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06 妖々。
しおりを挟む「何故……こうなった」
私は重すぎる足を上げて、一歩踏み出した。そうやって山を上がっていく。
けれども、それは山登りの疲労からくるものではない。
「何故、こうなったのかなぁ?」
ヒクリ、と口元をひきつらせる。
私の背中には、もこもこのふわふわの妖(あやかし)が大勢乗っていた。
私の頭くらいの大きさの一頭身で淡いパステルカラーの毛にまみれた妖は、何故か私の匂いを嗅いでは背中に引っ付く。それが重なって今やなんか羽毛のコートを何枚も羽織っている気分だ。重いし、暑い。
この世界の妖は、どちらかというと妖精に近い。容姿が可愛い。これは毛玉と言う名の妖だ。人には気紛れに近付くこともある。けれども、大半は遠巻きに眺めるのだ。人によっては見えたり見えなかったりする。
どうやら私は妖が見えて、妖に好かれる質らしい。すりすりと頬擦りされる。
別にいいのだけれども、重い。重いよ。妖の諸君!
「ちょっとお姉さん、鮮麗滝を目指すのだけれど」
「ピィ?」
「このまま乗っていると連れて行っちゃうよ?」
「ピィ!」
むしろ、連れて行ってほしいみたいだ。
お姉さん困る。困るよ。重すぎるよ。妖の諸君!
真っ直ぐ東南に向かってのそのそと歩いていた私は、やがて陽が暮れてしまったことにため息を溢す。開けた場所で野宿することにして座り込めば、やっと妖達は私の背から離れた。
背中が軽くなった、ふぅ。お腹空いたな。
昨夜から何も食べていない。流石に疲れと目眩を感じる。
朝になったら食べれるものを探そう。滝に着く前に倒れてしまいそうだ。私は、魔剣の真華雪を抱くように座った態勢のまま眠ろうとした。
「ピーィ」
そこで話しかけられた、と思う。目を開いてみれば、頭に木の実らしきものをたくさん乗せた妖達が私のそばで跳ねていた。ポロンッと落ちた木の実を一つ手に取る。匂いを嗅いでみれば、甘い香りがした。
「食べ物? 私のために取ってきてくれたの?」
「ピィ!」
「そうなの、優しいのね。ありがとう」
「ピィピィ!」
何を言っているかはわからなかったけれども、もしかしたら今日一日運んでくれたお礼なのかもしれない。私は笑ってお礼を伝えたあと、口に放り込む。
甘酸っぱい。いや酸っぱい方が強い。
なんだかビタミン豊富そうな木の実だ。
お腹を満たそうと取ってきてもらったもの全てを完食した。
「……そう言えば……こんなに夜と離れたのは初めて」
距離もそうだけれども、一日会わなかったのは初めてだ。
牢屋にいた時も、一日一回は会いに来てくれた。
寂しさが襲いかかってきて、私はギュッと自分の膝を抱き締める。
このまま会えなくなったら、生きていけるだろうか。
彼に対する気持ちで、死んでしまいそうだ。
私は首を左右に振って、その考えを振り払った。
麒麟が私の方が夜に吉兆をもたらすと言ってくれる、と信じよう。
「ピーィ?」
「グスン……泣いてなんかいないよ」
ちょっと鼻を啜ってしまうけれども、泣くことは堪えた。
妖は心配してくれたのか、寄り添ってくれる。
もこもこのもふもふだ。癒される。
道のりは獣道だから、人間が通った形跡がない。人が珍しくて引っ付いてくるのだろうか。何はともあれ、こうしてそばにいてくれるのは心強い。独りぼっちよりはずっといい。
私は魔剣を抱き締め、もこもこもふもふを感じつつ、横になってそっと眠った。
目覚めた時には、もこもこのもふもふの妖に埋もれていたものだから、重い。重いってば。妖の諸君!
