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02 日々、甘々。
しおりを挟むあなたは右腕に口付けをする癖がある。
唇が触れたそこから、とろけるような熱が灯る。
十歳になった年。ずっと王宮で生活していたけれども、たまに街に出掛けることが許可された。もちろん、夜と一緒で、お忍びだ。護衛は言わずも、付いた。
「この着物、月花に似合いそうだ」
「着物はいっぱいあるよ」
「いいじゃん、たくさんあっても困らないだろ?」
「遠慮させて」
私は苦笑を零してしまう。遠慮くらいさせてほしい。
贅沢なほど、着物をもらってしまっている。
着物は肩部分を露出するデザインが多くて、そこをケアを重点的にすべきだと侍女のお姉さん方が教えてくれた。チャームポイントの一つだろう。
「あ。この耳飾り、似合いそう。耳飾りならいいだろう?」
「ああ、綺麗だね」
金色のひし形がぶら下がる耳飾り。それは欲しいと素直に思った。
「じゃあこれ、今年の誕生日の贈り物な」
そうニッと笑って見せた夜。
私の誕生日を祝う品を選んでくれていたのか。
毎年欠かさずに祝ってくれる。
「ありがとう、夜」
「ほら、つけてやるよ」
購入をすると、すぐに耳飾りをつけてくれた。何年も前に耳朶には穴が空けられたから、そこに通してくれる。近い距離。触れている。
「似合ってる」
どう? と訊く前に褒めてくれた。それからチュッと口付け。
人前だったから照れてしまう。人前じゃなくても、照れた笑みを零してしまうのは癖なのだけれどもね。
私の方は、いつも手作りの何かを夜に贈っている。お菓子だったり、何かの飾りだったり。なんでも手に入る王子の夜に、贈りたいのは私の真心だったからだ。毎年時間をかけて考えて、時間をかけて作って、喜ぶ夜の顔を見る。楽しい一時だ。
「あ、肉まん、食べて行こうぜ」
「殿下。いけません」
「いいじゃねーか。一個だけ」
買い食いを止める護衛の制止の声も聞かず、一つ購入する夜だった。
護衛も大変だな、と私は笑いを零してしまう。
いつも買う肉まんのお店の前で、夜は半分に割って私に渡した。ホクホクで温かいそれにそれにかぶり付く。夜もそれにかぶり付く前に、護衛に止められた。夜は毒味してもらう習慣がある。
なんて考えていたら、喉に痛みを覚えた。噎せて、ほぼ無意識に食べたものを吐き出す。
「月花!?」
「ゲホゲホッ!!」
その場に蹲る私を、夜の腕が抱き上げる。
「医者を呼べ!! そいつらを捕らえろ!」
護衛に指示を飛ばす夜の焦った顔を見て、私は徐々に意識を失った。
目を覚ましたのは、天蓋付きベッドの上。そばには夜が座っていた。
「よ、る……」
声は掠れる。私の手を握って見つめていた夜は、顔を上げた。
「月花! 無理するなよ……癒えるまで時間がかかるって医者が言ってた」
「うん……」
「俺のせいだ……ごめん……」
夜のせいではないと私は首を左右に振る。
けれども、夜の方が激しく首を振った。
「月花を狙った暗殺だったんだ」
それには流石に驚いてしまう。狙いは私。
「月花が俺の結婚相手だって気に入らない家臣の仕業だった。月花を消して、自分の娘を嫁がせたかったんだと。それで月花の命を奪おうなんて……許せねぇ……」
夜はわなわなと怒りで震えていた。
そんな手を、私は優しく包む。
険しい表情は、すぐに笑みに変わった。
「もう投獄したから大丈夫だ。月花を狙う輩がいたら俺が許さない! って宣言もしたし、これからは俺がちゃんと守るからな」
家臣達が集まる玉座の間で、高らかに宣言した夜の姿を簡単に想像出来た私は、笑みを零してしまう。コクン、と一つ頷いて見せた。
