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手紙、まで
初食事会
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「本日は、お招きいただきまして、ありがとうございます」
アニキの奥さんは、彼の発言からの想像と違って、ぐいぐい前に出る感じではなく、清楚で落ち着いた雰囲気の女性だった。
思ったより、荷物が多いようなので、玄関で引きとめず、挨拶もそこそこに、急いでリビングに通す。
リビングにあるインターホン親機は、カメラ付きの上、鍵を開けるボタンもあるので、出迎えずに入ってもらうことも可能なのだが、そこは礼儀。
雪さんは、元ドーム型ベッドの上から、眺めてきていた。
「・・・あ、猫さんだ」
か細い声がして、見ると、背の高い娘さんがいた。
奥さんの後ろに隠れていて、玄関では見えなかった。
引っ込み思案の子って話だったけど、来てくれたんだ。
「こら、挨拶もなしに」
アニキに叱られて、奥さんの後ろに、また隠れてしまおうとするのを阻止されて、おずおずと頭を下げる。
「・・・こんにちは、カスミです」
「こんにちは、カスミちゃん。来てくれてありがとう」
雪さんを抱き上げて、
「これは、雪さん、こんにちは」
そんな紹介されてもアナタがナニを言っているか分からないわ猫だから、といった顔で、僕の腕から、飛び降り、カスミちゃんの足にすりよる。
「・・・抱っこしていい?」
カスミちゃんの声に、アニキと奥さんが、少し目を見開く。
「いいよ。雪さんが、準備の邪魔をしないように、いっしょにいてくれる?」
カスミちゃんには抵抗せず抱っこされたくせに、雪さんは非難の目を僕から離さなかった。
先日、アニキにコーヒーを出した時のローテーブルだけでは足りないと思って、もう一つ同じ高さのテーブルを買っておいた。
リビングにもあった方が便利と感じていたので、ちょうどよかった。
ところが、この二つでは、料理が並びきらなかった。
しかし、アニキの荷物から、キャンプ用の折りたたみ式テーブルが出てきて、問題は解決した。
さすが、アニキ!
タップから、ビールを注いで見せた時のアニキの顔はすごくて、カスミちゃんも驚いていたようだ。
ただ、ビールが温かくなる、と奥さんに怒られるまで、トイレに籠ってしまったのには、少し困った。
「引っ越しおめでとうございます」
「ありがとうございます」
カスミちゃんは、何種類か用意した飲み物から、オレンジ・ジュースを選んで、少しヌルくなったビールと乾杯。
残念ながら、よなよなエールそのものは、この部屋でもオジサンに振舞われたことがあって(というより定番だった)、あまり驚いてはもらえなかったが、喜んでもらえた。
雪さんは、カスミちゃんの脇でゴロゴロウネウネしている。
なお、床にクッションだけで座らせるのは、アニキ来訪の前回で反省したので、ラグを買って敷いていた。
座り心地は改善したが、雪さんが、これで爪をとごう、と狙っているのが、少し困りものだ。
今も、ゴロゴロしているだけですよ、という体で、爪を引っ掛けるのを狙っているようにも見える。
「たくさん召し上がってくださいね」
「いただきます」
奥さんの言葉に、近くにあった卵焼きを、皿に取り、早速パクつく。
アニキが、あ、という形に口を開く。
なんだろう、と思う間もなく、口に卵焼きの味が広がる。
とっても甘い。
ゆっくりと飲み込むと、涙が頬を流れているのに気がついた。
「ほら見ろ、だからお前の卵焼きは甘すぎると、いつもいつもいつも言っているだろう」
僕が泣いているのを見て、あまりの甘さを不味さと感じたのが原因、と思ったのか、アニキが奥さんを非難し始める。
でも、僕が、もう一切れ、口に入れたのを見て、アニキは口を閉じた。
「おばあちゃんの卵焼きの味だ」
母の実家は、小さな和菓子屋さんだったせいか、祖母のつくる卵焼きは、ケーキのように甘かった。
母のは、父の好みに合わせて、そこまで甘くなかったため、祖母のは、僕にとっての特別だった。
