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第二部 第1章
218.捨て台詞
しおりを挟む「ディバイン公爵夫人、私思うのよ。まだ公爵夫人として未熟……いえ、お若いあなたのフォローをする者が必要なのではないかと」
小さなサンドイッチを食べながら、上機嫌に話すデルベ伯爵夫人に、わたくしの侍女とメイドが白けた視線を向ける。彼女はそれにも気付かず、連れて来た侍女に「そう思うわよね」と同意を求めて笑っている。
テオ様から彼女を追い出す許可を得たわたくしは、アフターヌーンティーにお誘いしてタイミングをはかっていた。
「ディバイン公爵夫人の下品な……悪い噂、ご存知でしょう。あなたの社交界での評価はあの噂のままなの」
侍女とバカにしたように笑い合うデルベ伯爵夫人は、「あら、この笑いはあなたを笑っているんじゃないのよ」と、よくわからないフォローをする。
まぁ……この言い方ですと、わたくしの悪い噂はこの方が流しているのかしら。
「……デルベ伯爵夫人は、わたくしの主人の婚約者候補でいらしたそうですわね」
「え……?」
突然の話題にポカンとする夫人。
口の端にサンドイッチのパン屑がついておりましてよ。
「まぁ、候補にも関わらず、プライベートな部分にも土足で踏み込んでくるその態度に辟易した主人が、こっぴどく振ったというのは有名な話のようですが」
「な……っ」
わたくしは悪女。今こそこの悪女顔を活かして、悪女になりきるのですわ!
「ああ、プライベートにも土足で踏み込んでくるような所は、今も変わっておりませんのね」
「何ですって!?」
「それに、マナーもなっていないようですわ」
「は……ぁ?」
「ご存知でして? 目下の者が、目上の者に先に話しかけてはならない、プライベート空間に部外者が入ってはならない、他家には侍女は多くて2人までしか連れて行ってはならない」
「この私に対して、なんて無礼な……っ」
拳を握り、真っ赤な顔をして怒りに震えているデルベ伯爵夫人に、彼女の侍女たちは少し後退りをして距離をとった。
「そして……、大人は子供に悪意をぶつけてはならない。ああ、最後のルールは淑女のものではなく、人間としての最低限のルールですわね」
「っ……」
人間が怒りで限界まで達したらこんなになるのではないか、というくらい、真っ赤になっていたデルベ伯爵夫人だが、一周回って冷静になったのか、大きく息を吐くと、「何か誤解があるようね」と笑ったのだ。
「誤解、ですの?」
「そう、誤解よ。私はただ、お若い公爵夫人をお支えしたいだけ。それに、仲良くなりたいのよ。プライベートな場所に行ってしまったのは謝るわ。あなたの侍女も言っていた通り、迷ってしまったの」
「そうでしたの」
ツラツラと、先程まで嘲笑っていた人とは思えないほど流暢に、言い訳を口にする。
「ええ。それに、子供に悪意をぶつける、というのは身に覚えがないわ。もしかして、午前中に公子のダンスレッスンを見学していた事かしら?」
「……」
「あれは、私、ダンスが得意でしょう。だから公子が社交界で恥をかかないよう、お教えしてあげたかったのよ」
テベル伯爵夫人がどれだけダンスがお得意かは知りませんけれど、
「そうですの。ですが、ご心配はいりませんわ。ノアは元々ダンスが得意ですし、先生も一流ですの」
「ま……っ、何という失礼な……! 私は親切で言っているというのに!!」
親切? 幼い子供を傷付け嘲笑した事を、誰も親切とは言いませんのよ。
「そのような親切は不要ですわ」
「何ですって!?」
「一つ言っておきますが、今までの事も、そして今のその態度も、ディバイン公爵家の夫人であるわたくしに対し、とても無礼ではありません? あなたは、デルベ伯爵夫人ですのに、主家の者に対するマナーすらままならないようですわ」
「私は……っ、社交界でも大きな影響力を持っているの。その私に、そんな事言って、後悔しても知りませんよ」
「社交界でどんな影響力があるのかは存じ上げませんが、貴族のルールを守れない者に、社交界での立場があるのか、甚だ疑問ですわね」
「ふ……今まで社交界に出ていなかった田舎者の小娘にはわからないかもしれないけれど、社交界とは家の立場が上だからと上位に立てるわけではないの」
いえ、言っておきますが、家の立ち位置は重要ですわよ。だからこそ、ディバイン公爵一門のあなたが君臨できたのですもの。
「社交界など、わたくしにとっては価値などございませんわ」
「何ですって?」
「部外者の立ち入りが禁止されている場所へ踏み入り、そして許可も得ず公子のレッスンに乱入、さらに公子への侮辱。あなたの行動は目に余ります。したがって、デルベ伯爵夫人、あなたが当家に出入りする事を、今後一切禁止させていただきますわ」
「あなたに何の権利があってそんな事を!」
「権利? わたくしはこの家の夫人ですのよ。お忘れかしら」
「ぐ……っ、私に恥をかかせた事……後悔、するわよ」
デルベ伯爵夫人の侍女たちは、青い顔でわたくしを見て震えている。
デルベ伯爵夫人本人は、悔しくてたまらないのか、歯をきしませ、俯いたまま動かない。
「デルベ伯爵夫人」
わたくしは、目を細めると悪女らしく捨て台詞を吐いたのだ。
「わたくし、息子を傷付ける者には容赦しないと決めておりますの」
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