「絶対に守るから」
もう一度言った夜は、私の右の二の腕に口付けを落とす。
それから、横になった。
「今夜は一緒にいてもいいか? 離れたくないんだ……」
私の許可がなくても、もうそのつもりでしょう。
私は笑いながら、頷いて見せた。夜は私の手を握ったまま、すぐ横で眠りに落ちる。私もその存在に安心を感じながら、もう一眠りした。
寝伏せった日々は、いいものだ。夜は付きっきりだし、作法の稽古もお休み。快適だった。
それからというもの、私にも護衛が付くことになり、迂闊に王宮を出ることも禁止される。夜も私の身を案じて、王宮を抜け出すことをやめた。
好きだったんだけれどなぁ。
丘から夕陽を見て、それから口付けをする時間。
けれども、それは夜も同じみたいで、どちらかの部屋に入る時は人払いをした。それから、窓辺に座って夕陽を浴びながら、口付けをする。
夕陽を浴びた庭もなかなかみものでいい。照れたら、そっちに目を向けて眺めた。やっぱり、夜の部屋から見る庭の方がいいと思う。
数え切れないほど口付けをした。
それは触れるだけの口付けだ。
だから、私の部屋で恋愛の本を読んでいる時に、ふと夜が。
「深い口付けってどうやるんだ?」
と疑問を投げた。
十四歳になった私は、少し考えたあと。
「多分こうだと思う。じっとしてね?」
私は実行してみる。ずいぶん美少年に育った夜の顔に両手を添えて、そっと唇を重ねた。自分の唇で夜の唇を抉じ開ける。それから、チュッと吸い付く。それを繰り返していくと、夜も真似てきた。
じっとしててって言ったのに。
自然と開く夜の口。私は自分の舌を滑り込ませた。僅かに夜の身体がビクリと跳ねたけれど、続ける。舌を絡ませた。
あ。息するの忘れていた。
息が乱れて、私は唇を離す。ずっと閉じていた目を開けば、頬を赤く染めた夜の顔があった。恍惚とした表情を見て思ってしまう。
私、いけないことしちゃったかもしれない。
「……すっげー気持ちいい……もっとしようぜ」
そう言った夜は書物を投げ出して、私を抱え上げた。どこに行くのかと思えば、絹のカーテンを退けて私のベッドへ。そこに下された。覆い被さるように私の上に腕をついた夜は、早速私の唇を奪う。
さっき私がしたように唇で唇を抉じ開けてから、チュッチュッと吸い付く。私も夜の動きに合わせて、唇を動かした。すると、レロッと舌が入ってきたものだから、ビクリと震えてしまう。これはそういう反応してもしょうがない。
呼吸を忘れずに、深い口付けを受ける。ピン、と背筋を伸ばしてしまう。
夜の着物を、握り締めた。
「んっ……」
そっと夜の右手が私の髪を撫でる。
「なんか……」
唇を離して、囁いた。額は重ねたままの距離だ。
「月花をめちゃくちゃにしたくなる」
濡れた唇に囁かれたその言葉は、ゾクリと何かが身体に駆ける。
「なんだ? この感じ。お前のこと大事なのに、めちゃくちゃにしたくなる」
「えっ……?」
私はポケッとしたまま、聞き返す。
言葉とは違い、優しい手付きで私の髪を撫でる。幼い頃から伸ばした栗色の髪を掬って、握り締められた。
ゆっくりと口を開いた夜が、また口付けを重ねる。うっとりしてしまう。
私も夜の漆黒の髪を、指に絡めて握り締めた。
いつの間にか剥がされた袖。晒された右腕に、口付けをしてきた。
「もっと口付けをしたい……いいか?」
「うん……」
とろとろにとけてしまいそうなほど、熱い口付け。
そうやって、私達は甘い一時を楽しんだ。
そうして私と夜は、時間を重ねた。
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