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遠出冒険で、最強冒険者と一歩踏み出す。
51 どんな未来でも楽しみ。
しおりを挟むハッと気付く。
「こういう時こそ、【記録玉】の出番ですよね!?」
全然、日常生活の中で、写真を撮るという発想が出ない人生だったから、危うくシャッターチャンスを逃すところだった。
この瞬間的映像の記録!
夕陽がもう沈みかけて消えそうなので、急いで【収納】から取り出す。
「じゃあ……夕陽の方? マンサスの花の方?」
「えっと……夕陽のせいで、綺麗に記録出来ないかもしれないので、マンサスの花を背にしましょう」
「わかった。オレがやるよ」
夕陽を背にするより、夕陽を浴びて、花を背にする方がいい。
ルクトさんは、【記録玉】を右手で持つと、左手で私の肩を掴んで自分に引き寄せた。
う、うーん、躊躇なくなったなぁ。
慣れる前に、ドキドキに耐えねば。
私も負けまいと、ぴとっとルクトさんと頬を重ねた。
そうすれば、すりすりっと頬擦りしては、引き寄せる力を強めてきたルクトさん。
「ごめん。今、三回くらい押した」
「い、いや、構いません」
「……現像って、本当に可能? オレもこの記録、持っていたい」
「……優先して作ってもらいましょうか」
「それだ」
擦り寄ってきた猫みたいに、デレデレな反応をしてくるルクトさん。
可愛すぎて悶えそう……。
今の映像は現像して、手元に保管したい。わかる。
ルクトさんも、魔導道具職人さんに、もっと報酬を要求するべきだって言ってたものね。
頼んでみよう。
現像か。……写真?
「いっそ、【一画映像記録玉】に移して、持ち歩きたいなぁ」
「……それだ!」
「え? ん? いいの?」
「記録を移す魔導道具自体作らないといけないとは思いますが、一般的な【一画映像記録玉】で持ち歩くだけなら、いいじゃないですか!」
「ふーん、こんな意見でいいんだ? ……じゃあ、なんか、ネックレスでぶら下げるようなデザインにしてくれって、注文してくれない?」
自分の案に不思議そうに首を傾げたけれど、ルクトさんは照れくさそうにへにゃりと笑った。
ネックレスにぶら下げて、好きな時にその【記録玉】を覗き込む。そんな風に持ち歩きたい。
それほど大事な思い出だということ。肌身離さず。
ズキュン、と胸は撃ち抜かれた。
「めちゃくちゃ名案ですね……。要求します。圧をかけてでも」
「いや、圧をかけるほどでは……意外なところで権力者の面を出すんだ……?」
「冗談ですが……ほら、私達って、持ちうる全てを惜しみなく出すっていう方針じゃないですか」
「そこまで言った覚えがないんだけども」
冗談を真顔で言えば、苦笑い気味ながらも、おかしそうに肩を震わせて笑ってくれる。
紙とか、そんな現像ではなく、この世界観らしく【記録玉】に収めて持ち歩く発想。その方がいい。
保護魔法があれば汚れの心配はないけれど、写真を入れたロケットペンダントのように、玉の中を覗き込めばツーショットがあるのだ。断然いい。
そういうことで、次は思い出の花となるマンサスの花を摘む。
結構脆いこともあるので、保護魔法をかけてから、ドーム型に集まった花をへし折った。すでにちょっとした花束。
ぽいぽいっと【収納】にしまい込んで、野営作業に戻った。
ふわふわした気持ちながら、灯りをつけて、夕食の準備。
「リガッティー、普通に料理出来るじゃん」
「これくらいは流石に出来ますよ? 切るだけじゃないですか」
ルクトさんの兎肉の解体を覚えるために見つつ、私はジャガイモや人参を食べやすいように小さく切っていた。
料理経験のないご令嬢でも、これくらいの刃物の扱いは出来るって……。
常備した調味料と魔法で生み出した水で、スープにしてぐつぐつと煮込む。
完成したスープを器に盛りつけて、肩を並べて食べた。
後ろは、先程告白した場所なため、そちらの方角から敵が来ることは先ずないので、前方と左右の警戒だけをしておく形だ。
そんな食事をしながら、今までぼかしていた部分と、これからのことを話す。
「リガッティーの新人指導期間の許しを得て、それからSランク冒険者のオレの名誉貴族を王室に要求して、そんでもって、なるべく爵位は上げてもらって、またなるべく早めに授与してもらうってことだな。それはもちろん、オレとの交際、婚約、結婚を許しもらった上で、両親、というかファマス侯爵家も協力してもらうわけだ」
