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13 聖女の初任務。
しおりを挟む「冒険! 冒険! 冒険!」
部屋で私は一人、ベッドの上ではしゃいだ。
聖女の亜豆ちゃんの初任務に同行してもいいことになった。
多分、へーリーさんと一緒に後方で援護をするだけだと思うけれど、それでも少しは亜豆ちゃんの役に立てるだろう。
一緒に頑張ったと、励まし合える。いい加減な言葉を渡さずに済む。
亜豆ちゃんの援護が、出来るように頑張ろう。
ふふっと笑いを漏らして、足をブラブラさせていれば、扉がノックされた。
「はい。どうぞ」
スカートを整えて、ベッドに姿勢を正しくして座る。
でも入って来なかった。リースさんなら、開けて入ってくる。へーリーさんだってそうだ。亜豆ちゃんはノックしては飛び込む。
誰だろうと首を傾げながら扉を開くと、目の前には健康的な肌色。厚い胸板。それを凝視してから、思わず扉を閉じようとしたけれど、ガッとブーツの先を挟んで彼は阻止した。
「聖女の初任務についていくことになったんだってな」
「ノットさん……」
ドギマギしながら、私はノットを見上げる。
ノットは扉に寄りかかって話を始めた。噂で聞いたのだろう。
聖女のおまけが聖女についていく、とでも。
あ、セドリックから直接聞いたのかもしれない。
「オレ達といた方が楽しいぞ」
「え、はい?」
「十三番隊は魔物退治だけが仕事じゃない。未知の地域の調査に、魔宮の調査もやるんだ」
「はぁ……」
扉を手にしたまま、私はポカンとする。
私、もしかして引き抜かれているのか?
「魔宮は魔法で出来た古城や宮殿のことな。魔法の仕掛けがいっぱいだぜ?」
ひょっこりとノットの肩かた顔を出したのは、ランスロット。
にっかりと笑顔を向けてくる。
「たまに魔法の秘宝を手に入れて帰ることがありますよ」
まだもう一人いるみたいで、声がした。扉をもう少し開いて見れば、リクがランスロットの後ろにいる。三人で来たみたいだ。
「三人とも……どうして、そんなことを私に教えてくれるのですか?」
「決まってるだろ。お前が魔法を好きだからだ」
琥珀の瞳が、真っ直ぐに私を見つめる。
「好きなんだろう? ま・ほ・う」
「ええ、好きですね」
どこら辺でそれ、わかったのだろうか。
魔法対決を望んだからかな。
「でも……聖女様の初任務に同行することを諦めるつもりはありません」
「まーいいよ。任務が入ったら、呼びに行くからさ。その時でも返事してよ」
ランスロットは、軽い調子で言う。
あれ、それでいいのか。
「でもセドリックさんには言ったのですか?」
「セドリックはいいの。堪忍袋の緒が切れなければね」
ランスロットが、そうケラケラと笑う。
セドリックには許可を取っていないということか。
「お誘い、ありがとうございます。同行する際ははぐれないよう、足手まといにならないようにしますね」
「足手まとい? ノットとあんなに派手にやり合って、それはないよ」
「ふぁああ」
一礼をしてみると、またランスロットが笑い、リクが欠伸を漏らした。
ノットとした手合わせが、そんなに評価が高いのか。
出来るやつだと思われたのは、いいけれども。
「じゃあね! 急に部屋を訪ねて申し訳ありません、レディー」
胸に手を当てて、ウインクをするランスロット。
リクの背中を押して、ランスロットは廊下を進む。
ブーツを引っ込めて背を向けたノットは、一度こちらを一瞥したけれど、行ってしまった。
扉を閉じた私は、ベッドにダイブをする。
第十三番隊とも約束したぜいえい!
あれ、でも、これって亜豆ちゃんが心配するパターン?
夕食時になって、私は亜豆ちゃんに「十三番隊と任務に行ったら嫌?」と尋ねてみた。
「嫌!!」
断固反対される。
「ジェームズ殿下が言うほど危ない人達じゃないよ?」
「え、そうなの? でも……心配だよ」
驚いた表情から、悲しげな表情に変わる亜豆ちゃん。
「私だって、亜豆ちゃんが初任務行くの、心配だよ?」
「お互い様って言いたいの? でもでも! 花奈ちゃんは普通の人だし……」
「じゃあこうしよう! 初任務で私が活躍したら、私を普通じゃないと認める!」
「ええ? 無理しちゃだめ!」
「無理はしないよ。援護射撃する」
指で銃を真似て、バーンと言う。
「絶対にへーリーさんから離れちゃだめだよ? 花奈ちゃん」
「はいはい。亜豆ちゃんは亜豆ちゃん自身のことに集中してていいよ」
「……うん」
見てみれば、亜豆ちゃんの食事があまり進んでいなかった。
やっぱり緊張とか不安とかを感じるのだろう。
私が初めて任務に同行すると決まった時は高揚感で一杯だったけれど、事前に行くと知っていてそのために努力を積み重ねてきたし、亜豆ちゃんは国というものを背負っているのだ。気楽には行けないだろう。
そんな亜豆ちゃんの背中をさすってあげる。
「一緒に頑張ろう」
そう声をかけることが、今は出来るのだ。
そして。
「花奈ちゃん……うん!!」
亜豆ちゃんが笑ってくれる。それだけで十分な気がした。
翌日。初任務の時。
亜豆ちゃんのようなザ・戦う聖女様の格好にはしてもらえなかったが、私もズボンを履いて騎士のような格好をさせてもらった。青いラインが入ったジャケット。黒のロングブーツも履かせてもらって、これが案外動きやすい。加速の魔法をかけた金具がついているそうだ。いざって時は足に魔力を込めれば、加速して躱せるとへーリーさんに教わった。
