111 / 189
番外編 〜ノア5歳〜 〜
番外編 〜 夢での邂逅3 〜 イザベル臨月
しおりを挟む『ノア、』
「そんな事を今更言われても、どうしろというのですか」
感情が抜け落ちたような瞳で、そう言ったノアは、そのままベッドに横になり、布団をかぶった。
そうよね……。こんな悪女が母親だなんて、受け入れられないわよね。
それにしても、あの瞳……、初めて会った頃のノアが、テオ様の前でしていた瞳だった……。
そういえば、フロちゃんが……亡くなったって話していたわ。それに、領地も他国に侵略戦争を仕掛けられてほとんど滅んでしまっている……。きっと皇帝からの援軍もなかったのだわ。
だけどこの子は、領民を守るために戦っているのね……。
『ノア……、あなたを一人にしてしまってごめんなさい……っ』
布団の上から、頭を撫でる。
幽霊のように透けたわたくしでは触れないけれど……どうか、この子の心が少しでも軽くできるように、そう思って撫で続ける。
『わたくしの愛しい息子……、わたくしの宝物……』
悪女が幽霊のようになって目の前に現れても、憤ることも、怒る事もなく、ただ、ここにいる事を許してくれる、優しい子……。
「……どうして……、」
『ノア……?』
「私は、あなたをこの手で殺したのに……っ」
布団に包まって震えるノアに、涙があふれる。
『違いますわ。ノアは、わたくしを救ってくれたの。何もかもが憎くてたまらなかったあの時のわたくしを、救ってくれたのはノアですわ』
「救った……?」
『ええ。わたくしね、幼いあなたに手をあげたあの日からずっと……。わたくしの意思とは関係なく動く身体も、汚い心も、自分の全てが嫌で嫌でたまりませんでしたわ。誰か助けてって、ずっと叫んで、叫んで……』
どうにも出来ない、憎しみだけが頭を支配していた日々。
「……私は、あなたが憎かった……。私に初めて、人の温もりを教えてくれたのはあなただったのに……、突然変わってしまったあなたが、憎くて……っ」
初めて出会ったノアを、大切にしたいと思ったのは、今世も前前世も同じだった。
愛しいって、この子を守らないとって、見た瞬間に思ったのよ。思っていたのに……っ
「私はあなたが憎くて、殺した……。だから、救ってなんか……っ」
『ノア、あなた、泣いていたわ』
「ぇ……」
『わたくしを殺す瞬間、あなたは泣いていた。憎い敵を殺す人が、涙を流すはずがないでしょう』
被っていた布団から、ノアの銀髪がのぞく。
『もしかして、悪魔を倒したら、わたくしが元に戻るのではないか……、そう思っていたのではなくて?』
「そんな事……」
『フロちゃん……、フローレンスは聖女。妖精が見えますわ』
「何で突然、フローレンスの話になるんですか……」
やっと布団から顔を出してくれたノアの瞳は、涙で湿っていた。
『あなた、フローレンスから聞かされていたのじゃないかしら。わたくしの周りには、妖精たちがいるのだと』
「っ……」
『わたくしは、悪魔に操られているのだと、そう言われていたのでしょう?』
「……」
だから、タイラー子爵を殺した後も、わたくしがおかしいままだったから絶望し、涙を流した。
『ノア、あなたはずっと、わたくしを助けようとしてくれていたのね』
「……そんな憶測も……、何もかも、いまさらなんだ……」
ぎゅっと手を握り、唇を噛みしめるノアを抱きしめる。
『いまさら……そうかもしれませんわ。でも、夢でもわたくしはここにいて、あなたとお話ができているもの』
「……」
『透けたわたくしの姿を見て、“お母様”って呼んでくれましたもの』
だから、
『だからせめて、あなたを愛しているんだと、伝えさせて』
大切な人たちを失ってしまったあなたに。
「っ……」
『わたくしの可愛い息子。お母様はね、あなたを見た瞬間から、あなたを愛しているわ』
この気持ちが届くように。
『ずっと、ずっーと、あなたのお母様でいるって、約束したものね』
「ふ……ぅ……っ、おか……っ、おかぁさま……っ」
あなたのこの人生に、少しでも光を灯せるように。
『ノア……、ノア、次に出会う時は、もう離しませんわ。可愛がって、可愛がって、あなたが嫌って言うくらい可愛がりますから、覚悟していなさい』
「っ……なんですか、それ……」
『お父様とお母様、二人で愛し抜きますわ!』
「フフ……ッ」
『本当ですわよ! これでもかっていうくらい溺愛していますもの! テオ様も、あなたに魔法を教えたり、旅行に連れて行ってくれたりしていますのよ』
どうか、絶望しないでいて。
「お父様が……そうですか」
こんな世界に、負けないで。
『だから、生きて───』
また、会えるから。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「───おかぁさま、おねむ? おっきして? おはよーよ」
「……ん……、ノア……?」
わたくしの顔を覗き込む天使に手を伸ばす。
「おかぁさま、おねぼおさんよ」
「……ノア、おはよぅ……。もう朝なのね……、お母様、まだおねむですわ……」
「ダメなのよ。きょお、アスでんかと、カレーのおみせ、たべにいくのよ」
それはお昼のお約束よ、とは言えませんわね。
「そうでしたわ。カレーだと、きっとお父様も張り切っていますわね」
「おとぅさま、もぉ、おっきしたのよ」
「フフッ、じゃあ、お母様もおっきしなくてはいけませんわね」
「そおよ」
可愛い息子を抱き締めた後、ゆっくりと起き上がる。
臨月で外出なんて、とマディソンに怒られるかと思っていたけど、近いからという事と、皇帝一家も一緒という理由で何とか許してもらったのよね。
久々の外出、楽しみですわ!