自分で作っても、近い味にはならず、またここまで甘い市販品、お店もなく、もう諦めていた味だった。
「すみません」
事情を説明をすると、勝ち誇ったような顔の奥さんと、目を逸らすアニキ。
どうやら、卵焼きの味付けは、何度も繰り替えされた夫婦の争いの元だったようだ。
カスミちゃんの皿に卵焼きが乗っているので、彼女は英才教育を施された奥さん派なのだろう。
僕がその卵焼きを見たのに気がついて、遠慮がちに戻そうとするので、
「卵焼きおいしいよね。まだいっぱいあるから、気にしないで食べて」
頷いて口にいれた彼女は、笑顔だった。
僕も、祖母の前で、こんな顔をしていたのだろうか。
招いたホストとして、カウンターの中で、皆の分ビールを注ぐ。
こういうのも、いいなあ、と思う。
オジサンは、目線の合うテーブルの高さが好きだったようだが、僕はローテーブルの方が、楽しい雰囲気を俯瞰的に眺めることができるような気がして好きだ。
ゲストが多かったら、もっと楽しいのだろうか。
アニキと奥さんは、「またこんな日がくるとは」といった話をしながら、家具の少ないリビングを見渡していた。
オジサンのいたころの風景が、見えているのだろうか。
お腹がいっぱいになったカスミちゃんは、テーブルから離れて、雪さんと遊んでいる。
引っ込み思案で遠慮がちな遊び方が、もっと遊びたい、という思いを高めるのか、雪さんは僕の時とは違って、飽きることなく遊んでいる。
ちょっと、正直かなり悔しい。
カスミちゃんが雪さんを膝に、コックリ舟をこぎだしたので、初の食事会(兼引っ越し祝い)は、お開きとなった。
料理は、たくさん余ったので、一人暮らしの食生活を豊かにしてくれるだろう。
僕に遠慮したのか(アニキは好みの味でないからだろうけど)、卵焼きも残っているのが、嬉しい。
奥さんには、本当に感謝だ。
でも、アニキ好みの卵焼きも検討してあげてほしい、と僕が言っても説得力ないが。
「・・・また、雪さんに会いに来ていい?」
ちょっと眠そうに目をこすりながらのカスミちゃんの言葉に、アニキと奥さんが、目を瞠る。
今日は、表情が忙しいねアニキ。
「もちろん。また来てね」
僕がオマケなのは、大人として立派にスルーできた。
ドアが閉まる、と雪さんが、ちょっと寂しそうに、「にー」と鳴いた。
アニキの奥さんは、彼の発言からの想像と違って、ぐいぐい前に出る感じではなく、清楚で落ち着いた雰囲気の女性だった。
思ったより、荷物が多いようなので、玄関で引きとめず、挨拶もそこそこに、急いでリビングに通す。
リビングにあるインターホン親機は、カメラ付きの上、鍵を開けるボタンもあるので、出迎えずに入ってもらうことも可能なのだが、そこは礼儀。
雪さんは、元ドーム型ベッドの上から、眺めてきていた。
「・・・あ、猫さんだ」
か細い声がして、見ると、背の高い娘さんがいた。
奥さんの後ろに隠れていて、玄関では見えなかった。
引っ込み思案の子って話だったけど、来てくれたんだ。
「こら、挨拶もなしに」
アニキに叱られて、奥さんの後ろに、また隠れてしまおうとするのを阻止されて、おずおずと頭を下げる。
「・・・こんにちは、カスミです」
「こんにちは、カスミちゃん。来てくれてありがとう」
雪さんを抱き上げて、
「これは、雪さん、こんにちは」
そんな紹介されてもアナタがナニを言っているか分からないわ猫だから、といった顔で、僕の腕から、飛び降り、カスミちゃんの足にすりよる。
「・・・抱っこしていい?」
カスミちゃんの声に、アニキと奥さんが、少し目を見開く。
「いいよ。雪さんが、準備の邪魔をしないように、いっしょにいてくれる?」
カスミちゃんには抵抗せず抱っこされたくせに、雪さんは非難の目を僕から離さなかった。
先日、アニキにコーヒーを出した時のローテーブルだけでは足りないと思って、もう一つ同じ高さのテーブルを買っておいた。
リビングにもあった方が便利と感じていたので、ちょうどよかった。
ところが、この二つでは、料理が並びきらなかった。
しかし、アニキの荷物から、キャンプ用の折りたたみ式テーブルが出てきて、問題は解決した。
さすが、アニキ!
