット様と新薬の事業って」
「ディベット様と? 何故わざわざあの方と?」

 ネテイトは、まだ心配そうに私に確認する。
 お父様も、首を捻った。

「最初は、ルクトさんのためと思って……レインケ教授の元に押しかけて、研究開発だったその薬を完成してもらったのですよね」
「レインケ教授って……魔物研究者の方でしょう?」

 お母様まで、怪訝に首を捻る。

 魔物研究の教授は、乙女ゲーム『聖なる乙女の学園恋愛は甘い』のまさに舞台であるミッシェルナル王都学園で、魔物を教える魔物研究の授業を行(おこな)っている方だ。
 基本、この王国の魔物について教えてくれるけれど、少々研究熱心すぎて、脱線しては熱弁をしてしまう変人研究者と生徒達に認識されている。

 ちなみに、私が大叔父様と呼ぶディベット様は、現在趣味で学園長を務めていらっしゃる方だ。

「実は、王都学園では会ったことがなかったルクトさんと私、レインケ教授と繋がりがあったのですよ。魔物素材が欲しくて、レインケ教授がルクトさんに頼んだそれを、魔力操作の腕を見込まれて私が研究の手伝いをしていたのです。冒険者活動二日目にそれが発覚しまして、研究自体は中断されてしまったのですが、発覚した原因の魔物素材を手に入れたので、そのまま学園へ行き、魔物素材を利用した新薬の開発を再開してくれと頼んで、私とルクトさんも手伝ったその日に完成させてしまったのです」
「魔物素材を利用した新薬? それで、レインケ教授が薬を、か……。学園で完成した新薬だから、ディベット様にその後の扱いを頼んだと言うことか?」
「それもありますが……一番は、私一人には手に負えない代物でして……。力ある王族のディベット様でもなければ、混乱を招くほどの画期的な新薬なのですわ……」
「…………」


   しーーーーーーん。


 静まり返る食堂。
 散々問題を明らかにしたというのに、まだあった。

 しかも、王族、先代王弟殿下であるディベット様に託さなければいけない画期的な新薬。

 問題が大事ばかり。


「気苦労ばかりおかけしますが、皆様がいてくれて嬉しいですわ!」

 ケロッと開き直って、感謝だけを伝えておく。

 微妙な反応を返すお父様達だった。

「それで? その新薬とは?」
「んー……ディベット大叔父様に任せた新薬ですから、お父様達でも、話すことが躊躇われます」
「それほどまでの新薬だと?」
「はい。あ、言っておきますが、考案者はレインケ教授であり、私は助手を務めたのですからね。私の魔力操作で、完成にこぎつけたようなものではありますが……。ルクトさんの冒険者知識も、大いに役になってくれましたね」
「結局、あなたの功績だということに変わりないじゃない。そのルクトさんのためと言ったわね? どういう意味?」
「う、うーん……その点を、まだ大叔父様に伏せているので、どうしましょう……」

 さっきまでのお母様なら、隠すなと叱り付けそうだけど、大叔父様は王族。そんな方に託すほどの重大案件を、親でも無理には聞き出せない。

「大叔父様が、なるべく新薬事業として話をまとめてくれるそうで、私に声をかけてくださった際にその点を話そうと思っていたのです。大叔父様に話してからでもいいでしょうか?」
「うーむ……それでいいが、本当に抱えすぎで心配だな。なるべく早くにディベット様にお話しをして、私達にも打ち明けなさい」
「ありがとうございます、お父様! 私には頼れる家族達がいますから、倒れたりはしませんわ」

 理解してくれて助かる。私はにっこりと笑みで、食卓につく一同を見回した。
 当然と言わんばかりの笑みを返してくれたから、温かな気持ちになる。


 ……ふと、ルクトさんは、今頃一人で夕食をとっているのだろうか、と考えた。

 ルクトさんには、こういう温かなスープを作ってくれる人も、食卓を囲う人もいない。一人暮らしなのだから。


 そんなルクトさんのためを思って、開発を進めてもらった新薬。
 光魔法による治癒薬『ポーション』とは全く異なる治癒薬だ。
 一般的な治癒薬は、止血がやっとだったり、何度も服用しないと完治出来ないような、そんな効果が高くないものだけ。
 光魔法なら、ポッと一瞬で傷を治せるから、それを込めた『ポーション』は、戦いに身を投じる人々には重宝される代物。