「おかぁさま、どおして、ないてるの?」
「え?」
「おめめとほっぺ、ぬれてるのよ」
ノアの小さなおててが、わたくしのほっぺの涙を拭ってくれた。
「お母様、あくびしちゃったから、涙がポロリしちゃったみたいですわ」
「いたい、ない?」
テオ様そっくりな心配性のノアは、わたくしをじっと見つめ、嘘をついていないかうかがっているらしい。
「どこも痛くないわ。大丈夫よ」
でもわたくし、あくびなんてしたかしら??
「おかぁさま、おげんき?」
「もちろんよ! ノアもお元気かしら」
「はい!」
あら、良いお返事。
「さぁ、お着替えして、張り切っているお父様に、カレーの前に朝食を食べましょうって言いに行きましょう」
「おとぅさま、めっ、するのね!」
今日もたくさん、楽しい事が待っていますわね。
984
お気に入りに追加
6,332
あなたにおすすめの小説
継母の心得
トール
恋愛
【本編第一部完結済、2023/10〜第二部スタート ☆書籍化 11/22ノベル5巻、コミックス1巻刊行予定☆】
※継母というテーマですが、ドロドロではありません。ほっこり可愛いを中心に展開されるお話ですので、ドロドロが苦手の方にもお読みいただけます。
山崎 美咲(35)は、癌治療で子供の作れない身体となった。生涯独身だと諦めていたが、やはり子供は欲しかったとじわじわ後悔が募っていく。
治療の甲斐なくこの世を去った美咲が目を覚ますと、なんと生前読んでいたマンガの世界に転生していた。
不遇な幼少期を過ごした主人公が、ライバルである皇太子とヒロインを巡り争い、最後は見事ヒロインを射止めるというテンプレもののマンガ。その不遇な幼少期で主人公を虐待する悪辣な継母がまさかの私!?
前世の記憶を取り戻したのは、主人公の父親との結婚式前日だった!
突然3才児の母親になった主人公が、良い継母になれるよう子育てに奮闘していたら、いつの間にか父子に溺愛されて……。
オタクの知識を使って、子育て頑張ります!!
子育てに関する道具が揃っていない世界で、玩具や食器、子供用品を作り出していく、オタクが行う異世界育児ファンタジー開幕です!
番外編は10/7〜別ページに移動いたしました。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
愛する夫にもう一つの家庭があったことを知ったのは、結婚して10年目のことでした
ましゅぺちーの
恋愛
王国の伯爵令嬢だったエミリアは長年の想い人である公爵令息オリバーと結婚した。
しかし、夫となったオリバーとの仲は冷え切っていた。
オリバーはエミリアを愛していない。
それでもエミリアは一途に夫を想い続けた。
子供も出来ないまま十年の年月が過ぎ、エミリアはオリバーにもう一つの家庭が存在していることを知ってしまう。
それをきっかけとして、エミリアはついにオリバーとの離婚を決意する。
オリバーと離婚したエミリアは第二の人生を歩み始める。
一方、最愛の愛人とその子供を公爵家に迎え入れたオリバーは後悔に苛まれていた……。
異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ
トール
恋愛
会社帰り、駅までの道程を歩いていたはずの北野 雅(36)は、いつの間にか森の中に佇んでいた。困惑して家に帰りたいと願った雅の前に現れたのはなんと実家を模した家で!?
自身が願った事が現実になる能力を手に入れた雅が望んだのは冒険ではなく、“森に引きこもって生きる! ”だった。
果たして雅は独りで生きていけるのか!?
実は神様になっていたズボラ女と、それに巻き込まれる人々(神々)とのドタバタラブ? コメディ。
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています
異世界で狼に捕まりました。〜シングルマザーになったけど、子供たちが可愛いので幸せです〜
雪成
恋愛
そういえば、昔から男運が悪かった。
モラハラ彼氏から精神的に痛めつけられて、ちょっとだけ現実逃避したかっただけなんだ。現実逃避……のはずなのに、気付けばそこは獣人ありのファンタジーな異世界。
よくわからないけどモラハラ男からの解放万歳!むしろ戻るもんかと新たな世界で生き直すことを決めた私は、美形の狼獣人と恋に落ちた。
ーーなのに、信じていた相手の男が消えた‼︎ 身元も仕事も全部嘘⁉︎ しかもちょっと待って、私、彼の子を妊娠したかもしれない……。
まさか異世界転移した先で、また男で痛い目を見るとは思わなかった。
※不快に思う描写があるかもしれませんので、閲覧は自己責任でお願いします。
※『小説家になろう』にも掲載しています。
【完結】わたしはお飾りの妻らしい。 〜16歳で継母になりました〜
たろ
恋愛
結婚して半年。
わたしはこの家には必要がない。
政略結婚。
愛は何処にもない。
要らないわたしを家から追い出したくて無理矢理結婚させたお義母様。
お義母様のご機嫌を悪くさせたくなくて、わたしを嫁に出したお父様。
とりあえず「嫁」という立場が欲しかった旦那様。
そうしてわたしは旦那様の「嫁」になった。
旦那様には愛する人がいる。
わたしはお飾りの妻。
せっかくのんびり暮らすのだから、好きなことだけさせてもらいますね。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?
水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」
「はぁ?」
静かな食堂の間。
主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。
同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。
いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。
「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」
「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」
父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。
「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」
アリスは家から一度出る決心をする。
それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。
アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。
彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。
「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」
アリスはため息をつく。
「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」
後悔したところでもう遅い。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる