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番外編:春

春のお菓子

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「甘いもの食べたい」
 テーブルにお料理を運びに行ったら、菊池さんが、よなよなエールをかっ喰らいながら言った。
 その声に、元ドームをベッドに寝ていた雪さんの尻尾が、煩いな、と言いたげに動く。
「喫茶タイムだから、有ってもいいと思う」
 同じようにギネスを啜りながら、なぜか同席しているソーセージの師匠も聞えるように呟いた。
 雨くんが、雪さんの尻尾にペシペシ叩かれるたびに、ビクビクするが、寝たまんま。
 ビール呑んでて、「喫茶」タイムも有名無実だろう、と思いながらも、甘いもの食べたいのは、僕も同じだ。
 リクエストで早くお店を開ける分、お客様の前でオヤツタイムともいかないからだ。
 折角、「喫茶」タイムと銘打っているのだから、お菓子は用意したい、と考えていた。
 ただ、コーヒーに一番合う甘いものは「餡子だ」という点が、譲れない。
 母方の祖父が和菓子屋をやっていた身贔屓ではない。
 水出しコーヒーの邪魔をせず、しかも負けない餡子は、超絶に合う。
 問題は、餡子を舐めてコーヒーどうぞ(嫌いではないけど)、とはいかないので、完成したお菓子としても、餡子に合わなければいけない。
「名古屋に小倉トーストとかあるじゃない?」
 菊池さんが、「餡子舐めるで何が悪い」的なことを言った後に、続けた。
 わかってないなあ。
「トーストの匂いって結構、強いから、それ一色になるかもね」
 と師匠、わかってるなあ。
 それに、トーストだから添えたいバターの匂いも強い。
 その残り香が、喫茶タイム終了後、ビールのオフフレーバーに感じられたりしても困る。
 まあ、喫茶タイムからビールの客様もいらっしゃいますけど。
「どら焼きとか?」
「正直、買ってきた方が、美味しいですよ」
 一見、単純に見えるほど、微妙な配合や職人の腕が、味に影響するものだ。
 でも、餡子を何かで挟むのは、悪くないアイディアだ。
 というより、それ以外の方法がないが、かといって、生菓子をつくれるようなテクニックはないし、凝れば今度は市販の餡子が物足りなくなる。
 できれば、提供が楽で、保存がきけば、なおいい。
 せっかくだから今の季節、春を表現できれば、和に捕らわれなくても、と上がるハードルに際限がない。
「マカロン」
 ぽつり、と師匠が言った。
「一口で食べるサイズじゃなくて、大きな生地に食べる直前、フルーツとかを挟んでるのパリで見た」
 おフランスですか。
 僕としては、単純に観光か、料理修行の一環か、とかが気になったが、菊池さんは「誰と」に興味があるようで、問い詰めている。
 師匠もそれがわかって、意味ありげにはぐらかす、という暗黒面を垣間見せていた。
 レシピを検索する、とアーモンドパウダーは、クリスマスにシュトーレンをつくったときのが、残っているはずだ。
「ねえ、怒らないから。男とでしょ?」
「いやあ、一人旅ってことでいいじゃない」
 雪さんが醒めた目で、雨くんが、ぼーっとした目で二人を見ていた。
 材料は足りそうなので、興味が他に移ったお客様方を残して、僕はカウンターに戻った。

 とりあえず、オーブンを温め始めて、鍋に水とグラニュー糖を入れ、火をつけた。
 今夜のお料理に使おう、と市場で買って冷蔵庫に入れなずに常温に戻しておいた卵を割り、卵白に粉砂糖とアーモンドパウダーを振り入れ、秘蔵の粉を足して、潰すように混ぜる。
 別に卵白を泡立てて、少し煮詰まった鍋のシロップを加えながら、更に泡立てた。
 これを、さっきの生地に少し入れて、混ざったら、残りも入れる。
 焼いたときの膨らみすぎを防ぐため、空気を抜くように混ぜるのをマカロナージュと言うようだけど、加減が微妙だ。
 天板にクッキングシートを引いて、ちょっと大きめ、五センチくらいに絞る。
 ドライヤーの冷風で乾かして、オーブンへ。
 ここまで、二十分弱。
 餡子の缶詰を開けておく。
 飽きずに駆け引きをしながら、二人がグラスを手にカウンターに来たので、先に、
「あと十五分くらいでできますけど、待ちます? コーヒーもご馳走します」
 二人は、目線でのやりとり、テーブルに残っているツマミを見て、もう一杯呑んでデザート、と判断したようだ。
「「おかわり」」
 でも、菊池さんは、もう一杯おかわりした。