 けれども、ルクトさんは、その『ポーション』が受け付けない体質。
 つまり、重傷を負っても『ポーション』では治せないのだ。
 実際、脚に大怪我を負った時は、自力で帰って一般的な薬でなんとか時間をかけて治したとか。それを聞いたら、一刻も早く開発してほしいと衝動的に行動した。
 一人暮らしの家に、重傷で? ゾッとした。


 原因は恐らく、闇魔法の使い手だから。
 それだけなら、まだ光魔法に過剰反応だと片付けられるが、残念ながらそうではないらしい。

 ルクトさんの祖母が、魔族のハーフだったそうだ。彼女も『ポーション』を受け付けない体質で、吐いてしまうほどの拒絶反応だったとか。


 人間と魔族は、大昔、いがみ合っていた。
 けれども、300年前にそのいがみ合いは、各地の王族や勇者によって収束させて、和解させたのだ。その中には、ハルヴェアル王国の二代目の聖女もいる。
 その聖女と魔族が、少々厄介なのだ。

 魔族には、闇属性持ちが圧倒的に多い。最早、魔族の中では、闇属性など希少ではないくらいに。

 それ故に、強力な光魔法の使い手である聖女が――――光魔法で魔族達を制圧した。という、魔族を悪だと示唆するような偏見な解釈が存在する。

 しかし、創造主の女神キュアフローラ様は、万人を愛する。
 よって、この世にいる魔族だって、キュアフローラ様に愛されているのだ。
 だから、種族自体を悪だと決めつけてはいけない。それが一般的、いやそうあるべき常識だと、歴史では全面的に書き遺されている。

 闇属性は、悪そのものではない。それが当然の認識。

 けれども、聖女の伝承がある故、光魔法に負ける闇魔法の使い手や魔族は、否定されている存在ではないか。
 そんな差別的な意見はいる。そもそも、いがみ合いの元凶がその偏見だった。

 だからこそ、その偏見を消すべく、闇属性は悪ではないという主張を、歴史は強調している。


 そういうことで、ルクトさんとその祖母が、魔族の血を流しているからこそ『ポーション』を受け付けないという事実は、発覚してはマズい。

 差別が、偏見が、増幅しかねないのだ。
 まだ『ポーション』を拒絶する理由が、魔族だから、という断定は出来ていない。でも、ルクトさんは人づてに、同じ症状が出る魔族の血縁者がいると聞いているそうだ。
 解明のためにも、この事実を話して、大叔父様に対処法と力添えを頼むつもり。


 新薬は、レインケ教授が魔物の能力をもっと何かに利用できないかと考えた末に、手始めに治癒薬を作ることから始まったそうだ。

 色々考えた末に、トロールという魔物の自己再生能力に着目。トロールは皮膚が硬く、切りつけたところで、自己再生力が凄まじくてすぐに傷は塞がる。その能力は心臓から送り出されているからこそ、心臓が止まれば、自己再生能力効果による皮膚の硬さもなくなるそうだ。

 ルクトさんに需要のなかったトロールの心臓を、素材として買いたいと話を持ち掛け、その心臓から自己再生能力を取り出すために繊細な魔力操作を行える私に声がかかって、途中までいい具合に進んでいたが、この研究費は余ったお金から出したものでこれ以上はトロールの心臓を手に入れられないと中止。
 他の素材で試すと言うから、私もそのまま手伝いを終えたのだ。