う、うわあ。やはり、ルクトさんと婚約や結婚を、はっきり口にされると、照れくさい。ドキドキする。
「リガッティーの交渉の手腕にかかってる、わけだ」
「嫌ですね、そんな言葉にしてプレッシャーをかけるなんて」
「ごめんて」
両親から、先ずは新人指導の30日間を完遂して、ルクトさんの最後のランクアップ条件を満たさないと、身分を上げるということが始まらない。
「ルクトさんが私のために爵位をもらうのですから、私がそのランクアップを手伝うのは、当然だと主張するつもりです」
胸を張ってから、ススーッとスープを飲む。
「うん。リガッティーのため。リガッティー自身が、オレの最後のランクアップになるのは、嬉しい一方で……何もかもリガッティーの負担が多すぎて、不甲斐ないんだよな。こう思うのは、リガッティーには悪いけどさ」
さらりとルクトさんは私のために、爵位をもらうのだと肯定。
そこがイケメンだというのに……。
不甲斐ないだなんて、苦そうな横顔をする。
「そこは立場の違いじゃないですか……お互い出来ることをやればいいじゃないですか。ルクトさんもさっき言いましたよ。得意分野でもっと優秀になって、出来ることはやり尽くして全力で上り詰める、と」
「おお……見事な言質をとられた。はい。もう弱音は吐きません。出来ることは、やり尽くす所存」
渇いた笑いを零すことを堪えて、ルクトさんは真剣な顔つきで、深く一つ頷いた。
「それで……先ずは、リガッティーのご両親の考え、なんだよね?」
「はい。婚約解消したとほぼ同じですからねぇ……。両親も恋愛婚ではありますが、身分差と……冒険者活動ですねぇ。身分差を解決出来るとは言え……やはり貴族令嬢には冒険者としての実績は要らないという大叔父様と同じ考えでの拒絶が不安です」
「んー。冒険者自体に偏見とかはない? たまに野蛮とか粗暴とか、事実多いけれど、そう思う貴族もいるんだよな。学園にいた。リガッティーから聞いたことないから、違うとは思うけれど」
「そんな偏見は持ってないですよ、そう信じます。冒険者の話をしたことないですが、そんな決めつけはしません」
先ずは、ルクトさんのランクアップのための新人指導を完遂するための冒険者活動。
その許可をもぎるために、眉をひそめられても、説得をする。
危惧するのは、本当に世間体を気にしての貴族令嬢の冒険者活動だ。
「最悪、リガッティーじゃない他の誰かを指導させろってことになるんでしょ?」
「そうですね。まだ数日ですから……でもやっぱり、私の新人指導をこなしてほしいですし、これからだってルクトさんに冒険に連れ出してもらいたいですから。冒険者活動の許可ももぎ取ります」
グッと、拳を固める。
「ん。オレも冒険者活動の許可を得たい。それについて、オレはなんか力になれないかな? ……遅かれ早かれだから、挨拶して、一緒に説得する?」
「……んー。やめた方がいいかと。恐らく……母との一騎打ちになるので」
「一騎打ち……? 母親と……? え、父親は?」
「二人揃って頭ごなしに話すより、母強しでほぼ二人で話すことになるかと。父とネテイトは、私と母の応酬を傍観する感じでしょうねぇ」
安易に予想出来る鬼の顔を背に浮かべた威圧的な母。そばで縮こまっている感じに座る父と義弟。
「他の貴族の家なら、言い分を聞くことなく両親が烈火の如く叱り付けては、謹慎処分を言い渡すでしょう。昨日だって、ネテイトは王族との婚約解消なんてサラッと言うだけで、家の者と熱気を溢れさせて私の出発を阻止することに専念してましたね。詳しい事情はあと回しで、冒険者活動に行くお嬢様を止めるだけに、家の者達は意識を一点集中させてました」
「王族との婚約がサラリと……。そこまで貴族令嬢の冒険者活動は受け入れがたいかぁ……わかるけれども」
頬杖をついて、ぼやくルクトさんは苦笑いをする。
「でも、そこまで想ってくれる家族達なら、リガッティーの気持ちだって尊重してくれると思う」
そう言って、ルクトさんは眩しそうにルビー色の瞳を細めて、私に微笑みかけた。
「そうですね……。あと、ルクトさんとの身分差についての説得の際には、少し実績を話させてもらいます。ヴァンデスさんとまとめた話をもっと詰めていってから、両親に、いえファマス侯爵家の協力を求めて、改めて話そうかと。その時には、ルクトさんにはいてもらった方がいいですね。あなたの意思表明を示していただけないと」
「リガッティーの両親に意思表明か……わかった。気合い入れる」
