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番外編:冬

冬の猫網と宴会

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『乾杯!』
 忘年会には、時期が早いが、お店で、猫保護ネットワークのお疲れ様会だ。
 現在、NPO法人である連合はネットワークと呼び名を変え、十三の団体で構成されている。
 四つの団体が中心となり、各々がその下に、やる気はあるのだけど実力が伴わない小団体を抱ええている。
 保護活動を進めるには、保護団体の教育が必要、という観点から、小団体にノウハウを教え、まとめ買いで割安になった資材を提供している。
 どこの小団体も、保護主が可能なメンバーはいても、譲渡会に携われる人員がいない、などの片寄がある。
 これをネットワークが、適材適所に人員と保護猫を配置することで、質も量も向上した。
 アニキの提案で、バックアップをしている財団から、地方自治体に避妊手術の助成金などの働きかけをしているが、これもネットワークでカバーできる地域が広がったことで、××市は助成金がある、××区は少ないなど、地域格差を訴えることでも、理解が広がりつつある。
 これには、ウチの猫たちも通っている動物病院の獣医師も巻き込んで、老齢猫のフォローなど、QOLをどう向上させるかにも取り組んでいる。

 試みとして始めたのが、「お試し貸し出し猫」だ。
 その名の通り、今まで譲渡しにくかった、幼児がいる、高齢者ばかりなどの家庭に、本当に飼えるか、他に住んでいる家族まで含めて、意見が一致できるか、実際に猫を貸し出して、お試ししてもらうものだ。
 期間は一ケ月で、延長も可能だ。
 ただし、一ケ月たった時点で、里子希望リストに再掲載されるので、里親希望が現れれば、そちらが優先となる。
 当然、短期間でも問題が発生するれば、即終了だ。
 費用は、無料。
 猫トイレから、砂から、ご飯まで、すべて提供する。
 保護主の元で使うはずだったネットワーク支給の消耗品の行先が変わるだけで、保護主の負担が軽くなる分、お礼をしたいくらいなのだ。
 しかし、猫は、ちゃんと訓練して人馴れした成猫で、子猫ではない。
 少なからず、猫にとってもストレスなので、性格が向いた猫を選んでいる。
 子猫カワイー、では済まされない、成猫の面倒をみることができるか、体験してもらうためだ。
 一ケ月、寝食を共にすれば、情も沸く。
 だが、里子希望リストに再掲載されれば、いつ貰われていってしまうかもしれない。
 譲渡可能、と判断されたら、もちろん、その成猫を引き取ることも可能だ。
 どうしても、子猫ばかりが引き取られ、成猫が残ってしまうことに、少しは貢献できている。
 この方法を提案した僕は、「やり手ババアの手口」「えげつない」などと言われたが、猫の幸せのためだ、甘んじて受けよう。

 更に、譲渡が難しい、と判断された家庭へ向けた「セット家族」「お手伝い係」も試してみている。
 「セット家族」は、「乳幼児がいて『今』は飼えない家族」「高齢者で今は飼えるが『将来』が心配な家族」これらを組み合わせ、『将来』必要になったら、『今』飼えない家族が猫を引き取る制度だ。
 肝は、互いが『将来』まで没交渉ではなく、『今』から積極的に、高齢者が飼う猫の元へ通ってもらうことだ。
 これをもっと簡単に、飼っている家や保護主宅に、飼えない家族が、お手伝いに行くのが「お手伝い係」だ。
 もちろん、『将来』のことは、誰にもわからないのが、事実だ。
 近所でない、とできないから、地域特性がある。
 当初「セット家族」は、一家族と一家族のセットを想定していた。
 ところが、そこに「お手伝い係」が加わり、別の家族の追加、乳幼児の面倒をみあう付き合いができ、子育てのアドバイスがあり、そこには猫を中心としたコミュニケーションができた。
 血縁のない乳幼児を持つ家庭と、高齢者の猫を通じた関係。
 三人寄れば派閥発生が、世の常だが、猫が間にいる、とうまく行くようだ。
 人間、「はーい、ねこちゃーん(はあと)」という姿を見られていれば、見得を張らずにいられるからだろうか。
 この方法を提案した僕は、「老人福祉乗っ取り?」「えげつない」などと言われたが、猫の幸せのためだ、甘んじて受けよう。

 猫の画像無料提供および有料リクエスト受けつけも好評だ。
 こちらは、売れっ子が引き抜かれ(里子希望が来)て行ってしまうのが、嬉しい悲鳴だ。
 その里親が、引き続きSNSで写真をアップして、増えたフォロアーに対して、里親募集のリツイートなどをしてくれるのだから、本当に助かり、そういう意味でもネットワークは広がっている。
 そこから一歩進めて、動画配信も行っている。
 猫に、芸をさせたりしているわけではない。
 保護主宅の猫部屋を固定カメラで撮っただけの編集もほとんどしていない動画だ。
 ただ、バイノーラルマイク、というヘッドホンやイヤホンで聞く、と音の方向がわかる方法で録音したところ、猫の声、爪とぎ音、遊ぶ音、など猫部屋の中にいるようだ、と好評だった。
 寒くなってきて、ホットカーペットの側にマイクを置いたら、ゴロゴロいいながら寝る猫もいて、「癒される」「よく眠れる」とASMRとしてバズった。
 おかげで、ささやかながら、収入を得られていた。
 こちらも、売れっ子が引き抜かれ(里子希望が来)て行ってしまうのが、嬉しい悲鳴だ。
 この方法を提案した僕は、「敏腕アイドルプロデューサーの闇営業」「えげつない」などと言われたが、猫の幸せのためだ、甘んじて受けよう。

