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一章・甘々な春休みは、最強冒険者と。

18 あくまで冒険者活動。

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 そこで、私はハッとする。
 ルクトさんの言う通り、ヴァンデスさんが態度を変える前に、待ってほしいと、左手を上げて見せた。
 二人の視線を受けながら、短い間だけ思案する。

「せっかくの機会と言っては何ですが、侯爵令嬢としても……その、相談というか、意見をお聞きしたことがあります」

 躊躇いがちではあるが、そう告げた。
 目を丸めたヴァンデスさんは、姿勢を正して向き合ってくれる。

「元々、ルクトさんにも、聞こうとしていたのですが……冒険者としても、ギルドマスターとしても、教えていただきたいです」

 ルクトさんとも顔を合わせて、今日話す気だったと予め伝えておく。
 理解したと頷いたルクトさんを確認したあと、私は口にする。

「モンスタースタンピードについて」
「「!」」

 いきなり、領地にモンスタースタンピード発生疑惑が、だなんて言うべきじゃないだろう。

「二年前に大規模なモンスタースタンピードが発生して、王国の戦力をほぼ総動員しての討伐があったことは、聞いていて覚えています。その後は、どうですか?」
「確かに、オレが経験した中で、大規模なモンスタースタンピードが二年前にありましたねぇ。それ以来、王国内では発生していませんよ」

 経験豊富であろうヴァンデスさんから、少し詳しく聞けそうだ。

「あれか。

 呑気な声を出すルクトさんに、乾いた笑い声を零してしまう。

のですか……やはり、あなたですね」
「ん? やはりって?」
「王室魔術師の方から、二年前、冒険者側があっという間に片付けてしまったと聞きました。……が、活躍したのだとか」
「んー。オレかな」「ルクトだな」

 わかってたわよ。
 ルクトさんとヴァンデスさんは、声を重ねて、肯定した。

「なんですか、楽しかったって。災害ですよ、災害。大規模なら、大災害じゃないですか」
「いや、実際被害は少なかったし……。まぁ、もっと広範囲の攻撃魔法を学んでおけば、実戦で使えたのにって後悔はした」
「そんな後悔は聞いていないんですよね……」

 大災害を軽く思っているほどの規格外最強冒険者め。
 お願いだから、広範囲の攻撃魔法は、使わないでほしい。
 真顔で後悔を語られても、困る。

「モンスタースタンピードと、通常の魔物の群れの区別は、冒険者ギルドとしてはどうしてますか?」
「それはもちろん、魔物と魔獣、姿や種類関係なく、集団行動して暴れていれば、モンスタースタンピードだと判断される。常識的にはそうじゃないか?」

 上に立つギルドマスターとして答えたせいか、敬語を忘れているヴァンデスさんだけど、私は指摘しない。

「はい。常識的にはそうですが……小規模の魔物の群れで、魔獣が少し混じっている程度なら、モンスタースタンピードだとは判定されないのでは?」
「んん? ……そりゃあ……難しいな」

 顎をさすって、難しそうに唸って考え込む。
 私と同じく、断定は出来ない微妙な群れになるのね……。

「どうしてそんな質問を?」
「……実は、昨日手紙で知ったのですが、領地から王都に戻ろうとした両親の一行が、魔物の群れに遭遇してしまったのです」
「! 無事!?」
「は、はい。負傷者は二人に留めました。……しかし、その一人が、父なのです」

 真っ先に、私の家族の無事を確認してくれたルクトさんは胸を撫で下ろすけれど、怪我をしたと知り、顔を曇らせた。

「つまり……その群れが、モンスタースタンピードかもしれない、と?」

 険しい顔で、ヴァンデスさんはこの話の流れを汲み取ってくれる。
 立ち上がったかと思えば、後ろの壁まで移動しては、地図を確認した。

「ファマス領……キサラ街の周辺の地域か。ここは魔物被害が極端に少ない地域じゃないか」
「はい、その通りです。なので、魔物の群れ自体、驚きなのですが……魔獣もいたという目撃もありまして。小規模だからこそ、我が家の騎士団長が領地の兵士を率いて、その群れを討伐をしている頃でしょう。手紙でも両親や領地のことを心配しなくていいと書いてありましたが、ただでさえ魔物被害が少なくてその対応には不慣れだと思うので、せめてモンスタースタンピードではないという意見を聞いて、安心がしたいがために尋ねさせてもらいました」