今度は、ルクトさんがグッと拳を固めて見せる。
侯爵家と身分が高い相手なのに、物怖じしない。
……王族達の前でも、度胸があったものね。今更か。
「ちなみに、実績って何?」
「とりあえず……腰を抜かすので、例の王太子が狙っているという話も加えて、下級ドラゴンの番(つがい)の討伐ぐらいで留めたいと思ってます。それくらいでも、十分、名誉貴族では足りない実績だと伝わりますので。Sランク冒険者は5体の下級ドラゴンの討伐の実績が必要で、番(つがい)を一度に討伐したという情報だけにして、あとは少しずつがいいかと」
私の両親と義弟が腰を抜かすので、ルクトさんの規格外な実績は、少しずつ、衝撃を調節しながらがいい。
なんとも言えない顔をするルクトさんだけれど、何かを思い付いたように表情を変えて首を傾げた。
「結局、オレの爵位ってどこまで上げられるの? ヴァンデスさんが上げられるだけ押し上げるとは言ったけど……」
そこも曖昧にしていたっけ。もっともな疑問である。
「私の家、ファマス侯爵家の歴史は、250年ほど前から始まります。実は、元は商業の成功による成り上がりの男爵家だったのです」
「へぇ。男爵だったんだ」
ルクトさんは、すぐに自分の疑問の答えが出なくても、食べ終えた器を置いて、私と向き合うように身体を動かして、よく聞く姿勢を作ってくれた。
「キサラ街が今のファマス侯爵家の領地の中心にあるのですが……そのキサラ街まで、疫病が広がったのですよ。あいにく名前すら残ってはいないのですが、咳などでも空気感染するという重病になるもので、恐らく、下手をしたら王国中に多数の死者が出るほどの疫病だったとのことです」
「疫病か……それで?」
「すぐさま、当時のファマス男爵が、商人の仲間に呼びかけて、その病が広がらないようにと出入りを禁止させたのです。王都中に疫病を広げないために。王室にも疫病について報せていたので、外からも封じ込めて、なんとか広がることを阻止。普通なら、封じ込められた住人は、病から逃げようと暴動を起こすところですが、幸いなことに病に効く素材が付近にあって、医者の方々が特効薬を作り出してくれて、多くの命が救われたのです」
「おお、すげー。そんな歴史があったんだ……なんで教科書に載ってないの?」
「名前すら残さなかった疫病ですからねぇ、封じ込めのおかげで、完全消滅したのです。元は、魔獣から始まったという説もありますねぇ。それも魔物も魔獣も多くが死んだそうで……今現在、魔獣の出没すら滅多にないのは、それが原因かもしれません」
とても感心した様子で相槌を打つルクトさんに、教科書に残らないほど、綺麗さっぱり疫病を消し去ったせいだと、笑って言う。
そして、ファマス領の内の平穏は、その疫病が一役買ったという推測も伝える。
ルクトさんは「すんごいなぁ」と、また感心した。
「そういう功績で、ファマス男爵は、侯爵まで爵位を上げてもらったわけです」
「迅速に封じ込めをさせて、王国の人々を命の危機から多く救ったんだもんなぁ……なるほどー」
「はい。それで、爵位の順番は当然おわかりですよね?」
「おう、当然。男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵。あ、伯爵と侯爵の間に、辺境伯が入るんだったな。んで……名誉貴族がどこに位置付けされるのが、微妙なんだっけ?」
「そうなんです。男爵と子爵……そこを右往左往する感じではあります」
ルクトさんと一緒になって、微妙だと眉間にシワを寄せてしまう。
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まぁ、そこのところは、今回、ルクトさんには関係ない。
「ですが、ルクトさんの現時点の私の知っている実績だけでも、子爵は飛び越えられるはずなんです。なので、名誉貴族を最初に要求しますが、実績の提示で、子爵以上の爵位が相応しいのだと考えさせるわけです」
「伯爵はいけるんだっ?」
「いえ。ルクトさん。あなたは10体の下級ドラゴンを討伐したのですよ? 場所が隣国であろうとも、10体もの下級ドラゴンを討伐したほどの強さを持っているのです。国を一つや二つ、救ったような功績なので、侯爵はいけますよ」
もっと自覚を持ってほしい。
もしかして、その辺の凄さの自覚がないから、自分が能力的にも私に釣り合わないとか、言ったのかしら。
あなたは規格外最強冒険者ですよ?