 冒険者活動二日目。
 そのトロールを、目を突いて一撃で倒したあとに、手伝ったなぁと思い出してみれば、ルクトさんも関与が発覚した。

 一応、今も試供品を持っている。初めて出来上がった物を一本。そして、改良品を一本。

 今後もルクトさんの冒険者知識で、レインケ教授とこういう魔物を活かした開発を頼みたいものだ。

 先ずは、この『ポーション』に変わる新薬について。
 ……さて、どうしたものか。


 食事を終えて、部屋に変える前に、スゥヨンを呼び止めた。

「明日も、神殿で調べてくれるの?」
「はい。そうですよ。それが何か?」
「なら『ポーション』を、ついでに買ってくれないかしら?」
「……『ポーション』……ですか? ……えっと、何故です?」

 ちょっと細い目を見開いてパチクリさせるスゥヨンは、困り顔で首を傾げる。
 私はとぼけて、同じ方へ首を傾げて真似た。

「もちろん、飲むからだけれど?」
「……どこか、お怪我を?」

 身を引いて、上から下へと確認するスゥヨン。

「怪我はないわ」
「……リガッティーお嬢様。ならば『ポーション』が買いにくいとご存知でしょう? いくら冒険者活動をするとは言え……常備薬に購入は……」

 怪我がないことに胸を撫で下ろすが、やはり崇められている『ポーション』を信者の前で購入するのは、精神的に難しい。

 仕えているお嬢様が冒険者活動をするから、という今は公言が出来ない理由があったとしても、買いにくいことに変わりがないのだ。

 断りたいスゥヨンに、笑みを浮かべた顔をズイッと近付ける。
 スゥヨンは咄嗟に上半身を引いて、距離を取った。


「スゥヨン」
「は、はい?」
「あなた、?」
「ひぃっ……強力すぎる武器を突き付けられた!」


 ニッコニコと笑顔を突き付けてやる。
 本当に好きなのね……。

「い、いやでもぉ……本当に、『ポーション』は買いにくいですよぉ」

 断りたいスゥヨンだが、顔を背けているのにチラチラと見てくる。
 観賞せずにいられないのかしら……。

「スゥヨン。あなたの部屋、ちょっと見せてくれないかしら?」
「明日、必ず購入します」

 即座に首を縦に振ったスゥヨンは、一礼するとスタスタと早足で逃げた。
 ……リィヨンとスゥヨンの部屋。見たくないけれど、これからは脅しに使おう。絶対に見たくはないけれど。

 私は『ポーション』を飲んだことないのよね。必要なかったもの。
 でも、闇魔法の使い手である私も、どんな症状か、確かめないと。


 さて――――夜。
 夕食を終えたので、夜である。

 ルクトさんへ、連絡。

 私の冒険者活動と、私達の交際について。
 結果を、ルクトさんに伝えないと。
 今か今かと待っているはずだから。

「……ふぅ」

 緊張する。
 寝室で、深呼吸をして、ベッドに腰かけて、また深呼吸。

 左耳にぶら下げた耳飾りを、コツンと指で弾く。

〔リガッティー?〕
「ルクトさん」

 もしもし、なんて呼応は、常識にはないので、通信が繋がれば、名前を呼んで応答。
 もしもし、よりも、好きだ。
 真っ先に、彼が呼んでくれるもの。

 頭に響くように聞こえる優しい声。

〔お叱り、大丈夫だった?〕
「えへへ、大丈夫でした。宝石をご機嫌取りに出したら、注意だけで罰が免れました」
〔えっ……よ、よかったね? 厳しい声に聞こえたのに〕
「心配をかけてごめんなさい。無断外泊は、もうしないことを約束しました。でも、宝石が効果てきめんすぎましたから、拍子抜けしましたね」
〔どんな宝石を?〕
「ほら、レベッコさんとまじまじと見ていた『青星石』です」
〔あー、あのやけに紫色だったやつか。やっぱり普通よりも価値が高い?〕
「それはわかりませんが、お母様の色でして、大ぶりの宝石のネックレスにするだけでも、似合うだろうから、加工前なのに、もう気に入ってくださったのでしょう」

