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03 王子と王女と王。

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 私は騎士の護衛付きで、城の中の散策の許可をもらったので、フェニーと一緒に回る。
 先ずは結界を張る場所、聖女の祈り場と呼ばれているバルコニーの場所を覚えて、フェニーが気ままに城の中を進むのでついていく。護衛として二人の騎士も、ついてくる。挨拶をしてから、私語はなし。黙々とついてきてくれる。次第に二人の存在を忘れて、美しい城の中を闊歩した。
 見とれる景色を。

「お父さんとお母さんと一緒に見たかった……」

 そう思ったことを、ポツリと口から溢してしまう。
 手入れが行き届いた庭園のレンガの道に突っ立っていれば、それが来た。
 我が物顔でど真ん中を突き進む、私より年上のような少年。白金色の髪は短く切ってあり、青い瞳を爛々と輝かせている。

「昨日、お主に見惚れていた王子ではないか」

 王子だって? 今、見惚れていたとか言った?
 きっと謁見の時にでも見ていたのだろう。正直国王陛下しか見ていないから、わからないが。
 王子ならちゃんと挨拶しなくてはいけないかしら。

「聖女ルーベネ! 婚約してくれ!!」

 迷っていれば、いきなりそんなことを言われてしまった。

「君ほど美しい人はいない! 王位継承者のこの私と結婚が出来るんだ、光栄だろう?」

 あ、生理的に無理だな、この王子。
 その感想は、心の中だけに留めておく。言っちゃだめなんだろうな。きっと。
 胸を張って鼻まで高くしている王子を見て、なんて答えれば正解なのだろうと考え込んだ。

「どうした? 答えを聞かせておくれ。もちろん、承諾する以外ないだろうが!」
「いえ、お断りします」

 あ、つい本音が。

「えっ」

 自分に酔いしれている王子に、このまま婚約を成立させられたくないがために言ってしまった。
 ここは形だけでも敬っておこう。

「殿下と婚約なんて身に余る光栄です」

 というか、名前知らないのだが。
 国王陛下は、確かブロンダーというお名前だと、お父さんに聞いた覚えがある。
 そう歳が変わらなそうな王子の名前を知らないのは、無理もないかもしれない。
 それとも、私が疎いだけだろうか。

「なっ! 自分が庶民の出だからと卑下にするな!」

 卑下というほど謙遜はしていないのだけれど、やっぱりこの王子無理。

「聖女は偉大な存在だ! 場合によっては、王族より偉いそうだ!」
「そうなんですか?」
「そうだ、だから心置きなく婚約をしようではないか!」

 いきなり結婚を迫る王子が気持ち悪いと思うのは、女の子として失格だろうか。
 王子様に結婚? きゃー! って普通の子なら黄色い声を上げるのかもしれない。
 しかし、好感を一切覚えない彼には、そうはなれそうになかった。
 王族より偉い話が本当なら、気持ち悪いと一蹴したい。
 またもや断るわけがないと自信満々な王子。これが王位継承者か。不安だ。

「お兄様。いくらなんでも早すぎるのではないでしょうか? もっと時間をかけてお互いを知り合ってから、結論を出した方がいいと思われます」

 そう会話に加わったのは、真っ赤なドレスを着たお姫様だった。
 フリルとリボンがふんだんにあしらってある真っ赤な薔薇のようなドレス。
 白金の髪はカールしてツインテールにしていて、青い瞳は大きめ。
 兄と呼んだから、間違いなくお姫様なのだろう。

「ローズ、口出しするな!」
「失礼しました。お兄様が聖女様に対して無粋な婚約を申し出ていたので、つい」

 にこやかに微笑むのに、お姫様の言葉には棘がある。薔薇みたいなお姫様だ。
 名前まで薔薇か。

「なんだと! 子どものお前に何がわかる!!」
「女心はわかっているつもりです、女なので」
「ふん! 邪魔が入ったから出直すとしよう! 聖女ルーベネ! また会おう!」