そんなルクトさんは、あんぐりと口を開いて、驚きで見開いた目をパチクリさせた。
想像を超えたのかしら。
いや、当然そこまでいける。むしろ、もっと押し上げられるものならば、公爵まで押し上げてほしいところ。だけれど、基本的に公爵は、王族、またはその血縁者の爵位だ。その点は、いけるとは断言できない。
「やった!!」
「ん!?」
ルクトさんが、がばっと私を抱き締めてきた。なんとか手にしたスープを零さずに避けられたのだけど、両手を上げる形で、ルクトさんにぎゅうぎゅうと抱き締められる。
「いや、嬉しい! 爵位で全て解決するわけじゃないけどさ! リガッティーは侯爵令嬢だし、王族に嫁ぐはずだったし! もう、なんか! 勝手に身分は下げる形にしたくないなーって思ってたから! よかった!」
「あ、あうっ……そ、そんな心配なんてしなくても……。でも、そこまで心配してたなら、その辺まで上がれるくらい仄めかすべきでしたね」
「ううん! 下級ドラゴンを討伐だけで爵位が上がるなら、20体くらい討伐する!!」
「あなたはこの世から下級ドラゴンを消す気ですか???」
やめてくださいよっ。爵位のために下級ドラゴンを全滅させないでくださいっ。
でもルクトさんが大喜びで私を抱き締めてくれるので、よしとしよう。
「ルクトさんの言う通り、爵位で全て解決するわけじゃないですよ? 冒険者としての功績で爵位をいただくので、魔王討伐には真っ先に名指しされます」
「魔王討伐……」
「もちろん、ただの例えですが。そして、その後ですね。名誉貴族なら一代限りの貴族です。侯爵家だと、後世のためにも、何かしら考えなくてはいけません。ルクトさんの得意分野で冒険者に関わる何かを、考えておきましょう。それを用意しておくだけでも、私の両親も納得してくれるし、さらにはルクトさんの能力的に釣り合わないという牽制を跳ね飛ばすことが出来ますしね」
「後世のためにも、か……」
魔王はおとぎ話の悪役だけれども、そんな世界を滅ぼす敵が出たなら、ルクトさんの出番なのである。
後世のためにも。それはつまり、私達の子どものためなのだけれど、あまり意識を集中しないことにした。
……ところで……ルクトさんは、いつまで私を抱き締めているのやら。
「例えば、シャーリエさんが持ち掛けた冒険者向けの服の事業。冒険者ならではの意見を重点的に取り入れて、快適な活動が出来るような店を考えたり。あと、新薬ですね。ルクトさんも貢献しましたし、今後もレインケ教授が、私の特別技術だと言い張るそれを活用して、今後もルクトさんの冒険者知識で、魔物素材でまた新たな開発とかを、んっ!」
またギュッと力を込めて抱き締められた。
「――――……リガッティーと生きていくの、すげー楽しみ」
感嘆のため息を零して、私の首元に顔を埋めたルクトさんに、顔が火照る。
いや、そんなっ、そんなセリフをッ……!
いきなりっ! ううっ! 不意打ち!!
せめて、器を置かせてもらってから、抱き締め合いたかった!
「はあ……好き」
あの、だからッ…………デレが強すぎですッ!!
