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07:チューブ、どうする?
Bパート
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「じゃあ、腕裏の有酸素筋トレしましょうか」
何事もなかったかのように言う百目鬼君を無視して、熊っぽい着ぐるみを脱いでいる山崎さんに聞いた。
「それも私物?」
「はい、もちろん。以前からの私物」
うん、似合ってたけど、似合って可愛かったけど私物って、しかも前回と違う着ぐるみって、どういうこと?
「今日は、基本中の基本、トライセプスキックバックをやってみましょう。ダンベルなどを使う方法もありますが、今回は、ネガティブにも注目するためにチューブでしましょう」
戸惑う私の方がおかしい、とばかりに話を進める百目鬼君。
「喜んでください。トライセプスキックバックは、力こぶより大きな筋肉を使うので、腕では消費が大目ですよ。前にも話したように、運動をした後、しばらく代謝が上がるボーナスタイムもあります」
着ぐるみを畳み終わった山崎さんを見本に、説明しだす。
「ポイントは三点。肘は高く固定、小指から上げる意識で、戻すときも力を抜かない、です」
今回は、本当に三点っぽい。
言われるまま大人しく、山崎さんが、チューブを足で踏んで集合写真の前の列みたいに膝を曲げて上体を倒して、曲げた肘を背中より高く引いて、トライセプキックスバックしてみせた。
「チューブの張りが変わるので、足や上体はこのままキープです」
それも、ポイントじゃないの?
「これを四・四カウント。四つ数えながら伸ばして、四つで曲げます。呼吸は腕を伸ばすときに吐いて、曲げるときに吸います」
山崎さんが、呼吸を合わせて、四カウントづつでトライセプスキックバックした。
山崎さんは、簡単そうにやっていたし、背中とかの大きな筋肉に比べたら楽そうだ。
百目鬼君も山崎さんも鬼じゃない、と私は思った。
集合写真態勢でチューブを構えた。
ちょっと、もうこれだけでキツいんですけど。
「じゃあ、肘を動かさないようにして、腕を伸ばします。はい、伸ばすー」
腕は伸びたのだけど、肘が下がってしまった。
え?
難しい。
「肘が下がってしまう場合は、これ」
じゃじゃん、という口効果音と共に、山崎さんが広げていた私の足を狭めた。
彼女、着ぐるみを着た後から、ノリがいつもと違う気がする。
「足を狭目にすれば、チューブに余裕ができるから。はい香恋さん、腕伸ばして」
確かに、足から握る部分までが長くなって、張りが弱くなった。
「無理に負荷を上げてしまうより、軽い負荷の方が、正しいフォームを覚えられます」
そうなんだ。
「筋トレは、正しいフォームが大事。さん、はい」
え?
繰り返せってこと?
若干、山崎さんのノリについていけない。
「さん、はい!」
「き、筋トレは、正しいフォームが、大事」
ぱちぱち、と拍手してくれる二人。
もう早く帰りたい。
「じゃあ、もう一度やってみましょう。はい、腕を伸ばすー」
チューブが緩くなったので、さっきよりは肘を動かさずにできた。
「もう少し、肘を上げたところで固定してー」
ぎゃー、きついー!
「下げてー、ツー、ワン。曲げるときも力抜かないー」
休むとこないんですけど?