 ルクトさんが真っ先に不安げな声で心配してくれたから、明るい声で笑って話す。
 だけれど、やっぱり、緊張はしている。

〔そっかー……〕
「ええ……」
〔……うん〕
「……はい」

 口ごもる。どう言い出せば、いいのやら。躊躇。

〔……
「わ、わかりました。ごめんなさい、お待たせしまして。ええっと……正直に言いますと、正式には私とルクトさんの仲は、認めていられません」
〔うっ……正式には、で、否定的ではない、よね?〕
「はい。今のところは……ですね。ルクトさんと直接会ってみないと、ということです」

 ルクトさんは、いいか悪いか、わからないだろう。
 なるべく、私は不安を拭わないと。

「ルクトさんの言う通り、私の想いは尊重してもらえました。生涯をともにしたい伴侶は、ルクトさんだと。添い遂げる意志も、認めてもらいました。だから、まぁ……あとは、ルクトさん次第です」
〔わあ、プレッシャーで心臓吐きそう〕
「え。ルクトさんもそんな緊張を覚えるのですか?」
〔オレをなんだと思ってるの? オレにはリガッティーだけなのに、リガッティーの家族に認めてもらえないのはつらいじゃん……一生で一度で、絶対に負けたら死ぬ勝負……〕

 ふふ、と冗談気味に言えば、ルクトさんから意外な言葉が返ってきた。

 私なしの人生は考えられないのだから、その勝負は、冗談ではないだろう。

「ルクトさんなら、大丈夫ですよ。あ、私、想いを認めてもらうために、ルクトさんの告白のセリフもちょっと伝えすぎました……」
〔ん? んー……別に、言われても困ることは言ってないから……平気かな、気にしなくていいよ〕
「そういうところですね」
〔え? どういうところ?〕
「隠す方が、怒られてしまうみたいなので、ルクトさんの想いもありのまま伝えてもらえれば、認めてもらえると思います」
〔……そう? なら、大丈夫かも。頑張る。あとはオレなんだ。任せとけ、相棒〕

 そう優しく励ますと、ルクトさんも優しい声で返事をして、告げてくれた。

 任せとけ、か。

 相棒として、伴侶として。


「はい。……私のためにも、明日は動いてくれるとのことです。ルクトさんと会うのは、そのあとになりますね」
〔うん。わかった。覚悟しとく〕
「ええ。それから、相棒」
〔ん?〕
「相棒の許可を得ました」
〔ん……? んん? あっ! 冒険者活動の許可!? もぎ取ったんだ!?〕
「はいっ!」

 穏やかだったルクトさんの声が、歓喜で弾んだ。

〔やった! じゃあ、新人指導をあと22日? それも一緒に出来て? そのあとも冒険? 侯爵様公認?〕
「はいっ!」
〔よっしゃあ~! ああっ! 今すぐリガッティーをギュッてしたい! ああぁ~! ……今、会いに行ってギュッていい?〕
「それはだめですよ……突然訪問なんて怒られてしまいます。あと節度について固く守るように言いつかっています」
〔ぐっ! わかった……! 明日会ったらギュッとする!〕

 とりあえず、我慢する、とのこと。明日は会うなり、抱き締められることは決定か。
 ルクトさんの喜んだ声だけでも、へにゃりと口元が緩む。

「あっ、でも、ルクトさん……明日、予定が出来てしまいました。友人に会わないといけなくて」
〔えっ? ……ギュッて出来ない? ……初めて、会えない日?〕

 明るい声が急落下して沈んでいくルクトさん。

 春休みから、ずっと毎日会っていたのだ。
 それを言われると焦ってしまった。

「わ、私も会いたいです! なので、少しでも、会えるように、どこかで待ち合わせでも……あ、でもドレス姿となるので、人目を忍んだ場所じゃないと抱き締め合えないので……えっと……どこか、会いたい場所とかあります?」
〔そっか……ドレス姿のリガッティーを抱き締められるなら、一瞬だけでも喜んで会いに行く〕

 すぐに機嫌が戻ったようで、きっと今笑みを零しているであろう。

〔その友人、貴族令嬢ってことだよね? どこで会うかは、その場所から近くでいいんじゃない?〕
「それが、二人に会うのです。彼女達の家に一ヶ所ずつ、訪問をします」
〔へぇ……え? リガッティーが一番身分高いのに、リガッティーが出向くの? 勝手にそういうものかと思ってた……〕
「いえいえ、通常なら、私が呼び付けるような形になりますよ。でも、今回は彼女達の相談に応じて、私が行ってあげる、という形です。そうしないと……ので」
〔へっ? どゆこと?〕