「そ、そういうわけですので、問題なく身分を上げられたとしても、ゴールで終わりじゃないですからね」
「うん。うん。大好き。リガッティー。放さない」
「うっ……! も、もう、今日は好きって言葉を言いすぎではないでしょうかっ? もういいんじゃないですかっ?」
「え? 今まで我慢してきた分、まだまだじゃない?」
「まだまだ……!?」
えっ!? 今日はあと何回言う気ですか!?
まだ半日ありますし、朝までお喋りする予定ですよ!? この調子だと、100回いきそうですが!?
「んー。これこそ、君なしじゃ生きていけないって、具体的な例って感じじゃん? もう考え始めたら、リガッティーが隣にいない人生は考えられないなぁ……。…………オレを捨てる時は、ちゃんと息の根止めてね?」
「いきなり重すぎますね!? そして、無理難題!!」
やっと離れてくれたかと思えば、眉を下げてなんとも言えない表情で、重い発言をされた。
そんな顔で言うセリフではないッ!
私の隣で生きることが出来なければ、殺してくれって……私自身でって意味だ……いや、だからあなたは規格外最強冒険者なので、私以外でも無理難題ですよ!? それこそ魔王討伐!!
「そう? オレにはリガッティーだけって言ってるじゃん」
「私だってルクトさんだけですし、放しませんってば……」
「わかった。好き」
「さては、言い続ける気満々ですね?」
それくらい本気で言っているということだと、二人で納得し合っておく。
「じゃあ、本当にリガッティーのご両親の理解と許可をもぎ取ることから、スタートだな。……万が一はオレも乗り込んで、ヴァンデスさんが用意してくれた実績表でも突き付けて説得するね?」
「それは遠慮したいので、自分で頑張ります」
切実に乗り込んで、ルクトさんの功績の全てをいきなり突き付けないでほしい。
「ランクアップして、そんで爵位要求……その間に、未来設計を詰め込んで…………リガッティーは、”お願い”をもぎ取ったんだよね? 王室へのお願い一つってやつ」
「はい」
「それって具体的にどれくらい短縮してもらえそうなの?」
「国王陛下の公務のスケジュールは私にはわかりかねますのでなんとも……でも、後継者が微妙となりましたので、その辺でごたごたは待ったなしですので、その点を上手く調節していただけないと、ですね。頑張ってきょうは、ゴホン、お願いしてみます」
「脅迫?」
「言ってませんねぇ……」
スイッと、目を明後日の方へと逸らした。
「完全に失脚とかじゃなくて、微妙なの?」
「はい、まぁ……あとは重臣達の失望度と期待値の上がり下がり次第ですね。元々、今年に王太子になるはずでしたので、その予定が崩れて、ごったごたですよ」
「へぇ…………オレ、そういう貴族のことも勉強しないとだね」
「んー、そこまで深く関わる気がないのなら、浅く知識を身につければ十分ですね。直接王城で働いている重臣以外の貴族も、自分の領地や事業に集中しているものですから。もちろん、関わらず、なんてことはだめですね」
「それはわかるって」
はぁ、と王国の中心、頂点のごたごたにため息をついてから、ルクトさんの積極的な姿勢に小さな助言をしておく。
ルクトさんは、ケラリと笑った。
でも、すぐにただの笑顔となる。
「問題は、隣国の王太子だよな?」
……ゴゴゴッ。後ろがメラメラしている気が……。
「はい。隣国の王太子が、冒険者ルクトさんを捜索していることとともに、私も口説かれていたことをちゃんと話して、回避したい旨を伝えるつもりです」
「ふむ……リガッティーは、よくても夏までは来ないって言ってたよね?」
「ええ……結構な頻度で、あの方はこちらに来るんですよねぇ……最後に来たのは、去年の秋でしたけど」
「その都度、リガッティーが相手してたわけ? 接待?」
「食事やパーティーでは、必ず顔を合わせて、王子の婚約者として接待でした」
「…………リガッティー目的で指名してたりしない?」
「………………怖いこと言わないでくださいよ」
隣だから、他の王族に比べて、訪問が多いという印象。
今年も上手く公務が重なれば、夏頃にようやく足を運ぶかもしれない。
そんな予想をしていたら、ルクトさんが顔を曇らせて、言い出した。とんでもなく、怖い。