 いや結構です、の言葉は飲み込んだ。
 手を振って引き返す王子にお辞儀をしておく。
 それから、お姫様のローズ様にもお辞儀をした。

「愚かな兄の愚行をお許しください、聖女様」
「いえ、愚行というほどではありません」
「お気を悪くしていないようで、安心しました。わたくしはローズと申します」

 首を左右に振ると、にこっと笑みになるローズ様。

「ルーベネと申します」

 兄と妹で仲が悪いのかな、なんて思っていれば。

「ああ、お見苦しいところを見せてしまいましたね。見ての通り、兄とはこの調子になってしまいますの。なんででしょうね?」

 なんてクスクスと笑う。全然困ってはいないようだ。

「城の散策でしょうか? 一日では終わらないでしょう。よかったら、わたくしが案内しますよ」
「王女様に案内させてしまうのは申し訳ないです」
「いいのですよ、これくらい。あ、こちらにいらしてください。秘密の園がありますのよ。とはいえ、城で働いている者達は知っているので、全然秘密ではないのですが」

 さっきは棘のある言葉を放っていたけれど、年相応らしく無邪気な笑みで歩み始めた。
 フェニーを見上げれば、面白そうに「ついていこう」と言うので、ローズ様のあとを追う。
 庭園の中に植木に囲まれた空間があって、ブランコが取り付けられていた。きっとここは、子どもである王子やお姫様のために作られた場所ではないのだろうか。そう思った。木の枝から垂れているブランコは、そう古くはない。

「乗りますか?」
「……いえ、遠慮します」
「ではわたくしが乗りますわ」

 ブランコの思い出を掘り返した私は、無意識に拒む。
 ローズ様が赤いドレスでそっとブランコに腰掛けて、揺れ始めた。
 フェニーはそんなローズ様の周りを浮遊して、不思議そうに首を傾げる。龍はブランコに縁がないのか。

「何を見ていらっしゃるのですか?」

 視線の先を追いかけて、ローズ様が問う。

「私にしか見えない神聖な龍がいるのです。今、ローズ様のおそばにいます」
「まぁ、妖精のように見える者だけが見えるような存在がいるのですね。わたくしもお目にかかりたいですわ」
「見える人は稀だそうです」
「そう、わたくしは違うのね、残念ですわ」

 正直に見ているものを答えると、次はローズ様は結界について話し出した。

「聞きましたわ。国を囲う結界を一瞬で作り上げた力の持ち主だそうですね。通常の見習い聖女なら、何時間もかかってしまうものを、一瞬で。やはり選ばれし聖女様なのですね」
「私にしか見えない神聖な龍が指南してくれたおかげです」
「そうですの?」

 ローズ様が尋ねてくるから、私は答えられることは答える。
 フェニーが聖女の森の番人の使命を担っていたこと。
 聖女を迎え入れたあとはやることもないから、ついてきたこと。
 それから豊作の力まであることを話した。
 最後のは、国王陛下の耳に真っ先に入れなくてはいけない情報では?
 そう疑問が過ると、ブランコから降りたローズ様が難しそうな顔をした。

「豊作を約束してくれるなら、神にも等しい存在ですわね。これは王族よりも敬われる存在ですわ」

 神にも等しい存在。
 その言葉にちょっとゾクッとしてしまった。

「教えてくださり、ありがとうございます。聖女ルーベネ様。この胸にあった不安も取り除けました。正直、急に現れた聖女様に嫉妬などをする輩が攻撃するのではと心配しておりましたが、正真正銘の偉大な聖女様ですから大丈夫ですわね」
「え?」
「ああ、お気になさらず。聖女様はお守りいたしますわ。この国の騎士達も、このわたくしも微力ながら」

 自分の胸に手を当てて、お姫様のようにお辞儀をしたローズ様が、部屋に戻ろうと言うので、送ってもらう。

「わたくしも母を亡くしたのです」
「……存じております」

 私の部屋の前で立ち止まると、ローズ様がそう切り出した。
 王妃である母親を数年前に亡くした彼女も、私の両親の話を聞いたのか。

「きっとわたくし以上につらい思いをしたのでしょうが、ここが新たな家だと思える日まで、どうか無理をなさらずにいてくださいね」

 そう優しく笑いかけるローズ様。
 ここが新たな家か。ちょっと無理そうではある。城が家だと思えるなんて。
 住めば都という前世のことわざもあるし、慣れれば家だと思えるのかもしれない。