 修羅場。
 そう聞いて、素っ頓狂な声を出すルクトさん。
 身分が高いといっても、必ずしも私がふんぞり返って呼び付けるわけではない。臨機応変だ。

「大会議室で、向かい合って座っていた敵側、覚えてますか? 深緑の髪の男性と、茶髪の男性」
〔んー、うん。の隣に並んでた坊ちゃま達でしょ〕

 。ヒロインなのに、悪行を重ねたので、悪役令嬢だと喚く彼女に言い返してやった称号である。ふふふ。

「会いに行くのは、彼らの婚約者です」
〔つ……つまり? 修羅場ってことは……〕
「はい。またもや、婚約問題に立ち向かうのです」
〔う、うっそーん〕

 ハハッ、とルクトさんが乾いた笑い声を出した。

「相談を受けていましたし、私がリーダー同然ですからね。さらには、彼らの親にも託されていますので」
〔親って……確かぁ……宰相と騎士団長?〕
「その通りです」
〔お、おぉ……責任重大だけど、リガッティーなら解決を……ん? 解決をするんだよね? ……その解決って……〕
「ふふふっ」
〔わおー、不敵だなぁ。メアリーさん達へのお土産になる感じ?〕
「どうでしょうかねぇ? まぁ、私も彼らには敵意を向けられましたので、意趣返しも含めて、ご令嬢を手助けします」

 解決して見せますとも。見えてないのに、胸を張ってしまう。

〔意趣返し? 大丈夫なの? 騎士団長の息子だって騎士でしょ? 悪行令嬢にも、ちょっと噛み付かれた感じだし……〕
「あの光魔法の悪行令嬢には警戒しますが、私が彼らから攻撃なんて受けもしませんよ」
〔それはそうだろうけど……あ! オレ、ついて行っていい?〕

 ……はい?

「え? な、なんですって?」
〔リガッティーの護衛騎士に扮してついて行きたい! いい? 騎士の服、かっこよかったね、借りれる? 顔知られてるけど【変色の薬】を飲んで、近くで喋らなければセーフセーフ! そばにいるだけ!〕
「え、えぇ……それは…………我が家の騎士団服を貸すのは、ちょっと……」
〔そっか。だよね……騎士の資格ないオレが、変装でも着ちゃいけないかぁ。じゃあ、従者っぽい変装? リガッティーの【変色の薬】分けてくれない?〕
「凄くついて来たいのですね……」
〔リガッティーのそばにいたいからね。楽しそうだし〕
「あはは……」

 会うついでに楽しむか。
 会えるならいいか、という私も軽いノリで承諾。

 スゥヨンの服が合いそうなので、借りようと言うことになった。明日は青い髪で、ルクトさんをお付きとして振り回すことが決定。
 スゥヨンの服を借りて、待ち合わせて、変装して、行く。

 いつもなら、私が変装するから、逆になったと、二人して笑ってしまった。


 ぽふっ、と音が耳に届いたので、ルクトさんはベッドに横たわったのだろうか。
 私も、背中をベッドに沈めた。


「明日、両親達が下級ドラゴンの討伐について、私の冒険者活動をタイミングを見定めるために伏せるように……ルクトさんとの交際も様子見ですが……やはり、隠すことは許さないという意見でして、学園内でも堂々と会えそうですよ」
〔ホントっ? やった! 嬉しい報告ばっかじゃん! 制服のリガッティーとも一緒かぁー、お昼休みは一緒な?〕
「ふふ。いいですけど……二人きりとは限りませんよ?」
〔んん~。そこは、まぁ……独占欲は我慢するよ。冒険の相棒は、オレだけだからね。そこは独占♪〕