 心配は心配で、だから、少しでも不安を拭ってくれる意見を聞き出したかったのだと、力なく笑う。

「万が一は、報告義務もありますので、それも踏まえてなのですが……」

 小規模だろうが、討伐したあとだろうが、モンスタースタンピードなら報告義務がある。
 こうしてギルドマスターと対面したので、先に疑惑があると言うことを耳に入れさせてもらった。その領地の貴族令嬢として。

「モンスタースタンピードじゃないと思う」

 跳ねるように顔を横に向ける。
 ルクトさんは、じっと地図を見据えていた。

「ルクトの言う通りですな。モンスタースタンピードだとは、限りなく低い。魔物が出没する情報さえも少なく、近年では冒険者ギルドには討伐依頼のない地域だとまで記憶していますよ。侯爵様の一行が遭遇した群れも、やっと集まったような集団に違いありません。モンスタースタンピードとは、判定されませんな」

 二人からの断言に、ホッと息をついて、力を抜く。

「心配なら、冒険者の派遣もしますが……時間がかかりますな」
「はい。だから、連絡をくれた母も、こちらが何をしても、終わっている頃だと想定していますので、心配するな、と」
「なるほど……。ファマス領って、転移装置はないんだ?」
「はい、そうなんですよ。道のりも本当に平和なので、旅行としてゆったりした馬車移動を楽しめると言われるほどです。転移装置で、領民の税を使うより、贅沢に暮らしてほしいということで、もうずっと転移装置の設置は考えていないのですよ」

 ルクトさんに、気の抜けた笑みを向けて、そう話しておく。

 転移装置は、本当に多額な費用になってしまう。
 瞬間移動の巨大な魔導道具だから、当然。
 その上、その転移装置に飛ぶための【ワープ玉】も生産するために領民の税金が使われてしまうのだ。

 王都までの移動中も楽しめるという余裕な平和な領地だからこそ、転移装置は必要としていない。
 同じような理由で領地に転移装置を設置しないところがいくつかあるし、あとは貧困で喘ぐ領地ぐらいだろう。

「オレもそっちは行ったことないなぁ」と平和すぎる地域だから、足を運んだことがないのだと、ルクトさんがぼやきを零す。

「ありがとうございます。お二人のおかげで、気持ちが楽になりました」
「いや、でも……心配は心配だろ?」

 昨夜、私の後押しをしてしまったことを、撤回したいのか、ルクトさんが申し訳なさそうな表情で見てきた。

「そうですが、じっとしてても同じことです。私の母が大丈夫だと言えば大丈夫なのです。侯爵夫人としても、母はやり手ですから」

 にこっと、笑顔で言い退ける。

 昨夜もそうだし、ついさっきも言った。
 家にこもっているより、冒険した方が、有意義な時間になる。
 何より、冒険に行きたいのだ。ルクトさんと。

 そのことがルクトさんにちゃんと伝わったみたいで、柔らかい表情になってくれた。

「災難ですな……事態が事態な上に、侯爵様が負傷して、領地に問題ですか」
「ええ、まぁ……でも、ファマス侯爵家は乗り越えられますわ」

 娘の第一王子からの婚約破棄に始まり、父は負傷からの領地に危険な魔物の群れ。災難続き。
 苦笑は零してしまうが、乗り越えることは出来ると、微笑で言っておく。

「でも、父親が怪我ってのは、心配せずにいられないよな? どのくらいの怪我なんだ?」
「魔物に腕を噛まれたそうですよ」

 どっちかな、と右の腕を上げてから、左の腕を上げる。

「あと、呪いまで受けたそうで」
「それは心配じゃん!」「心配だな!?」

 また声を重ねたお二人。

「えぇー……神官は? 光魔法の使い手は?」
「んんー……わからないのですよね。それも含めて、母がなんとかしてくれますよ」
「ははっ……なんも出来ないってなると、歯がゆいだろうなぁ。…………まっ! うじうじしてもしょうがないし、冒険に行くか!」
「ポジティブすぎるだろオイ」