 とはいえ、一部の団体に肩入れしている、と誤解されないように、譲渡会に行くのは禁止され、口しか出してない感じなので、肩身が狭い。
 それは、たまに愛娘が譲渡会を手伝いに行くときに「・・・来ないで」と言われたアニキも同じだった。
 ましてや、その娘が、ネットワークの影響で、実家から遠く離れた獣医学部を目指しているのだから、複雑な思いだろう。
「族長、呑んでるー?副長も?」
「あ、はい」
 連合ではなくなったので、連合総長(だっけ?)ではなく、族長と呼ばれていた。
 ネットワークだからか網元になりかかったのを辞退したら、経緯はわからないが、族長になっていた。
 隣にいるアニキが副長。
 猫オバチャン、猫会長を含む、四団体の長が四天王。
 どこの世紀末なんだろう?
 今日は、土曜日のお昼でランチ、喫茶タイムをお休みしての全団体十三の長、僕、アニキで十五人の大宴会だ。
 料理は、簡単でいい、とのことだったので、日替わり一人鍋四種類をアニキなどから借りた大きな土鍋でつくった。
 それが、四つのテーブルに置いてある。
 明日の日曜日には、譲渡会があるのも気にせず、ビールがガンガン出る。
 猫オバチャンなんて、夕方から自分のお店があるのにだ。
 なんだか、カウンターでビール継ぎっぱなしの僕、ビールをテーブルに運びっぱなしのアニキに、猫オバチャンが声をかけてきていた。
「皆さん、元気ですね」
 疲れた顔で応えるアニキの背をどやしつけて、
「元気じゃなきゃー、猫の面倒、みてられないでしょー?」
「そうそう!」
 空のジョッキを持ってきた猫会長は、アニキの胸を叩いた。
 アニキが、未だに娘が家から遠い獣医学部を目指すのを納得していないのを知っているので、扱いが荒いのだ。
 僕、カウンターの中でよかった。
 でも一番ネットワークに、貢献しているのは、アニキじゃないかな?

「だーかーらー、猫白血病ウィルスは、乾いても感染力あるから、猫触って歩いたら、広げてるだけだっての」
「避妊が可哀そうって、鳴きまくりのスプレーしまくりで、ご近所の方が可哀そう」
「可哀そうだから拾ったって、多頭飼育崩壊の方が可哀そう」
「観葉植物をとるか、猫か選べー」
「家具も諦めろー」
「猫は、吐くモノです。ルンバが塗り広げても仕方ありません」
「ご飯あげてるだけです、じゃねー!近所からの糞尿への苦情どうするんだ?」

 荒れてきたけど、まあ、お疲れ様会だからね。
 そんな様子を眺めながら、アニキが言った。
「今年ネットワークが、救った命の数が、我々へのご褒美ですね」
「その数を増やそうとしているカスミちゃんの進学先は、どうなの?」
 意地悪く聞く、と。
「それとこれとは、話が別です」
 ソッポを向かれた。
「それで、救った命の数って、どのくらいなの?」
 アニキは、横顔で意地悪く笑う、と。
「今日、呑まれるビールの杯数より多いのは確かですね」
 
「副長、ビール足りないぞ、運べ!」
 いやアニキ、猫の保護でも、ここでも、十分働いてる、と思うんだけどな。
「子離れしろ!」
「大学、認めてやろーよー」
「応援してやれー」
 多数の猫を里親に届ける彼女らは、別れの寂しさを知っているからこそ、厳しかった。
「二度とー、会えないわけじゃ、ないでしょー?」
「夏休みには帰ってくるさ!」
「いや、そうは言いますが」
 言い負けてきたアニキに、僕は、言わなくていいことを、つい呟いてしまった。
「彼氏、できるのかな?」
 しん、とお店が静まり返った。
「お!」
『お?』
「お嫁に行ってしまう?」
 進学先の悩みのせいで、気づいていなかった、もっと先に思考が飛んでしまったアニキは、力なく座りこんだ。
 これは、いろいろ怒られるやつだ。
 僕は、屍となったアニキの代わりに、ひたすらビールを運んだ。
 その数の多さが重みが、ジョッキで実感できた。
「いったい、どれだけ救ったのー?」

 慣れた、と笑いながらも、自宅で保護していた猫を里子に出す前夜には、涙ぐんでいる彼女らを僕は知っている。


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番外編の解説(作者の気まぐれ自己満足と忘備録的な)

「冬の」とあったら(以下略)

はい、猫の冬です。
(意味ふめー)
(ツッコムのも面倒だよ?)

前回のあとがきで、一周年で一区切り、と書きましたので、どう変わったか、ある意味本編の伏線回収しておかなければいけないテーマの第一弾です。
(そういえば、番外編って伏線回収が目的だったよね?)
(そうだっけ?)
(え?)
(え?)

というか、番外編で、他に拾う伏線なかったかどうかとか大丈夫か、って気もしますが。
まあ、そもそも続くかどうかがわからないのが、番外編の醍醐味ですよね?

また、機会がありましたら、このお店にお付き合いくださいませ。
(まとめに入ってるけど、その後また続くんじゃないの?)
(それは有り得る)
(え?)
(え?)


まみ夜
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