タップから、ビールを注いで見せた時のアニキの顔はすごくて、カスミちゃんも驚いていたようだ。
ただ、ビールが温かくなる、と奥さんに怒られるまで、トイレに籠ってしまったのには、少し困った。
「引っ越しおめでとうございます」
「ありがとうございます」
カスミちゃんは、何種類か用意した飲み物から、オレンジ・ジュースを選んで、少しヌルくなったビールと乾杯。
残念ながら、よなよなエールそのものは、この部屋でもオジサンに振舞われたことがあって(というより定番だった)、あまり驚いてはもらえなかったが、喜んでもらえた。
雪さんは、カスミちゃんの脇でゴロゴロウネウネしている。
なお、床にクッションだけで座らせるのは、アニキ来訪の前回で反省したので、ラグを買って敷いていた。
座り心地は改善したが、雪さんが、これで爪をとごう、と狙っているのが、少し困りものだ。
今も、ゴロゴロしているだけですよ、という体で、爪を引っ掛けるのを狙っているようにも見える。
「たくさん召し上がってくださいね」
「いただきます」
奥さんの言葉に、近くにあった卵焼きを、皿に取り、早速パクつく。
アニキが、あ、という形に口を開く。
なんだろう、と思う間もなく、口に卵焼きの味が広がる。
とっても甘い。
ゆっくりと飲み込むと、涙が頬を流れているのに気がついた。
「ほら見ろ、だからお前の卵焼きは甘すぎると、いつもいつもいつも言っているだろう」
僕が泣いているのを見て、あまりの甘さを不味さと感じたのが原因、と思ったのか、アニキが奥さんを非難し始める。
でも、僕が、もう一切れ、口に入れたのを見て、アニキは口を閉じた。
「おばあちゃんの卵焼きの味だ」
母の実家は、小さな和菓子屋さんだったせいか、祖母のつくる卵焼きは、ケーキのように甘かった。
母のは、父の好みに合わせて、そこまで甘くなかったため、祖母のは、僕にとっての特別だった。
自分で作っても、近い味にはならず、またここまで甘い市販品、お店もなく、もう諦めていた味だった。
「すみません」
事情を説明をすると、勝ち誇ったような顔の奥さんと、目を逸らすアニキ。
どうやら、卵焼きの味付けは、何度も繰り替えされた夫婦の争いの元だったようだ。
カスミちゃんの皿に卵焼きが乗っているので、彼女は英才教育を施された奥さん派なのだろう。
僕がその卵焼きを見たのに気がついて、遠慮がちに戻そうとするので、
「卵焼きおいしいよね。まだいっぱいあるから、気にしないで食べて」
頷いて口にいれた彼女は、笑顔だった。
僕も、祖母の前で、こんな顔をしていたのだろうか。
招いたホストとして、カウンターの中で、皆の分ビールを注ぐ。
こういうのも、いいなあ、と思う。
オジサンは、目線の合うテーブルの高さが好きだったようだが、僕はローテーブルの方が、楽しい雰囲気を俯瞰的に眺めることができるような気がして好きだ。
ゲストが多かったら、もっと楽しいのだろうか。
アニキと奥さんは、「またこんな日がくるとは」といった話をしながら、家具の少ないリビングを見渡していた。
オジサンのいたころの風景が、見えているのだろうか。
お腹がいっぱいになったカスミちゃんは、テーブルから離れて、雪さんと遊んでいる。
引っ込み思案で遠慮がちな遊び方が、もっと遊びたい、という思いを高めるのか、雪さんは僕の時とは違って、飽きることなく遊んでいる。
ちょっと、正直かなり悔しい。
カスミちゃんが雪さんを膝に、コックリ舟をこぎだしたので、初の食事会(兼引っ越し祝い)は、お開きとなった。
料理は、たくさん余ったので、一人暮らしの食生活を豊かにしてくれるだろう。
僕に遠慮したのか(アニキは好みの味でないからだろうけど)、卵焼きも残っているのが、嬉しい。
奥さんには、本当に感謝だ。
でも、アニキ好みの卵焼きも検討してあげてほしい、と僕が言っても説得力ないが。
「・・・また、雪さんに会いに来ていい?」
ちょっと眠そうに目をこすりながらのカスミちゃんの言葉に、アニキと奥さんが、目を瞠る。
今日は、表情が忙しいねアニキ。
「もちろん。また来てね」
僕がオマケなのは、大人として立派にスルーできた。
ドアが閉まる、と雪さんが、ちょっと寂しそうに、「にー」と鳴いた。
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