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一目惚れの出会い編

12 特別な君を信じる。

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 新一さんが数斗さんに話すように勧めてくれたけれど、なんて話せばいいのだろうか。
 そもそも、長い付き合いのマナさんと私。どっちを信じてくれるだろうか。
 私なんて、会ったのは、今日で三回目だ。

 不安でソワソワしている間に、数斗さんは駆け付けた。

『七羽ちゃんっ』
「七羽ちゃん。どうかしたの? 新一が……なんか深刻そうな雰囲気で、俺を呼んでるって……」

 不思議と、肩の力が抜ける。

 数斗さんの声が、優しくて……安堵してしまう。

「あっ……えっと。長くなるかもしれませんが、手短に頑張りますっ」
「ん? うん?」

 深呼吸をしておく。真樹さん達も待たせてしまっているから、早く伝えなくちゃ。

「わ、私っ……いきなり重い話ですが、家族が、複雑でしてっ」
「……うん。ゆっくりでもいいよ。こっち座ろう?」

 焦らなくていいと、数斗さんは肩を押すと、自動販売機の隣にあったベンチに座らせてくれた。

「自分の父親の顔……も、覚えてないんですけど……だからこそ、母の再婚相手を実の親だとばかり思い込んで懐いていたのに……でも鈍感な子どもだったから、嫌われているって、その、気付けなくて……ある日、実の子じゃなくて、嫌いだって、話を聞いちゃって……」
「……つらかったね……」
『可哀想に……』

 憐れんでくれた数斗さんが、膝の上に固く握った両手の上に、手を重ねて宥めてくる。
 泣きたくなる過去ではあるけど、泣いちゃダメ。
 過去は過去。
 今が大事。

「それからずっと。ちゃんと、相手の気持ちを察しようと頑張ってきたと言うか……なるべく、嫌われているのに、むやみに近付かないようにって、心掛けてきまして」
『えっ……なんで、そんなことを……今?』
「いきなりで、本当にごめんなさいっ。数斗さんの友だちを悪く言ってごめんなさいっ。でもっ……マナさんには……私、嫌われているみたいで……」

 顔を上げて数斗さんを真っ直ぐに見て言うけれど、怖じ気づいて、顔を背けたくなった。
 驚いた顔をした数斗さんも、やっぱり、マナさんが悪く言われるとは想像していなかったのだろう。

「悪意……しか、感じられなくて……」

 潤んでしまうけれど、涙は出るなと念じて、必死に訴える。

 ここまで来たなら、数斗さんにはマナさんを警戒してほしい。
 本当は腹黒女子で、真樹さんも新一さんも、心では罵るような人だから。

 信じないでほしい。

 じっと見つめてくる数斗さん。

 その間、心の声も聞こえなくて、生きた心地がしなかった。

「朝から……そうだったんだ?」
「……はい」
「そっか……ちゃんと気付いてあげられなくて、ごめんね」
『ごめん、七羽ちゃん』

 私への、謝罪。

「いえっ……私が……私が勝手に……」
「ううん。様子がちょっとおかしいなって思ってたし、沢田から離れてる方が自然と笑っていたことには気付いてたんだ。なのに、今まで我慢させちゃったね……」

 ふるふると首を横に振るけれど、数斗さんが優しい声をかけてくれるから、涙が込み上がってきてしまいそうだ。

「沢田に、何か嫌なことされた? 言われた?」
『してたら、

 だから、怖い。
 涙が引っ込んだ。

 数斗さん。怒りがストレートに殺意に行くのですか……?

「そうではないのですが……仄めかしている、ような感じです」
「君を貶してた?」
「え、ええ……まぁ……とても遠回しに……」
『んー。はっきりとは悪意をぶつけられてはいないけれど、悪意を感じるってことなんだ?』

 首を捻るように傾ける私に、数斗さんなりに予想をする。

「具体的に、どんな会話だったか教えてくれる?」

 どんな……?
 聞き流して、かわしすぎて、記憶に留めているものがない……。
 多すぎるんだもん。罵倒が。

「あっ。……サービスエリアの時に……数斗さんの話をしたんですけど」
「俺の?」
「はい……。数斗さんが優しいねって、話を振ってきて…………」
『言いずらいこと……?』
「私のお兄ちゃんみたいだね、って」
『……沢田、

 だから、数斗さん。怒りが殺意に直結するの、やめましょ。

「だから、私……前に、数斗さんは嫌だって言ったことを答えたんです」
『! ……言ってくれたんだ……』
「……なのに、さっき、ランチで、?」
「あっ…………」
『おい……まさか……あの女…………。俺が七羽ちゃんを口説こうとしてるって知っていて、今日来てるくせに、七羽ちゃんに牽制してたわけ? ハハッ……

 数斗さん。三回目です。
 薄笑いで数斗さんは、マナさんの方を見た。目が冷め切ってる。

 ほらぁ……怒ると怖いですよ、新一さん。

「全然気付かなかったな……ごめんね、また俺のせいで……」
『坂田に引き続き……不可抗力だけど、七羽ちゃんに負担かけすぎ。俺といるの嫌になったどうしてくれるんだ……許さない』

 数斗さんは頭が痛そうに額を押さえて、もう片方で私の背中を擦った。


「…………どうして、私のことを信じてくれるのですか?」
『え?』


 思ったことを、確認したくなって、尋ねてしまう。

 こうやって信じてほしいと話したのに、どうして確認してしまうのか。
 信じてくれたのなら、それでいいのに……。

「マナさんの方が付き合いは長いですし……仲のいい友だちですし……気のいい美人さんですし…………私なんて、先月会ったばかりじゃないですか……」
『……七羽ちゃん、自分に自信ないんだろうな。とってもいい子なのに。……沢田のせいで、悪化したかもしれない。 

 だ、だから……数斗さんっ! 物騒! ヤンデレ!?
 他人には、物騒なタイプのヤンデレ!?