「伸ばしてー、早い早い、四カウント。曲げてー」
力を抜いて曲げれば、「もっとゆっくり、コントロール」と指摘され、肘が下がって休憩する前に、上げさせられる。
「はい、横の鏡みて、フォームの確認ー」
ぎゃー、横を向く、と汗だくでグチャグチャ顔な自分と目が合ってしまった。
「はい、八回」
私は、顔を俯けながら、固い棒を握りしめた手を必死で動かしていた。
「もう手はダメ、お尻とかの方がいい!」
「手を止めないで、あと少し」
「もうダメ、無理ー!」
私は、身体を前へ倒して、悲鳴を上げた。
「そこから、香恋さん!」
「できる、ショージさんなら、できますよ!」
応援してくれる割には、「肘下げないで」と厳しい。
なんとか、ゆっくり腕を下した。
「はい、十回!終了です!」
「すごい!香恋さん!」
チューブから手を放し、膝に手をついた私に、山崎さんが、汗を拭いてくれたり、水のペットボトルを差し出してくれたり、と優しい。
「ナイストレーニングですよ、ショジーさん!初日から十回なんて!」
百目鬼君も、満面の笑みで、褒めてくれた。
荒い息の中、少しだけ思った。
ちょっといいかもしれない。
サッキーが、ショージさんから顔を背けて、「チョッロー」と呟いたが、僕は聞こえなかったふりをした。
翌日、私は筋肉痛でギクシャク、と出社した。
昨日は、二人に褒められて、「ちょっといいかもしれない」なんて一瞬、思ったけど、筋肉痛が、それを吹き飛ばした。
もう、嫌だ。
絶対に、辞めよう。
綺麗になるには、もっと他の楽な方法もある、はずだ。
「東海林さん、おはよう」
「あ、おはようございます。佐伯さん」
今朝も佐伯さんは、素敵だ。
少しだけ、筋肉痛が和らいだ気がする。
「あれ?」
「はい?」
佐伯さんが、不思議そうな顔をして、笑顔になった。
今朝の笑顔も素敵だ。
「そうか、モデルみたいに背筋が伸びてる、と思ったら昨日、部活だったんだね?」
「え、ええ、はい!」
腕が筋肉痛で、電車で吊革に掴まるのを楽にしよう、と背中を伸ばしたせいだろうか。
モデルみたい?
背筋が伸びてる!
褒められた!
「どう、続けられそう?」
心配そうに問う佐伯さんに、私は即答した。
「はい、もちろん!」
うん、もうだけ少し続けてみよう。
百目鬼先輩が、香恋さんから顔を背けて、「チョッロー」と呟いたが、あたしは聞こえなかったふりをした。
何事もなかったかのように言う百目鬼君を無視して、熊っぽい着ぐるみを脱いでいる山崎さんに聞いた。
「それも私物?」
「はい、もちろん。以前からの私物」
うん、似合ってたけど、似合って可愛かったけど私物って、しかも前回と違う着ぐるみって、どういうこと?
「今日は、基本中の基本、トライセプスキックバックをやってみましょう。ダンベルなどを使う方法もありますが、今回は、ネガティブにも注目するためにチューブでしましょう」
戸惑う私の方がおかしい、とばかりに話を進める百目鬼君。
「喜んでください。トライセプスキックバックは、力こぶより大きな筋肉を使うので、腕では消費が大目ですよ。前にも話したように、運動をした後、しばらく代謝が上がるボーナスタイムもあります」
着ぐるみを畳み終わった山崎さんを見本に、説明しだす。
「ポイントは三点。肘は高く固定、小指から上げる意識で、戻すときも力を抜かない、です」
今回は、本当に三点っぽい。
言われるまま大人しく、山崎さんが、チューブを足で踏んで集合写真の前の列みたいに膝を曲げて上体を倒して、曲げた肘を背中より高く引いて、トライセプキックスバックしてみせた。
「チューブの張りが変わるので、足や上体はこのままキープです」
それも、ポイントじゃないの?
「これを四・四カウント。四つ数えながら伸ばして、四つで曲げます。呼吸は腕を伸ばすときに吐いて、曲げるときに吸います」
山崎さんが、呼吸を合わせて、四カウントづつでトライセプスキックバックした。
山崎さんは、簡単そうにやっていたし、背中とかの大きな筋肉に比べたら楽そうだ。
百目鬼君も山崎さんも鬼じゃない、と私は思った。
集合写真態勢でチューブを構えた。
ちょっと、もうこれだけでキツいんですけど。
「じゃあ、肘を動かさないようにして、腕を伸ばします。はい、伸ばすー」
腕は伸びたのだけど、肘が下がってしまった。
え?