 折角、一口大ではないサイズにしたので、敢えて熱々のままにしてみる、挟むのはクリーム類じゃないし。
 お皿に下の生地を敷いて、絞り器に入れた餡子をグルーリと一絞り。
 栗の甘露煮でも挟みたいところだけど、試作だからシンプルに。
 でも、求肥を入れたりもいいな、作り方知らないけど。
 上の生地を重ねたらポツンとしていて、ちょっとお皿として寂しいので、大急ぎで砂糖を入れずに生クリームを緩く泡立てて添える。
 ちょっと考えて、クリームにきな粉を少し振った。
 こちらも敢えてのアイスコーヒーを添えて、
「はい、試食お願いしますね」
 とデザートを待つだけとなっていたテーブルに置く。
「薄緑色、抹茶?」
「そんな単純じゃないでしょ」
 と疑り深い目で観察している菊池さん。
 保育園児に、泥団子でも食べさせられたのだろうか。
「いただきます」
 あまり上品にしたくなかったので、ナイフを添えなかったから、フォークで割って口に運ぶ師匠。
「これは、蓬?」
 そう、蓬の粉を入れた、蓬と餡子のマカロンだ。
 蓬の風味が好きなので、四つパックの白大福の半分に振りかけて蓬餅風に、とかに常備愛用している。
「和風と洋風の、中途半端な感じがコーヒーに合う。中途半端じゃなくて、えっと?」
「和洋折衷?」
「そうそれそれ」
 中途半端は、誉め言葉じゃないからね、保育園の先生。 
「きな粉をかけたクリームも、蓬餅っぽくて面白い。ただ、マカロンが温かいから、いろいろと香りが強くてアイスコーヒーだと負けてるかも」
「ホットだと、香りのぶつけ合いになるから、ちょっと逃げたのは、ありますね」
 感想をいただいたので、自分の分をパクリ。
 温かいから、蓬の匂いを強く感じる。
 餡子も温まっているから、ちょっと甘く感じすぎかな。
 その分、蓬としての味は、控えめになってしまっている。
 やっぱり、生地は冷えてからの方がいいかも。
 でも、餡子は温かくして挟むのが、面白そうだ。
 下の生地の蓬粉を増やして、上は減らしたら、味は強くなるけど匂いは弱く、とかもできそうだ。
「足りない」
 ぽつり、と菊池さんが言った。
「もっと餡子が分厚くていいと思う」
 いや、それじゃあ、バランスが。
「一口目で、もっとガツンと甘くてもいい」
 師匠も乗っかってくるが、それもバランスが。
 ねえ、喫茶タイムに、酔っぱらってるでしょ、二人とも?
 雪さんが、雨くんに枕にされながら片目を開け、呆れたように身体を丸めた。
 枕を外された雨くんが、きょろきょろしている。
 しばらく、試作と試食が続きそうだ。

 僕は、マカロンに合うか試し、と称して、ギネスを注いだ。

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番外編の解説(作者の気まぐれ自己満足と忘備録的な)

番外編三作目にして、もうお天気題名縛り崩壊です。
(当初は、「雨」「霞」だったのです)
餡子、蓬で別のお菓子でお天気関係調べたり、マカロンの語源とか。
うん、諦めました。

「霞+(現在の「春の霞」)」直後のお話で、番外編といいながら、時系列が順番通りで、解説いらないんじゃないか、と疑問視される今日この頃です。

元々、蓬のアイスクリームに、餡子を添えて、というアイディアだったのですが、夏にアイスって直球だ、と組み合わせを春に使ってしまったので、夏のお菓子を考えつくかは、危ういです。
(夏にアイスは直球だ、って既に縛ってますし)
まあ、そもそも続くかどうかがわからないのが、番外編の醍醐味ですよね?

メニューの「ドリンク/定番お料理」を「ドリンク/定番お料理/喫茶タイム」に改題して、喫茶タイムメニューを追記。

また、機会がありましたら、このお店にお付き合いくださいませ。

まみ夜
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