「えー、今回の任務この……ハナ、さんがついてくることになった」
王子が私を紹介してくれる。すごく嫌そうだ。王弟殿下にでもちゃんと紹介しろと言われたのだろうか。彼は見送りのため国王陛下と一緒にいる。
ニコニコしてこっち見ているわ。
それにしても王子に、初めてちゃんと名前呼ばれた。王子の年齢は二十歳だから、さん付けが妥当ね。私に対して敬語が出来れば、可愛げが出ると思うのだけれど。
もうすでに噂が耳に入っていたのか、または表情筋も鍛えているのか、動揺を見せずにただ熱い視線を私に注いでくる騎士達。
「改めまして、ハナと申します。足は引っ張りません! よろしくお願いします!」
私は元気よく挨拶をした。
「彼女は私と共に援護を務めます。第三番隊の皆さん、よろしくお願いしますね」
へーリーさんの手が肩に置かれる。
第一番隊が前衛、第二番隊が後衛。その間に聖女の亜豆ちゃんと王子と近衛騎士が二人。第三番隊は援護と救護に徹する。私とへーリーさんはその第三番隊と共にするのだ。
「自己紹介は移動中にでも済ませてくれ。では聖女精鋭部隊、出動する!!」
王子は威厳を発揮して、声を轟かせた。
ビシッと一斉に敬礼する騎士達。美しい動作だった。
王様に見送られて、ゲートを潜る。前に案内された城の西側の塔のアーチだ。
ゲートの先に予め用意された荷馬車に、へーリーさんの手を借りて乗った。
後ろを歩く騎士達が自己紹介をしてくれたので、頑張って記憶する。中にはパーティーで会った貴族子息もいた。なかなか身分が高い者が多いもよう。つまりは優秀なのだそうだ。
「……不気味な森ですね」
「怖気付けましたか?」
「いえいえ。前に来た森とずいぶん違うと思いまして」
鬱蒼しているけれども、どこか幹が萎れている気がする。不気味な森という印象を受けた。上は、曇天。
ゆったり動く荷馬車もガタガタと頻繁に揺れるし、道はあまりよくないらしい。
間も無くして、荷馬車は停まった。ここからは徒歩で進むそうだ。
降りて見てみれば、向かう方角には城らしき灰色の建物が聳えて見えた。
今回の任務の目的地だ。そこに住まう魔物退治。
甲冑をまとう騎士達と共に歩いて行けば、城がはっきりと見えてきた。
廃城になっているようで、そこかしら崩れている。周囲は足場の悪そうで、ぬかるんでいた。苔まで生えている。
「いたぞ!! 油断するな!」
王子の声が鋭く飛ぶ。
え、どこ? と私は、視線を彷徨わせて探す。
今回の魔物の名前はーーーーガーゴイル。
蝙蝠の翼を持ち、悪魔のような姿の魔物。元の世界では、ヨーロッパなどの建物の屋根に取り付けられている石像だ。それを思い出して、城の一部だと思っていた石像に目を留めた。
城には六体ものガーゴイルがいるという情報だ。近くに来た人間を城に引きずり込んでは食べるという。それでは飽き足らず、夜に街を襲撃しに来るそうだ。
それが一斉に動き出した。蝙蝠のような大きな翼を広げて、口を開けて雄叫びを上げる。六体のその声は、空気をビリビリと震わせた。
戦闘が始まる。
後衛の第二番隊が、宙を飛ぶガーゴイル達に魔法の攻撃を仕掛けた。
前衛の第一番隊は、襲い来るガーゴイルに剣を振るう。
カキンカキン。ガーゴイルの皮膚は石のように硬いらしく、剣は弾かれていく音が私の耳まで届く。私が初めて遭遇した魔物と、レベルが違うと理解出来た。
「ホーリーアローン!」
亜豆ちゃんが、光の弓矢を射る。第一番隊が相手していた一体のガーゴイルに命中した。
よし! ナイス! 亜豆ちゃん! 流石聖女様!
形勢は有利に思えた。だが、その時だ。
一際大きなけたたましい声で轟いたかと思えば、城を半壊させるほどの巨大なガーゴイルが姿を現した。その姿は、黒い。大口は人を一飲み出来そうだ。こんな巨大なガーゴイルがいるなんて聞いていない。
巨大な腕が一振りされた。亜豆ちゃんを狙われたが、一人の騎士が庇う。それでその騎士が、私達の真横まで吹き飛んで転がる。追い打ちに第二番隊の攻撃を躱したガーゴイルが、狙いに行く。
「ハナさん!」
私は迷うことなく飛び出した。
へーリーさんに呼び止められるが、彼は巨大なガーゴイルに攻撃を仕掛けている最中だ。手の空いている私の出番。
足に集中して加速、それから重力自在魔法も駆使して瞬時に、騎士の前に移動した。
そして、ガーゴイルの鋭利な爪が生えた手を掴み、念じる。
重力自在魔法は自分を浮かせるだけじゃない。触れたものの重力も操れる。だから思いっきり重くしてやった。
ズドンッ!
ぬかるんだ地面にガーゴイルはめり込んだ。沈む。
トドメに指で銃を構えて、バンッと撃ち込んだ。
それからすぐに後ろの騎士を振り返った。甲冑が切り裂かれて、血がドクドクと溢れてきている。生々しい光景に顔を歪めたけれど、躊躇している場合ではない。
「治癒魔法を行使します!」
「ハ、ナさま」
名前を呼ばれて、彼がエリュさんだと今気が付いた。
「うしろっ」
「!?」
その言葉に反応して振り返れば、あの巨大なガーゴイルが右手を伸ばしてきている。第二番隊の魔法攻撃が効いていないみたいに、真っ直ぐこちらに向かってきた。
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