継母の心得 〜 番外編 〜

トール

文字の大きさ
上 下
3 / 189
その他

番外編 〜 狼になったあの日のテオバルド 〜

しおりを挟む


テオバルド視点


「いつか、テオ様の心の傷が薄くなったら……、ノアに弟妹をつくってあげたいのです」

そんな可愛い妻の言葉と、この夜の事を私は一生忘れないだろう。



私が世界でただ一人、心から愛した女性───
それが一年前に白い結婚をしたはずの妻、イザベルだとは、過去の自分には想像も出来なかっただろう。

最初の頃は避けに避けていたが、よくよく思い出すと、初めて同じ馬車に乗った時、吐き気はしなかったような気がするのだ。
そんな事にも気づかない、愚かだった私を叱りつけてやりたいと、今なら思う。

せっかく、ベルの美しかっただろう花嫁姿を、私は覚えてもいないのだから。後悔しかない。

出来るなら、もう一度結婚式をやり直したいくらいだが、ベルは嫌がるだろうか……。

そんな事を考えながら懐中時計を取り出し確認すると、ベルが望んでくれた初夜の約束まで、もう少し時間がある。

「酒……いや、いくら酔わない体質だからとはいえ、大切な初夜に飲むなどしたくはない」

しかし、落ち着かないな。

食事や入浴も終え、ノアも自室で寝るように伝えた。後は愛する妻を待つだけだが……、ベルが部屋に入ってきたら、どう接すれば良いのだろうか。すぐにベッドに? いや、少し話をすべきか。

ソファから立ち上がり、ウロウロと部屋を歩き回る。

……私は臭くないだろうか? 出来るだけおじさんだと思われたくないのだが、もう一度風呂に入るべきか? いや、もうそんな時間はない。ベルを待たせるわけにもいかないだろう。

ダメだ。考え出すと次々気になってくる。

さっきからこんな余計な事ばかりを考えてしまうのは、柄にもなく緊張しているからかもしれない。

結婚して一年。ベルが望まない限りは、事を進めるわけにはいかないだろうと我慢を重ね、ようやく本当の夫婦になれる日が来たのだ。緊張しないわけがない。

「……水でも飲むか」

徐々に大きくなる鼓動に、大きく深呼吸をして落ち着けるよう、ピッチャーからコップに水を注ぎ、それを一気に飲む。

ダメだ。何をしてもソワソワする。

ほんの少し前の私なら、初夜など、言葉を耳にしただけで気持ち悪くなっていただろうに、イザベルとの初夜を思うと、こんなにも気分が高揚するとは、我ながら不思議だ。

「ベル以外が無理な所は変わらずだがな」

どうしてベルは、あんなにも可愛く美しく魅力的なのか……。

「そういえば、ベルには昔婚約者が居たのだったな。デビュタント前に相手が他の女を選び解消したようだが……」

女神のようなベルと婚約しておきながら、よく他の女に目がいくものだ。私なら絶対に浮気もしないし離さない。

「しかし、婚約を解消してくれたからこそ、ベルは私の妻になったのだ。不快ではあるが、そこだけは感謝だな」
「どなたに感謝ですの?」
「!?」

いつの間にか部屋に入っていた妻の声に驚き、いつもなら絶対有り得ない事に動揺する。

「いつからそこに居たんだ?」
「今ですわ。一応ノックしたのですが……入って来てはダメでしたかしら?」

首を傾げるベルにドキリと胸が高鳴る。

「ここは夫婦の寝室だ。ダメなわけないだろう」

いつもとは違うネグリジェを着ている妻だが、初夜にしては露出は少なく、私に気を遣っている事が分かる。

ベルはまだ、私がそういった事が苦手だと思っているようだが、彼女に関してだけは違う。

早くベルに触れたいと立ち上がって近付けば、頬が微かに赤く染まる。その姿に、衝動的に抱きしめてしまった。

「っテオ様……」
「ベル……」

石鹸の香りが鼻をくすぐり、心臓が馬鹿みたいに早く動き出す。

「抱き上げても良いだろうか」
「へ?」
「ベッドまで、私が連れて行きたいんだ」

返事をもらう前にベルを横抱きにし、いつも親子三人で眠っていたベッドへ降ろすと、やけに広く感じた。

「ノアが居ないと、少し広く感じるな……」
「そうですわね。いつもは三人で眠っておりましたし」
「これから暫くは、二人だけだ」

ベルは少し寂しそうにベッドを撫でると、「ノアはもう眠ったかしら……」と息子の事を気にかけている。
そんな優しいベルももちろん好きだが、二人の時には私に集中してもらいたいものだ。

「ベル、ノアは大丈夫だ。私もあの頃の年には一人で眠っていた。ノアも頑張ると言っていただろう。いくら幼くとも男が覚悟したのだから、見守ってやってほしい」
「そうですわね……」
「それに、私と二人きりの時には、私だけを見てくれないか?」
「テオ様……」

真っ赤になる妻が愛おしくてたまらない。

何が我儘で男慣れした悪女だ。どれ一つ当てはまる事はない実に馬鹿馬鹿しい噂に、何故人々は踊らされているのか。


「どうか、私と本当の夫婦になってほしい」
「っ……はい、テオ様」


そして、私達はこの夜、本当の夫婦になったのだ。


一週間後に、ノアが夫婦の寝室に戻ってくるという予想外な事はあったが、こうして家族で過ごせるこの時間が幸せだという事、これからもっと多くの幸せが訪れるという事を、私は全て妻から教わるのだが、それはまた別の話だ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いやいやながら女にされて

ミスター愛妻
ファンタジー
 ある日ある時、男、いや、元男は荒野のど真ん中に立っていた。  ただ慌ててはいない、神に出会い、色々と交渉して納得の状況だったからだ。  転生について、代わりに『お取り寄せ』という能力を授かった。  が、くだらない理由のために、次の様な事になってしまった。  彼女?は、生理周期の黄体期に母乳が出て、それから沈香(じんこう)の薫りがする『霊薬』を精製する……  そんな神との契約を結んでの転生……  その上、神様のお仕事も引き受け?させられ、お給料をいただくことにもなった。  お仕事とはこの世界に充満する、瘴気を浄化すること、更には時々『神託』を遂行すること……  最低限のお仕事をこなし、のんびりと過ごそうと……だがそうはうまくいくはずもない……  カクヨムでも公開しております。  表紙はゲルダ・ヴィークナー作 若者のためのダンスドレス です。  パブリックドメインのものです。

領主の妻になりました

青波鳩子
恋愛
「私が君を愛することは無い」 司祭しかいない小さな教会で、夫になったばかりのクライブにフォスティーヌはそう告げられた。 =============================================== オルティス王の側室を母に持つ第三王子クライブと、バーネット侯爵家フォスティーヌは婚約していた。 挙式を半年後に控えたある日、王宮にて事件が勃発した。 クライブの異母兄である王太子ジェイラスが、国王陛下とクライブの実母である側室を暗殺。 新たに王の座に就いたジェイラスは、異母弟である第二王子マーヴィンを公金横領の疑いで捕縛、第三王子クライブにオールブライト辺境領を治める沙汰を下した。 マーヴィンの婚約者だったブリジットは共犯の疑いがあったが確たる証拠が見つからない。 ブリジットが王都にいてはマーヴィンの子飼いと接触、画策の恐れから、ジェイラスはクライブにオールブライト領でブリジットの隔離監視を命じる。 捜査中に大怪我を負い、生涯歩けなくなったブリジットをクライブは密かに想っていた。 長兄からの「ブリジットの隔離監視」を都合よく解釈したクライブは、オールブライト辺境伯の館のうち豪華な別邸でブリジットを囲った。 新王である長兄の命令に逆らえずフォスティーヌと結婚したクライブは、本邸にフォスティーヌを置き、自分はブリジットと別邸で暮らした。 フォスティーヌに「別邸には近づくことを許可しない」と告げて。 フォスティーヌは「お飾りの領主の妻」としてオールブライトで生きていく。 ブリジットの大きな嘘をクライブが知り、そこからクライブとフォスティーヌの関係性が変わり始める。 ======================================== *荒唐無稽の世界観の中、ふんわりと書いていますのでふんわりとお読みください *約10万字で最終話を含めて全29話です *他のサイトでも公開します *10月16日より、1日2話ずつ、7時と19時にアップします *誤字、脱字、衍字、誤用、素早く脳内変換してお読みいただけるとありがたいです

転生幼女はお詫びチートで異世界ごーいんぐまいうぇい

高木コン
ファンタジー
第一巻が発売されました! レンタル実装されました。 初めて読もうとしてくれている方、読み返そうとしてくれている方、大変お待たせ致しました。 書籍化にあたり、内容に一部齟齬が生じておりますことをご了承ください。 改題で〝で〟が取れたとお知らせしましたが、さらに改題となりました。 〝で〟は抜かれたまま、〝お詫びチートで〟と〝転生幼女は〟が入れ替わっております。 初期:【お詫びチートで転生幼女は異世界でごーいんぐまいうぇい】 ↓ 旧:【お詫びチートで転生幼女は異世界ごーいんぐまいうぇい】 ↓ 最新:【転生幼女はお詫びチートで異世界ごーいんぐまいうぇい】 読者の皆様、混乱させてしまい大変申し訳ありません。 ✂︎- - - - - - - -キリトリ- - - - - - - - - - - ――神様達の見栄の張り合いに巻き込まれて異世界へ  どっちが仕事出来るとかどうでもいい!  お詫びにいっぱいチートを貰ってオタクの夢溢れる異世界で楽しむことに。  グータラ三十路干物女から幼女へ転生。  だが目覚めた時状況がおかしい!。  神に会ったなんて記憶はないし、場所は……「森!?」  記憶を取り戻しチート使いつつ権力は拒否!(希望)  過保護な周りに見守られ、お世話されたりしてあげたり……  自ら面倒事に突っ込んでいったり、巻き込まれたり、流されたりといろいろやらかしつつも我が道をひた走る!  異世界で好きに生きていいと神様達から言質ももらい、冒険者を楽しみながらごーいんぐまいうぇい! ____________________ 1/6 hotに取り上げて頂きました! ありがとうございます! *お知らせは近況ボードにて。 *第一部完結済み。 異世界あるあるのよく有るチート物です。 携帯で書いていて、作者も携帯でヨコ読みで見ているため、改行など読みやすくするために頻繁に使っています。 逆に読みにくかったらごめんなさい。 ストーリーはゆっくりめです。 温かい目で見守っていただけると嬉しいです。

今さら、私に構わないでください

ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。 彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。 愛し合う二人の前では私は悪役。 幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。 しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……? タイトル変更しました。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

処理中です...