 心配いっぱいの目で見つめてきたけれど、悩み込んでいても何もしてやれない事実は変わらないので、ルクトさんは明るい方に切り替えてくれた。
 しかし、ヴァンデスさんは、ツッコミを入れる。

「いえ、本当にそうですよ。冒険に行ってきます」
「ぐっ……!」

 私からも、冒険に行きたいという意思を聞かされて、反対が言えないヴァンデスさんは呻く。

「あっれ? 五日後だっけ? 決着つけるための招集がかかってたのに、侯爵様が来ないってなると、延期?」

 立ち上がったけれど、ルクトさんは腕を組んで首を傾げて、私を見下ろす。

「まだ陛下から返事はもらっていませんが、招集がかかった会談は予定変更しない可能性が高いですね」
「侯爵夫妻がいないまま…………?」

 真剣な色を乗せた声で、ルクトさんが問う。

 国王陛下が、婚約維持の機会を窺うはずだから、軽い調子で言ってしまったが、ルクトさんの目は真剣そのもので私を見つめている。
 立ち上がるために、グローブをはめたルクトさんの右手が差し出されていた。


「はい……両親も、もうそのつもりですので……そうします」


 その手に右手を置けば、ルクトさんが掴んで軽く引っ張って立たせてくれる。

「そっか」

 視線の高さが近付くと、ルクトさんは、口元を緩めた。


 ルビー色の瞳が、細められて、私を見つめる。熱を込めて。


 喜んでいる気がする。
 王子との婚姻は白紙になること。
 それを待ち望んでいると、感じた。


 だから、ドクドクと、ゆったりではあるけれど、胸が高鳴り、強く響く。


 待ち望んだそれのあとは――――どうなるのだろうか。


 私まで、期待してしまう。


「ゴホンッ!」


 ポーッと見つめ返してしまったであろう私は、大きな咳払いで、我に返る。


「ゴホッゴホッ!! ゴホン!! ゴホンゴホンゴホゴホッ!!!」
「なんですか。風邪ですか。お大事に」


 頑張って咳払いをするヴァンデスさんを、冷めた態度であしらい、頬を火照らせた私の背中をそっと押して、退室を促すルクトさん。

「待て待て!! おまっ! お前!! 大丈夫か!? 大丈夫なんだよな!?」
「…………もちろん」
「間! 間があった!!」

 先程の私とルクトさんの雰囲気に、大いに心配が爆発しているヴァンデスさんは、どんな思いで質問しているのやら……。

 ちゃんと以心伝心しているのだろうか。
 正しく質疑応答しているのかしら……。
 あの雰囲気を感じ取ってしまえば、それはそれは、別の問題発生を察知してしまうだろう。

 大丈夫。うん。大丈夫よ。
 あんまり細かく考えておきたくないので、全体的に考えて、大丈夫ということにしてほしい。

「冒険に、行くんです」
「そ、そうか。そうなんだな。うん。そうか。冒険に行くなんだな?」
「ええ、楽しく冒険に行くんですよ」

 動揺しすぎなヴァンデスさんに、ルクトさんは強調で言い聞かせるみたいに返答する。

 楽しい冒険に行く。事実だ。
 噓偽りではない。

「大丈夫なんですよねっ?」

 ヴァンデスさんが標的を変えて、私に確認する。
 スキンヘッド大男の冷や汗掻いた引きつり気味の笑みが、そこにあった。


「はいっ。冒険に行ってきますっ」
「んんんっ!!?」


 安心させたいけれど、私も動揺を隠し切れず、ギュッと目を瞑ってしまう。
 頬に熱を残したままなので、心配を煽るだけだった。

 やましいことはないけれど、ただただ、いい雰囲気になるのは、制御不能なので、追及しないでほしい。

「そういうことなので、行ってきます。急いでるんで」
「っ……。ち、ちなみに、どこに行く気だ?」

 またスッとルクトさんが背中を軽い力で押すけれど、ヴァンデスさんが引き留める。
 ルクトさんも、ピタリと一瞬、動きを止めた。


「…………『黒曜山(こくようざん)』」


 ボソリ、と声量を抑えた声で、ルクトさんは今日の行き先を答える。

「はぁあっ!!?」
「えっ? えええっ!?」

 野太すぎる声が轟いたあと、私もギョッとしてルクトさんを振り返った。
 ルクトさんは、野太すぎる声を出したヴァンデスさんに、鬱陶しそうなしかめっ面を向ける。

「リガッティーの実力なら、少なからず手応えを感じる程度のレベルの場所ですし、オレだってカバーすれば問題はないです」
「新人指導の三日目で『黒曜山』はあり得ないだろうがっ」

