20 / 587
死にそうなのはお前じゃない。私だ!
しおりを挟む吐き気がする。
部屋の中を一歩進む度に、足の裏にぬるりとした液体がまとわりつき、鉄の匂いが鼻をつく。
部屋の隅に転がる大きな塊が目に入った時から、今までうるさい位にドクドクいっていた私の心臓が、鼓動を止めたように何も聞こえなくなった。
深淵の森とこの部屋とを繋げた扉から漏れる光で、床の液体が赤黒く光る。足の裏も、パンツの裾も、歩く度に赤く染まっていく。
大きな塊は、そんな赤黒い溜まりの中心に在った。
「…ロード」
ひきつるような喉の奥から絞りだした、この世界で唯一知っている人の名に、その塊はぴくりと反応した。
「み…やび…」
消え入りそうな掠れた声で私を呼び、俯いていた顔を上げたのは…ロードだった。
「ゆめ、か…?」
たったひと月、会わなかった期間はそれだけなのに、目の前のロードはやつれ、傷だらけのうえ目は虚ろで、まるで別人のようだった。
「ああ…夢でもいい。会いたかった…っ」
意識が朦朧としているのか、夢だと勘違いしているロードに近付き手を伸ばす。
「ミヤビ…お前に触れてぇ…」
ロードの言葉に唇を噛む。
「…けど、これじゃあ触れる事も出来ねぇな…夢なら、腕ぐれぇ生やしてくれりゃあいいのによぉ…」
眉を下げて力なく笑うロードの両腕は、無くなっていた。
「…ばかロード」
所々血で固まった髪を撫でると、「神王様も最後の最期にゃ粋な夢を見させてくれるじゃねぇか」と目を細める。そんな様子に、胸が締め付けられた。
彼は、自身がもう長くはないと思っている。
腕からの出血量は確かに致死量に達しているし、いつ失血死してもおかしくない。
見ればわかる程、足元には血の溜まりが出来ていた。
ショック状態に陥っていないのが不思議な位だ。
「……私は、何にも出来ないズボラ女だけどさ…」
35過ぎても誰かに頼りっぱなしのダメな女だけど。
「ミヤビ…?」
いつまでも人に甘えてばかりな奴だけど。
でも、
「何でも出来る神様になってたらしいんだよね」
自分でも悪役だと思う位不敵な笑みを浮かべて、欠損部位の修復と増血、身体機能の回復等を願った。
私の言葉に戸惑っていたロードは、目を見開き自身の腕で私に触れた。
「…やっぱり良い夢だな。腕が生えやがった」
ニヤリと笑うこのオッサンに突然腰を抱かれ引き寄せられたものだから、プロレス技でもかけられるんじゃないかと不安に襲われる。
ロードの腕は丸太並に太いのだ。
「ミヤビ…最期に見たのがオメェの夢だなんて、こんな嬉しい事はねぇよ」
まだ夢だと思っているのか、そんな事を言って腕に力を込めてくるので腰が破壊されそうだ。オッサンより私の方が最期になりそうだから離してほしい。切実に。
「どうせなら、《ロード大好き!愛してる~》って言ってくれねぇかな。ついでに口づけとかしてもらえると心置き無く逝ける…いや、それはそれで逆に死ねねぇな」
すみませーん。誰か警察呼んでもらっていいですか?このエロゴリラ今すぐ豚箱へ放り込んでもらうんで。
「夢ならせめてベッド出てこねぇか?色々ヤるにしても床だとミヤビの肌に傷が…「正気に戻れェェェ!!!そして助けてヴェリえもーん!!」」
『ヴェリえもんって誰ですか。私の名はヴェリウスですよ。ミヤビ様』
雅はヴェリえもんの召喚に成功した。
中型犬の大きさで現れたヴェリウスは、元の大きさだと扉を潜れなかったのだろう。せっかく威嚇の為に元に戻っていたのに、結局小さくならざるを得なかった我が家のペット様は若干機嫌が悪そうだ。
「ヴェリえもん!このオッサンが離れる道具を早く出してよーっ」
『ヴェリウスです。道具、ですか?あの…喰い殺してはダメでしょうか?』
ヴェリえもんは真面目すぎて冗談が通じない上、物騒だった。
「…おい、ヴェリエモンってなぁ誰だ? あ゛ぁ゛?」
ギブ!ギブ!!
骨がメキメキいってるからァァァ!!