「お心遣いありがとうございます」

 私はそう頭を下げた。

「王子も王女も、なかなか面白いな」

 部屋の中で浮遊するフェニーが、感想を述べる。
 龍からすれば面白い人間ということか。
 私としては、王女のローズ様は国王陛下似で、王子は顔だけだと思う。容姿だけはキラキラ王子だった。

「聖女様。国王陛下がお呼びです」

 ベッドで休もうかと思ったけれど、騎士の一人が呼びに来てしまったので、行くことにする。
 国王陛下のお呼び出しでは断れないだろう。
 でも昨日のように正装はしなくてもいいらしく、そのまま談話室に通された。

「先ずは我が息子のいきなりの婚約の申し出、誠に申し訳ございません」

 向き合って座るなり、頭を下げられてしまったので戸惑う。
 もう耳に入ったのか。誰が告げ口したのだろう。もしや王子自身で報告したりして。

「いいえ、驚きましたが、国王陛下が謝るほどのことではございません」
「聖女ルーベネ様。あなたは神にも等しい力をお持ちです。我々王族よりも高貴で尊い存在なのですから、王位継承者とて気軽に婚約を申し込んでいい方ではありません。どうか、息子を許してもらえないでしょうか?」

 ローズ様と同じことを言っている。
 神にも等しい力か。豊作って、強いのね。

「許しますので、顔を上げてください」
「ありがとうございます、聖女ルーベネ様」
「私の力のことをお聞きしたということは、龍の存在もお聞きしましたか?」
「はい。私にも見えません。残念でなりませんね」

 国王陛下も見えないことを残念がる。

「ローズ様も、そう仰っておりました」
「ローズとも話をしたのですね」
「はい、ちょうど殿下の婚約の申し込み中に割って入って助けてくれました。国王陛下に似て、優しさをお持ちですね。龍のフェニーはお二人を面白いと言っておりました」

 国王陛下は優し気に目を細めて、私を見つめた。

「ローズは母親似ですよ、その優しさもまた母親似。私は彼女からもらった優しさを持っているだけです。本当に優しい女性でした」

 懐かしむように視線を落としたが、にこりと笑いかける。

「えっと、私が祈ると豊作になるという話もフェニーから聞いただけです。まだ私自身出来ると言う確証はありません」
「何を言う、国中の豊作を願うだけだ。簡単ではないか」
「先程はそう言えず、すみません」
「これ! ルーベネ!」

 フェニーがパタパタと私の頭の上で尻尾を動かすが、出来ないことは出来ないと言っておく。
 嘘じゃない。事実だ。やったことがないもん。

「聖女になったばかりですから、当然ですね。過度な期待を抱き、重ね重ね申し訳ありません」
「いえ! そんな……」
「豊作の祈りは置いておいて、結界について尋ねておきたいのですが……聖女ルーベネ様の結界はどのくらい維持出来るのでしょうか?」

 維持か。それはちゃんと知らなくちゃいけないことだ。なんせ最果ては魔物被害が多いと聞く。
 フェニーを見上げると、むくれつつも「昨日の力加減なら一月は持つだろう」と答えた。

「一月だそうです」
「一月……!」

 驚かれてしまう。これも通常の見習い聖女と違うのだろうか。

「見習い聖女の結界は通常、どのぐらい維持されるのでしょうか?」
「見習い聖女の結界は……何時間もかけて張っても、三日が限度でしたね」
「……そうでしたか」

 ふむ。私は本物の聖女だ。と、改めて納得した。

「何を驚いている、本気を出せば半年は持つぞ!」

 フェニーが言うけれど、それは私から言わない方がいい気がする。
 なんかこれ以上持ち上げられてしまうことに、抵抗を覚えているのだ。
 だから豊作の祈りだって、出来る確証がないと言っておいた。

「まさに、大聖女様ですね」

 国王陛下は、シワのある顔で微笑んで告げる。
 また大聖女なんて言葉が出てきてしまった……。


 
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