一匹の重さはそうないけれども、たくさん乗られると重さを感じる。
ゆっくり一匹一匹下ろして、起き上がった。するとまた木の実を持ってきてくれる。いただきます。今日の糧にさせてもらおう。
「よし、出発!」
「ピィ!」
「ピィ!」
「ピィ!」
「やっぱりこうなるのね……」
魔剣を携えて、いざ出発をしようとしたら、妖達は私の背に飛び乗ってきた。今日も背負っていけとのことだ。これ何の修行。
今日も獣道を、妖を背負って進んだ。
どんどん進んでいくと、何やらざわめきが聞こえてきた。
背中に乗っている妖達が「ピィピィピィ!」と騒ぎ出す。私の背中から飛び降りたかと思えば、一直線に右に向かった。
「え、ちょ、待って!」
私は印に髪留めの帯を枝に巻き付けてから、何事かと妖のあとを追い掛ける。
茂みを掻き分けて進むと、開けた小さな場所に出た。
そこには、人がいる。白い着物に身を包み、白い髪をした男性。左腕には傷を負っているようで、真っ赤に染まっていた。血が滴る。
「どうしたのですか!?」
慌てて飛び込んでから、状況を理解した。
茂みの中には、大きな狼の群れがいる。どうやら襲われているらしい。傷は狼のものか。
狼はライオンくらいの大きさで、茶色の毛並み。血に飢えている牙を剥き出しにして、こっちを唸って見ている。
「下がりなさい!」
私は魔剣を抜く。まじないの気配を感じたのか、狼は身を低くする。
けれども引く気は無いようだ。唸り、飛び掛かる準備をする。
真華雪を振って、吹雪を出す。目の前の雑草は凍り付く。
「飛び掛かってきたら斬るわよ!」
言葉は通じないと思うけれども、私は声を張り上げる。
こちらも威嚇していることは、伝わっているだろう。
狼の群れと睨み合い。流石にこの数に飛び付かれては負けてしまう。
でも魔剣は怖いらしく、渋々といった様子でタタンッと跳ねるように駆けて逃げた。私はまだいないかと茂みを睨んだがいない。よし。
「大丈夫ですか?」
後ろを振り返って手を伸ばすけれども、バッと振り払われた。
「触るな人間!!」
「!」
その言葉で、彼が人間ではないと知る。人の姿をした何かだ。
「でも、止血しないと」
「触るな!」
「でもっ」
どうやら人間が嫌いな何かのようだけれど、そう嫌っている場合でない。
まだ血が滴り落ちている。私は自分の着物の袖を真華雪で裂いた。
「私は月花。訳あって鮮麗滝に麒麟に会いに行くの。鮮麗滝なら傷が癒えるはず、でしょう? 行きましょう」
「っ」
裂いた袖を、傷を確認して巻き付けようとする。でも彼が着ているのは、着物じゃないと気が付く。腕は翼だ。襟に見えたのは黒い羽根。
驚いたが、その傷を塞ごうと袖を巻き付けてきつく縛った。
ぎろり、と琥珀の瞳で睨まれたが気に留めない。
足元には、傷付いた妖がいる。二頭身で一見幼子に見えるけれど、黄色い肌と髪をしていた。木の葉で出来た着物を着ている。この子を狼から守って怪我をしたようだ。
「この子、運べる?」
「ピィ!」
「じゃあお願いね」
毛玉の妖に問うと、返事をした。毛玉の妖にその子を任せて、私は白い男性に肩を貸す。
「人間などにっ」と悔しそうに漏らすけれど、それは聞き流した。
ピンクの毛玉の妖の案内で進んでいくと、水の音が耳に届く。
細かい水飛沫がかかる。木々を抜ければ、そこには滝があった。
青く澄んだ空から、純白の滝が上から注ぎ、そこには湖が出来ている。その湖の真ん中には、それはそれは大きな樹があった。湖は透明で、水底が丸見えだった。青々しい苔がたくさんあり、煌めいて見える。砂や朽ちた大木は琥珀色。本当に美しい。まさに鮮麗だ。
息を飲みつつも、湖に彼を運ぶ。
彼は自ら身体を湖に沈めた。次に私は妖の子を頭を支えてあげながら、同じように湖に沈める。血が、透明の湖に染み込む。それが浄化されるように、溶けて消えた。
彼の方を見てみる。苦痛に歪んだ顔が和らいでいく。妖の子の傷も、癒えているようだ。私は黄色い髪を撫でた。赤子のような頬。円らな瞳。可愛い妖。
優しく微笑むけれど、妖の子は恥ずかしそうに両手で顔を隠してしまった。
「今日は随分と賑やかだな」
そこに声が落ちてくる。頭に響くような低い声。
探してみれば、崖の上を見下ろす麒麟がいた。
鹿のように立派な角。鱗が煌めく身体も瞳も角も、黄金色。私を見下ろして、笑っているようだった。
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