継母の心得 〜 番外編 〜

トール

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番外編 〜 ノア3〜4歳 〜

番外編 〜 公爵家の守護神 〜 ノア3歳

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~ ノアとイザベルが出会ったばかりの頃 ~


領地の公爵邸には、デュークとナラという、二匹のドーベルマンが飼われている。庭に放し飼いにされているのだが、ペットというよりは警備員のような役割で、日夜侵入者がいないか目を光らせるプロのハンターだ。

初めて見た時は、噛み殺されるのではないかと思ったほど、大きくて凶悪な顔をしている。そんな二匹だが、賢く、忠誠心の高い子たちなので、侵入者だと認識されない限りは、襲われたりしない。ただ、庭を散歩する時にじっと遠くから見つめてくるだけだ。

いつか噛み殺してやろう。と思っていない事を祈るしかない。

プロのハンターが闊歩する我が家の庭を、初めて私がノアを連れて散歩した時の話だ。


「ノア、お花が綺麗ね」
「おはな、きれー」

紙芝居を披露してから、お喋りを徐々にするようになったノアと手を繋ぎ、公爵邸の広い庭をゆっくり歩いていた。

花の感触や匂いを知ってもらおうと一緒に触っていた時だ。

デュークと目が合ったのは。

相変わらず怖い顔だわ。と思ったのもつかの間、いつもは見るだけで近寄って来ないデュークが突然、「ワフッ」とひと吠えし、駆け寄って来たのだ。

「ノアッ」

ドーベルマンが牙を剥き出しにしてノアに襲いかかろうとしている!

咄嗟に、デュークとノアの間に身体を滑り込ませ、抱きしめ庇う。

「クゥ……」
「…………?」

いつまでたっても衝撃が来ないどころか、耳元でキューンと甘えるような声と、ハッハッハという息遣いが聞こえ、湿ったものがほっぺたにくっついている感覚があって目を開けた。

「クゥン」
「え……」

デュークのしめった鼻が私の頬にくっつき、一生懸命ノアの匂いを嗅ごうと腕の隙間に無理矢理つっこみ、ノアの頭部に押し付けてくるではないか。

「デューク、あなた……」
「クゥ~ン」

甘えた声を出すデュークに、いつもの鋭いハンターとしての威厳はない。

紛うことなき、愛玩動物ですわね。

「おかぁさま、ワンワン?」

安堵して腕を緩めると、ノアが私とデュークを交互に見て尋ねる。

「ええ。そうよ……この子はデュークという名前の、ウチで飼っているワンワンですわ」
「ワンッ!」

デュークは紹介してもらえた事が嬉しいのか、ひと吠えして、短い尻尾をピコピコ動かす。

「ノアです」
「ワンッ」

ノアはペコリとお辞儀をし、デュークはきちんとおすわりをして、ノアのお辞儀に合わせ首を動かすので、お互い自己紹介してお辞儀をしあっているサラリーマンのようで、名刺交換かしらと、妙な光景に笑いが漏れた。

ずいぶん可愛らしいサラリーマンね。

……良く考えたらデュークが主人の息子を襲うわけないわよね。きっとノアが生まれた時に匂いを覚えさせていたんだわ。私ったら恥ずかしい事をしてしまったわ。

「ウォンッ」

と、そこへ、デュークの様子をずっと見ていたナラが、耳をピンと立て、え、甘えてもいいの? 「実はずっと甘えたかったの!」とでも言っているかのように怒涛の勢いで飛びかかってきたのだ。

私に。

「ワンッ」
「ウォンッ」
「くしゅぐったぁい」

二匹は尻尾をブンブン振って、私たちの手や顔を舐めるので、ノアは大喜びだけど、侍女やメイドは悲鳴をあげている。
そのうちすごい剣幕のメイド集団が走って来たものだから、さすがのドーベルマンも驚いていたわ。

そんな事があってから、ノアはすっかり二匹と仲良しになったのよね。
私も、実は甘えん坊の二匹を怖いなんて思えなくなったわ。


今日も公爵邸では、鉄壁の守護神が平和を保ってくれているのね。


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