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♰21 ただいま。
しおりを挟む久しぶりの入浴。お湯に浸かって、ぼんやりと考える。
家を借りるとしたら、やっぱり浴室があるといいな。
自分の浴室か。いいなぁ。
今頃、ロウィンはデュランの面倒を見ながら、湯船に白の長い髪を浮かべているのだろうか。
……デュランはお湯を黒くしないとは言ったけれど、ロウィンはお湯を白くしたりするのかな。
いや、フェンリルの姿ならともかく、人型ならそうなることもないか。
なんてしょうもないことを考えつつ、私はお湯から上がった。
「あれ? 待たせちゃった?」
呑気に長い髪を乾かしていたせいか、入浴場を出ると出口にロウィンとデュランが待っていた。
「デュランがのぼせたため、早めに出ただけだ」
ロウィンから聞いて、デュランを見てみれば、色白の肌は真っ赤になっている。
「あはは、本当だ」
「お風呂、熱いね~」
へにゃりと仄かに赤い顔で笑うデュラン。
のぼせているわ。つんつん。
「宿屋で家を借りる話をしてから、食事に行こう」
またたび宿屋へ向かう。
「おかえりなさいませ、ロイザ様ぁ! ご無事で何より。長いお仕事、お疲れ様ですにゃん!」
「ありがとう、ヘニャータちゃん」
こういうお出迎えがなくなると思うと、寂しいな。
猫耳の看板娘ちゃん。可愛い。
「男性二人を連れ込むなんて、モッテモテですにゃん!」
「私はモッテモテなんだよ」
もちろん、冗談でヘニャータちゃんは笑っている。
しかし、すぐに笑いも止む。
「この匂い! フェンリルのロウィン様ですかにゃ!?」
「……会ったことがあるか?」
「いえ、一方的に知っているだけですにゃん……」
委縮した様子で、おずっと頭を下げるヘニャータちゃん。
ロウィンは人の姿だが、匂いを覚えていたらしい。
幻獣だから、忘れもしないのかも。
「前に話してた家を借りる件だけれど、一度見学させてもらってもいいかな? この二人と住むんだ」
「にゃんですと! ロウィン様と契約をなさったということですね!? ちなみに……もう一人の方は?」
「デュラン。よろしくー」
「デュラン様ですね」
ヘニャータちゃんの意識が、デュランに向く。
流石にわかっている。闇の住人と名乗らない。
ヘニャータちゃんはあまり探らないことにしたようで、名前を聞いただけで満足する。
「今日は無理ですが、明日はどうですかにゃ?」
「うん、明日が都合いいなら、それでお願いしていいかな」
「わかりましたにゃん!」
「今日のところは、三人分の宿泊代を追加するね」
「はいですにゃん! 二部屋を用意すればいいのですかにゃ?」
収納魔法から、お金を取り出す。
すると、デュランが「ロイザと同じ部屋で」と言い、ロウィンは「主と同じ部屋で」と言い出す。
ほぼ同時だった。
「んー」
デュランはロウィンのもっふもふな毛に埋もれて眠ることを気に入っていたし、ロウィンも眠る時はフェンリルの姿をとっていたっけ。
デュランが私から離れられる距離は、だいたい五メートル強。それ以上は、離れられないらしい。物理的に。
入浴場ではギリギリだったみたい。一緒の方がいいか。
「ごめん、この男どもは床で十分らしいから、同じ部屋で眠らせて」
「そうですかにゃ……では、お代はいりませんにゃ」
「ううん、三人分泊るから、受け取って」
一度受け取ったお金をヘニャータちゃんが差し出すが、私はやんわりと押し返す。
「じゃあ、夕食とってくる」
二人を連れて、私はまたたび宿屋を出た。
「ほんと、お人好しだよね。ロイザ。律儀に追加で払わなくていいじゃん」
「なーに言ってんの。ヘニャータちゃんにもっと貢ぎたいわ……」
「……なにゆえ?」
癒しに対価を支払いたい。
「さて、何食べる?」
「露店で真ん丸のやつがいっぱい並んだもの! 美味そうな匂いしてた!」
尋ねれば、デュランはぱっと目を輝かせて言う。
んー……たこ焼きのことかしら。
ロウィンも、何か食べたいものがないのか。
目を向けてみると「肉」と一言。
「肉なら、ここ数日食べてたじゃん……ああ、主食なのか」
隙があれば、動物を狩っては食べていた。
でも肉食なので、肉ばかりを求めてしまうのだろう。
「二ホン露店通りなら、肉もあるでしょう。そこでいい?」
「主が行くところ、我も行く」
「決まりね」
確か肉の串焼きがあったと思うし、デュランは行く気満々だから、二ホン露店通りへ。
もう暗くなった空の下。いい匂いが飽和する日本の祭り感ある通りを歩く。
予想通り、デュランのお目当ては、たこ焼きだった。
一つもらって、ほくほくしたたこ焼きを頬張りながら、ロウィンがお肉の串焼きを買うところを横で見る。
「あれも美味しそう!」
「からあげ?」
デュランに手を引っ張られて、次の露店に移った。
串焼きを受け取ったロウィンも、すぐに追いかけてくる。
はぐれないためか、和服の袖の下から出た手で私の手を掴む。
……両手が塞がった。
はたから見たら、これってどういう関係に見えるのだろう。
私はふと、客観的に自分達を見てみた。
ピチピチの少女と、和服の獣耳の男と、半裸状態な青年の組み合わせ。
……まぁ、王都だし、色んな人がいるわけで、別に目立たないよなぁー。
そう現実逃避をしているうちに、ロウィンが支払い、デュランがわたあめを食べ始めた。
「とけた!! 口の中でとけた! 甘い!!」
爛々と目を輝かせたデュラン。
本当、食事を楽しんでくれて何よりだ。
そのわたあめを、デュランは私の口に押し付けた。
大きな幼児かな……?
なんか、いなかったっけ。食べ物をシェアしてくる幼児。シェアどころか、押し付けるレベル。
ぶっちゃけ、デュランは大きな幼児みたいなものか。
「……そうだ。アゲハ夜間学校に行かない? 紹介するよ」
幼児で、何故か思い出した。
留守が長かったから、帰ってきたことを教えに顔を出そう。
さよならは言わない、って話をしておきながら、すぐに長い間出掛けてしまった。
どうしているかな。気になったので、行くことにする。尋ねたが、二人に拒否権はない。
べたっとしている口元をペロリッと舐めつつ、二人の手を引っ張って、アゲハ夜間学校に向かう。
「学校?」
「校長に通わないかって誘われたの。この姿だから、始めは勘違いしてたらしい。私は、ランク上げの筆記試験の勉強するために机を利用してた」
「なるほど」
小首を傾げるロウィンに、それだけ説明をする。
「そう言えば、デュランの世界ってほぼ何もないんでしょう? 更地みたいって言ってたじゃん。なんでこっちのものの知識があるの?」
「ん? 覗いてたからだよ。色んな影から見聞きできるから、こちら側の知識は多少あるんだよ」
「ほー。なるほどね」
顔より大きかったわたあめを、ほぼ全部食べ切ったデュランは、ぺろりと自分の唇を舐めた。
「兄貴が見聞きする度に喜んだ姿を間近に見てたからねー。俺も、色々覚えた」
デュランの兄。この世界に憧れて、憎んだ。
そうか。だから、知っていたのか。
その兄も、デュランのように、こうして楽しめたらよかったのにね。
「あ、ほら。見えてきた。アゲハ夜間学校」
ちょうど授業中だろうか。
明かりのついた学校が、見えてきた。
授業中なら、邪魔しないように、窓から手を振るだけにしよう。
そう思ったのに、室内で授業をしていなかった。
全員、校庭に出ていたのだ。
アゲハ夜間学校の生徒だけではない。レイネシア学園の制服を着たメイサとキングス王子もいる。
真剣を構えた生徒一同が囲うのは、藍色の軍服のようなコートに身を包んだ警備騎士のレオナンド・グローバー総隊長。
漆黒の髪を夜風で靡かせて、琥珀の瞳で一瞥すると、よく響く低い声を放つ。
「来い」
一斉に飛び掛かる生徒一同。
負けるな、これ。私は傍観しながら思った。
十人超えが一心同体の動きで攻撃を仕掛けても、あのレオナンド総隊長には敵わない。
生徒一同が負けるのは、見えていた。
ゲッカを躱し、剣を一つずつ、いなしては叩き落す。
魔法は禁止して、剣だけで挑んでいるのかしら。
それにしても、なんでまた警備騎士の総隊長様が、学生相手に剣を振っていらっしゃるのか。
……またフェイ校長が強引にさせているのだろうか。
「待ってましたよ。ハートさん」
「リュート隊長さん」
敷地内に入ろうか迷っている私に声をかけてきたのは、リュートさん。
「先ずは、おかえりなさい。長い仕事をしていたのでしょう? お疲れ様です」
「ああ、はい。ありがとうございます。ただいまです」
耳が早い。もうギルドマスターから聞いたのだろうか。
笑みで応えつつ、どこまで聞いたのだろう。疑問に思う私の手に、リュートさんは注目していることに気付く。
ロウィンとデュランと繋いでいる手。
子どもっぽいと思われただろうか……。
まぁ、交流会に生徒として参加したところを見られたのだ。あれ以上の恥さらしはないと断言出来る。
「遅くなりましたが、氷の谷の件はリュート隊長さんの隊が行ったそうですね。なんか仕事を増やしちゃってすみません」
「ハートさんのせいではありませんよ」
「まぁそうなんですけど。リュート隊長さんも、お疲れ様です」
「ありがとうございます」
とても今更だけれど、お疲れ様を言いたいだけ言う。
「ロイザ。誰?」
頭に顎を乗せてくるデュランが問うから、紹介するべきだと気付く。
「あっ。デュランです、こっちはロウィン、知ってますかね。リュート隊長さん、警備騎士の一番隊の隊長さん」
「どうも、よろしくお願いいたします」
「嘘くさい笑みー」
リュートさんが差し出した手を見もせず、デュランが失礼なことを言う。
「信用出来そうにないね。後ろ盾してもらおうって言ってたやつだろう? 俺は嫌だな」
こら! リュートさんは、第二王子だぞ! 無礼だ! デュランめ!
あと、べったりくっつくな! 重いから!!
「率直な人ですね」
リュートさんは、柔和に笑う。
「あっ! ロイザさんだ!」
「ロイザさんが来た!」
アゲハ夜間学校の生徒達が、私に気付いた。
手を振り返したいところだが、あいにく手が塞がっている。
そんな私の元まで駆け寄ったのは、剣を放ったクインちゃんだった。
「ロイザちゃん!」
「クインちゃん」
私のお腹に飛び込んでは、背中に腕を回して抱き締めてくる。
さっき食べたものが口から戻りそうなほど、きつく締め付けられた。
「く、クインちゃん!?」
「お別れ、嫌って言ったのに……全然来ない!」
「来たじゃん……言わずに仕事に行ってごめん」
クインちゃんが、ふくれっ面で怒っている。
可愛いけれど、それに似合わず締め付ける力強い。
確かに、長く留守にするなら一言伝えるべきだった。反省して謝る。
心配しただろうか。何かあったのではないかって。
「本当にごめんね、クインちゃん。……ただいま」
私は笑って、その言葉をちょっぴり大事に告げる。
帰ってきた。
私の新しい日常に。
それを実感する言葉。
「うん、おかえり。ロイザちゃん」
親しい友だちのクインちゃんの「おかえり」は、ちょっぴり特別さを感じる。
やっと可愛い顔を綻ばせてくれた。
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