 顔が引きつりそうになった私の髪が、ひと房、手に取られた。
 そのまま、顔を寄せた数斗さんが、唇を重ねる。

 間近で、綺麗な黒い瞳と視線がかち合う。


「これが答え」
『もちろん、七羽ちゃんが特別だからだ』


 にこ、とその距離で微笑まれて、思わずバッと身を引く。
 じゅわあっと、顔が熱くなった。

『真っ赤だなぁ……効果てきめん? 可愛い』

 くすくすっと数斗さんは、私の反応に機嫌を良くした。

「でも、ずるいな。なんで新一? 新一じゃなくて、俺に先に話してほしかったな。俺のワガママだけど」
『意外だよなぁ……。新一を追っていたから、びっくりしたし……新一も、七羽ちゃんの頭を撫でたら、なんか大笑いしてたし……』

 別に新一さんに怒っているような響きはなく、ただ不思議がっている。……ちょっとは不貞腐れているのは、気のせいかな。

「だ、だって……数斗さんについて来ちゃいますし……真樹さんはマナさんを信じるか、誤解があるって思うでしょうし……」
『消去法か』
「新一さんも、距離は取ってましたから……聞いてくれるかなって」
『その役、俺が引き受けたかったな。新一が、真っ先に頼られた……むぅ』

 やっぱり、不貞腐れている……!
 まるで上書きするかのように、数斗さんは私の頭を撫でてきた。

「んー……どうするか」
「気まずくなるのは嫌なのですが……もう、手遅れですか?」
「ん? 難しいね。ここで放っぽっていける、いい理由があればいいけど」
「放っぽる……!?」
「電車でも、二時間あれば帰れるから、そんなギョッとしなくていいよ」

 けらりと笑う数斗さん。

 いや……一時間くらいで車で来たのに、電車で帰れとは言えないでしょ……。
 た、確かに、大人ですから……帰れなくはないでしょうが……。

 殺す発言を繰り返す数斗さんなら、やりかねない……! 車も、数斗さんのものだし! 拒否出来る立場にあるから、実現しそうで怖い!


「今まで猫被りしてきたのなら、主演女優賞ものだよねぇ……。新一はなんて?」
「なるべく、マナさんから離してあげると」
「わかった。真樹に知らせないのは悪いけど、真樹には沢田の相手してもらって、あとで詫びようか。そもそも、沢田を紹介するって言い出したのは、真樹だしね」
「あははっ。そんな、意地悪ですね」
「ふふっ」『よかった、笑ってくれた』

 茶目っ気に言ってくれた数斗さんは、先に立ち上がって、私に手を差し出した。
 当然、立つ手伝いをしてくれると思って、その手を取る。

「俺と新一でカバーするから、沢田が来ても、避けていいよ。あと、残りの二つに乗ったら、もう切り上げようか? 嫌な人とこれ以上居ても苦痛でしょ? 俺も居たくないしね」
「えっ、あっ、はい……」

 立ち上がっても、数斗さんの手は、私の手を放さなかった。
 目をパチクリさせている間に、数斗さんは私の手を引いて歩き出してしまう。

『はぁー、今日も告白はお預けだな。また他の女絡みで怖がらせちゃったし……。代わりに、手、繋いでもらおう。やっぱ小さい、柔らかい、可愛い……』

 え、ええぇ……。放さないつもりですか、数斗さん。
 しかも、今日、告白するつもりって…………。

「お待たせ。もう足、大丈夫? 次、行ける?」
「わたしは大丈夫だよー。そっちは? 七羽ちゃん、大丈夫?」
『お前のせいで大丈夫じゃないだろ』
『新一、頼む』

 私を心配するフリをするマナさんに、新一さんはお怒りの声を出す。
 数斗さんは目配せして、新一さんは軽く頷いた。

「大丈夫なら、行こうか」

 そう数斗さんは、半ば質問を無視するような形で、先を歩く。
 新一さんは間に入るような位置で歩いて、マナさんが私から遠ざかるようにしてくれた。

『は? なんなの? 手を繋いだままって……! 深刻そうだったのに……告白した? 付き合うことにした? どっちよ!! ホント上手くいかない! ムカつく!!』

 数斗さんが私に構えば、マナさんの心の声は荒ぶるのよねぇ……。

『ええ~? マジで何があったんだろう? でも、七羽ちゃん、元気そうだし……数斗も、手を握ってるし……大丈夫、かな?』

 何も知らないままの真樹さんに申し訳ない。なんて詫びろう……。
 心配してくれた上に、腹黒女子の相手を押し付けて、申し訳ない……。

 でも、おかげで、マナさんとあまり接することなく、残りの乗り物を楽しめた。
 ほとんど、手を繋がれていたけれど、守られている証だ。


 
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