 悩ましげなのは、一瞬。ルクトさんは、コロッと明るい声を弾ませた。
 ……冒険の相棒か。

〔なんかいいこと尽くしすぎて怖いなぁ……リガッティーはオレの幸運の女神なの? リガッティーの存在こそが、オレの幸運? どこまで幸せにしてくれるの?〕
「あはは、大袈裟ですよ。……ルクトさん。実はまだ、報告があります」
〔え? なんか改まった声……。冒険者活動の許可はもぎ取ったし、リガッティーの想いも意志も認めてもらったから、力を貸してくれるってことになった…………他に何があるの?〕

 ルクトさんはいいこと尽くしだったから、何か悪いことがあるのかと、身構えているもよう。

〔マジでスゥヨンさん達が恋敵だったとか?〕
「それは大丈夫です。ルクトさんの恋敵になり得そうな人は、身辺調査で洗い流しておきます」
〔うん、お願い。敵の情報は仕入れたい。あ、隣の王太子のこと? なんかあるの?〕

 声が、不安げだ。
 敵からすれば、ルクトさんに警戒されるなんて、不安じゃ済まないのだけれどね。

「いえいえ。あの方については、私以上にお母様が拒絶反応を示したので、一段と警戒してくださるそうです。なんなら、あちらに動向の見張りを送るとか」
〔それは凄いな……リガッティー以上の拒絶反応と、見張りを送るとか〕

 いや、普通に嫌ですよ。
 浮気も二股も、許すような女性は一般常識をお持ちではないだろう。
 二番目の妻でいい、なんて女性は理解が出来ない。

「そう言えば、聞いてなかったですけど、ルクトさんは一夫多妻についてはどうお考えで?」
〔いや、愚問すぎるよ……オレはリガッティーだけだって。そうじゃなくても、一人でいいでしょ。あっ……リガッティーが、分裂するなら、まとめて奥さんにしたい。誰にも渡さない、どんなリガッティーでも〕
「ぶ、分裂……しかも、独占欲が強いつおい……ちなみに、どんな分裂した私を想像しました?」
〔令嬢のリガッティー、冒険者のリガッティー、学生のリガッティー……かな〕
「どれが一番な私ですか?」
〔えっ? 全部一番好きなんだけど? 決められないけど? いや、強いて言えば、一番長くいる冒険者のリガッティーかな……どんな格好でも、リガッティーだから、全部一番で好き、大好き〕

 クスクスと笑ってしまう。
 おかしな話をしているけれど、そんな中でもルクトさんの想いが伝わるから、温かい気持ちになる。

「私もルクトさんだけですよ。そう恋敵に警戒しなくてもいいのでは?」
〔嫌な虫がたかるのが嫌じゃん。心狭いだろうけど〕
「虫は自分で潰しますが? じゃあ観賞対象と見ているスゥヨン達は?」
〔んー……どうかなぁ。会った感じ、嫌いではないから、許容範囲かな〕
「スゥヨンが胸を撫で下ろしますね」

 明らかにホッとして、ぐったりと肩を落とすスゥヨンが思い浮かんだ。
 よかったね、スゥヨン。除外されたわよ。

「あ、かなり話が逸れちゃいました。報告します」
〔待って? いいか、悪いか、予告して?〕
「そんな警戒しなくても……」
〔いいことも悪いことも、平等に起きるって言うじゃん〕
「昨日、巨大下級ドラゴンと遭遇したことが、かなりの悪いことに該当するので、大丈夫では?」
〔……結果的には、いいことを招きすぎてない? 今後大丈夫?〕

 ルクトさん……それは、幸せすぎて怖いってやつですね。
 この報告したら、さらに怖がるのでは……?