難しい。
「肘が下がってしまう場合は、これ」
じゃじゃん、という口効果音と共に、山崎さんが広げていた私の足を狭めた。
彼女、着ぐるみを着た後から、ノリがいつもと違う気がする。
「足を狭目にすれば、チューブに余裕ができるから。はい香恋さん、腕伸ばして」
確かに、足から握る部分までが長くなって、張りが弱くなった。
「無理に負荷を上げてしまうより、軽い負荷の方が、正しいフォームを覚えられます」
そうなんだ。
「筋トレは、正しいフォームが大事。さん、はい」
え?
繰り返せってこと?
若干、山崎さんのノリについていけない。
「さん、はい!」
「き、筋トレは、正しいフォームが、大事」
ぱちぱち、と拍手してくれる二人。
もう早く帰りたい。
「じゃあ、もう一度やってみましょう。はい、腕を伸ばすー」
チューブが緩くなったので、さっきよりは肘を動かさずにできた。
「もう少し、肘を上げたところで固定してー」
ぎゃー、きついー!
「下げてー、ツー、ワン。曲げるときも力抜かないー」
休むとこないんですけど?
「伸ばしてー、早い早い、四カウント。曲げてー」
力を抜いて曲げれば、「もっとゆっくり、コントロール」と指摘され、肘が下がって休憩する前に、上げさせられる。
「はい、横の鏡みて、フォームの確認ー」
ぎゃー、横を向く、と汗だくでグチャグチャ顔な自分と目が合ってしまった。
「はい、八回」
私は、顔を俯けながら、固い棒を握りしめた手を必死で動かしていた。
「もう手はダメ、お尻とかの方がいい!」
「手を止めないで、あと少し」
「もうダメ、無理ー!」
私は、身体を前へ倒して、悲鳴を上げた。
「そこから、香恋さん!」
「できる、ショージさんなら、できますよ!」
応援してくれる割には、「肘下げないで」と厳しい。
なんとか、ゆっくり腕を下した。
「はい、十回!終了です!」
「すごい!香恋さん!」
チューブから手を放し、膝に手をついた私に、山崎さんが、汗を拭いてくれたり、水のペットボトルを差し出してくれたり、と優しい。
「ナイストレーニングですよ、ショジーさん!初日から十回なんて!」
百目鬼君も、満面の笑みで、褒めてくれた。
荒い息の中、少しだけ思った。
ちょっといいかもしれない。
サッキーが、ショージさんから顔を背けて、「チョッロー」と呟いたが、僕は聞こえなかったふりをした。
翌日、私は筋肉痛でギクシャク、と出社した。
昨日は、二人に褒められて、「ちょっといいかもしれない」なんて一瞬、思ったけど、筋肉痛が、それを吹き飛ばした。
もう、嫌だ。
絶対に、辞めよう。
綺麗になるには、もっと他の楽な方法もある、はずだ。
「東海林さん、おはよう」
「あ、おはようございます。佐伯さん」
今朝も佐伯さんは、素敵だ。
少しだけ、筋肉痛が和らいだ気がする。
「あれ?」
「はい?」
佐伯さんが、不思議そうな顔をして、笑顔になった。
今朝の笑顔も素敵だ。
「そうか、モデルみたいに背筋が伸びてる、と思ったら昨日、部活だったんだね?」
「え、ええ、はい!」
腕が筋肉痛で、電車で吊革に掴まるのを楽にしよう、と背中を伸ばしたせいだろうか。
モデルみたい?
背筋が伸びてる!
褒められた!
「どう、続けられそう?」
心配そうに問う佐伯さんに、私は即答した。
「はい、もちろん!」
うん、もうだけ少し続けてみよう。
百目鬼先輩が、香恋さんから顔を背けて、「チョッロー」と呟いたが、あたしは聞こえなかったふりをした。
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