 信じられないと、口をあんぐり開けたヴァンデスさん。

 その山は、魔物や魔獣がわんさか出没する危険な場所だと有名だ。
 王都で一番、身近にある危険な山である。
 王城からでも、黒い山が、地平線の上にちょこんと見えていた。それである。

「『黒曜山』の麓ですか? え? 山自体に登るのですか?」
「麓だよ。夕食には帰れるって」
「魔獣の巣窟の麓は、とんぼ返りの旅行先じゃないんだぞっ」

 ルクトさんが笑みで私の肩をポンポンと叩くけど、ヴァンデスさんは頭を抱えた。
 オロッとする私に対して。


?」


 キラッキラに眩い笑顔で、圧をかけるイケメン先輩。

「はいぃ……」

 言質をがっしりと取られた私には、反対が出来なかった。

「いや。いやいやいやっ」

 ヴァンデスさんは、ブンブンと首を左右に振って止めようとする。


「指導担当のルクトさんに従いますっ。冒険に行ってきます!」
「うぐぅうう~! ご武運を!!!」


 地鳴りみたいな唸りで堪え切ったヴァンデスさんは、覚悟を決めて拳を固めて見せる私を、力強い激励で送り出してくれた。


 一階へ下りて、依頼掲示板の前に立つ。

 ルクトさんが指を差してくれた依頼内容は、やはり『黒曜山』に行かなくてはいけないもの。
 今日もまた、採取ものの依頼。
 『白わたわた』というなんとも可愛い響きがする名前を持つ植物は、綿を生やしているものだ。
 ふわっふわっなぬいぐるみに使用される素材で知られている。もう極上なふわっふわっなのだ。
 『黒曜山』で採取出来るとは、初耳。

「『黒曜山』なのに、Fランクの依頼なんですね……」
「昨日の『白い枯れ木』と似たようなもんだよ。……手前で採取出来るかは、保証されないけど」
「……そう書いてありますね」

 前日に『火岩の森』の入り口でも採取が可能な『白い枯れ木』の皮の依頼と似たように、奥にさえ行かなければ、Fランク冒険者でも無事にこなせる。奥に行けば、冒険者ギルド基準で、Fランク冒険者には倒せない魔物と出くわして危険だから、行くべきではないと注意書きがあった。

 この『黒曜山』の『白わたわた』採取の依頼も、奥には行かない方がいいと注意書きがある。入り口付近になかった場合は、、と太文字で書かれているので、Fランク冒険者の度胸試しには過激すぎる依頼に違いない。
 絶対に、レベルが違うんだろうなぁ……。気合い入れておこ。

「そういえば、依頼が達成出来ない場合を聞いていませんでした」
「あ、ごめん。確か……新人指導を受けている最中は、いくつ未達成でキャンセルしても、ペナルティーはつかなかったはず。指導者に問題があるってことで、そっちにペナルティーがつくらしい」

 新人期間中は、依頼のキャンセルは無制限で可能か。

「キャンセルしたい場合は、受け付けで手続きしてもらって、依頼内容にもよるけど、連続でキャンセルすると一つ下のランクの依頼にしろって言われたり、不調なら相談に乗ってくれるんだって。……オレは、経験なくてわかんないけど」

 その経験とは、依頼キャンセルのことか、不調になったことか。
 尋ねる前に、ルクトさんは「あっ」と一つの依頼板に目を留めると、迷いなく、下のプレートにタグを当てて、依頼を受けた。
 ルクトさん自身が依頼を引き受けたのは、初めて見たので、パチクリと瞬いてしまう。