、いいことですよ。きっと喜んで飛び上がってくれるでしょう」
〔そんなに? 今まででも喜んでいるのに、さらにって……、なんか含みがありすぎない?〕
「ルクトさん、警戒しすぎですよ……。もうっ。聞くのですか? 聞かないのですか?」
〔聞く! 聞きます! どうぞ、発表してください!〕

 やっぱり怖がりそうだけど、覚悟は決めてくれたようなので、いざ発表だ。

「冒険者活動の許可をもぎ取るミッションは、無事クリアしました。――が」
〔う、うん。が?〕


 ゴクリ、とルクトさんが、息を呑んだ音が聞こえた気がする。

「学業も予定している新事業も、疎かにしてはいけないと、お母様が厳しく言い放ちました。中途半端も、妥協は許さないと」
〔それは……難関ミッションだ〕
「それだけではありません。難関なのは、そこではないです」
〔ん? じゃあ、どこ?〕
「……ルクトさんの隣は私だけで、冒険者活動もずっと一緒にやっていくと宣言しました」
〔うん〕
「だから、同格の冒険者になるのは当たり前だと、言われたのです」
〔おっ! ランクアップも目指していいんだ? リガッティーも言ってくれたから、その許可ももらえたんだ〕

 ルクトさんは、もうすでに喜んでくれる。

 これからですよ、ルクトさんが飛び上がる朗報は。


「それだけではないです。高等教育を受けてきた私ならば、可能なはずだからと――――とのことです」


 最速ランクアップ。
 一年以内でAランク冒険者になるという。
 超難関ミッションを引き受けてしまったのだ。

「それがファマス侯爵家の令嬢が、遊びで冒険者活動をしていない本気の証明であり、軽んじるような醜聞を掻き消すことになるのだからと、お母様の独断による決定……ルクトさん? え? 大丈夫ですかっ?」

 通信具から、ドンガタンバタンと騒音らしき音がして、ルクトさんの呻きまで聞こえた。

〔ちょ、オレ! オレすぐにギルマスんとこ行ってくる!〕
「いやいや待ってくださいよ! 落ち着いて! 特例ランクアップの交渉は、待ってください!! 明日は大事な用だってあるんですから!」
〔でもぉ!! !〕
「今すぐじゃないでしょう!? 落ち着いてください! ベッドに戻って、寝なさい」
〔ええぇー……無理寝れないぃ〕
「駄々っ子。だめですよ。実力を示せのことですから、そんな特例措置なんて、お母様も正攻法じゃないと認めません」
〔いいや! 特例措置なんて十分、正攻法! だってリガッティーの実力、あと今回の『ダンジョン』調査や下級ドラゴン討伐だってあるんだから、考慮して、ギルド側は特例ランクアップのための試験とか用意すべきだね! 特例ランクアップ処置を必要とするほどの実力だって示すように、試験内容や条件は大々的に公開! リガッティーだからこそクリア出来るだろうし、それこそ本気も実力も証明出来るじゃん! 見せ付ける!!〕

 ヤバい。ルクトさんとお母様の考えが似すぎて、意気投合しそうな気がする! 会わせて大丈夫なのかしら……!?
 お母様も、納得しそうだわ!

〔その方がリガッティーも負担が軽くなるでしょ? 依頼の数をこなす条件が圧倒的に難しいからさ。多忙は避けられないじゃん。日常生活に支障が出ないように、休日に試験をクリアする感じの特例措置を設けてもらおう? オレみたいにがむしゃらにランクアップじゃなくていいじゃん。リガッティーにはリガッティーの実力を見せ付けて、正攻法でランクアップだ〕

 私の負担を考えてのこと。
 日常生活で支障、か……。そうなると、学業すらまともにこなせなくなるわ。

 私は私のやり方で、最速ランクアップ、か。
 もちろん、高い実力を見せ付けるためのやり方だ。
 資格があるからこその実力を示す特例ランクアップの試験。
 難関なことに変わりはないけれど、日々の過労は免れるだろう。


「……ありがとうございます、ルクトさん。やはり、いいご指導をしてくださる先輩ですね」
〔リガッティー後輩の指導担当だからね。何より、相棒なんで♪〕


 鼻を高くしたであろうルクトさんが、笑みを零した顔が簡単に想像出来た。

「では明日、両親にも確認しておきますね。ルクトさんと肩を並べる同格の冒険者となりますよ。相棒ですので」

 私も笑みを零す。
 早く、彼が目の前で、破顔して、感極まって抱き締めてくる瞬間を、心待ちにしながら。


 
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