ヴェリウスの名前を呼んだら、ロードが何故かヤクザに変貌した。さっきまでの、死にかけだったあのしおらしさはどこへやったのか。
『ヴェリエモンではなくヴェリウスです。ところで…いい加減ミヤビ様を離せよ。小僧』
鼻の頭にシワを寄せ、牙を見せつけながらロードに対面したヴェリウスと、ばか力で腰を砕きそうなロードとの間で私は死にそうになっていた。
97
お気に入りに追加
2,526
あなたにおすすめの小説
幼女公爵令嬢、魔王城に連行される
けろ
恋愛
とある王国の公爵家の長女メルヴィナ・フォン=リルシュタインとして生まれた私。
「アルテミシア」という魔力異常状態で産まれてきた私は、何とか一命を取り留める。
しかし、その影響で成長が止まってしまい「幼女」の姿で一生を過ごすことに。
これは、そんな小さな私が「魔王の花嫁」として魔王城で暮らす物語である。
乙女ゲームのモブに転生していると断罪イベント当日に自覚した者ですが、ようやく再会できた初恋の男の子が悪役令嬢に攻略され済みなんてあんまりだ
弥生 真由
恋愛
『貴女との婚約は、たった今をもって解消させてもらう!!』
国のこれからを背負う若者たちが学院を卒業することを祝って開かれた舞踏会の日、めでたい筈のその席に響いた第一皇子の声を聞いた瞬間、私の頭にこの場面と全く同じ“ゲーム”の場面が再生された。
これ、もしかしなくても前世でやり込んでた乙女ゲームの終盤最大の山場、“断罪イベント”って奴じゃないですか!?やり方間違ったら大惨事のやつ!!
しかし、私セレスティア・スチュアートは貧乏領地の伯爵令嬢。容姿も社交も慎ましく、趣味は手芸のみでゲームにも名前すら出てこないザ・モブ of the モブ!!
何でよりによってこのタイミングで記憶が戻ったのか謎だけど、とにかく主要キャラじゃなくてよかったぁ。……なんて安心して傍観者気取ってたら、ヒロインとメインヒーローからいきなり悪役令嬢がヒロインをいじめているのを知る目撃者としていきなり巻き込まれちゃった!?
更には、何でかメインヒーロー以外のイケメン達は悪役令嬢にぞっこんで私が彼等に睨まれる始末!
しかも前世を思い出した反動で肝心の私の過去の記憶まで曖昧になっちゃって、どっちの言い分が正しいのか証言したくても出来なくなっちゃった!
そんなわけで、私の記憶が戻り、ヒロイン達と悪役令嬢達とどちらが正しいのかハッキリするまで、私には逃げられないよう監視がつくことになったのですが……それでやって来たのが既に悪役令嬢に攻略され済みのイケメン騎士様でしかも私の初恋の相手って、神様……これモブに与える人生のキャパオーバーしてませんか?
乙女ゲームに転生した世界でメイドやってます!毎日大変ですが、瓶底メガネ片手に邁進します!
美月一乃
恋愛
前世で大好きなゲームの世界?に転生した自分の立ち位置はモブ!
でも、自分の人生満喫をと仕事を初めたら
偶然にも大好きなライバルキャラに仕えていますが、毎日がちょっと、いえすっごい大変です!
瓶底メガネと縄を片手に、メイド服で邁進してます。
「ちがいますよ、これは邁進してちゃダメな奴なのにー」
と思いながら
女性の少ない異世界に生まれ変わったら
Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。
目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!?
なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!!
ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!!
そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!?
これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。
継母の心得 〜 番外編 〜
トール
恋愛
継母の心得の番外編のみを投稿しています。
【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定】
私はモブのはず
シュミー
恋愛
私はよくある乙女ゲーのモブに転生をした。
けど
モブなのに公爵家。そしてチート。さらには家族は美丈夫で、自慢じゃないけど、私もその内に入る。
モブじゃなかったっけ?しかも私のいる公爵家はちょっと特殊ときている。もう一度言おう。
私はモブじゃなかったっけ?
R-15は保険です。
ちょっと逆ハー気味かもしれない?の、かな?見る人によっては変わると思う。
注意:作者も注意しておりますが、誤字脱字が限りなく多い作品となっております。
私は逃げます
恵葉
恋愛
ブラック企業で社畜なんてやっていたら、23歳で血反吐を吐いて、死んじゃった…と思ったら、異世界へ転生してしまったOLです。
そしてこれまたありがちな、貴族令嬢として転生してしまったのですが、運命から…ではなく、文字通り物理的に逃げます。
貴族のあれやこれやなんて、構っていられません!
今度こそ好きなように生きます!
転生幼女の怠惰なため息
(◉ɷ◉ )〈ぬこ〉
ファンタジー
ひとり残業中のアラフォー、清水 紗代(しみず さよ)。異世界の神のゴタゴタに巻き込まれ、アッという間に死亡…( ºωº )チーン…
紗世を幼い頃から見守ってきた座敷わらしズがガチギレ⁉💢
座敷わらしズが異世界の神を脅し…ε=o(´ロ`||)ゴホゴホッ説得して異世界での幼女生活スタートっ!!
もう何番煎じかわからない異世界幼女転生のご都合主義なお話です。
全くの初心者となりますので、よろしくお願いします。
作者は極度のとうふメンタルとなっております…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる