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●5 『運命の番』を失くした王太子。

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 王太子の身分を剥奪されて、離宮へ追い込まれた。

 それがなんだ。

 オレは『運命の番』を失くしたんだぞ……!!


 ああ、ミューラン……! ミューラン!
 オレの『運命の番』……!

 知らなかったんだ!
 気付けなかったんだ!

 どうして気付けなかったんだ……!

 ミューランは初めて会った日に気付いたというのに、オレは……!

 ああ、どうして教えてくれなかったんだ、ミューラン。
 そうすれば、オレは……オレはあんなことしなかった。
 言ってくれれば、改めたのに。
 『運命の番』の君に嫌われないようにしたのに。

 酷いくらいに、彼女にした仕打ちを鮮明に覚えている。
 初めて挨拶を交わしてから、ほぼ毎日会いに来たミューランを誰かが”ストーカーのようだ”と嘲笑ったのが始まりだ。そうだと思っていた自分を殴りたい。
 きっかけは、今は覚えてもいない不機嫌な出来事のせいだ。
 ミューランに浴びせた罵倒は数えきれない。

 ”付きまとうな”と言った。
 ”気色悪い”とも言い放った。

 それでも会いに来るミューランと違って、腰や肩を抱き寄せた令嬢を見せつけて、綺麗だの可愛いだのと言ったが、その令嬢達のことなどもう記憶にない。
 記憶に残るのは、無表情のミューランだけだ。

 ああ、そうだ。オレは笑いかけてくれるミューランの顔を知らない。

 挨拶以外に、彼女が話しかけたことなどなかった。

 だから、彼女と会話した思い出なんて一つもない。

「ああ!! ミューラン! ミューラン!!」

 頭を抱えて、床に座り込む。

 ミューランに会わせてほしいと泣いて頼んでも、彼女はすでに王国を発ってしまったと聞き、再び絶望に突き落とされた。
 追いかけようにも、騎士が阻まみ、部屋から出してもくれない。
 普段のオレなら騎士の一人や二人、負けやしないのに、弱っていて簡単にねじ伏せられた。

 泣き啜る母上。憐れむ父上。
 王位を叔父上に譲るとかそんな話をされたが、まともに聞くことも出来なかった。
 ミューランはどこかとオレは問うが、返事は返ってこない。

「すまない、リュド。……こうなってしまって」

 父上が静かに謝罪を告げて、母上は啜り泣く声が響く。
 そうだ。こうなってしまったのは、誰のせいだ。
 父上が止めてくれないからだ。

 ミューランを止めてくれればよかったのに。
 オレのミューランを。オレの『運命の番』を。

 そううわ言で繰り返すと、母上の啜り泣く声が大きくなった気がした。


 純白の白豹の獣人のご令嬢。
 彼女は綺麗だ。この世の誰よりも美しい。
 射抜くように見据える瞳も、いつまでも見つめたい。

 もう一度会いたい。その瞳に、オレを映してくれないか、ミューラン。

 ”顔も見たくない”と言ったのは取り消す。
 ”オレを見るな”と言ったのも取り消す。
 顔を見せてくれ、ミューラン。

 煌めくその純白の髪に触れさせてほしい。
 オレはまだ、その絹のような髪に触れたことがないじゃないか。
 お願いだ。どうか。この手に触れる許可を。

 ”みっともない豹女”と罵ったオレを許してくれ。
 ”惨めな女”だと罵倒したオレをどうか。どうか許してくれ。
 謝るから、許してくれよ、ミューラン。

 君にした行いが、今更罪悪感となってこの胸を締め付ける。
 重くのしかかるんだ。

 物すら、投げつけた。
 例え、君に怪我を負わせていなくても、万が一のことがあったと想像するだけで、ゾッとして肝が冷える。君に怪我がなくてよかった。それは幸いだった。本当に。
 君に指摘された今までの横暴な言動も、俺を苛む。

 あんなことも、こんなことも。
 してはいけなかった。

 ああ、オレは傲慢だった。
 君が忌避するほどに酷かったのだろう。
 そんなオレでごめん、ごめんっ。

 苦しい。
 呼吸をするだけで、胸が苦しくて、喉もチクチクする。

 どうしようもなく胸の奥を締め付けるのに。
 酷く空虚な穴を感じるんだ。

 君がいない現実を、どう受け止めればいいんだ?


 これが『運命の番』を失くした竜人の末路?


 頼む、やめてくれ。
 取り消してくれ、ミューラン。

 オレを。オレを捨てないでくれ。見捨てないで。

「あああぁああっ!! ミューラン!! オレのミューラン!!」

 ろくに食事は喉も通らず、一日中、嘆き悲しみ、明け暮れる。
 どんどん弱っていくことを自覚するが、なすすべもなく。


「……ミューラン…………すまない……――――」


 彼女を求めても届かないことに、ひたすら絶望していった。


 
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