「な、なんでそんなことを……」と鳥肌が立ったので、自分を抱き締めるように腕をさする。
「いや……未来の王太子の婚約者だから、必ず顔を合わせられるんでしょ? この王国に来る度に、リガッティーに会えるわけじゃん? 手に入るなら、手に入るまで貢ぐってタイプなら……実は、執念深いのでは?」
「こ……怖いですってぇ~……」
私は青ざめて、悲鳴のような声を零す。
「リガッティーは自分が高嶺の花すぎても、手を伸ばしてくる奴が多いって自覚した方がいいよ」
「え、ええぇ……」
ルクトさんに自覚を持ってほしいって思っていたのに、まさかのブーメラン。
「そ、それでは……聞くなり……飛んで来てしまう可能性が…………」
「…………」
「……」
「……」
私が第一王子の婚約者ではなくなったことを耳にするなり、第三の妻として求婚しに突撃する可能性が…………。
私とルクトさんは沈黙の末、打ち合わせなく、同時に頷き合った。
「「脅迫」」
脅迫まがいで、時間短縮のお願いをするしかない。
王家の影の監視がいないことをいいことに、とんでもない不敬罪、むしろ反逆罪級な発言をした。
きっと今頃、国王陛下は悪寒に襲われて、ぶるりと震え上がっただろう。
なんてったって、息子の不祥事で渡す羽目となった王室最強の切り札、”お願いを叶えてもらう権利”を持つご令嬢と、世界も救えるであろう力を持つ規格外最強冒険者に、ちょっと脅されるんだから。ちょっとだけ、ね。
「ここまでで大丈夫でしょうか? 一番は、この件の情報漏洩を防がなければいけません。要注意です。隣国の王太子もそうですが、他国がルクトさんの爵位に待ったをかけての取り合いが始まりますので」
「うん。テオ殿下には、危なかったなぁ……あんな目をキラキラさせて訊いてくるんだもんなぁ……可愛いな。リガッティーの元婚約者の弟でも」
「はい、テオ殿下は昔からですよ。天使です。会った日から、あんな感じのキラキラ目で、姉様呼びですよ…………可愛いは正義」
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私の愚かな元婚約者の弟というマイナスポジションがあったとしても、可愛い。天使。
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「両親にちゃんと隣国の王太子のことを話さないと……ルクトさんとは別件で、平民落ちも覚悟して拒むということを意思を強く伝えないと」
一夫多妻制の王族に嫁ぐの、反対。断固拒否。三番目の妻なんて、論外。
「いや、平民落ちなんて、本末転倒……オレも身分上げる必要ないじゃん」
「いえ、それならそれで、冒険者として成り上がって、二人で名誉貴族にでもなればいいじゃないですか。ただの例え話ですけど。これも脅迫の一種です。両親も一夫多妻、ましてや三番目なんて、反対してくれますから」
「……もう……リガッティーが隣にいるなら、どんな未来でもいいや」
貴族の身分にこだわるなら、何年かかっても私もSランク冒険者になって二人で名誉貴族にでもなればいい。本当に平民落ちをした場合だけども、そんな場合は限りなく、ない方向だ。
どんな未来でも一緒だということに、ルクトさんは照れたようで、耳まで赤くして口元を片手で覆い隠した。
「それで結局、先に婚約関係で守れない? オレの身分上げが確定するまでは」
「弱いんですよね……。逆に、やはり交際相手であり、名誉貴族になるだけの相手が、王子の次に婚約者になるのは……裏があるとしか思えなくて調べてくるかもです。どこでルクトさんの下級ドラゴンを討伐の数が5体以上だって話が伝わるか……」
「むむっ……。オレが侯爵になれるってことだけでも、よしとして、あとはスムーズにいくことを願いながら、最善を尽くすしかないか」
そういうことだ。
時間が一番の問題。ルクトさんの最後のランクアップ条件も、日数が必要。それからは、情報漏洩により注意を払っての爵位授与を待つ。脅迫、もといお願いを行使して、最大限の時間短縮。
そうすれば、隣国の王太子の口説きも、他国との取り合いも、回避出来るのだ。
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