「なんの依頼ですか?」
「『黒曜山』での討伐。ついでついで」

 なんでもないように言うので、その内容を問うことなく、私もタグを当てて『白わたわた』の依頼を引き受けた。

「それで、どんな準備が必要ですか?」
「昼食用の携帯食料があればいいよ。それは昨日のうちに買っておいたから、外に出て【ワープ玉】使って、ゴー」
「もう準備万端!? い、至り尽くせりですねっ?」

 ルクトさんは、ただニッと少年みたいに笑って見せると、包んだだけのように軽く握った私の左手を引く。

 そう言えば、昨日は連れて行きたいところをもう決めていたんだっけ。
 用意周到すぎて、もう接待されているような気分である。
 ……いや、場所を思えば、接待って場合じゃないのだけれどね。


 準備済みの【ワープ玉】を使用して移動した先は、『ハナヤヤ街』の防壁の外。

「あ。馬に乗れるよね? 馬で行く?」
「え? ……危ないのでは?」

 転移装置から降りると、ルクトさんは馬屋に目を留めた。

「近くまでなら乗せてもらって、放せばここに戻るさ。あと大馬だいばなら、丈夫だし、気が強いから」

 馬が被害に遭うことを心配したけど、軍馬のように戦闘時にも動じない訓練を受けた馬らしい。

 大馬となると、さらに大柄な馬となり、見た目通りに丈夫で、真横で爆音が響いても動じない気の強さを持つ。
 なんなら、自分と同じ大きさの魔獣を蹴り倒したという伝説を持つ白い大馬を、拝ませてもらったことがある。

 それほど強い馬ならば、近くまで乗せてもらい、あとは家である馬屋に戻るように放てばいい。
 乗馬経験がある私も、冒険者活動の中でも馬で移動を経験しておこう。
 二回ほど、大馬に乗った経験があるけど、わりと大変なのよね。三回目、挑戦。
 ……と、意気込みたかったのに。

「……ルクトさん?」
「ん?」

 何故か、大馬を一頭だけ借りた。
 いや、大きいので、二人乗りも余裕ではあるけど……。
 いや、でも、二人乗り???

 困惑している間に、難なく大馬に跨ったルクトさんに引き上げられて、前に乗せられて二人乗り状態。
 大股開いて座り、ルクトさんを背中に感じつつ、やっぱり大馬は大きいなぁ、と黒い立髪を軽く撫でる。

「しゅっぱーつ!」

 ハスキーという名の茶色い大馬は、ルクトさんの指示に従って、走り出した。

 かぱらかぱら。
 通常の馬なら、全力疾走の速さなのだけど、大馬にかかれば散策しているつもりの速さで、黒い山へ進む。

「で? 今日の質問タイムは?」

 頭の後ろから聞こえる声に反射的に振り返りそうになったが、絶対に顔が近すぎるので、自爆しないように顔は前に固定しておいた。

 互いに知り合いたいから、その質問タイム。
 もしや、こうして話すために、二人乗りを決めたのだろうか。この速さで移動するなら、二人乗りの密着状態で会話が成り立つ。

「えっと……昨日は、王都学園に通った経緯とご両親の話を聞けましたね。じゃあ、最速ランクアップがどうして一年で出来たのか、知りたいです」

 走行中でも、私の声は聞こえるのかしら。

 で、思いつく。
 私達には、通信具があるじゃないか。

 これなら大馬で別々に走行しても、通信を繋げていれば、普通に会話が出来たはず。……今さら遅いか。

「15歳の誕生日に冒険者登録して、一日目に討伐依頼をして、新人担当してくれた先輩に頼み込んで、放課後にすぐに終わる依頼に付き合ってもらって、30日間の指導期間を終わらせてもらった」

 15歳となれば、学園に入学したばかり。

「王都学園の生活にも慣れてなかったのでは? あら? 誕生日はいつなのですか?」
「オレは四月」
「あら。すぐですね。お祝いはするのですか?」

 春生まれかぁ。家族や友人とパァーと祝うのだろうか、と小首を傾げた。
 休み明けなら、王都にいない家族とは祝いの会は出来ないか。

「何? 誕生日プレゼント、くれるの?」

 ルクトさんが、すぐ耳元で問うから、危うく変な悲鳴が出かけた。
 近い。不意打ち。近い。

「えっと、そうですね。指導をいただいていますし、感謝も込めて……何か、プレゼントの希望など、ありますか?」

 貴族仲間だと、誕生日パーティーの招待状をもらったら、用意して持って行く流れなのだけど、学友だと些細なプレゼントを手渡すだけ。流行りに乗った物が無難なのよね。

 ルクトさんの場合、何がいいのやら……。
 男子生徒である先輩としても、冒険者の先輩としても、誕生日プレゼントの例が浮かばない。


「んー……今一番欲しいのは、プレゼントじゃないしな」


 私の前で握る手綱を、もみもみと、意味なく弄る手を見つつ、ルクトさんの今一番欲しいものを想像してみる。

 プレゼントじゃない……?
 よくわからないヒントだ。

「誕生日は、13日なんだけど、リガッティーが祝うために予定を空けてくれれば、それで十分なんだけど、どう?」
「4月の13日なのですか。その日は、日曜日だったはずですね。恐らく、予定も入らないはずなので、ルクトさんの誕生日を祝うために空けておきますね」
「うん。約束な?」

 呑気に「はい」と頷いて、大馬のかぱらと爽快な足音を聞いてから、今とんでもない約束をしたと気付く。


 ……誕生日デートの約束では!?
 あっれぇえ!?
 今さらりと、誕生日デートを約束した!?


 口ぶりからして、二人で過ごす気配しかしない。しっかりと約束してしまったので、意地でも約束の取り消しをして撤回したくない。

 やらかした……とほほ……。
 何がなんでも、予定空けておこ。

「入学早々で、学生兼冒険者ですか……器用すぎません?」
「そうかな? かなり楽しかったけど」
「タフですね」

 タフじゃなければ、両立は無理だったろう。

「新人期間を、同級生より早く終えたから、パーティー組むって約束してたダチを待ちながら、ソロで活動しまくってたんだけど……その前に、Eランクに上がれちゃった」
「……ちなみに、ランクアップの条件は?」
「依頼達成数50件と、魔物や魔獣討伐の証の【核】の提出が最低20個」

 流石にEランクアップの条件は、難しくないか。
 ルクトさんにとっては、チョロかったに違いない。

「まぁ、それで一応夏休みまでは、パーティー組んでたんだけど……Eランクからは、依頼を一度に複数引き受けられるようになるんだ。だから、一人だけまた先にランクアップしたんだよな。じゃんじゃん出くわす魔物も魔獣も倒したから……ランクアップ条件はあっさり満たしちゃって」
「へぇ……複数、ですか」

 さらなるランクアップ条件を、満たしてしまい、パーティーメンバーより一足先に上のランクに。

「レベッコさんからの助言と情報で、オレはオレでDランクの依頼も並行して、パーティーと活動してたんだけど……Cランクになったところで、パーティー解散された」
「な、なるほど…………四ヶ月の間の出来事ですよね?」
「うむ……」

 すでに最速ランクアップでは???

「しょうがないから、夏休みが終わるまで、片っ端からCランクの依頼をこなした」

 夏休みの全ての宿題を、終盤で片付けたみたいに言っている気がする。

 でも、そうだ。学園の夏休みは、二ヶ月もあるのよね。

 貴族社会では涼しげなドレスなどを身にまとって、パーティー三昧の夏休み。

 ルクトさんは血と汗と涙を流して、冒険三昧の夏休みを過ごしたのね……。
 最速ランクアップも、頷ける。

「あ、そうそう。そのあとに、例のモンスタースタンピードが起きたから、大活躍した功績もランクアップに有利になって、すぐにBランクに」

 んんん~?
 Bランクアップが、一瞬すぎない?
 大規模モンスタースタンピードで活躍したなら、当然? なのか?

「あとはぁ……下級ドラゴンの出没先を調査してもらってから、春休みに入ってすぐに討伐したから、晴れて最速ランクアップで最年少Aランク冒険者になったわけだ」

 ……わあ。
 本当に、ほぼ一年で、最速ランクアップで最年少Aランク冒険者になっているわ。


 
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